そういえばお嬢様なんだった
謎の少年に対するシャルロッテの怒りは叫んだだけでは収まらず、しばらくその場で地団太を踏んだりしていたが、ひとしきり体を動かすと憑き物が落ちたように冷静になった。
「はぁ、はぁ……こんなことをしている場合じゃありませんわ。冒険者登録に向けてやるべきことをいたしませんと」
ギルドの建物があるほうを見据えながら考える。
今の一番の目標は、ギルドで冒険者登録をすることだ。しかし、先ほどとたいして変わらない状態のままもう一度行って頼んでも、受け付けてもらえないだろう。
何故駄目なのか。一つは、シャルロッテが魔物を倒せるほど強いとわかってもらえていないこと。もう一つは、親の許可がないこと。
二つ目に関しては、親はいないから大丈夫と言えばいいだろう。どうもクレームを恐れているようだから、シャルロッテに何かあっても文句を言わない、という誓約書などを書けばなんとかなるんじゃないかという気がする。
そうすると、問題は一つ目である。
強い冒険者と戦わせてもらうとか、板切れや砂袋に攻撃して魔法の威力を見せるとか、いろいろやりようはあるはずだ。
だが、それだといまいちインパクトがない。
もっと「大型新人が来たぞー!」と言われる感じにしたい。
漫画の主人公ならこういうときどうしていただろうか。
ギルド中から驚きと畏怖の目で見られる主人公のシーンを思い浮かべる。絡んできたチンピラを簡単に倒して見せたときと、あとは――
「倒した魔物を納品したとき……?」
シャルロッテはぽんと手を打った。
「そうですわ! 強い魔物を倒した証拠を見せればいいんですわ! そうすれば一目瞭然、わたくしの力を理解していただけますわねっ」
そうと決まれば、魔物退治である。シャルロッテはまたしても、近くにいた通行人に話しかけた。今度は優しそうな子連れの女性だ。
「よろしいかしら? このあたりで魔物が出る場所を教えていただけません?」
「えっ? ま、魔物?」
女性は戸惑った様子だったが、自分の子と同じぐらいの年のシャルロッテに親しみを感じたのか、丁寧に教えてくれた。
「魔物なら、迷宮で出るわよ。この街の中心地にツルゲフ迷宮っていうのがあって、冒険者はみんなそこに通ってるの。あとは街の外には魔物が出る場所もあるけど、外壁に守られてるからわざわざ狩ってくる人はいないわね」
「まぁ、そうですの。ありがとうございます」
シャルロッテがにっこりすると、女性は心配そうに聞いてきた。
「どうしてそんなことを知りたいの? 迷宮に知り合いが潜ってるとか?」
「いえ、そういうわけではありませんわ。魔物に興味があるだけですわ」
「そうなの? 変わってるわねぇ。興味があっても、魔物は危険だから近づいちゃ駄目よ。まぁ迷宮の入り口には門番がいるから、簡単には入れないんだけど、くれぐれも境界線を越えないようにね」
「わかりましたわ」
お利巧な返事をしながら、シャルロッテは、なんとか門番の目を盗んで忍び込む方法ないかな、と考えていた。現地を見に行ったり、いろんな人と仲良くなって情報収集すれば糸口が見えてくるかもしれない。
とりあえず、街で暮らしていく資金を得る必要がある。女性に、装飾品を買い取ってくれる店がないか聞くと、ついでだからとその場所まで連れて行ってもらった。世間話の流れで親がいないことを話すと、とても気の毒がられる。
「わざわざありがとうございます。助かりましたわ」
「いいのよ。親御さんが亡くなるなんて大変ね。その様子ならお金の心配はないと思うけど、何か困ったことがあったらベルシュミットの鍛冶屋にいらっしゃいね」
女性は、シャルロッテの頭を軽く撫でて微笑んだ。久しぶりに頭を撫でもらえたシャルロッテは、ほんわかした気持ちになり、マルゴットを思い出す。
元気にしているだろうか。あの強欲な叔父が領主のような立場になったことで、大変なことになっていないといいのだが。
余裕ができたら、マルゴットやアンネやエッダ、メイド長などお世話になった人たちを訪ねてみよう、とシャルロッテは思った。
教えてもらった店は、雑貨屋と質屋を兼ねたようなところで、シャルロッテがカウンターに出した腕輪に泡を食った店員は慌てて店主を呼びに行った。
「フックスさん! これうちで扱えるんですかね!?」
「なんだいお前、そんなに騒いで。うちは庶民向けの店としてはかなり資金力があるから大抵のものは――おぅ、こいつぁ凄いね」
店主は腕輪を見て唸った。
「触らしてもらいますよ。純金か。大きめのイコニア石、オーリル石、外周にメリオライト石……うぅむ。本当に買い取っていいんですね?」
「えぇ、お願いしますわ」
シャルロッテは躊躇なく言う。綺麗で豪華な腕輪だが、現状持っていても何の役にも立たない。お金に換えられるならそのほうがいい。
腕輪をいろいろな角度から眺め、細い棒であちこち押したあと、店主は査定額を告げた。
「大金貨四枚ですな。ただし、三日後なら専門の査定人を呼べます。そうするともうちっと高値がつくかもしれません。どうします?」
シャルロッテは少し揺れたが、大金貨四枚で売ることにした。三日も無一文で暮らすことはできない。それに、ギルドでは金貨三枚はすると言われたので、それより高く買い取ってもらえるなら、適正な値付けなのだろう。
大金貨と金貨という違いは気になるが、まさか大がついて金貨より低い価値ということはあるまい。
「お渡しする硬貨はどうしましょうか? 大金貨四枚のままだと使いづらいでしょう。金貨にしますかい? 銀貨のほうがいいですかい?」
「えっ……そ、そうですわね、えっと、」
シャルロッテは答えに窮した。何故そんなことを聞かれているのだろう。大金貨を銀貨にする必要がどこに?
――あ、一万円だと使いづらいとかそーいうこと? 確かにお釣り重くなって嫌だよな。でも最初から銀貨にしても結局重くなるじゃん?
はてなマークを飛ばしているシャルロッテを見て、店主は察してくれた。
「もしかしてお客様、お金を使ったことがおありでない? 大金貨は額が大きすぎて、日常生活では使わないんですよ。まぁ、家を買ったり大きな商取引のときとかですな。この国の硬貨は、大金貨、大銀貨、金貨、銀貨、緑貨、大銅貨、銅貨となってまして――」
店長の説明によって、シャルロッテは初めて貨幣の価値を知った。
貴族のご令嬢が金勘定などはしたない、という価値観のもとお金に触れない浮世離れした生活をしていため、お金絡みの知識を得る機会がなかったのだ。
――そーいえば俺、転生してから自分でなんか買ったこと一回もなかったわ!
シャルロッテははっとした。人間、八年も過ごせばその環境に慣れ切ってしまうものである。いつのまにか、何かが欲しいと言えば差し出され、頼んでもいないのに高級品で身の回りを埋め尽くされる生活が当たり前になっていた。
――やば! ちゃんと意識して暮らさないと俺すぐ破産するかもしれん!
危機感を覚えたシャルロッテは、店主の説明を熱心に聞いた。これでパンが買えます、これだと豪華な夕食です、などのわかりやすい例えにより、なんとなく各貨幣の価値を頭に入れていく。
大金貨 百万円
大銀貨 五十万円
金貨 十万円
銀貨 五万円
緑貨 一万円
大銅貨 千円
銅貨 百円
この世界には百円ショップなどはないし文化水準も異なるので、元の世界の価値観をそのまま適応することはできないが、おおむねこんな感じなのではないか、とシャルロッテは理解した。
店主との相談の結果、大金貨三枚はそのままで、あとは銀貨と緑貨にして渡してもらうことになった。
――え、つーことは俺、今四百万円持ってんの!? 超金持ちじゃん……! カツアゲされたりしないかな!?
急にビクビクと周囲を見回しだしたシャルロッテを不思議そうに見ながら、店主は愛想よく言う。
「まいどどうも。また何かご入用の際は、ここフックス商店へ」
「お、お世話になりましたわ。そういえば店主、いい宿屋をご存じありませんこと?」
「宿屋ですかい? お客様のような方なら、女神の星屑亭がいいんじゃないですかね。清潔で部屋も広いですよ」
店主から道順を聞いて、シャルロッテは店を出る。
懐にあるずしりとした大金の重みに、嬉しいような怖いようなそわそわした心地だった。
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