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迷宮周りは景気がいい


 次の日の朝シャルロッテが食堂に行くと、そこはむくつけき男たちでごった返していた。

 「月!」「太陽!」いう単語が飛び交い、給仕がてんてこ舞いで動き回っている。

 昨日アダムに聞いたところによると、この食堂には肉が多めで辛い味付けの『月の章』、肉が多めで甘い味付けの『太陽の章』、肉は普通の量だが希少な部位を使っている『星の章』の三つしかメニューがなく、付け合わせはその時によって変わるらしい。

 大雑把な冒険者向けのわかりやすいメニューである。

 

「わたくし今日は『太陽の章』にしますわ。昨日食べきれなかったので、量は少なめにしてくださいませ」


 開いている席に潜り込んで、給仕に頼む。

 はいよ!と威勢のいい返事で男性の給仕は注文を受けたが、食事を持ってきたのは十歳前後の少女だった。

 丸襟のブラウスに赤いワンピースを着ていて、短めの茶髪を上の方で二つにくくっている。

 愛嬌のあるリスのような顔立ちで、鼻の辺りに少しそばかすが散っているのが可愛らしい。


 少女は皿をシャルロッテの前に置くと、きゃー!とはしゃいで両手を顎の下で組んだ。


「かわいー! お嬢様って感じ!」


「え?」


「ねぇ、名前なんていうの? あたしはリーゼ! 十二歳だよ! ここの店の支配人の娘!」


「わ、わたくしはシャルロッテと申しますわ」


「シャルロッテ! 名前までなんか高級そうじゃん! シャルロッテって、どっかのお嬢様なんだよね? 違う?」


「まぁ、お嬢様と呼ばれてはいましたが……」


 リーゼの勢いに押されながら、シャルロッテは答えた。育ちは間違いなくお嬢様である。今の身分はなんだかわからないが。

 

「やっぱり!」


 リーゼは目を輝かせた。

 

「あたし、お嬢様に憧れてるの。お嬢様って素敵だよね。まったりお茶会しておいしいお菓子食べたり、お仕事はしないで刺繍したり庭を散歩したり、かっこいい騎士様に忠誠を誓ってもらったりするんでしょ?」


「最後のを除けば合ってますわね」


 シャルロッテは、複雑な気持ちで頷いた。確かにそう言われるととても優雅で気楽そうに聞こえる。シャルロッテだって、転生前はそう思っていた。案外不自由なのは、経験したからわかったことである。

 

「騎士様はいなかったの?」


「いませんでしたわ。わたくし、外部の方とはそんなに交流しておりませんの。婚約者と会ったのも一回きりでしたし」


「婚約者!」


 リーゼは、全身から好奇心を迸らせた。

 

「どんな人だったの? かっこよかった?」


 しかしシャルロッテが答える前に、リーゼの頭上から拳骨が降ってきた。

 

「くぉら、リーゼ! お客様に絡むんじゃない!」


「いだっ! いいじゃんお父さん、あたしが話しかけるとみんな喜んでくれるよ?」


「それは冒険者の方だからだろうが! 小さい娘っこなのに物怖じしないんで可愛がってもらってるが、普通はお客様に馴れ馴れしく接したりしないんだ! うちももう小さい家族経営の料理屋じゃないんだから。すみませんね、お客様」


 刈り上げた茶髪にエプロン姿の筋肉質の男は、リーゼの首根っこを押さえながらシャルロッテに謝罪した。

 会話から察するに、リーゼの父親でこの宿屋の支配人なのだろう。


「かまいませんわよ。年の近い方と知り合えて嬉しいですわ」


 シャルロッテは微笑んだ。

 

「わたくしははっ、じゃなくて、十歳ですの。仲良くしてくださいませね」


「やったー! じゃあ友達ね!」


 無邪気に喜ぶリーゼに、父親はため息をつく。

 

「ありがとうございます、お客様。うるさくて迷惑だったら遠慮なく仰ってください」


 シャルロッテにぺこぺこ頭を下げながら、リーゼを引きずるようにして厨房に戻っていった。

 シャルロッテが貴族的に見えるから気を遣っているのだろうが、シャルロッテ本来の気質はむしろリーゼに似ているので、ちっとも失礼だとは思わなかった。

 元気で明るい子だなー、早速ダチができちゃったぞ、と気分良く料理を食べ進める。

 

 朝の冒険者たちは、かき込むようにして食事をとると慌ただしく外に出ていく者ばかりで、ゆっくり話を聞けそうもなかったので、シャルロッテも食べ終えるとすぐに宿を出た。

 昨日腕輪を売ったフックス商店に行き、自分が背負えそうなリュックと携帯食料を購入する。

 革鎧や剣に惹かれる気持ちはあったが、シャルロッテの体格に見合ったものが置いておらず、調整してもらったとしても活用できそうもないことから断念した。

 それに実際のところ、攻撃も防御も魔法で十分なのだ。

 

 ツルゲフ迷宮がある場所には高い塔が立っており、離れていても見えるので迷わずに辿り着くことができた。

 近くには屋台が沢山出ていて、軽食屋が多かったが、刃物研ぎ、ポーション、出張質屋などの迷宮付近ならではの店もあった。

 

 塔に近寄ってみると、人一人しか通れなさそうな入り口の前に門番が五人立っていた。出口は裏側にあり、どちらも一方通行のようだ。

 冒険者たちは門番にカードのようなものを見せ、硬貨を渡して中に入っていく。その度に門番は、手元の書類に何かを書きつけていた。

 

 ――門番、思ったよりいるんだな。まぁ俺は夜行くから関係ねーけど。

 

 シャルロッテはあちこちの屋台を眺めて暇つぶしし、合間にお菓子や軽食も買って、迷宮周辺を満喫した。

 人ごみの中には冒険者ではなさそうな家族連れもいて、観光地としての機能も果たしていることが窺える。道理で迷宮まんじゅう的なものが売っているわけである。

 

「おっ、お嬢ちゃん可愛いね! 三個買ってくれたら一個おまけしちゃう!」


「そんなに食べられませんわ! 二個ならいいですわよ!」


「うーむ、しゃあねぇ、特別だぞ!」


 活気溢れる広場は、身を置いているだけで元気がもらえるようで楽しい。シャルロッテはこういう場所が大好きだった。


 しかし日が沈んでいくにつれて、辺りは閑散としていく。夕暮れ時にはもう、迷宮から出てくる者しかいなくなっていた。

 日没と共に、『夜』が始まる。ここからは魔物が有利な時間だ。門番たちは建物の扉に(かんぬき)をかけ、ぞろぞろと連れ立って帰っていった。

 

 シャルロッテは門番の姿が完全に見えなくなったことを確認すると、扉に近づき閂を引き抜く。ちゃんとした鍵ではなくて助かった。

 光魔法を発動し、建物の中に入っていく。中はがらんとして何も置かれておらず、ただ中央の床に幅二メートルぐらいの下に続く階段があって、それを囲むように青く光る魔法陣が描かれていた。


 階段を一歩降りると、どくん、と何かが体中を走り抜けたような感覚に襲われ、びくりとする。


「なっ、なんですのっ? 敵っ!?」


 きょろきょろと首を動かすが、特に何かがいる気配はせず、怪我や痛みもない。

 少し待って何も起こらなかったので、おそらく迷宮に足を踏み入れるとこうなるものなのだろう、と結論づけ、歩を進めた。

 

 ――一階層は雑魚ばっかりってアダムは言ってたけど、あいつあれで三級らしいからかなり強ぇんだよな。舐めてさっくりヤられないように気をつけねーと。

 

 気を引き締めて、石壁に囲まれた暗い通路を歩く。

 と、ちょうど前方から緑色の魔物が歩いてきた。尖った耳、成人男性ほどの背丈、腰みのを巻き右手に棍棒というゲームでお馴染みのゴブリンスタイルである。


「初戦闘、ですわね……!」


 シャルロッテはぎゅっと奥歯を噛みしめた。


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