楽しく生きるのがモットーです
さくさく魔物を倒しながら、墓地を突っ切って進んでいく。行けども行けども十字の木片とゾンビ、たまにグールに出くわすばかりで、もしやこの階層には墓地しかないのかと思い始めたころ、朽ちた洋館が現れた。
とんがり屋根の三階建てで、かつては瀟洒な佇まいだったのだろうと思わせる造りだ。しかし今はいたる箇所が古びて傷つき、倒れないのが不思議なほどの廃墟と化していた。玄関のドアの蝶番は外れかけ、風にあおられてギイイィ、と耳障りな音を立てている。
――お化け屋敷じゃん……こんなん絶対お化けいるって! いやゾンビもお化けっちゃお化けだけどなんか種類が違うっていうか! グロじゃなくて呪い方面のヤバいのいそう! 近寄りたくね~。
そろりと迂回しようとしたシャルロッテの腕を掴み、ユリウスが言う。
「あの家に入るぞ」
「えええぇ!? なんのために!? 寄り道しないでまっすぐ階層主の部屋までいくんですわよね!?」
「ここの地下道から行くと早いんだ。無理にとは言わないが、五階層の魔物は全部光魔法が効くからお前にとってはなんの脅威でもない。出てくるのはレイスとスケルトンで、ゾンビに比べたら見た目も大分ましだ」
「そ、そうですの……そういうことなら仕方ありませんわね。少しお時間をくださいませ」
シャルロッテは洋館の残骸を見ながら考えをめぐらせた。
レイスとスケルトンということは、透ける霊体と動く骨だろう。スケルトンはまだいいが、レイスは嫌だ。お化け屋敷が怖い原因の七割は、いきなり脅かしてくるところにある、というのがシャルロッテの持論である。突然暗がりから飛び出す幽霊、首筋に垂れてくる冷たい液体、突如として浴びせられる叫び声。
レイスはこのうち『暗がりから飛び出す幽霊』の挙動を取ってくる可能性が高い。壁抜けや床抜けもお手の物だろう。
シャルロッテは、見た目は少女とはいえ中身はプラス十六歳だ。もうお化けが怖いと泣くような年ではない。が、そうはいっても気味が悪いものは気味が悪いし、びっくりするものはびっくりするのである。
レイスに出くわすたび「ヒッ!?」とか「わっ!?」などと悲鳴を上げないでいられる自信はなかった。
一人ならまだいいが、仲間ができてしまったので、できるだけかっこ悪い姿を見せたくないという見栄が生じている。
しかしこんなことで近道を選ばないのも馬鹿馬鹿しい。
うーん、と首を捻ったのち、シャルロッテははっと閃いた。
――この建物、迷宮の一部なんじゃね!?
迷宮の一部なら、どんなにボロに見えようが崩れ落ちることはないだろう。それにドアや窓はがら空きで、外壁も隙間風が通れるような穴がところどころ開いている。
いける、と確信したシャルロッテは、両手を洋館にかざして叫んだ。
「ホーリーライトエクスプロージョン!」
風船ほどの大きさの光の玉が玄関をするりと通過し、家の中に入る。その途端玉は膨張し始め、家じゅうを埋め尽くすほどの大きさに膨れ上がったあと、パァンとはじけた。家の隙間から発射されるように漏れてくる強烈な光に目が焼かれ、シャルロッテもユリウスも反射的に目を閉じて目元を押さえる。眼球が刺すように痛んだ。
「なにしたんだお前!?」
「家のお掃除ですわ! 多分これで全滅しましたわよ!」
「力業にもほどがある! せめて一言言ってからやれ! 頭が弱すぎて事前告知もできないのか!? ゴブリンの方がまだ賢いぞ!」
「申し訳ございませんでしたわ!」
さすがにこれは迷惑をかけてしまったので、謝っておく。
痛んでちかちかする目をしばらく労わったあと、洋館に足を踏み入れた。あれほどの爆発が直撃したのに、特に変わりばえのしない様子だ。やはり迷宮の一部だから破壊不可オブジェクトなのだろう。
家の中も、埃と蜘蛛の巣、煤のような汚れに塗れ、床板が腐りかけている散々な有様だったが、魔物は見当たらず、ところどころに魔石が落ちていた。
「ちゃんと倒せたみたいですわね。良かったですわ~」
シャルロッテはほっと胸を撫でおろす。
ユリウスはきょろきょろと辺りを見回し、書斎らしき部屋に入ると、そこの絨毯をそっと剥がした。床板についていた取っ手を引っ張り蓋を開けると、地下へ続く階段が現れる。
――おおーっ! なんかわくわくする! 探検って感じ! 楽しー!
シャルロッテは埃がつくのも構わず、穴に飛び込んで階段を駆け下りようとした。が、後ろからドレスの襟首をひっつかまれる。
「おい、止まれ! 一応ここは安全だという話だが、何があるかわからないんだぞ! 俺が先に行く」
険しい顔でユリウスが言う。確かに前衛職が前にいたほうがいいか、とシャルロッテはおとなしく従った。
地下道は狭く、ユリウスとシャルロッテがギリギリ横に並べるかどうか、という程度の幅しかなかった。甲冑を着た大きな騎士などはつっかえてしまうかもしれない。小柄な体も悪いことばかりではないのだ。
壁は石造りだが、一階層や二階層で見た素っ気ないものとは違って、ぼんやりと鈍く光る苔に覆われている。なんか洞窟みたいだなー、と興味深く眺めながら歩いていると、ユリウスがぽつりと言った。
「さっきは悪かった」
「え?」
「お前が洋館に向けて光魔法を使った時、咄嗟に怒鳴ってしまった。お前はああいう厳しい言葉が嫌なようだから、気をつけていたんだが」
「厳しい言葉が好きな方なんていらっしゃいますの?」
「その時は耳に痛くても、結果としてためになるだろう」
「……そう、ですの? わたくしは褒めて伸ばしてもらうほうが嬉しいですわ」
シャルロッテは不思議そうに言う。キツい言葉を喜ぶのはマゾヒストだけである。それにユリウスの罵倒は、厳しいを通り越して人を煽っているように聞こえる。馬鹿だの頭が弱いだの言われて、気分を害さない者の方が少ないだろう。
「せっかくお話するなら、お互い機嫌よくいたほうが有意義だと思いますわ」
「見解の相違というやつだな」
ユリウスは肩を竦めた。
「馴れ合いは怠け者の妥協だ。高め合うためには厳しい言葉が必要なこともある。だが、お前にまで強要はしない。お前が嫌だというなら、なるべく言わないようにする」
「それはありがたいことですわね」
シャルロッテは適当に合わせた。シャルロッテとしては、無暗に悪口を言われないならなんでもいい。内心で怠け者と思われようとストイック審査に合格しなかろうと。
「なんだかお腹が空いてきましたわ」
迷宮に入ってから、何も食べていない。アドレナリンが出ていたせいか食欲を感じていなかったが、そろそろ体が栄養を必要としている。
「そうだな。休憩にするか。ここなら魔物が来ないから。警戒は怠るなよ」
ユリウスは立ち止まり、壁に寄りかかった。ウエストポーチから丸い巾着袋を取り出し、中に入っていた硬そうな黒パンを口に含む。どうやらふやかして食べるようである。
一方シャルロッテは、魔石箱を開けて出店で買ったクッキーやら饅頭に似たお菓子やらを食べだした。ユリウスの黒パンに近い携帯食料も買い込んであるが、どうせならおいしいものから食べたい。
饅頭のようなものは皮が乾いて少し硬くなっていたが、中のジャムっぽい餡はとろけるようで、口の中に広がる甘味に癒される。
シャルロッテは、淡々と味気なさそうなパンを食むユリウスを上目遣いでみつめ、申し出た。
「……お裾分けいたしましょうか?」
「いや、いい。お前のものだ」
「別にいいですわよ、多めに買いましたし。ほら」
「これで十分だ。腐ってもカビてもいない」
「基準が低すぎますわ。甘くておいしいですわよ」
「高いだろう、これは。そんなものを貰う筋合いはない」
「筋合いも何もただの好意ですわよ! 仲間なんですから当然でしょう! いいからお食べなさい!」
シャルロッテはユリウスの黒パンを奪い、代わりに饅頭のようなものを口に押し込んだ。
ユリウスは目を白黒させながら、むぐ、と口を動かし、衝撃を受けたように固まる。
「……んまい」
「そうでしょう! 三店舗食べ比べた中での一押しですわ!」
シャルロッテは、噛みしめるように饅頭を咀嚼するユリウスに笑いかけた。
楽しいこともおいしいものも、ひとり占めしないで誰かと分かち合いたい。感想を言い合って楽しさを確かめるのが一番満足できるのだ。
迷宮を出たら店に直接連れてってやろ、とシャルロッテは心に決めた。