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友達百人できるかな

 女神の星屑亭は、街の中心部の小綺麗な通りに位置する高級宿屋だった。

 中心部ということは、ダンジョンに近い。つまり、高額な宿泊費を払えるランクの高い冒険者が多く泊まっているのである。

 一泊緑貨二枚(約二万円)と聞いてシャルロッテは怯んだが、ちょうどその時食堂から漂ってきたいい匂いにつられて、一週間分予約してしまった。

 幸い、腕輪を思いの外高く買い取ってもらえたので、資金にはだいぶ余裕がある。


「お嬢様、お目が高い。うちの料理長は王宮で働いていたこともある凄腕なんですよ。元々女神の星屑亭は料理屋だったんですが、そのまま寝たいというお客様のご要望にお応えする形で宿屋を始めたのです。朝と夜の食事は宿泊費に含まれていますので、どうぞ今からご賞味くださいませ」


 受付の男性の言葉にわくわくしながら食堂に行く。

 高級宿屋とはいっても、客層が冒険者中心なためかかしこまったレストランのような形式ではなく、木の長机と長椅子が並ぶカジュアルな雰囲気だ。

 まだ時間が早いので混みあってはいないが、ぽつぽつと冒険者らしき客が座って食事している。見事なまでに全員男だった。

 

 シャルロッテとて、ビキニアーマーのセクシーな女性冒険者がいるとまでは思っていなかったが、魔法使いとか治癒士とか、力が強くなくてもできそうな職業では女性もいるはずと期待していた。

 しかし、今のところ冒険者ギルドでもここでも女性を一人も見ていない。なんでだよー、とふてくされながら食堂を見渡す。

 と、ハルバードを脇に置いた髭もじゃのマッチョな男と目が合った。見た目は怖いが、瞳はつぶらだ。


 ――子熊みたいで可愛いかもしれん! この人にしよ!

 

 シャルロッテは足取り軽く髭もじゃ男のいるテーブルに行き、向かいの席に座った。


「ごきげんよう、おいしそうですわね」


「あぁ?」


 髭もじゃ男は困惑したような声を漏らした。なんだこの娘っ子は、という顔である。

 

「わたくし、シャルロッテと申しますわ。ここに泊まるのは初めてですの。おすすめの料理を教えてくださいませんこと?」


「あぁ……それなら、俺が今食ってる『星屑亭月の章』だな。肉が多くて食いでがある」


「いいですわね。ありがとうございます。わたくしもそれもしますわ」


 シャルロッテは給仕を呼んで、自分の料理と、ついでに酒も頼む。

 

「おい、嬢ちゃん、豪気なのは買うがその年で酒はやめとけ」


「これはあなたに差し上げますわ。教えていただいたお礼です」


 にこ、と微笑むシャルロッテに、髭もじゃ男はきょとんとして、それからわっはっはと笑い出した。

 

「こいつぁいい、話のわかる嬢ちゃんだ! 俺はアダムってもんさ。うまいメシの話だけじゃあ悪いから、ほかに知りたいことがあれば教えてやるぜ」


 そこから一気に打ち解け、シャルロッテはアダムに冒険者や迷宮まわりのことをいろいろ教えてもらった。

 別に秘密にするようなことでもなく、酒が入ったせいもあって口が軽くなり、聞く端から答えてくれる。

 ジョッキはかなり大きめだったが、話しているうちに喉が渇くのかアダムがぐいぐい酒を煽ったため、結局三杯おかわりすることになった。しかし十分な情報を得られたのでシャルロッテは惜しいと思わなかった。

 

 勧められた料理も良かった。ふっくら焼き上げられた肉と山盛りのポテトサラダ、少し辛いトマト風味のスープという単純な構成だが、素材の味を引き出す味付けで、ここ数日野宿飯しか食べていなかったシャルロッテは大満足した。


 知りたかったことはほとんど知れたので、気持ちよく酔っ払ったアダムと手を振り合って別れ、泊まる部屋に移動する。

 ベッドとクローゼット、簡素な丸テーブル、ソファが置かれた普通の部屋だった。伯爵家で使っていた部屋と比べると雲泥の差だ。調度品の質も、部屋の広さもかなり落ちる。

 しかしシャルロッテにその辺のこだわりはないので、今日は布団で眠れるぜーわーい、とベッドにダイブした。

 

 アダムが教えてくれたことによると、ツルゲフ迷宮は地下三十階まで発見されており、この国でも指折りの巨大迷宮らしい。

 出てくる魔物の種類も多種多様なため魔物素材の売買が活発で、冒険者が集まって街が大きくなっていったようだ。

 しかし魔物と戦うなどという危険な仕事につくのはやはりほかで雇ってもらえないようなチンピラや貧乏人が多く、問題を起こす確率も高いため、低級冒険者は忌避されがちだという。


 ランクが上がると一目置かれるようになり、四級にもなるとギルドに頼りにされだす。

 ランクは一級から六級まであり、一級が一番強い。一級は白金、二級は金、三級は銀の徽章を貰えるので徽章組と呼ばれるらしい。

 徽章組は貴族も無視できない発言力を持っていて、その動向によって政治が変わることもある。ゆえに、とんでもない功績を積み上げないとランクアップが認められない。

 シャルロッテは話を聞きながら、俺はすぐ一級になってやるぜ!と意気込んだ。

 

 直近で役に立ちそうな情報は、迷宮の門番の勤務時間についてだ。

 迷宮に入るためには、冒険者ギルドで登録しないと発行してもらえない冒険者の身分証を門番に見せる必要がある。

 しかし、夜は門番がいないらしい。 

 夜は魔物が二倍の強さになるが、得られるものは変わらない。割に合わないので誰も入ろうとせず、門番も立たないのだ。

 ほかの冒険者が来なくて、門番もいない。なんて好都合な状況だろう。誰にも止められることなく迷宮に入ることができる。

 これで魔物をガンガン倒せるぞ、とシャルロッテはほくそ笑んだ。

 

 今すぐにでも行きたくてたまらないが、今日は何の準備もしていない。

 明日携帯食やリュックを買って、夜になるのを待った方がいいだろう。


 部屋に清拭用の小部屋がついていたので、大きな桶に入った水を魔法で沸かして、シャルロッテは体を洗った。

 そうしているうちに、昼の出来事が思い出される。

 夢見ていた冒険者ギルドに行けたこと、受付のお姉さんが可愛かったこと、親切だと思った冒険者に騙されていたこと、助けてくれた少年に馬鹿にされてめちゃくちゃ腹が立ったこと――。


 冷静になって思い返してみると、あの少年はおそろしく口が悪いだけで、シャルロッテに対して危害を加えたわけではない。むしろ助けてくれている。

 しかし突かれて嫌なところを的確に抉る毒舌、煽るような口調、人を見下しきった態度が合わさることにより、やたらと神経を逆撫でしてくる嫌な奴にしか見えなくなるのだ。


 ――なんだっけ? 『母親の腹の中から知性を取り戻してこい』とか言ってたな。よく思いつくよな、そんな言葉。確かにあいつは俺より頭がいいのかもしれん……。

 

 シャルロッテは渋々認めた。

 

 ――でも友達は絶対俺のが多い。今は来たばっかだから知り合いが少ないけど、暮らしてくうちに段々増えてくるはず。少なくともあんな態度悪い奴よりは人に好かれる自信がある! 俺はあんま頭が良くない、かもしれない、けど! 頭がいい奴の力を借りることはできるんだからな! 見てろよ失礼男!


 バシャーン、としぶきをあげながら、シャルロッテは拳を振り上げた。


 ――絶対あいつより上のランクになって、「へー、俺より弱いんだ」って言ってやる!


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