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わかりあうのは一苦労


「お前なんでここにいるんだ! 帰れと言っただろう!」


 開口一番怒鳴りつけてくる少年に、シャルロッテはつい応戦してしまった。

 

「知りませんわよ! どうしてわたくしがあなたの言うことを聞かなくてはいけませんの!?」


「俺がいなかったら死んでたんだぞ!?」


「そ、れは感謝しておりますが!」


 痛いところをつかれ、一瞬たじろぐ。

 こほん、と咳払いをして、いったん気持ちを落ち着かせてから顎をつんと上げて言った。

 

「わたくしは偉大な冒険者を目指していますの。こんなところでつまづくわけにはいかないのですわ」


「ギルドで言ってたあれか? 本気だったのか。いくら魔法が使えるからといって、そんなひらひらしたドレスで単身迷宮に挑むとは気が狂っているとしか思えないな。お前の親はどういう教育をしてるんだ」


「親はいませんわ。先日亡くなりましたので」


 少年は言葉を詰まらせ、神妙な顔になった。


「……それは、悪かった」


 ――謝った! こいつ誰かに謝るって発想があったのか!? さすがにそこは人の心があったんだな……。

 

 シャルロッテは少し少年を見直した。両親が死んだことはシャルロッテにたいして悲しみをもたらさなかったが、一般的にそれは不幸な出来事だし、少年がその配慮ができる人間だとわかったのは朗報である。

 

「構いませんわよ。過ぎたことですわ」

 

「いや、不躾だった。すまない。しかし、両親が亡くなったとはいえそのドレスからして裕福な家庭の令嬢のようだし、金に困っているわけじゃないだろう。わざわざ危険を冒して迷宮に潜ることはないんじゃないか」


「わたくし、叔父に追い出されましたの。まぁ、正確には身の危険を感じたので逃げてきたのですが。もう実家には帰れませんわ」


「……お前も訳ありか」


 少年は苦々しそうにため息をついた。

 

「だがお前は五階層には進めないぞ。四階層の試練の間にはイフリートが出る」


「わかってますわ。ですから、あなたに声をかけましたのよ。わたくしたち、共闘しませんこと?」


 シャルロッテは、にこやかに社交用の笑顔を浮かべた。


「魔法攻撃無効の敵がいるなら、ここから先、物理攻撃無効の魔物もいるのではなくって? わたくしは稀代の魔法使いですわ! わたくしと組むことはあなたにとっても得だと思いますけれど」


「物理攻撃無効は九階層にいるサイクロプスだ。まだ魔法職は必要ない」


「まぁ、では九階層を突破するつもりはありませんの? へーえ、随分と野望がお小さくていらっしゃること! 身の程をわきまえておられるんですのねぇ」


 シャルロッテの精一杯の煽りに少年は顔をしかめる。


「……確かに、お前の言う通り俺たちは得意分野と苦手分野がちょうど真反対だ。だがお前が俺についてこられるとは思えない。魔物を相手にしているときに諍いを起こしたら倒せるものも倒せなくなる。俺はお前と組む気はない」


「ついて行けない? わたくしが!?」


 む、と口をへの字に曲げたシャルロッテのことなど気に留めず、少年は近くに現れたケルベロスの前に躍り出た。

 

「くそ! ある程度散らしてたのにお前と話してたら寄ってきちまった!」


「はぁ!? わたくしのせいですの!?」


 シャルロッテの怒りのボルテージはますます上がった。

 仲間になる誘いを断られるのは予想通りだったが、「ついてこられるとは思えない」はないだろう。シャルロッテは物理攻撃ができないだけで、魔法なら今のところどの魔物も秒で倒せるのだ。少年がどのぐらい強いのかは知らないが、天界のチートを貰ったシャルロッテを上回る天才ということはあるまい。

  

 ――そうだよ、だってこいつまだケルベロス倒してないし……あれ? まだ倒せないんだ。やけに時間かかってんな。そういやイフリートの時も、一刀両断とかじゃなくて少しずつ削ってから隙をつく、みたいな戦い方だったっけ。

 

 イフリート戦では死にそうだったため、ちゃんと観察できなかったが、それなりに時間をかけて倒していたような気がする。シャルロッテは少年がケルベロスと戦う様子を眺めた。

 跳躍力と危機察知能力が異常に高い。小柄な体を生かして素早く立ち回り、襲い来る鎌のような大きさの爪や炎の息から間一髪で逃れている。その動きの良さは目を見張るものがあるが、少年が繰り出す攻撃はちまちまとしていてあまりダメージを与えているように見えない。


 ――あっ、目玉に! いけ! いやかわされた! あ、足に斬りつけてる、いいじゃん、うわーっ蹴り上げられた!


 はらはらしながら眺めているうち、自分ならこんな手間をかけずに倒せるのに、ともどかしくなる。


 ――いや、なんか弱くない!? 思ってたより強くねぇなこいつ! よし、俺の力見せつけてやるぜ!

 

 シャルロッテが右手を掲げ、「ファイアーボール!」と唱えると、ケルベロスはいつものごとく消し炭になった。

 得意げに微笑み、今度は周囲の数匹の魔物に対して違う魔法を使う。

 

「アルティメットアクアベール!」


 叫んだシャルロッテの右手から水が蛇のようにうねりながら飛び出し、あっという間に周囲の魔物たちの体を包み込む。魔物たちは必死でもがくもまとわりつく水から逃れられず、草原の上で溺れ死んでいった。

 地味だが、水の粘度を高めて抵抗力を弱らせる成分を直接ぶち込む高度な魔法である。これはかなり感心されてもいいのでは、とシャルロッテは期待して少年を見たが、少年は顔を引き攣らせてシャルロッテを叱りつけた。


「馬鹿か! 無駄にあんな大技使うな! 隕石といい、お前の魔力管理はどうなってるんだ?」

 

「このぐらいの魔力すぐに回復しますわよ! わたくしの何が不満なんですの!? 正直あなたより強いですわよ! わたくしと仲間になれない理由を仰い!」


「だから、言っただろう。お前は俺についてこれないからだ」


「強さは十分ご覧になりましたわよね!?」


「そういうことじゃない。俺は人と組めないんだ」


「人と組め……え?」


 シャルロッテは眉をひそめた。何かがおかしい。

 

「わたくしの能力があなたに見合っていない、という意味ではありませんの?」


「は? 違う。お前の実力はもうわかってる。見たこともない強力な魔法、王宮魔法使いと並んでも引けを取らない魔力、愚鈍な器にはもったいないほどの才能だ。そうじゃなくて、俺は迷宮で誰かと一緒に行動できないんだよ」


「えぇ……それならそうと仰ってくださいませんと」


 あんなにむきになって魔物を倒さなくてもよかったのに、と肩の力が抜ける。常時息をするように人を馬鹿にしてくるものだから、今回も馬鹿にされているのだと勘違いしてしまった。


「何かそういう呪いでも受けてますの?」


「さあな。どういうわけかわからん。ただ俺と組むとみんな腹を立てて、魔物そっちのけで俺に掴みかかってくる。

新人冒険者は迷宮の勝手がわからなくてよく死ぬとかで、ギルトは少し前から新人冒険者のためにベテラン冒険者を指導者としてつけることにしたらしくてな。一か月ぐらいいろいろ教わりながら一緒に迷宮に入って、指導者が認めたら新人は正式に迷宮に入れる資格を得る。だが俺についた指導者はどいつもこいつも短気で横暴、態度だけは大物だが不注意で無知な間抜けばかりで、俺が問題点を指摘しても改めず逆上し攻撃してきた。そいつらが俺のことを悪しざまにギルドに報告するものだから、指導者が二回も変わったんだよ。俺もちゃんと説明したんだが、三人目の指導者と上手くいかなかったのを見てギルド職員が俺が悪いと決めつけてきてな」


「はぁ……」


 シャルロッテは呆れ顔で相槌を打った。少年がベテラン冒険者に対しても歯に衣着せぬ罵倒を繰り広げて怒りを買っている様子が目に見えるようだ。

 どうやら少年の口の悪さは、シャルロッテにだけ発揮されるものではなかったらしい。いつもあの調子で人と接しているなら、そりゃあ仲間など作れないだろう。


「新人冒険者に支給される冒険者証は仮の状態で、指導者と一緒じゃないと迷宮に入ることができない。仮をはずして正式な冒険者になるためには指導者に認められる必要がある。そんな低劣で忌々しい規則のせいで、俺は夜の迷宮探索などという非効率極まりないことをやるはめになっているわけだ。指導者つきじゃなくても四級以上の冒険者の荷物持ちとしてなら入れるってことで、何度か応募したんだが、全て面接段階で断られた。『お前みたいな奴は誰も仲間にしない』だそうだ。残念だが、俺には何らかの、仲間にしがたい欠陥があるんだろう。お前も会うたび俺に腹を立てているようだし、仲間になっても長続きするとは思えない」


「それで……わたくしから誘っているというのに初手から断ったんですの……」


「そうだ」


 少年はきっぱりと言った。

 その曇りなき澄んだ(まなこ)をなんともいえない気持ちで見上げ、シャルロッテは思う。


 ――こいつ、性格が悪いとかプライドが高いとかじゃなくて、単に凄まじいコミュ障なのでは……。


 おそろしく面倒な性格ではあるが、付き合い方がわかればうまくやっていけなくもないのかもしれない、というわずかな希望が芽生えた瞬間だった。


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