絶対絶対仲良くなれない
「拠点はどちらにありますの?」
「すぐそこだよ。お嬢ちゃんはどこから来たんだい?」
「えっと、と、遠くですわ」
「そおかぁ、遠くか~」
シャルロッテと革鎧の男たちが和やかに会話を交わしながら歩いていると、目の前に一人の少年が立ちはだかった。
黒目黒髪だがアジア系ではなく、額と鼻が高い涼やかな顔立ちをしている。少年にしては長めの髪を後ろで無造作に束ね、白シャツに黒ベスト、黒ズボン、ごつめのブーツという軽装だ。しかし腰元には長剣を下げていて、戦う者特有の隙のない姿勢で立っている。
「おい、お前ら」
少年は険のある目つきで革鎧の男たちを見上げた。
「いくらダンジョンでぱっとしないからって、まさか誘拐に手を出すとはな。それとも人身売買か? クズの掃き溜め、食い詰め者の最後の砦と言われる冒険者ギルドのごろつきとはいえ、そこまで落ちるとは見下げたものだな」
「はぁ? 何言ってんだお前、俺たちはただこの子が困ってるから助けてやろうと――」
「冒険者登録ができる裏道を教えるって? 生憎俺は耳が良くてな、お前らがそいつに何を吹き込んでるかちゃんと聞こえてたんだよ。世間知らずの小娘を騙くらかして小金をせしめようとする汚い下心もな」
「うるせぇ! ま、まったく、ちょっと子どもに優しくしただけでこんな言いがかりをつけられるとはな! お嬢ちゃん、ごめんな、こんな奴はほっといて早く行こう」
「えっ」
突然革鎧の男に持ち上げられて、シャルロッテはびっくりした。馴れ馴れしい男だとは思っていたが、まさかいきなりこんなことをされるとは思っていなかった。
いきなりの展開についていけていないが、どうやら新しく現れた少年は、革鎧の男たちがシャルロッテに危害を加えようとしていると思っているようだ。誘拐とか人身売買とか不穏なことを言っていた。
シャルロッテとしては、親切にしてくれた革鎧の男たちがそんな酷いことをするとは思えなかったが、不自然に急かされると少年の話が都合が悪いのかと疑ってしまう。体をよじり、革鎧の男の手から逃れようとした。
「お待ちくださいませ、わたくし自分で歩けますわ、あと今の話、もう少し詳しく――」
「お嬢ちゃん、俺ら実は忙しくてな! 話はあとで! ライル、走るぜ!」
革鎧の男はシャルロッテを抱えたまま全身鎧の男に声をかけ、少年とは逆の方向に走り出した。
しかし通りを駆け抜ける前に、少年の飛び蹴りが革鎧の男の頭に炸裂する。少年は、倒れていく革鎧の男の手からシャルロッテを引っ張り出し、自分の後ろに置くと同時に剣を抜いて革鎧の男の首元に突き付けた。
――うお、すげー! なんつー早業……こいつ強いんだなー! いくつなんだろ。十……十三? ぐらい? 子どもだけど、俺よりは年上っぽいな。しかしこの状況、なに? 俺、どっちにつけばいいわけ?
自分を庇ってくれているらしい少年と、倒れ伏している革鎧の男、人質を取られて迂闊に動けない全身鎧の男を見比べる。
誰が正しいのか、どちらが本当に味方になってくれているのかわからない。
シャルロッテはおずおずと、少年に話しかけた。
「あの、本当にあの方々は良くないことを企んでいましたの? わたくしを冒険者にしてくれると仰っていたのですが」
少年は振り返らないまま、冷たい口調で答える。
「お前を冒険者にさせたところでこいつらに何の利点があるんだよ」
「利点なんかなくても親切な方なら教えてくださいますわよ!」
「はっ、救いようのない馬鹿だな」
少年が吐き捨てるように言う言葉に、シャルロッテはムッとした。なんて失礼な奴なんだ。どちらが正しいかはともかく、この少年は確実に口が悪くて性格も悪い。
「ま、もしかしたら億が一、中にはそういう奇特な奴もいるかもしれん。で? お前らはそういう奇特な奴なのか? 冒険者になる裏道、今ここで言ってみろ。どうすればなれるんだって?」
少年は革鎧の男の首に剣をめり込ませ、問いただす。
「ぐっ、いやそれは、あのっ……!」
革鎧の男は、焦った様子で体をずり上げ刃から逃れようとするが、少年は容赦なく同じ分だけ剣を動かした。
「き、機密事項で!」
「機密事項を初対面のぼーっとした小娘に教えようとした? そんな言い訳が通用するわけないだろ」
ますます眉間のしわを深くする少年に、懐柔できそうもないと見たのか、全身鎧の男は両手を上げて『まいった』のポーズを取った。
「なぁ、そいつを解放してくれ、ユリウス。俺達はその子に優しくしようとしただけだ。ありがた迷惑だってんなら引き下がるさ。それでいいだろ? 冒険者同士で揉め事を起こすとギルドに注意されるぞ」
「ギルドはギルドの建物外で起こることは不介入だ。だからお前ら、あそこで無理やり攫うんじゃなくて言いくるめて連れて行こうとしたんだろ。逆に言えば、俺がお前らをここで半殺しにしてもギルドは知らんぷりってことだ」
「ひいっ!? や、やめてくれ! 許してくれ! もうこんなことしない! しないから! 金輪際子どもは騙さない!」
「ちっ、やっと吐いたか。お前らみたいなクズを斬るのは俺の剣がもったいない。さっさと消えろ」
革鎧の男の横腹を蹴り飛ばし、少年は剣を収める。革鎧の男たちは、少年を恨みがましい目で睨んだあと、くそぉ!と叫びながら逃げていった。
一部始終をぽかーんと見ていたシャルロッテは、結局なんだったんだ?と首を捻ったあと、なんか多分助けてくれたのか?との結論に至り、少年の正面に立った。
「えぇと……あの方たち、わたくしを騙してたんですのね? 助けてくださってありがとうございます」
「たまたま見かけてお前の能天気さにイラついたから思い知らせてやっただけだ。助けたわけじゃない」
少年は、嫌そうに顔をしかめた。
「あんなみえみえの嘘に引っかかるなんて、よっぽど腑抜けた環境で過ごしてきたんだな。冒険者なんか諦めてとっとと家に帰った方が身のためだぞ」
――こ、こいつっ! なんでこういちいち腹立つ言い方すんの!? こっちは礼言ってるんだから素直に受け取れば良くない!?
少年の馬鹿にするような物言いにかちんときて、シャルロッテは口を尖らせる。
「腑抜けてなんかいませんわ! 今回も別に助けていただかなくても大丈夫でしたし!」
「はぁ?」
「危険だとしてもわたくしなら切り抜けられますわ! わたくしは強いんですから!」
「お前が?」
は、と少年は鼻で笑った。
「もし仮にそうだとしても、そんな油断してたら意味がないだろ。隷属の首輪嵌められたら逆らえなくなるんだから。お前みたいな脳みそからっぽの馬鹿が冒険者になろうなんて百年早いんだよ。どうしても世間に出たいなら母親の腹の中から知性を取り戻してこい」
「なっ……!」
怒りのあまり二の句が継げなくなっているシャルロッテを置いて、少年は踵を返しすたすたとどこかに行ってしまう。
「なっ…んなんですの、あの男――――!!!」
少年のいなくなった道の真ん中、生まれて初めてかもしれないほどの大声で、シャルロッテは叫んだ。
通行人の奇異の目も気にならないほど、かつてない怒りに体中が満たされていた。




