やっぱし剣はかっこいい
シャルロッテは胸の前で腕を組み、少年をじとりと見た。
「あなたが人と仲良くなれない理由、教えて差し上げましょうか」
「なんだ? お前にそんなことがわかるのか?」
「この上なくわかりますわ。あなた、口が悪いんですのよ」
「……え?」
「遠慮なくものを言い過ぎですわ。自分の悪口を言ってくる相手と仲良くしたい人はいませんわよ」
「悪口なんか言っているつもりはないが」
「まぁ! ではわたくしのことを馬鹿だの腑抜けだの仰ったのはどういうおつもり?」
「それは事実を指摘したまでだ」
「きぃー! ほら、そういうところですわ! どう考えても初対面の人間に言うことではなくってよ!」
勢いよく指をさすシャルロッテに、少年は大真面目な顔で問う。
「何度目に会えば言ってもいいんだ?」
「何度目でも駄目ですわ! 言わないという選択肢はございませんの!?」
「……いや、特に意識して言っていたわけではないから、普通にしているとそうなる」
「そんなことありまして? 確かに流れるような悪口でしたけれども。つまりあなたは、相手を貶めようとか、傷つけようとしてあのようなことを仰っているわけではないということですの?」
「当然だ。そんなことをして何の意味がある。むしろあれは――」
「あれは?」
「いやいい、これは俺の勝手な気持ちだから、人に言うもんじゃない。とにかく、お前にもほかの冒険者にも、なんら悪意はない」
少年の断言を聞いて、シャルロッテは、ほー、と息をついた。
悪い奴じゃなかったんだ、という安堵と、悪意がなくてあのめちゃくちゃな罵倒!?という納得いかない感情が入り乱れる。
「それを伺って良かったですわ。わたくしはあなたの性格を理解しましたので、これからは悪口を言われても気にしないことにいたします。うっかり腹を立てることはあるかもしれませんが、組んでいる間は割り切って協力いたします。ですから、仲間になりましょう」
真剣さが伝わるように眼力を込めて少年の目を見つめ、右手を差し出す。
少年は面食らった表情でシャルロッテの手と顔の交互に視線をやり、眉間にしわを寄せたが、やがてそろそろと躊躇いがちにシャルロッテの手を掴むと、胸の前で斜めに掲げさせ、自分の腕を交差するように合わせた。
「冒険者は仲間を組むときこうするんだ」
「まぁ、素敵ですわね。なんだかかっこいいですわ」
「あぁ、俺が一人目の指導者に教わった数少ない役に立つことの一つだ。モグラの生まれ変わりかと思うぐらい視野が狭かったが冒険者の作法はよく知っていたな」
「本当に当たり前のように悪口を言いますわね……」
これは矯正するのが大変そうだなぁ、とシャルロッテは思った。そもそも本人に矯正する気があるのかわからないが。
「じゃあ階層主に挑むぞ」
「あっ、ちょっとお待ちになって!」
扉を開けようとする少年に、待ったをかける。
シャルロッテは少年の横から顔を覗き込み、にこっと笑った。
「せっかく仲間になったんですから、お名前を教えてくださいませ」
「……」
「お名前がわからなければ連携に不便ですわ。どうしても教えてくださらないなら、『偏屈しっぽ太郎』と呼びますわよ」
「なんだそれは」
少年は嫌そうに顔をしかめた。
偏屈な性格と、後ろでくくった髪がしっぽみたいに見えるのをいい感じに合わせたシャルロッテ渾身のあだ名である。
「『むっつり小柄戦士』もいいかもしれませんわね。『毒舌坊っちゃん』も――」
「やめろ。わかった、教える。ユリウスだ」
少年は根負けしたように名乗った。シャルロッテは残念そうに、「普通のお名前ですのね」と言う。
「普通に決まってるだろう。なんなんだお前のその赤子にも劣る幼稚な感性は」
「偏屈しっぽ太郎、可愛いと思うんですけれどねぇ。あ、わたくしはシャルロッテと申しますが、シャルでもロッテでもお好きなようにお呼びになってよろしくってよ」
「愛称で呼ぶほど親しくはないから遠慮する。もう用はないな? 入るぞ。俺は階層主の魔将イフリートをお前に近づけさせないよう動く。お前は、ほかの魔物をできるだけ倒してくれ。全部は期待していないから無理はするな。情報が正しければパイア二体とケルベロス二体がいる」
「わかりましたわ」
シャルロッテは頷き、ユリウスに続いてボス部屋に入った。
魔物はユリウスの言葉通りの構成だった。ボスはイフリートの強化版の魔物で、レベル25のパイアとケルベロスが二体ずつ脇を固めている。
「ファイアーボール!」
シャルロッテは、いつもより少しだけ大きめのファイアーボールを取り巻きの魔物にぶつけた。魔物が消滅し、ころん、と四つの魔石が床に落ちる。終了である。
「つくづく反則級の魔力だな……あとは任せろ」
ユリウスが前に出て、魔将イフリートと対峙した。
パイアやケルベロスと比べるとイフリートは人間に近い大きさだが、それでも優に身の丈二メートル以上はある大男である。しかも全身燃え盛って、物凄い圧と熱を発している。
そんな魔物相手に、身長150センチぐらいで筋肉も目立たないユリウスが立ち向かっているのは、なんとも不思議な光景だった。
ギャップの大きさで言えば、身長130センチぐらいのシャルロッテと四メートルほどの高さだったオーガの闘いの方が顕著なのだが、自分が戦うのと人の戦いを傍から見るのでは印象が違う。
それに、遠隔攻撃ですぐにケリがつくシャルロッテと違い、ユリウスは直接斬りつけにいっているので、体格差の不利がもろに響くのだ。
クールな表情ながらも、イフリートの周りで小刻みにステップを踏むユリウスの体からは湯気が立ち、汗が飛び散る。その張りつめた空気に、シャルロッテは応援を送ることもできず見入ってしまった。
飛び、沈み、反らす体の隅々まで繊細な制御が行きわたっている。例え力は弱くとも、計算されたその一刺しは蓄積し、魔物から望んだ動きを引き出していく。
ユリウスの剣技は舞いのように美しく、研ぎ澄まされた刀のように鋭い。
力任せにユリウスに掴みかかり、炎の拳を振り回すイフリートは身体面では遥かに格上なのだろうが、技術面では完全にユリウスに後れを取っていた。
――うわぁ……かっこいい……。
シャルロッテは手に汗握り、イフリートを追い詰めていくユリウスを見守った。
――すげーなぁ、派手で高火力な魔法は最高だけど、やっぱ剣で直接戦ってる奴ってヒーローっぽいよな。勇者とか、だいたい剣のイメージだもん。あ~、あんとき神の遣いに剣の達人にもなりたいって言っとけばな~。まぁないものねだりなんだけどさぁ。つかこいつ、この年でここまでできるのヤバいんじゃね?
改めてユリウスのとんでもなさに気づく。
ユリウスがケルベロスと戦っているときはそこまで思わなかったのは、シャルロッテにとってケルベロスが既に『雑魚敵』と認識されてしまっていたからだろう。しかし自分が敵わないイフリートの上位互換を相手にチートを使わず戦うユリウスを見て、その技能の凄みを感じることができたのだ。
――やっぱこいつと組んでよかった! ちょいちょい貶されるのは嫌だけど、そういう奴なんだってわかればそんな腹も立たねーし。
シャルロッテは満足げに微笑むと、イフリートを倒しぜいぜいと息をつくユリウスに駆け寄った。
「見事な戦いでしたわね! かっこよかったですわよ! 魔石はどうなさいます? ご自分でお持ちになりますか? 重いですからわたくしが預かっても――」
「見事? 思ってもないことを言うな」
ユリウスは険しい顔で左腕を上げ、額の汗を拭った。
「お前の何百倍も時間がかかった。こんなんじゃ駄目だ。これでは足りない。脆弱で鈍重で愚鈍、稚拙な剣筋、上滑りする斬り込み、全てが児戯に等しい。思い上がっていた自分に反吐が出そうだ」
「え……?」
ぽかんとするシャルロッテに魔石と報酬のドロップ品を全部渡し、ユリウスは出現した階段を降りていった。
――なんだあれ。褒められたのに嬉しくねーの? ていうか自分に対してもあんな悪く言うんだな。自他ともに厳しいってやつか? そんなストイックにならんで、もっと気楽に生きた方が楽しいのに。
シャルロッテは渡されたものを確認しないまま魔石箱に突っこんで、慌ててユリウスの後を追った。
どうにも調子の掴めない相手である。