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やっぱり貴族は向いてない

前話の時系列に問題があったので修正しています。話の流れ自体に変更はございません。

両親の出発とアンネとエッダがいなくなる時期を「寒くなるころ→暖かくなるころ」としました。現在のシャルロッテの年齢は八歳です。


 寝ているところを起こされたシャルロッテは、メイドにガウンをかけてもらい、寝ぼけ眼を擦りながら階下に降りて、玄関ホールで待っていた使者の前に立った。


「ごきげんよう。シャルロッテ・ヒルデスハイマーですわ。寝間着姿でごめんあそばせ。火急の知らせがあるとうかがいましたが」


「シャルロッテ様、夜分遅くに申し訳ありません。お父君とお母君が亡くなられました」


「…………なんですって?」


 シャルロッテは耳を疑った。

 ぼやけていた意識が明瞭になっていき、これはなんかヤバいことが起きてるぞ、と危機感が芽生える。


「本当にお父様とお母様は亡くなってしまわれましたの? 死因は?」


「それが、よくわからないのです。蛮族討伐とはいえ、近年は形式的なものになっておりまして、山から下りてくる蛮族がいない限り戦闘に発展することは珍しく、危険の少ない任務でございました。蛮族の中では五十年ごとに『英雄』と呼ばれる強い戦士が現れるそうですが、前回の英雄が倒されたのは十年前で、まだまだそんな時期ではなく……」


 使者は弱り切った様子で説明する。

 

「具体的には、その、馬車の爆発でございました。ヒルデスハイマー伯爵と夫人、おつきのメイドと御者が、爆発に巻き込まれて亡くなりました。しかし何が爆発したのか、故意に仕組まれたものなのか事故なのか、その辺は目下調査中でございます。わたくしはひとまず、お嬢様に訃報をお伝えするべく駆けつけた次第でして」


「わかりましたわ。ご苦労でした。メイドに軽食を用意させますので休息なさってくださいませ」


「ありがとうございます、お嬢様」


 使者は一礼して、メイドに連れられ応接間に向かった。


 シャルロッテは、どうしたものかとあたりをうろうろ歩いたあと、とりあえず自分の部屋に戻ることにした。

 危機的状況にあるというならともかく、もう死んでしまったなら何もできることはない。

 しかしこんな展開は予想していなかった。父は戦闘経験があったようだし、母もレベルは1だが魔法を使える人で、この世界の人びとの水準よりは遥かに高いステータスを有していた。

 それが病気でもなく、これほどあっけなく死んでしまうとは。


 悲しみはあまりなかった。

 たいして交流がなく、他人行儀な関係だったことが原因だろう。アンネとエッダとお別れしたときのほうがよほど悲しかった。


 だが、妙な重苦しさと焦燥感は覚える。

 両親の存在は大きかった。シャルロッテがその姿を見ることがなくとも、この城全体が領主と奥方を中心に回っていることは容易に感じ取れた。

 強く堂々とした揺るぎない(あるじ)。良くも悪くも、彼らが全てを決めていた。城の内装、使用人の態度、客へのもてなし方、そしてもちろん領地を治める方針まで。

 両親がいなくなった今、それらの決定はシャルロッテに委ねられている。しかし今まで誰もシャルロッテにそのようなことを期待してこなかった。治める準備がない少女の手に権力が渡り、城の者はみなどこかそわそわと落ち着かない雰囲気になっている。

 「この人についていけば大丈夫」と思わせる貫禄が、シャルロッテにはない。

 

 ――えー……なにこれどーすりゃいーの……。領地経営?とかやんのかな。俺が? 無理だってぇ。だってどの街づくりゲームも上手くできた試しがないもん。現実の人間に影響する決定とかしたくないー! やだよー! なんで死んだのとーちゃんとかーちゃん!

 

 うわー!とシャルロッテは頭を抱える。

 新任のメイドは心配そうに少し離れたところから見守っているが、声をかけてきてはくれない。彼女はわきまえたメイドだからだ。

 こんなことならアンネとエッダをもう少し引き留めておけばよかった、とシャルロッテは思った。

 二人がいたとしても一緒に戸惑い悩むことしかできないだろうが、まさにその一緒に戸惑い悩んでくれる人が欲しいのだ。

 マルゴットはしばらく前に乳母の役割は終えたということで故郷に帰ってしまった。今のシャルロッテには、自分を飾らず親しくできる相手が誰もいない。

 

 うーん、と唸ったシャルロッテは、行き詰った思考に嫌気がさして、枕にばふんと顔を埋めた。

 あれこれ考えても仕方がない。夜に悩むとろくなことがないと誰かが言っていた。

 寝よう。明日になればなんかいい方向に転がってるかもしれない。実は死んだのは誤報だってわかるとか。

 開き直って、寝入る体勢を取る。

 性格上悩み続けることができないため、ストレスが溜まりづらいのはシャルロッテの美点である。

 

 だが、気持ちのいい太陽光と小鳥の囀りで目覚めた明くる日も、残念ながら問題は解決していなかった。

 

 

 

 

 

 困ったなー、と思いながらもなにもできず、使用人たちも傷心のお嬢様に次期当主になるのか確かめることができず、なんとなくぼんやり過ごして二日経った。

 ラングヤール夫人に、キルステン家に助言を求めてみては、と言われて、なるほどと手を打つ。

 同じ貴族としてどうすればいいか知っているだろう。ここで助けてもらったら婚約破棄が難しくなりそうなのが気になるところだが。

 

 しかし、シャルロッテがエーベルハルトに文を出す前に、城に訪ねてきた男が全てを終わらせた。

 

「やあやあこんにちは! 元気かな、諸君! 我が敬愛する兄上に会いに来たぞ! ん? なにやら暗い様子じゃないか。伯爵家の使用人がそのように覇気のない態度なのはよろしくないな!」


 ステッキを振り回し、やたら大声で話す固太りの陽気な男は、自らをコンラートの弟と名乗った。

 

「エグモント・ヒルデスハイマーだ。なんだ、もしやここの使用人は領主の弟の顔も知らんのか? まぁ、私はダールラントで暮らしているから滅多にここにはこないがね。バルト、お前ならわかるだろう?」


「もちろんでございます、エグモント様。久しぶりにお会いできて嬉しゅうございます」


 家令のバルトがうやうやしく頭を下げた。バルトは白髪の老爺で、コンラートが子どもの時から仕えている。そのバルトが言うのならば、エグモントがコンラートの弟というのは間違っていないのだろう、とほかの者は納得した。

 

 バルトは沈痛な面持ちで、エグモントに告げる。

 

「実は、コンラート様とオリーヴィア様は、先日亡くなってしまわれたのです。あとに残されたのはまだお小さいシャルロッテ様のみで、か弱いお嬢様に領地経営という重責を担っていただくにしのびなく、わたくしどももどうしたものかと困り果てておりまして」


「なんと! 兄上が亡くなられたとは! あの頑健な兄上にいったい何があったというのだ! 神も酷なことをなさる! おぉ、戦神バーンテルム! あなたが兄上を欲したのか!」


 エグモントは大仰に驚いて、くっと辛そうに顔を歪めた。

 

「気の毒なシャルロッテよ! 一人残されてさぞ心細かったろう! 私が来たからにはもう大丈夫、全て任せなさい!」


 呆気に取られて一部始終を見ていたシャルロッテに向かって、エグモントは大きく両手を広げる。

 

 ――え、なに? 『任せなさい』のポーズ? それとも『ここに飛び込んで来い』?


 シャルロッテは気圧されたように一歩後ずさり、「ありがとうございます、叔父様」と小さい声で言った。

 わりと誰とでも仲良くなれるしボディータッチも気軽にできるシャルロッテだったが、何故かエグモントに対してはちょっと忌避感があるというか、あんまりハグとかしたくないな、と思ってしまった。

 芝居がかった動きと、張りつけたような笑顔が怖いのかもしれない。

 

 しかしこれで、自分はみんなを導く立場にならなくて済むのだ、とシャルロッテはほっとした。

 エグモントは精力的に動き回り、あっという間にヒルデスハイマー伯爵家を掌握すると、バルトに矢継ぎ早に指示を出して、コンラートとオリーヴィアの死後処理をしだした。近く葬儀を執り行い、その際にエグモントがシャルロッテの後見人となることを周知するようだ。

 

 エグモントの第一印象は良くなかったが、迷いなくどんどん必要なことを決めていく様は感心する。いつもどおりの生活に戻ったシャルロッテは、やっと心安らかな状態でベッドに潜り込むことができた。

 しかし、眠ろうとしたちょうどその時、抑えた声で名を呼ばれる。

 

「シャルロッテ様」


「ぅえ!? あ、メイド長じゃありませんの。どうしましたの?」


 枕元に、真剣な表情のメイド長が立っていた。暗い中、蝋燭を持って囁き声で言う。


「お嬢様、お耳に入れたいことがございます。ご就寝前に大変申し訳ないのですが、少しお時間をいただけますか」


「よ、よろしいですわよ」


「ありがとうございます。実は……領主様と奥様が亡くなり、エグモント様が急に城にいらしたという一連の流れ、私はおかしいと思っております」


 メイド長は眉間にしわを寄せた。


「どうおかしいのですか?」


「タイミングが良すぎます。エグモント様は勘当同然で放逐された方です。普通なら、訪ねてきても城に入れてもらえないことはわかっておられるはずです。それが何故、領主様と奥様が亡くなっていくらも経たないうちにいらっしゃったのか。来た直後に新しい主人のように振る舞い出し、バルトがそれに積極的に従っているのも不思議です。確かにわたくしども仕える身は、明確な主人を欲しております。しかしお嬢様がいらっしゃるのに、エグモント様を優先することをすぐに決めたのは変ではありませんか。

 気になることはもう一つありまして、奥様は、数か月前から身ごもっておられたのです。そのことは領主様とわたくしとバルト、奥様の専属メイドしか知りませんでした。もしお生まれになる子が男児だった場合、ヒルデスハイマー家次期当主はその方になります。エグモント様の入り込む隙などまったくなくなるのです。そして、領主様と奥様の馬車の手配をしたのは、バルトでした」

 

 ――な、なにそれ!? つまり、つまりえーっと、

  

 シャルロッテは、メイド長の証言を必死で咀嚼し、混乱しながらも答えを導き出した。

 

「バルトが、叔父様と結託してお父様とお母様を殺したということですの?」


「……その可能性が高いのではないかと、考えております」


 メイド長は苦しげに言う。彼女としても、長年の同僚を疑うにあたっては葛藤があったのだろう。


「お嬢様、バルトを信用してはなりません。エグモント様には更なる警戒を。お辛い時にこんなことを申し上げるのは大変心苦しいのですが」


「いえ、話してくれて助かりましたわ。ありがとう、あなたの忠義に感謝いたしますわ」


「もったいないお言葉です」


 メイド長は礼をして、来た時と同じように静かに去っていく。

 

 ――う、うわぁーっ! エグモントが来てくれてなんとかなったと思ったのに、ますますめんどうなことになっちまったー!

 

 シャルロッテは再び頭を抱えた。

 さすがに今回は、なかなか眠りにつけなかった。

 

 

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