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悪気がない奴ほど性質が悪い


 シャルロッテの身の回りのことは、基本的に全てメイドがやってくれる。服を着るのも顔を洗うのも靴を脱ぐのも全て人任せである。

 マルゴットのところにいたときは、まだ子どもだからそうしてくれるんだろうと思っていたが、どうやら貴族とはそういうものであるらしい。「わたくし自分でできますわよ」と言っても取り合ってもらえなかった。


 用を足すときも、メイドに告げておまるを持ってきてもらう。かなり恥ずかしいが、ふわりと広がったドレスが隠してくれるのでギリギリ耐えられた。もしかしてドレスのこの形、そのためにこうなっているのだろうか。可愛くゴージャスなドレスの意外な利点が判明し、シャルロッテは複雑な気持ちになった。

 おまるに魔法技術が使われているため、匂いや音はせず、外に捨てる必要もない。その点は、前世の世界でおまるを使っていた時代より進んでいる。

 

 さておき、特に何もやることのないシャルロッテは暇を持て余していた。自分で作ったおもちゃをこっそり持ち込んでいるが、アンネとエッダは仕事で忙しく、たまにしか遊んでくれない。

 かといって部屋の中で魔法の練習はし辛い。超小型フィギュアを作ったり光魔法で幻影術を極めて脳内アニメを上映したりしてみたものの、もはやそんなちまちましたことではレベルがちっとも上がらないのだ。

 

 ルドルフ・アッヘンバッハ物語の続きがないか聞こうかな、と思い始めたとき、メイド長が部屋に訪れこう告げた。

 

「お嬢様、今日の午後は家庭教師の先生がいらっしゃいます。昼食が終わりましたら、メーデルの間にいらしてください」

 

「まぁ、本当ですの? やっと魔法が学べて嬉しいですわ」


「いえ、お嬢様、今日いらっしゃるのは礼儀作法の先生です」


「あぁ……」


 そっちか。

 シャルロッテは渋い顔をした。

 

「それって、どうしてもやらなくてはなりませんの? わたくし、礼儀作法はひととおりマルゴットに教えてもらいましたし、教本も読んだのですが」


「大変申し訳ありませんが、それはわたくしが決めることではございませんので。旦那様と奥様がお呼びになった先生なのです。その方が、お嬢様はもう何もお教えすることがないほど完璧です、と仰るなら授業はなくなるかもしれません」


「わかりましたわ。仕方ありませんわね」


 メイド長は上の指示通り動いているだけである。ここでごねてもしょうがない。それに、確かに彼女の言う通り、先生なんか必要ないというところを見せつければ、感心して授業をなしにしてもらえるかもしれない。

 今日はいつもより丁寧に行動するぞ、とシャルロッテは気合を入れた。






「お目にかかれて光栄ですわ、シャルロッテ様。わたくし、デリア・ラングヤールと申します。行儀作法や淑女としての教養をお教えいたしますわ。よろしくお願いいたします」


 ――うおーー!? 美人!!!

 

 シャルロッテは、カッと目を見開いた。

 家庭教師として紹介された女性、デリア・ラングヤールは、今世で見てきたどの女性よりも美しかった。

 いや、正確には一番は母親のオリーヴィアなのだが、母親で既婚者であるという時点でときめきの対象ではなくなる。

 それに、オリーヴィアは表情が変わらな過ぎて怖い。氷の美貌という形容がぴったりだ。

 

 対してデリアは、たれ目に泣きぼくろ、ふっくらしたピンクの唇の色っぽい顔立ちに、豊かな胸、細い腰、大きな尻と、抜群のスタイル。結い上げた蜂蜜色の髪と目が甘やかだし、優しげな微笑みも魅力的だ。

 

 ――やっっっと! やっと会えたぜヒロイン候補! 家庭教師万歳! いろんなこと教えて欲しい!

 

 くっ、と喜びを噛みしめ、シャルロッテははきはきと挨拶した。


「はじめまして、デリア先生。シャルロッテ・ヒルデスハイマーですわ。至らぬところも多いかと思いますが、よろしくお願いいたします」


「まぁ、シャルロッテ様はお年のわりに聡明でいらっしゃいますね。嬉しいですわ、とっても教えがいがありそう」


 デリアは、にこ、と微笑みながら扉を閉めた。

 

「でもわたくしのことはラングヤール夫人とお呼びになってね。わたくし、ラングヤール子爵家に嫁いでおりましたの。もう夫は亡くなりましたが」


 ――えっ、じゃあ未亡人!? えっちじゃん!

 

 シャルロッテはますます興奮した。なんでえっちなのかはわからないが、なんとなく未亡人という響きはえっちな気がする。デリア・ラングヤール、男子高校生の夢のような存在である。


「わかりましたわ、ラングヤール夫人。あの、あっ!」


 突然の美人に浮足立っていたのか、シャルロッテは躓いてしまった。転びそうなところを、近くにいたラングヤール夫人がさっと支えて助けてくれる。

 

「ご、ごめんなさい、ラングヤール夫人。ありがとうございます」


 支えられた瞬間ふわりと届いた花のような香りに顔を赤らめながら礼を言うと、ラングヤール夫人は、品よく小首を傾げた。

 

「シャルロッテ様。時には転ぶこともありますわよね。でも、その際にはあくまで可憐に、見苦しくないような形になるのが理想ですわ。それとわたくし、シャルロッテ様の歩き方が気になりますの。良家のご令嬢たるもの、いかなるときも優雅でおしとやかな振る舞いをしなくては。殿方は案外、そういうところを見ているものですわよ」

 

「え……」


 ――転び方を可憐にって、なに?


 シャルロッテは頭にはてなマークを浮かべたが、先生の言うことなので、とりあえず頷いておく。

 

「はい、気を付けますわ……」


「素直でよろしいわ。ではしとやかさを意識してあの壁まで歩いてみてくださいませ」


 ――しとやか……しとやか? ゆっくり動くってこと?


 よくわからないながらも、シャルロッテなりに気をつけて歩いてみる。

 が、すぐに駄目だしが飛んできた。

 

「いけませんわ。背筋が伸びておりません。かといって堂々としすぎても駄目です。足の動きを滑らかに。曲線を意識して。一度わたくしの歩き方をご覧なさいませ、このように優雅に動くのです。そう、さきほどよりは良くなりましたわ。手をぶらんとさせない!」


 たかが一メートル歩くだけのことに、次々注意が入る。シャルロッテはげんなりして、つい不平を漏らした。

 

「ラングヤール夫人、これは何の役にたつのですか? 優雅に歩くといっても限界がありますわ。それに、こんな歩幅を小さくとっていたら歩くのにとても時間がかかってしまいますわ」


「シャルロッテ様、貴族の令嬢は嫁いだらその家の家内のことを取り仕切らなければなりません。家の格は殿方の器量に左右されますが、家の顔は夫人なのです。妻がきちんとした振る舞いができないと、夫が恥をかくことになります。ですから結婚相手を選ぶ際に、教養と礼儀作法は必須なのです。この授業には、シャルロッテ様の将来がかかっているのですわ」


「と、殿方と結婚なんてしませんわ!」


 シャルロッテは思わず叫んだ。

 男と結婚などごめんである。というか、この授業は結婚を有利にするための授業だったのだろうか。そんなものを受けるくらいなら、部屋で一人しりとりをしていたほうがましだ。

 

 ラングヤール夫人は、小さくため息をついて、シャルロッテをじっとみつめた。

 

「シャルロッテ様、今はお小さいからおわかりにならないんですのね。貴族令嬢は誰でも、しかるべきお相手と結婚しなければなりません。しかし基本的に女というのは求婚を待つ身なのですわ。ですから魅力を振りまいて、立派な殿方を振り向かせる必要がございますの。シャルロッテ様は、伯爵家ご令嬢にしてお美しい容姿をお持ちでいらっしゃいます。これに淑女としての教養が加われば、素晴らしい方と結ばれることができるんですのよ」


「???」


 長々と何かを説かれたが、シャルロッテの頭にはまるで入ってきていなかった。


「ですから、わたくし殿方と結婚なんてしたくな――イッ!?」


 シャルロッテは飛び上がった。ラングヤール夫人が、短い物差し棒でシャルロッテの手の甲をぴしりと叩いたのだ。

 シャルロッテは信じられない気持ちでラングヤール夫人を見上げた。ラングヤール夫人は、悲しげに眉尻を下げ、物差し棒をハンカチで拭いた。


「賢い子とお聞きしておりましたが、やっぱり子どもですのね。シャルロッテ様、面倒だからといって無駄な言い訳はなさらないで、授業に集中してくださいませ」


 ――痛い……。え? マジで? え? なんで!?

 

 シャルロッテは盛大に混乱した。

 ラングヤール夫人が体罰上等な人だったこともショックだったが、それ以上に怖いのは叩かれた痛みを感じていることである。レベル304にもなり3035の生命力を誇るシャルロッテは、ちょっと叩かれたぐらいではなんのダメージも受けない。実際、自分のステータスを確認してみても生命力は減っていなかった。

 じゃあなぜ、とラングヤール夫人のステータスを見ると、恐るべきものが表示された。

 

 

 デリア・ラングヤール 元子爵夫人 伯爵令嬢の家庭教師

階位 2

レベル 1

生命力 23

魔力量 4


スキル 刺繍 6

    絵画 4

    プルーセル 7

    初級水魔法 2

    生徒の管理 10

    (双方が師弟関係にあると認識している場合、生徒を一定時間管理下に置き拘束できる)

    効果的な痛み 10

    (管理下にある者に罰として痛みを与える。健康を決定的に害することはできない)



 ――『効果的な痛み』!? こ、これかー!!

 

 その上の『生徒の管理』もだいぶヤバい内容である。おそらくこれらのスキルによって、ラングヤール夫人はレベル差を無視して痛みを与えることができるのだ。戦闘には利用できないだろうが、拷問などには使えそうなとんでもないスキルだった。


 ――ど、どうしよー!? つーことは、これからなんか逆らったりミスったりするたびに痛くされるってこと!? 俺にSMの性癖はねーんだけどおぉ!? 家出るか!? いやでも魔法学の授業は受けときたい! あとさすがに五歳児だとギルド登録とかできないかもしれん。先生激こえーけど美人ではあるし……言ってること謎過ぎるけど意地悪ってわけではなさそうだし……う~~~ん…………。


 悩んでいる間もなく、ラングヤール夫人は授業の続きを促してくる。

「さぁ、笑ってくださいませ。可愛い顔が台無しですわ。歩き方をマスターしたあとは品のいい頷き方と座り方、ぶつかってしまったときの対処法をやっていきましょうね」


 優しそうな笑顔に悪意は見当たらない。

 彼女はあくまで、彼女の常識でもってまっとうに家庭教師の職務を果たしているだけなのである。

 それが伝わってくるからこそ、正面から反抗するわけにもいかず、しかし将来男といい結婚をするための授業などまるで身が入らず、そうするとビシビシと叩かれることになり、授業が終わって部屋に戻るとシャルロッテは満身創痍で倒れ伏してしまったのだった。

 

 ――お、お嬢様って、大変なんだなぁ……。

 

 前世の娯楽作品で見てきたお嬢様キャラの隠れた苦労を思い、ため息をつく。

 前世ではお嬢様キャラはあまりタイプではなかったが、今ならもっと好意的な気持ちで見れる気がする。同じ苦労を味わった同士として。


 シャルロッテの真のお嬢様ライフは、こうして幕を開けたのだった。


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