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怒ってないなら笑ってほしい


「お嬢様は本当にお母君に似ておられますね。絹糸のような金髪と澄んだ青い目。でもつり気味の意志の強そうな目じりはきっとお父君似ですね。お嬢様ほど気品があってお可愛らしい方は、きっと王都にもいらっしゃらないことでしょう」


 いつもより手の込んだドレスを着てめかしこんだシャルロッテに、マルゴットは満足げに言う。

 今日は五歳の誕生日。シャルロッテがついに本邸に足を踏み入れる日であった。


 シャルロッテも鏡の前に立ち、自分の姿を確かめる。

 白磁のような傷一つない肌に、これ以上なく整った美しい顔だち。密で量の多いバサバサの睫毛に縁どられるのは宝石のような蒼玉の瞳だ。ウェーブがかった輝くプラチナブロンドはふわりと背中まで流れ、華やかさを底上げしている。どこから見ても、天使のように愛くるしい少女だ。

 そんな美少女が、繊細なリボンとレースに彩られた質のいいドレスを身につけているものだから、芸術品のような崇高ささえ醸し出していた。


 ――可愛い。可愛いんだけど……可愛いんだけどなぁ……。

 

 シャルロッテはため息をついた。

 

 自分の見た目がいいことは嬉しい。可愛くないよりは断然可愛い方がいいに決まっている。

 だから最初に鏡を見た時は、「おっ、めっちゃ可愛いじゃーん! 容姿ガチャSSR! 将来すげー美人になるぞ!」とテンションが上がった。


 だが、すぐにその気持ちは萎んでしまった。

 もしこの格好で美少女と仲良くなれたとして、それは果たして自分が望んでいた形なのだろうか?

 多分向こうは『可愛い女の子』として接してくるだろう。それってつまり友達だ。

 仮に同性愛者だったとしても、『最強で頼りがいがあって抱かれたくなる男』としては見てもらえない。 

 シャルロッテが今の人格である限り、せっかくの可愛さが有効活用できないのだ。

 幼馴染の女の子がこの見た目だったら最高だったのに、とシャルロッテはもったいなく思った。

 

 やはり性転換、性転換が全てを解決する。

 性転換をしないことには始まらない。


 ――どんな手を使ってでも性転換してやるぜ!

 

 拳を握り締めて固く誓っているシャルロッテの内心など知らず、マルゴットは、いつも明るいお嬢様もさすがに緊張しておられるのね、と思っていた。

 

 

 

 

 

 初めて本邸の立派なお屋敷の中に入れてもらい、シャルロッテはきょろきょろと周囲を見回した。

 柔らかく足を包みこむような美しい絨毯、高い吹き抜けの天井、格調高い造形の家具や設備の数々。

 今まで住んでいた家とは比べ物にならない豪奢な邸宅である。そこで立ち働く人々の数も多く、一つの家に何十人住んでんの?と聞きたくなるほど何度も使用人とすれちがう。


 ――あ、シャンデリアある! 金持ちの家って感じ! 蝋燭じゃなさそうだけどなんで光ってんのかな。魔法? 壁もカーテンもすげー高そうな柄……テーブルでっけー! あと広い、めちゃくちゃ広い。こんな広くて疲れねーのかな。

 

 好奇心いっぱいであちこちに目を奪われているシャルロッテの手をそっと引き、マルゴットは進んでいく。いくつもの油絵の肖像画がかかる広い廊下を抜け、一際重厚そうな扉の前に立ったマルゴットは、ふ、と一息ついてから、扉をノックした。


「領主様、奥様。マルゴットでございます。シャルロッテ様をお連れいたしました」


「お入りなさい」


「はい、失礼いたします」


 マルゴットが扉を開ける。一番先に目に飛び込んできたのは、優美な猫足の丸テーブルと、そのテーブルに向って座っている美男美女だった。

 暗褐色の髪にアンバーの瞳を持つ面長の美青年と、プラチナブロンドと怜悧な碧眼を持つ美女。ただし二人ともにこりともせず、美貌も相俟って人形のように作りものじみている。シャルロッテに向ける視線は冷静そのものであり、一切の感情が読み取れなかった。


 ――ひぇっ! えっ、もしかしてこの人らがかーちゃんととーちゃん……!? なんかこえーんだけど! ミスったらめっちゃ怒られそう……。


 戸惑いながらも、シャルロッテは教わった通りに礼をしたあと、挨拶を述べた。


「お父様、お母様、ご機嫌麗しゅう。シャルロッテ・ヒルデスハイマーでございます。本日はこのような席を設けていただき、ありがとうございます。こうしてお会いできる日を心待ちにしておりました。

お二人のご庇護のもと、無事に五歳の誕生日を迎えることができました。まだまだ未熟の身ではございますが、これからヒルデスハイマー家の栄光に連なる者として、微力を尽くしてまいります」


 ――声は明瞭に、品よく微笑み、少し目を伏せて、しかし俯きはせず、声がかかるまでゆるく曲げた足は崩さない!


 礼儀作法の教本に書いてあったこととマルゴットの指導を頭の中で繰り返す。

 マルゴットに勉強しましょうねと言われても、しばらくはやる気が起きないぐらいシャルロッテは礼儀作法に苦手意識があったのだが、よく考えると五年も会うことをもったいぶるような貴族の両親に失望されたらとんでもないことになるのでは、と怖くなって直前でたたき込んできたのである。


 幸い、言葉遣いはあまり新しく覚える必要がなかった。シャルロッテのまっさらな頭には、元々フェアフォーテン語のお嬢様言葉が刷り込まれていたからだ。あとは所作と、貴族特有のタブーなんかに気を付けて、ぼろが出ないようあまり動かなければよい。


 シャルロッテ渾身の挨拶に、両親二人は鷹揚に頷いた。


「思ったよりしっかりしているようだな。優秀な娘で嬉しく思う」


「さようでございますわね。その調子で立派な淑女となるべくお励みなさい」


 氷のようにクールな表情だが、よく見ると口元がうっすら笑んでいるように見えなくもない。

 ひとまず怒られないですむらしい、とシャルロッテはほっと胸を撫でおろし、足を楽な位置に戻した。


 母親の視線が、つ、とシャルロッテの後ろに移る。


「マルゴット、今までよく育ててくれましたね。この年でこれほど見事に挨拶ができるとは、あなたの教えが良かったのでしょう。あとで褒美を与えます。

これからシャルロッテには本邸に部屋を与えますので、あなたはこちらに通う形となります。なにか申しておきたいことはありますか?」


「奥様、お心遣いありがとうございます。シャルロッテ様は素直で心優しく、私が今まで見てきた子どもの中で一番聡明な方です。赤子のころより、私が何かお教えするまでもなく物事の道理をおわかりになっておられました。これから本格的に勉学にお励みになれば、必ずや世の人びとの憧れの的となる素晴らしいご令嬢におなり遊ばすのではないかと存じます」


 ――エッ、なんか本格的な勉強とか言ってる!? ヤなんだけど! 魔法以外は勉強したくねーんだけど!


 内心ぎょっとしているシャルロッテをよそに、父親が応じる。


「マルゴット、善良にして忠実なる者よ。数々の子を見てきたお前が言うならば、シャルロッテは確かに非凡の才を持っているのだろう。高名な家庭教師を呼ぼう。しかしこの子にはまだお前の手が必要だ。引き続き世話をするように」


「もちろんでございます、旦那様。喜んでお世話いたします」


 マルゴットはうやうやしく礼をする。


「うむ。ご苦労だった。下がってよいぞ」


「失礼いたします」


 シャルロッテを心配げにちらりと見たあと、マルゴットはしずしずと退出していった。


 ――えっ、マルゴットいっちゃうん!? いかないでーっ! マジかよ~俺どうすりゃいいの?


 残されたシャルロッテは、なに話したらいーんだこの人たちと、と気まずい思いで両親を見る。


 だが会話の内容に迷う必要はなかった。両親は事務的にシャルロッテに、新しい部屋を与えること、何か困ったらメイド長に聞くこと、月に一回勉強内容の進展をチェックするから会いに来ること、と告げると、早々に退室を促した。


 シャルロッテは退出の挨拶をし、メイドに案内されて新しい部屋に連れていかれる。

 そこはシャルロッテ専用の部屋だそうだが、マルゴットと暮らしていた家の三倍は面積があり、やはり高級感のある造りだった。花模様の彫刻で縁どられた鏡台や巨大なクローゼット、文机が置かれている。


「シャルロッテお嬢様、わたくしはメイドのマリーと申します。少ししたらお嬢様専属のメイドを二人よこしますので、何かご用がありましたらその子たちにお申し付けくださいませ。では失礼いたします」


 メイドが去ったあと、シャルロッテは、五歳児の身には大きすぎる天蓋付きベッドに身を投げ出し、呆然と天を見上げた。


 ――え? 面会終わり? はっや!


 五年ぶりの親子の対面だというのに、驚きの速さで終了した。ドライにもほどがある。


 ――転校生とかだってもっとちやほやされっけど!? つか俺、一応合格でいいんだよな!? 部屋貰ったしだいじょぶよな!? あの人たち単に表情筋が極端に発達してないだけで、別に俺のこと嫌ってはない、よな?


 十六年間ド庶民として暮らしてきたため、貴族の常識がよくわからない。

 貴族として生まれてからも、自然豊かなこじんまりした一軒家でおおらかかつ放任主義ぎみなマルゴットに育てられたため、かなり自由度の高い生活をしてきた。

 こっそり魔法の練習をしたり、ハーレム妄想をしたり、森に探検に行って念願の犬と出会ったり、棒きれで剣術ごっこをしたり。その棒切れで地面を削り「神絵師に俺はなる!」と言い出して庭を落書きだらけにしたり、すぐに飽きて土魔法でのおもちゃ作りに熱中したりと、好き勝手に遊んできたのだ。

 やんちゃを咎められることもなくのびのび過ごせたあの日々は、大変楽しいものであった。

 

 これからは泥遊びとかはできないし魔法も今まで以上に隠れて使わなきゃいけないんだろーな、と思うと、シャルロッテの心は憂鬱に染まっていく。


 ――優雅でお上品な生活……耐えられんのかなぁ、俺に。


 両親と顔を合わせたあの短時間だけでも、堅苦しさに肩が凝ってしまった。

 不安を抱えつつも、横たわっているベッドのかつてない柔らかさに体が弛緩し、眠気に襲われる。

 面倒な制約と引き換えに、環境が一気にグレードアップしたこともまた、確かなのだった。



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