優しい、意地悪、変な奴
少年はイフリートと一定の距離を取りながら剣を振り、衝撃波を放つ。その衝撃波はイフリートを後ろに押し出し、少しずつ傷をつけていった。
イフリートは何度か少年に近づこうと踏み込むが、その度に少年は衝撃波や変則的なステップで躱し、燃える体に触れないよう立ち回る。
そのうち接近戦では埒が明かないと見たのか、イフリートは動きを止めると火弾を七つ生み出し、少年に向かって打ち出した。
「来たな!」
少年は嘲るように言いながら剣を横なぎに振るって火弾を全て受け止め、返す刀でイフリートの胸を突き刺す。
すると、今まで炎の中から隆々とした筋肉を見せつけていたイフリートの体が焼け爛れだした。己が纏う炎を制御できなくなったのだ。イフリートは苦悩の表情を浮かべ、最後の力で少年に覆いかぶさろうとするが、少年はそれを難なく払う。
やがてイフリートは炭化して燃え尽き、地面に魔石がぽとりと落ちた。
少年はそれに目もくれず、地面に横たわっているシャルロッテを振り返る。
「おい、大丈夫か」
「う……」
「火傷と骨折と切り傷か。欠損はないな。まぁ飲め。運が良ければ生き残れるだろう」
ウエストポーチから取り出した小瓶をシャルロッテの口元にあて、緑色の液体を流し込む。
「む、ん、んぅ……ぷはぁ! まっず!」
シャルロッテは飛び起きた。
「とんでもなくマズいですわねこれ!」
「命には代えられないだろ。あんなボロボロだったのに動けるようになってるじゃないか」
「あ、本当ですわ……」
シャルロッテは自分の体を見下ろし、両手を開いたり閉じたりしてみた。
「さっきほど死にそうな気分じゃありませんわね。まだ痛いし火傷痕もありますが」
「完治はしない。そんな高いポーションは買えなかったからな。まぁ俺はできるだけのことはやった。あとはお前次第だ」
少年の言葉にシャルロッテははっとした。そうだ、この少年のおかげでなんとか生き延びることができたのだ。また助けられてしまった。しかも今回は絶体絶命のピンチからの救出。
もしかして、この少年は口が悪いだけで物凄くいい奴なのではないか? 前回会った時に馬鹿にされ倒したのは納得いっていないが、ここは細かいことは置いておいて、心からお礼を言わねばなるまい。
シャルロッテは居住まいを正して、少年に頭を下げようとした。
「あの、助けていただいて本当にありがとうござ――」
「そもそもお前、そんなザマでよく四階層までこれたな? ありえないほどの強運の持ち主か、護衛でも連れてきたか? イフリートに一方的にやられたということは情報収集を怠ったな? あんなのは習性を知っていればどうとでも対策できる魔物だ。怠惰、傲慢、強欲、迷宮で消えていった冒険者たちの悪癖を全て備えた素晴らしい性格の持ち主のようだな。そんな甘い料簡で迷宮に挑むとは身の程知らずも甚だしい。二度と足を踏み入れるなよ」
――こいっつ……!
怒涛の皮肉と罵倒に、シャルロッテの脳裏に怒りが蘇る。
そうだ、こういう奴だった、不遜な態度と人を小馬鹿にしたような話し方、流れるような毒舌。このコンボを決められると、反射的に「嫌い!」と思ってしまう。
――いや、堪えろ俺、こいつは命の恩人、助けてくれたんだ、それに薬までくれたし、言ってることは間違ってない、ただちょーっと一言多いだけ……。ちょっとってレベルじゃねぇけど、まぁここは俺が大人になってやろう! 精神年齢は俺の方がずっと上なんだし!
「ご、ご忠告感謝いたしますわ。この度はわざわざ助けていただき本当にありがとうございました。わたくし、シャルロッテと申しますの。あなたのお名前は?」
引き攣った顔でなんとか微笑もうとするが、少年は容赦なく追撃を被せてきた。
「俺の名前など聞く必要はないし、俺もお前の名前は覚えない。もう会うこともないだろうからな。まさか会うつもりなのか? 生半可な気持ちで迷宮に潜ると今度こそ死ぬぞ。弱い者は弱い者なりの生き方というものがある。金を出せば良い装備は手に入るが実力は買えないんだ。お綺麗な顔が原形を留めなくなる前に帰れ。空っぽの頭でも家の番ぐらいはできるだろう」
ぶつ、と頭の血管が切れたような音がした。
シャルロッテは拳を握り締め、わなわなと震える。
「もっ、もう我慢がなりませんわ……! なんっであなたは毎回毎回、素直にお礼を言おうとする気持ちをへし折ってくるんですの!?」
「礼など求めていない。俺は俺がやれることをやったまでだ。お前を助けることで自分が危険に陥ると思ったら助けなかった。だいたいお前は自分の礼に価値があるとでも思っているのか? お前に礼を言われたところで俺は少しも得しない。そんなくだらないことにこだわっている暇があるならおめでたい頭を冷やしてさっさと帰れ。目障りだ」
「あ゛ー! いいからもう一言も喋らないでくださいませ!」
シャルロッテは真っ赤な顔で耳を塞いだ。このままこの少年の言葉を聞いていたら憤死しかねない。
「わたくしは! 帰りませんわよ! 一級冒険者になりますので!」
「は!? 何馬鹿なこと言ってんだ、帰れ!」
「帰りませんわ! 魔法が効かないイフリートを避ければいいだけですもの! ほかの魔物なんか瞬殺ですわ! メテオストライク!」
シャルロッテは遠くの地平を指さし、鬱憤を晴らすかのように魔力をがつんと注ぎ込んで広範囲特大魔法を唱えた。
夜空に無数の光が出現し、凄まじい速度で地上に向かって降り注いでいく。それはさながら、神の怒りを買ったことによる天罰のような光景であった。
落ちた隕石は爆発音と共に辺り一帯を吹き飛ばし、魔物たちを殲滅した。迷宮であるため地形は変わらないが、草木はことごとく薙ぎ払われ、土の上には巨大な隕石が積み重なる。しかし生き物が地上から消え失せてなお空から放たれる流星矢は止まる気配がなく、暗闇に覆われていたはずの迷宮は一気に閃光と火球の光に照らし出された。
「なんだあれは……」
少年は唖然として目を見開いた。その目には畏怖と感嘆の色が浮かんでいた。
「夢でも見ているのか?」
「わたくしがやりましたのよ」
シャルロッテはふふんと胸を張った。
「『弱い者』じゃないとおわかりいただけたかしら!」
「……」
少年は信じられないような顔でシャルロッテを見たあと、なんともいえない残念そうな表情になり、深いため息をついた。
「そうだな。お前が思っていたより更に数段上の馬鹿なんだとわかった」
「まぁ! どういうことですの!?」
「そのままの意味だよ」
少年はシャルロッテの頭に手を近づけ、パチンと指で額をはじく。
「迷宮で消費するような才能じゃない。こんなところにいないで帰れ」
「え……?」
「それだけの魔法が使えるなら、脳みそが足りなくても大事にしてくれる組織はいくらでもあるだろう。使い潰されるんじゃないぞ」
そう言うと、少年はくるりと踵を返し、シャルロッテから離れていく。
「…………今、もしかして褒められましたの?」
少年の後ろ姿を不可解そうな面持ちでみつめながら、シャルロッテは首を捻った。
いつもお読みくださる方、評価やブックマーク、いいねをつけてくださる方、本当にありがとうございます。おかげさまでやる気が出ます。
申し訳ないのですが、私生活が忙しくなるため一週間ほどお休みいたします。
再開後に少年の事情やシャルロッテとの関係の変化など書いていく予定です。いましばらくお待ちくださいませ。