優しくしてくれる人が好き
腹が空いたら野草を摘んだり川の魚を焼いたりし、喉が渇いたら水魔法で水を出し、眠くなったらメアを顕現させて、そのふかふかのお腹に抱え込まれながら眠る。
城にいた時はなかなか直接触れ合えなかったかわいい犬と思う存分遊べて、シャルロッテは満足した。
「はぁ~これだけでも城から出た甲斐がありますわ……。メアがいてくれれば百人力ですわよ。でもこれからどうしたものかしらね。……やっぱり冒険者? チート転生といえばギルドで冒険者になってダンジョン攻略ですわよね?」
ついにテンプレな活躍ができるぞ、とシャルロッテは妄想モードに入った。
――「えっあのS級魔物を倒したんですか!?」「古代遺跡を発見しただと!?」「王国の危機を救ってくれるとは! 是非うちの姫と結婚してくれ!」なーんて……あっ、最後のは駄目だった、まだ性転換してないもんな。くそー、最初の目標は性転換だな。どうにかして男に戻るぞ!
もどかしい思いを抱えながら、メアの毛の中に埋もれる。少し獣臭いが、温かい体温とふわふわの毛並みは、シャルロッテの心を癒してくれた。
そんなこんなで、時々休みながらも飛行魔法で三日飛び続けたところで、もう十分実家から離れただろうと判断して、シャルロッテはそれなりに人がいそうな大きな街に降り立った。
街は巨大な外壁と兵士たちに囲われていたが、そんなものはシャルロッテにとってなんの障害にもならない。光魔法で自分を透明にし、適当な路地裏に下りてから魔法を解けばいいだけである。
逸る心で、ちょうど近くを通った人の好さそうな中年女性に尋ねる。
「ごきげんよう。ギルドの場所を教えていただけないかしら?」
中年女性は、シャルロッテを見てぎょっとしたような顔をしたあと、おそるおそる聞き返した。
「ギルド? なんのギルドですかね?」
「えっと、冒険者ギルドですわ。魔物を倒したり薬草を取ったりする依頼を出す組織」
「あぁ、それならこの道をまっすぐ行って、あの酒場の看板を左に曲がったら、大きい建物がいくつか見えるから、その一番左にありますよ」
「ありがとう」
シャルロッテは品良く微笑んで礼を言い、教えてもらった通りに歩き出した。
――なんであの人俺見て変な顔したんだろ。どっかおかしいか? あ、メアの毛がついてる! はらっとこ。良かったぁ、今気づいて。ギルドの人にだらしないって思われちゃまずいもんな。
慌てて、ドレスのあちこちについている細かい毛をはらう。ついでに髪のリボンも結びなおして、軽く手櫛ですいた。
本当は、中年女性がぎょっとしたのは犬の毛や髪の乱れではなくシャルロッテの高そうなドレスと装飾品、庶民には縁遠い言葉遣いだったのだが、あまりにもそれらが日常的になりすぎたシャルロッテは、一切気づくことなく冒険者ギルドの建物に入っていった。
扉を開けると、がららん、と鈍い鐘の音がし、中にいる者たちの視線が一斉に集まる。
使い込まれた鎧やローブを身につけた鋭い雰囲気の男たちが十人ほど、そしてカウンター席に座っているギルド職員が三人。
異質な者を見る目でシャルロッテを見下ろしていた。
シャルロッテは少し怯んだものの、これぞ冒険者ギルド、という様子に段々興奮が沸き上がってきて、喜色満面でカウンターに近づく。
カウンター席は四つあったが、今対応している職員は三人で、うち一人は三十代ぐらいの男性、その隣は二十代ぐらいの男性、その隣は二十代ぐらいの女性だった。
――あ、可愛い! 顔は綺麗系だけどなんか自信なさそうで守ってあげたくなる感じだ。俺が好きなお姉さまタイプじゃないけど、これはこれでいいじゃーん。
シャルロッテは迷いなく一番右の女性の前に行く。藍色の髪とラベンダー色の目という色の組み合わせに異世界を感じ、ますます気持ちが高まってくる。
「ごきげんよう。冒険者登録したいのですが」
「ぼっ、冒険者登録ですか!?」
受付の女性は戸惑ったように言った。
「あの、ご依頼ではなく……?」
「冒険者になりたいのですわ。わたくしこう見えて、かなり強いんですのよ」
「は、はぁ……あまりそうは見えませんが。あっ、それにえーっと、あのあの、確か、年齢制限があるんです。ちょっと待ってくださいね、あ、これです、十歳以上じゃないと冒険者登録はできません」
「わたくし十歳になっておりますわ!」
シャルロッテは堂々とサバをよんだ。
年齢制限のことは予想していた。家出してーなーと思うことが度々あっても思いとどまってきたのは、そのせいもある。五歳六歳の時点で「魔物を倒せます」なんて言っても、危険だから家に帰れと取り合ってもらえないだろう。
だが、今は八歳。成長が遅めということにすれば、ギリ十歳で押し通せるのではないか。シャルロッテはそう踏んでいた。
「そ、そうですか……」
受付の女性は物凄く困った顔になった。
「えっと、どうして冒険者登録をしたいんでしょうか。お金に困っているわけではなさそうですが」
「困ってますわよ」
「えぇ……? 身につけておられる腕輪だけでも金貨三枚はいきそうですけど」
「まぁ、そうですの?」
それはいいことを聞いた、とシャルロッテはほくほく顔になった。毎日メイドがなんやかやと着飾ってくれるだけでシャルロッテ自身は全く装飾品に頓着していなかったが、お金になるならありがたい。冒険者をやるにあたっていろいろ装備が必要だろうし、街で食事するのにも金は必要だ。
金貨三枚の価値は知らないが、金貨というぐらいだからきっとそれなりに高額なのだろう。
冒険者登録が終わったら、どっかの商人に買い取ってもらおう、と決める。
「それはともかく、わたくしは冒険者になりたいんですの」
「ど、どうしてですか」
「魔物を沢山倒して有名冒険者になりたいからですわ! かっこいい英雄になりますの!」
胸を張って答えると、ギルド中が静まり返り、次の瞬間大爆笑がはじけた。
「わっはっは! あの嬢ちゃん、言うねぇ!」
「村の小僧の夢みてぇじゃねぇか! あんな高そうなドレス着てすげぇこと言うぜ!」
「わ、笑ってやるなよステン、お前だって昔は似たようなこと言ってたぜ」
「俺ぁそんときもう村一番の剣士だったんだよ! ま、すぐに一階層で鼻っ柱折られたけどな」
「いや~、可愛いじゃねぇか。あーいう娘っ子が沢山いれば俺らもモテモテなんだろうけどなぁ」
「冒険者なんか汚い臭い安定しないってんでなかなか結婚できねぇもんな。三級になれば別だけど」
「だなぁ。せめて四級に上がりてぇよなぁ」
冒険者たちはがやがやと盛り上がって、とにかくランクを上げればもっと稼げて嫁ももらえるのに、という話をしだした。シャルロッテのことなど、英雄に憧れてギルドに訪れた夢見がちな子どもとしか思っていない。
――く、くそぉ、全然相手にしてもらえね~! どうすりゃいいんだ? 目の前で魔法使ってみせたらいいか? ユーベルヴェーク先生に見せたようなやつ、いやあれじゃ駄目だな、強そうじゃねーもん。もっと魔物を倒せそうで、でもファイアーボールみたいに迷惑はかからない系の……。
シャルロッテが考えを巡らせていると、二人の冒険者の男が近寄ってきた。一人は革鎧を着て腰に小刀をつけたスタイルで、もう一人は全身を覆うフルプレートアーマーだ。
「なぁお嬢ちゃん、その年で冒険者になりたいなんて凄ぇじゃねぇか。あいつらのことは気にすんな、なりたいって思うだけで立派な冒険者だぜ」
「そうそう、みんな最初は初心者なんだからな。でもまぁ、実際冒険者登録は難しいと思うぜ。最近のギルトは若すぎる奴を入れたがらねぇんだ。お嬢ちゃんみてぇないいとこの子だと、なおさらトラブルになりそうで嫌がられるだろうな。そうだろ?」
最後の質問は、首だけ振り返って受付の女性に聞く。
「えっ、あ、まぁ、そうですね、親御さんの許可を得ませんと……」
「だよな? わかるわかる、ギルドだって大変な立場なんだよ。でもな、お嬢ちゃんの気持ちもわかる。かっこいい英雄になりたいよな」
革鎧の男は、シャルロッテの肩に腕を回し、周りに聞こえないように囁いた。
「実は冒険者登録できる裏道があるんだ。お嬢ちゃんが知りたいなら教えてやれるけど、どうする?」
「そうなんですの? 是非知りたいですわ」
「よっしゃ、ならいったん外に出よう。俺らの拠点が近くにあるから、そこで色々教えてやるよ」
「まぁ、ご親切にありがとうございます」
シャルロッテは、顔を輝かせて男の提案に飛びついた。
――すげー優しい人だ! 冒険者ギルドって、荒くればっかで最初はヤベー奴に絡まれるってのが漫画の定番だけど、リアルだとこんなこともあるんだな!
にこやかな男に手を引かれて、うきうきした気持ちで冒険者ギルドを出る。
その後姿を心配そうにおろおろと見守る受付嬢の視線には、最後まで気づくことはなかった。




