山あり谷あり出会いあり
「おーっほっほ! 敗北を知りたいですわぁ!」
会う魔物会う魔物、まるで相手にならない。
これぞチート! 魔法最強! とシャルロッテは高笑いをしながら四階層に降りていく。
ヴェアヴァーデン森では出力を誤って大変なことになり、以降はずっとおとなしく過ごしていたので、転生してから初めて気持ちよく無双できている気がする。
相変わらず暗くて見えづらいが、光魔法の出力を上げて照らしてみると、四階層はだだっ広い草原のようだった。
ドドドドドッ!と物凄い勢いで地響きの音が近づいて来たので、咄嗟に自分の周囲五メートル一帯に電流を張り巡らせる。
「サンダーバリア!」
例によって英語はいい加減だ。
呪文を唱えた直後、中型トラックほどもある巨大な猪が体当たりしてきた。
――アッこれぶつかる!? ヤバ――
迫りくる巨大弾丸にひやっとするが、イノシシはバリアに前脚が触れた途端ビクッと震えて固まり、そのまま電流を受け続け、けたたましい音を立てて倒れていった。
――た、た、助かったー! 何食ったらこんなデカくなるんだ……怖すぎる。
早鐘を打つ心臓を押さえながら、シャルロッテはドロップ品の『パイアのモモ肉』『パイアの蹄』と魔石を回収した。オーク肉と比べると肉の塊が格段に大きい。また魔石箱を拡張する。
パイアの魔石の大きさはピンポン玉程度で、二階層のボスであるオーク卿と同じぐらいだった。
「ま、まぁ、こんなもの、ですわねっ!」
誰が見ているわけでもないのに見栄を張り、シャルロッテはこほんと咳払いをした。
しかし、落ち着いて考えてみれば、バリアを張るまでもなく飛行魔法で上空に飛べば回避できた攻撃だった。飛行手段があるというのはそれだけで大きなアドバンテージなのである。
同じく空を飛べる魔物が現れるまでは、空からの爆撃でヌルゲー状態にできるだろう。
草原という障害物のないフィールドが幸いして、高度を上げるだけで魔物の数も位置も一度に把握できる。
シャルロッテは草原に散らばっている魔物を適当に選び、ステータスを表示した。
パイア ツルゲフ迷宮の魔物
階位 1
レベル 9
生命力 228
魔力量 128
スキル 突進 8
踏みつけ 5
圧し掛かり 9
跳ね飛ばし 4
オルトロス ツルゲフ迷宮の魔物
階位 1
レベル 12
生命力 186+186
魔力量 186+186
スキル 噛みつき 7
引っかき 8
跳躍 10
炎の息 4
氷の息 4
嗅覚鋭敏 7
敏捷 9
パイアは先ほどの巨大猪、オルトロスは双頭の犬である。
パイアほどの大きさではないが、オルトロスも小型トラックぐらいはある。しかも二つの頭がそれぞれ生命力と魔力を有しているようで、実質二匹分という厄介な魔物だ。
物理攻撃と魔法攻撃のどちらにも対応しなくてはならないのも大変である。
しかし、シャルロッテが気にしたのはそんなことではなかった。
「また! 犬! なんなんですのこの迷宮は! 犬虐待性癖でもあるんですの!?」
シャルロッテはいきり立った。
「この姿、バーニーズマウンテンドッグですわね……いやバーニーズはあんなに目がギラついてませんけれども。はぁ、テイマーのスキルとか取得できないかしら?」
頬に手を当てて憂いていると、オルトロスがシャルロッテのいる場所に届きそうな勢いで跳躍しつつ炎の息を吐いてきたので、レーザービームで真っ二つにする。
「無双できるのは最高ですが、少々張り合いがありませんわねぇ。もしかしてこのまま迷宮攻略してしまえるのではないかしら。うふふ、そうしたら一気に一級冒険者に昇格ですわ!」
一級の徽章をつけて尊敬の目を向けられる未来を想像し、自然とにやけてしまう。
アダムに、今すぐ一級冒険者になるにはどうすればいいのか聞いたら、迷宮を攻略すればなれると教えてもらったのだ。
「ガッハッハ、そうだなぁ、ツルゲフ迷宮の攻略なんかすれば一発だろうな! 三十階層が攻略されたのは百年前で、今は一級冒険者だってギリギリ十五階層までしか行けてねえのさ」
三十一階層攻略でもかなりの大事件で確実に一級推薦発議は出されるらしいが、迷宮自体の完全攻略ともなるともう桁違いの偉業となり、王族にも意見を言えるレベル、と言っていた。
「ま、俺たち中堅からしたら夢みてぇな話さ。地道にしぶとく稼いで、くたばらねぇようにそこそこの魔物を倒していくしかねぇ。俺ぁあと十年もすれば引退するつもりなんだ」
豪快な見た目をしているわりに、アダムは堅実派だった。だからこそ今まで生き残ってこれたのかもしれない。
でも俺ならもっと上を目指せるはず、とシャルロッテは高揚感に満たされながら思った。パーティーを組んでやっとオーガに対抗できるアダムと違って、シャルロッテは一人で倒すことができるのだから。
ボス部屋を探そうと地上を見下ろして目を凝らしていると、ぶわっ、と横から熱気を感じる。
「え? まぁ、魔法タイプですわ!」
宙に浮き、全身に炎をまとった青年が、シャルロッテを狙って火の玉を放ってきた。ファイアーボールよりは小さいが、当たれば一大事だ。
シャルロッテは慌てて水魔法で幕を張って攻撃を防ぐ。ついでにこちらからも魔法攻撃を仕掛けた。
「ウォーターバリア! ウォーターハンマー!」
凄まじい量の水が、叩きつけるように炎の青年に襲い掛かる。
「ふぅ……油断大敵ですわね。まぁでも、わたくしの敵ではありませんわ!」
また高笑いをしようとしたシャルロッテは、水が全て地上に落ちていったあとの空間を見て動きを止めた。炎の青年が、まだ存在している。
「……え? あれで駄目ですの? ア、アイスクラッシュ! アイスニードル!」
今度は、より冷たくて効果が高そうな氷で攻撃するが、いずれも炎の青年の体に到達する直前にふっと消えてしまい、少しも傷つけることができなかった。
「何故!? どうしてですの!? ボスでもないのにこんな……!」
初めての出来事に、シャルロッテはパニックに陥った。今まで、こんなことは一度もなかった。もっと上の階層ならともかく、ここはまだ四階層なのである。シャルロッテの魔力量とレベルの高さで倒せない敵がいるなんて信じられない。
「スッ、ステータス! ステータスを!」
イフリート ツルゲフ迷宮の魔物
階位 1
レベル 15
生命力 255
魔力量 2112
スキル 火弾 8
炎舞 7
炎身 10
剛力 7
魔法攻撃無効
「魔法攻撃無効っ!?」
これのせいだ、とシャルロッテは青くなった。
しかもスキルレベルがない。確率で無効とかテクニックで無効というわけではなく、確実に無効になるのだろう。
――そんなんアリかよっ!? いや確かにゲームでもそういう敵はいたっちゃいたけど! くそっ、予想してなかった俺が悪いのか!?
どうすればいいのかわからず、とりあえず逃げようとイフリートに背を向けるが、素早く後ろから接近されて左腕を掴まれ、そのまま地面に叩きつけられた。
「ぐぅあぁぁあ! うっ……」
息が詰まる。瞼の裏が赤い。それは血の赤か、炎の赤か。焼けつくような熱気が近づき、炎を宿した拳がシャルロッテの頬を殴りつける。少女の体はいとも簡単にふっとばされ、地面の上で何度か弾んだ。
――痛ぇ!!! 痛い痛い痛い痛い、なんだこれ、全身痛い! 骨折れてっかも、しんどい、あちこちじんじんする、やだ、やだやだやだ!! なんでこんなことになってんの、俺はチートじゃなかったのか!? 魔法攻撃無効なんてズルい、くそ、剣術のスキルももらっときゃよかった、あの天使があんな急がなきゃそれも言えたのに、でも魔法だけでも十分凄かった、無敵だと思ってた、絶対こんなとこで死ぬような力じゃないのに!
イフリートの拳がまた迫る。シャルロッテの頭は恐怖に塗りつぶされるが、体はピクリとも動かない。
――死ぬのか。俺が。
それは初めて感じる死への絶望だった。
前世の人生は気づかないうちに終わってしまい、痛みも恐ろしさも感じることはなかった。
だからシャルロッテは明るさを失わなかった。前と同じような感覚で、楽観的かつ単純に生きてきた。軽い気持ちで冒険者になろうとして、考えなしに迷宮に突入した。そしてこんな状況に追い込まれている。
――嫌だ。まだ死にたくない。やりたいことが沢山あるんだ。こんなとこで誰にも知られずひっそり消えちゃうなんて最悪だ。誰でもいい、誰か……
「たすけて……」
か細く発せられた声は、ガッ!と何かがぶつかる音に掻き消され、誰にも届くことはなかった。
「………………え?」
シャルロッテは目を見開いた。
剣だ。
鈍く銀色に光る武骨な剣が、イフリートの拳を食い止めている。イフリートは飛びのいて、剣の持ち主を見据えた。
剣の持ち主は、シャルロッテを庇うようにして前に立ち、剣を構えなおす。
それは、黒髪を後ろで束ねた涼やかな顔立ちの少年。ギルドにいた詐欺師からシャルロッテを助けてくれて、その後散々な毒舌を吐いて去っていった、あのいけすかない少年だった。