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光、それは死を否定する力


 五階層では、初めて地面が石畳ではなく湿った土になった。十字型に組み合わされた木片が沢山地面に刺さっている。その墓地のような地上を、上空から怪しく光る赤い月が見下ろしていた。

 月の光があるという点では四階層より親切だが、雰囲気はやたらと陰気である。

 

「こ、このシチュエーションは……」


 シャルロッテは体を強張らせた。嫌な予感がする。

 

 と、十字の木片が乱立している地面からぼこっと棒状のものが突き出してきた。それはあっという間に土から抜け出し、腐臭を漂わせながらよろりとシャルロッテたちの方に向かってくる。

 ぼろぼろの溶け落ちた皮膚、落ち窪んだ眼窩、突き出した骨。

 どう見てもゾンビである。

 

「ひいいぃ!? アンデッド系の階層ですの!? 来ないでくださいませ! ファイアーボール!」


 シャルロッテは焼き払いたい一心でファイアーボールを繰り出した。火の玉に当たったゾンビは勢いよくふっとんで、十字の木片を倒しながら地面を転がっていく。

 しかし、今までの魔物のように消滅はしなかった。 

 体の表面は焼かれて消えたものの、骨の状態でカタカタ動いている。スケルトンに変化しただけで、倒せてはいないのだ。

 

「た、倒せない!? どうすれば……」


 まさかまた魔法無効敵なのかと焦るシャルロッテに、ユリウスはふんと鼻を鳴らす。


「お前、本当になにも調べないで迷宮に来たんだな。その蛮勇は身を滅ぼすぞ。五階層の魔物は既に死んだ魔物が魔力だけで動いていて、通常の生命の法則が通用しない。ただ、魔力が生命力の代わりになっているから魔力を使い切らせれば消える。激しく動けば動くほど魔力消費が増えるから、いかに魔物を上手く誘導して走り回らせるかが重要だな。ほかには、光魔法なら効果がある。だが光魔法の使い手は大体教会が独占していて冒険者としては滅多に――」


「光魔法で倒せるんですのね!? ライトアロー!」


 シャルロッテが光属性の呪文を唱えると、光の矢が一直線にスケルトンに飛んでいき、頭蓋骨を刺し貫いた。損傷した部分からパキパキとヒビが広がり、やがて全身が塵となって消える。魔石が落ちたので、完全に倒したと見ていいだろう。

 持ってて良かった光魔法。

 シャルロッテは、「光魔法のくせに治癒使えないとか意味あんの!? レーザー光線がかっこいいだけじゃん!」と文句を言っていたことを心中で神の遣いに詫びた。対アンデッドになくてはならない、大変ありがたい属性である。光魔法は最高。

 

「……使えるのか、光魔法」


 唖然としたようにユリウスが呟いた。

 

 ――おっ、めっちゃ驚いてる! どーだこれぞチートの威力! じゃんじゃん羨ましがってくれていーんだぜ!

 

 シャルロッテはにんまり笑う。


「わたくしは全属性の魔法を使えますのよ!」


「はぁ!? そんなことありえるのか!? 王宮魔法使いでも三属性が限界なんだぞ! いや、でも隕石と火と水の時点で三属性、光を入れると四属性、あと宙に浮いているのはもしかして風魔法か? とすると見ていないのは闇しか残ってない、な……。めちゃくちゃだ……」


「闇魔法、今ご覧にいれましょうか?」


「やめろ、そんなことしたらここの魔物が活性化する。あ、光魔法が使えるってことは、お前の周りが明るいのは魔虫光じゃなくて光魔法で光らせてたのか。道理で光量が一定なわけだ。はぁー……」


 ユリウスはこめかみを押さえ、深いため息をついた。

 

「お前を見ていると、自分の見識の狭さと常識の不確かさを思い知らされるよ」


「……それ、褒めてくださってるんですわよね? あなたの褒めはわかりづらいですわ」


「褒めじゃない、感想だ。お前がどれだけ世間知らずなのか知らないが、お前の魔法は魔法学の定説を覆すようなものばかりなんだよ。謎の呪文、それによって引き出される規格外の魔法、無尽蔵に近い魔力量。どれをとっても、魔法使いの歴史を書き換えてしまうほどの異常な能力だ。俺だって目の当たりにしなければ冗談を言われていると思うだろう」


「おほほほ、それほどでもありますわー♪ そういえば、わたくしの家庭教師も似たようなことを言ってましたわね。お嬢様のお力を公表すれば世界がひっくり返るとか」


 シャルロッテはユーベルヴェークを懐かしく思い出した。思えば、シャルロッテの魔法にいちいち驚いて褒めちぎってくれた最初の人物であった。その気持ちは、単なる賞賛というよりは、魔法研究のために役立ってくれそうで嬉しいという意味合いが大きかったが。

 

「わたくし、家庭教師にいろいろ教わりましたから、魔法学のこともそれなりに知っておりますのよ。分厚い魔法学の教科書も読みましたわ。まぁわたくしができることができないと書かれていたり、魔法の使い方が限定的過ぎてつまらなかったので、あまり覚える価値がないと思って読み飛ばしたところもありますが」


 シャルロッテが言うと、ユリウスは少しの沈黙のあと、苦笑した。


「……は、本の著者が聞いたら卒倒しそうな言葉だな。まぁお前みたいな奴がそう言うなら、そうなんだろう。俺にとっても楽しい内容じゃなかったよ。その限定的でつまらない魔法だって、一度も使えなかったから」


「え?」


「前方三十メートル、ゾンビ集団が来てるぞ。あの真ん中の赤黒いのはグールだろう。頼めるか?」


「あっ、わ、わかりましたわ!」


 シャルロッテは十体ほどかたまってこちらにやってくるアンデッドの群れに両手を向け、呪文を唱えた。

 

「シャイニングオーバーフロー!」

 

 パアァーッと魔物たちの上に眩いばかりの光の渦が出現し、キラキラと細かい煌めきを撒き散らしながら光の粒が降り注いでいく。魔物の体は光の粒に触れたところから崩れていき、長い年月を早送りにしたかのように風化して消えた。


「本当に凄まじいな……。魔力量はまだ大丈夫なのか?」


「全然余裕ですわ! あと千回以上同じ事をしても平気ですわよ!」


「なるほどな。もう余計な口出しはしないことにしよう」


 ユリウスは納得したように言い、ウエストポーチから紙切れを取り出した。

 

「お前に頼りきりになるのは気が引けるが、その魔法があれば五階層を突破する最短の道が使える。俺が指示する通りに動いてくれれば――どうした?」


 目を見張り口を半開きにしているシャルロッテに気づき、尋ねる。シャルロッテは大まかに道と地形が書き込まれた紙切れをみつめ、おずおずと言った。


「ち、地図が……ありましたの?」


 そんな便利なものがあったとは、と言わんばかりの顔だ。

 ゲームなどでは自分で道を切り開きマッピングしていく、あるいは最初から地図が提示されているのがよくあるパターンなので、迷宮の地図を手に入れるという発想がなかったのだ。それがあればもっと効率よく探索できたのに、と悲しげに項垂れる。


「お前……」


 ユリウスは呆れたように何かを言いかけ、ぐ、と飲み込む動作をした。またこめかみのあたりに手を当て、ぐりぐりと揉み解しながら説明する。


「二階層までの地図はギルドで公開されてる。三階層から十階層までは金を出せば買える。あとはない。まぁあえて地図を使わず勘を鍛えるというやり方もあるらしいが、俺たちが目指しているのは十階層以上だ。こんなところで時間を食っている暇はない。そうだろ?」


「そうですわね。短縮できるものはどんどん短縮するべきですわ」


「よし。じゃあ行こう」


 そうして、優秀な案内人と人知を超えた光魔法の使い手による、五階層の蹂躙が始まった。



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