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俺だって美少女と婚約したかった

寝過ごしました……。すみません><


「シャルロッテ様、今日の授業にいらっしゃらないってどういうことですか! 経過時間による魔法属性ごとの魔石吸収率を調べるためには一日でも欠けるとまず――ヒッ!?」


 ユーベルヴェークは、シャルロッテの部屋のドアを開けるなり小さく悲鳴を上げてドアの影に隠れた。シャルロッテの傍らで上品に微笑むラングヤール夫人が目に入ってしまったからだ。

 シャルロッテを完璧な淑女にするべく日夜励んでいるラングヤール夫人にとって、謎の魔法研究にシャルロッテを巻き込むユーベルヴェークは苦々しい存在であり、会うとちくちく嫌味を言うのでユーベルヴェークは彼女を苦手としていた。

 

「まぁ、ごきげんよう、ユーベルヴェーク様。今日はシャルロッテ様の大事な日ですの。ご立派な研究は結構なことですけど、今日ばかりはご遠慮なさってね」


 シャルロッテに着せるドレスを吟味しながら、ラングヤール夫人は釘を刺した。

 

「くれぐれも先方の関係者に、あなたの研究にシャルロッテ様が関与しているなどとは仰らないでくださいませね」


「せ、先方って、あの、今こちらにいらしている侯爵様のご一家ですか? シャルロッテ様の婚約者とかいう」


 ドアから顔の上半分だけを出した状態でユーベルヴェークが尋ねると、ラングヤール夫人は満足げに頷いた。


「そうですわ。シャルロッテ様と年の頃も近いし、お家柄も見目も良くて利発そうな方でしたわよ。素晴らしい良縁ですわ」


「はぁ、それはおめでとうございます。……で、でも研究はもう佳境に入ってまして、今日を逃すと全てやりなおしに」


「ユーベルヴェーク様」


「はっ、はい!」


「ご自分の力だけでやり遂げられない研究などに手を出したのが間違っていたのだとお思いになりませんこと? シャルロッテ様はあなたの雇い主のご令嬢なんですのよ。そのような方に頼らないと研究が続けられないとは、元国家魔法研究員の肩書は飾りですの?」


「シャ、シャルロッテ様は特別なんです……! シャルロッテ様じゃないとできないことがいくつも――」


「そうですとも、特別に麗しく魅力的なお方ですわ。王族の方だって、これほど完璧な美しさと教養を兼ね備えたご令嬢は見当たりませんわよ。わたくし、シャルロッテ様には誰もに称えられるような理想的な結婚をしていただきたいと思っておりますの」


 すっ、と目を細め、ラングヤール夫人は珍しく甘い笑みを消した。謎の圧に震えているユーベルヴェークを見据え、ぴしりと言い渡す。

 

「シャルロッテ様が元国家魔法研究員と共同で魔法研究をしているなんて噂が広まったら、小賢しくてでしゃばりな女だと思われてしまいますわ。あなたの個人的な研究欲のために、シャルロッテ様の素晴らしい評判に傷をつけるわけにはまいりませんの。おわかりですわよね?」


 ユーベルヴェークは恨みがましい目でラングヤール夫人を見上げ、口を開きかけたが、結局何も言わずに項垂れた。

 とぼとぼと去っていく背中に、とばっちりを食わないようにおとなしくしていたシャルロッテが声をかける。


「ごめんなさいね、ユーベルヴェーク先生。今度の授業を楽しみにしておりますわ」


 本当は、研究はまたやり直そうぜ、と言いたかったのだが、ラングヤール夫人の手前、無難なメッセージにしておく。

 しかしラングヤール夫人は隠れた意図を読み取ったのか、もう、と困ったような表情になった。


「シャルロッテ様はあの方に甘すぎますわ」


「おほほほ……ユーベルヴェーク先生の授業も、お父様がわたくしのために用意してくださったものですので」


「それはそうでございますが……ヒルデスハイマー伯爵もどういうおつもりなのでしょう、貴族家の夫人として家を支えるために最低限の知識は必要ですが、ユーベルヴェーク様の授業内容はそれを越えていますわ。オリーヴィア様のように薬草学を学ぶぐらいならまだしも、算術の授業なんて! 生意気にも領地経営に意欲があるのかと疑われるだけではありませんの。シャルロッテ様、くれぐれもご自分の知識をひけらかしてはいけませんわよ。殿方の仰ることに『さすが、博識でいらっしゃいますのね』と感心するのが可愛らしい淑女ですからね」


「心得ておりますわ」


 にっこり答えながら、内心シャルロッテは、「めんっどくせー!」と叫んでいた。淑女ってなんなんだ。なぜそんなに男を持ち上げなければならないのだ。シャルロッテの前世はそんな持ち上げ方をされたことはなかった。それどころかクラスの女子はだいたい呆れ顔でこっちを見て、「男子ってほんとバカ」と言っていたものだ。


 そりゃあ、持ち上げられれば気分がいいのはわかる。シャルロッテだって「さすシャル」を目指す身である。「シャルロッテ様って頭がいいよね!」とか「えー知らなかったぁ、素敵!」とか言われたら、鼻の下を伸ばす自信はある。でもそれが本心からのものではなく、本当は相手の方が頭が良かったとわかってしまったら滅茶苦茶虚しいし恥ずかしいと思う。それなら最初から「知ってる知ってるー」と言われたほうがずっといい。


 しかしこの世界の男というのは、というか貴族社会の『殿方』とやらは、極端にプライドが高く、女子より劣った部分が少しでもあるとわかると大変傷つくらしい。扱いがめんどくさすぎる。シャルロッテはますます結婚したくなくなった。

 今日引き合わされる侯爵家の息子が、そんな厄介な性格でなければいいのだが。

 

 そう、シャルロッテは齢七歳にして婚約者を決められてしまったのだ。まだ正式なものではなく、親同士がそれとなく「おたくの娘さん凄いらしいですね」「いやおたくの息子さんの話も聞きましたよ」みたいな感じで探り合っている段階らしいのだが、身分的にも年齢的にもある程度釣り合うし、宮廷政治の関係でも利点があるので、会ってみてよっぽどの難点がみつかったのでもない限りほぼ決まりだという話だった。

 

 知らないうちに結婚相手が決められる。これもまた、貴族生まれを選んでしまった後悔ポイントの一つである。男として生まれて美少女と結婚させてもらえるなら嬉しかったのかもしれないが、考えてみたら相手が美少女だという保証はない。シャルロッテは、幼いころから美少女を婚約者にできている侯爵家の息子が羨ましくなってきた。その美少女は自分なのだが。俺は男と結婚させられそうだってのにてめぇ!という理不尽なキレ方をしてしまいそうだ。

 

「シャルロッテ様、本当にお美しいですわ。月の光を束ねたかのような白金の髪、内側から発光しているかのような白く輝く肌、繊細な影を落とす長い睫毛! 国一番の画家を連れてきて、この御姿を後世まで残すべきなのでは? 女神ナディヤの祝福を受けているとしか思えませんわ!」


 メイドに薄く化粧を施され、とっておきのドレスを纏ったシャルロッテを見て、ラングヤール夫人がうっとりと言う。

 

 ――あ、そーいえば俺、ナディヤの祝福受けてるんだったわ。

 

 シャルロッテは思い出した。今まで一度も実感したことがなかったので忘れていたが、異性からの好感度が上がるという死に祝福を持っていたのだった。ユーベルヴェークも異性なのだが、年齢差がありすぎることと恋愛よりも魔法に興味があることから効果が打ち消されていたのだろう。 

 

 ――え、じゃあ今回初めてその効果がわかるってこと? ど、どーなるんだ……?

 

 どれほど効果を発揮するのか、気になるような、怖いような。

 複雑な気持ちで、シャルロッテは婚約者が待つ応接間へと向かった。



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