つまりこれってチートってこと?(前)
予定よりお休みしてしまってすみません!
今日から再開いたします~。
こういうときは、余計な動きをして刺激しないに限る。シャルロッテには理解不能だが、相手は小動物のように神経が細やかなのだ。
ソファに腰掛けてユーベルヴェークが落ち着くのを待っていると、しばらくぶつぶつと独り言を漏らしたのち、ハッと顔を上げて謝ってきた。
「大変失礼しました、取り乱しました! は、伯爵家のお嬢様になんてことを」
「身分のことは気にしないでくださいませ、ユーベルヴェーク先生。わたくしは教えを乞う身なのですから」
シャルロッテは爽やかな笑顔を浮かべた。
「ただ、どうもユーベルヴェーク先生は、あまり家庭教師に乗り気ではなかったご様子ですね。父が無理にお呼びしてしまいましたか?」
「い、いえ、そういうわけでは……その、ヒルデスハイマー伯爵には僕なんかをとてもいい条件で雇っていただいて感謝しております。でも僕は、本当は研究を続けたかったんです……。僕、元々王立魔法研究所で働いていまして、定期的に論文書いてたらいつのまにか主任になってたんですけど、しゅ、出世とか興味なくて、研究だけして人付き合いしないでいたら、派閥争いに負けてたらしくて、気づいたら追い出されてました……」
「それは……大変でしたわね」
シャルロッテは同情した。この「魔法以外のことに興味ありません」と顔にでかでかと書いてある男を派閥争いに巻き込むとは、酷い人間もいたものである。
王立研究所の主任というのがどれほどの立場なのかはよくわからないが、ユーベルヴェークの歳はおそらく三十代、出世に興味がないのに役職につけたということはきっとそれなりに有能で、誰かにとって邪魔だったのだろう。
シャルロッテはユーベルヴェークはのステータスを表示してみた。
ヨナタン・ユーベルヴェーク 男爵家次男 伯爵家令嬢の家庭教師
階位 2
レベル 3
生命力 20
魔力量 65
スキル 火魔法適性 8
風魔法適性 9
闇魔法適性 7
初級火魔法 10
初級風魔法 10
初級闇魔法 10
中級火魔法 4
中級風魔法 5
中級闇魔法 2
上級風魔法 2
古代魔法遺跡解析 5
称号 魔法と生きる者
(五年間、一日の三分の二以上を魔法研究に費やした者。魔力・魔法効率・魔法成長率が15パーセント上昇)
――うお、普通に凄いな。魔法適性が三つあるし風魔法は上級までスキルがある。魔力量は今まで見てきた人間の中で一番多い。
シャルロッテは感心した。称号『魔法と生きる者』の取得条件も彼の魔法バカぶりを示している。取得方法がわかったとしても、たいていの者は挑めないであろう内容だ。
そして見事に魔法以外のスキルが一つもない。文字通り魔法に人生捧げてきた男である。
魔法オタクの圧を放つスキル表を眺めているうち、シャルロッテはあることを思いついた。
「研究をしていらしたということは、ユーベルヴェーク先生は魔法にはかなりお詳しいんですのよね?」
「えぇまあ、はい、それなりには」
「でしたら、『効果的な痛み』というスキルをご存じですか? その防ぎ方なんかも」
もしかしたらラングヤール夫人の必殺技を封じられるのではないか、と期待したのである。しかし残念ながら、ユーベルヴェークは怪訝そうに否定した。
「『効果的な痛み』ですか? 知りませんね。少なくとも魔法では聞いたことがありません。おそらく魔法ではないスキルでしょう。普通のスキルと魔法の区別は難しいですが、一般に魔力を使用するものを魔法、そうでないものをスキルと呼びます。ですから武具や拳に魔力を纏わせる『魔具』『魔闘気』は魔法のうちに入りますね。魔法使いは邪道と嫌い、武人は軟弱と蔑む人が多いのでこれの定義は毎回揉めるんですが」
「そうなんですの……」
シャルロッテはがっかりしたが、もとより駄目で元々で聞いた質問だったため、さほどダメージは受けなかった。
それより気になるのは、スキルのことである。ステータスを見ることができないようなのに、なぜスキルがわかるのだろうか。
「先生、自分がスキルを持っているかどうかは、どのようにわかるのですか?」
聞いてみると、ユーベルヴェークはこれもすらすらと答える。
「スキルは発現する際に自然とわかるものです。技名が頭に浮かんだり、潜在的なものなら感覚が鋭敏になったりします。最初から備わっている人もいますが、一つのことを根気強く続けていれば芽生えることもあるので、必ずしもスキルに沿って生きる必要はありません。まぁ、スキルを活用したほうが楽なので普通はそうしますけど。特に魔法スキルに関しては才能が物言うことが多くて、努力してもどうにもならない人はならないです。シャルロッテ様は才能があるといいですね……」
ユーベルヴェークは、ニヘ、と陰気な笑みを浮かべた。人によっては煽られていると受け取りそうな態度だ。研究所を追われたのは、地味に人をイラつかせていそうな性格のせいもあるのかもしれない。
「わたくしは才能がありますわよ!」
シャルロッテは自信満々で胸を張った。それはそうである。彼女は自分が魔法を使えることは既にわかっているのだ。
しかしユーベルヴェークは皮肉気に口の端を歪めた。
「へぇ……まぁあんまり思い込まない方がいいですよ。貴族家の方は庶民よりは魔力量が多めの傾向ですけど、必ずしも全員魔法に適性があるわけではなく、特に年少のうちは発動率が低いんです。学院の初年度は、はりきって魔法を使おうとしたのにできなくて教師や下の階級の者に八つ当たりする新年生が何人も――」
「フェアリーダンス!」
ユーベルヴェークのネガティブな発言は無視して、シャルロッテは勝手に呪文を唱えた。
部屋中をキラキラした光の粒が舞い踊る。光は一か所に集まってから花火のように散ったり、ゆらゆらと波のように揺れたり、色を変えて人や動物の形をとったりして、辺りを一気に華やかな空間に変えた。
使える魔法の中で一番安全そうかつ派手ということで選んだ、オリジナル光魔法である。
「お…………おおおおぉ……!!!?」
ユーベルヴェークは感嘆と驚愕の声を上げ、突如現れたイルミネーションを眺める。食い入るように光の動きを見つめ、シャルロッテが生み出したものに夢中になっているその姿に、シャルロッテはおほほほと得意げに笑った。もちろん口元は扇で上品に隠してある。ラングヤール夫人の教育は、脳直で動く活発な元少年に反射的な口元隠しを叩き込むレベルの効果を発揮していた。
やがてシャルロッテが魔力供給を止めると光は静かに消えていき、あとには興奮したユーベルヴェークと鼻高々のシャルロッテが残される。
「も、もう一回! もう一回できませんか!?」
「よろしいですけど、完全に同じ動きはできませんわよ。結構ノリでやっておりますので。あと、ほかにも見ていただきたい魔法があるのですが……」
「ほかにも!?」
ユーベルヴェークは血走った目でシャルロッテを凝視した。