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貴族家庭ってなんかヘン


 シャルロッテがヴェアヴァーデン森でやらかしたあと、しばらく近隣住民はびくびくしながら生活していたようだが、領主が派遣した調査隊が森の暴走はないと判断したこともあり、半年も経てばすっかり元の穏やかな空気に戻っていた。


 うららかな陽気が降り注ぐ昼下がりの庭で、シャルロッテは木製のスツールに座り、マルゴットが作ってくれたスグリのパイを頬張る。


「マルゴット、これおいしいですわ、最高ですわ!」


「お嬢様はこのパイがお好きですねぇ。私の得意料理ですから、果実がある限りいくらでも作って差し上げますよ」


 マルゴットはにこにことシャルロッテが食べているところを見守る。大口を開けてパイにかぶりつく様は少々品がなかったが、下町出身のマルゴットは子どもの作法には厳しくなかった。


「そういえば、そろそろお嬢様の五歳のお誕生日が近うございますね。領主様とお会いする準備をいたしませんと」


「え!?」


 シャルロッテは、びっくりして食べかけのパイの端をぽろっとこぼした。


「領主様って、あの、わたくしのお父様ですわよね?」


「さようでございます。コンラート・ヒルデスハイマー伯爵、このミアマリス領を統べるお方にして、お嬢様のお父君です」


「なぜ今になって会うのですか? わたくしてっきり、お父様とお母様はわたくしに会いたくないのだと思っていたのですが」


「まぁ、そんなことはございません! お嬢様、お二人は大層お嬢様のことを気にかけておいでですよ」


 マルゴットは慌てたように言うが、じゃあなんで会わなかったんだよとシャルロッテは不審げな表情になる。


 なんとシャルロッテは、生まれてから一度も両親の顔を見たことがなかった。

 自力で動けるようになってから、マルゴットのほかに一人のメイド、一人の門番、一人の庭師に会ったが、両親らしき人はどこにもいなかった。

 二歳を過ぎたころ、さすがに気になってマルゴットに両親のことを尋ねたら、「そのうちお会いになれますよ」となだめるように言われ、うやむやにされてしまった。

 

 そういうこともあって、愛人の子とかで邪魔者扱いされてんのかな、と思っていたのだが。


「わたくしに問題があって会えなかったわけではないのですか?」


「お嬢様に問題などございません! そういうわけではなくて、貴族の方というのはご自分の手で子育てをなさらないものですし、お嬢様はまだお小さくていらっしゃいますから」


「わたくしが小さいとなぜ両親に会えないのですか?」


「えぇっと……そういうことになっているのです」


 言葉を濁すマルゴットを質問攻めにし、返答の断片からなんとか悟ったのは、どうやら五歳になるまでの子どもは人間として扱われていないらしい、ということだった。

 もちろん身分の高い家の子どもは大切に育てられるのだが、小さいうちはふいに亡くなってしまうことはよくあるものだ。それはちょっとした病気かもしれない。怪我かもしれない。ベッドから落ちた拍子に首の骨を折ったり、何かを誤飲して喉に詰まらせたり、動物に襲われて噛み殺されたりするかもしれない。


 現代日本なら、子どもはなるべく危険から遠ざけ、神経質なほど注視するという対応が普通である。しかしこの世界は、そこまで人権意識が発達していなかった。

 死亡率が高い五歳までの子どもは人間未満の存在で、何事もなく五歳になってやっと、社会の一員として認められるようになるのである。


 そうはいっても庶民の間では親子が顔を合わせないなどということはないのだが、貴族家庭においては、子どもが五歳になるまでは愛着が湧かないよう会わないのが一般的らしい。

 つまり、「死ぬかもしれない子を可愛がるのは無駄だから死ぬ確率が下がってから会う」ということだ。マルゴットが言い淀んでいたわけである。


 シャルロッテはカルチャーショックを受け、黙り込んでしまった。

 前世の両親はごく普通の一般庶民で、贅沢はさせてもらえなかったし甘やかしてもくれなかったが、ちゃんと家族としての愛情は与えてもらっていた。

 「あんた夜泣きが凄かったのよー。とーちゃんが一緒に面倒みてくんなきゃあたしノイローゼで死んでたね!」と言う母親の言葉を話半分に聞き流していたものだったが、意識のある状態で赤子になってわかった。赤子というのは本当に一人じゃ何もできなくて、食事も排泄も沐浴も睡眠も全て人の世話にならなければならないのだ。

 

 しかも理性があまりきかず、しょっちゅう泣いたり癇癪を起しそうになったりする。シャルロッテは前世の記憶があるので多少自分を律することができたが、純粋な赤子にそんなことは不可能である。

 その大変な時期を含め、前世の両親はずっと自分に寄り添って育ててくれた。

 それって当たり前のことじゃなかったんだなぁ、とシャルロッテはしみじみ思った。


 文化や階層の違いによって家族の在り方も変わってくるのだろうが、少なくとも今のシャルロッテにとって一番好きで一番信頼が置けるのは、会ったこともない両親ではなく、ずっと面倒をみてくれているマルゴットである。

 シャルロッテは残ったパイの欠片を飲み込むと、マルゴットの腰にぎゅっと抱き着いた。

 なんだか妙に寂しい気分だった。


「まぁお嬢様、今日は珍しく甘えたですね」


 マルゴットは少し驚いたように言いながら、抱きしめ返してくれた。

 

「大丈夫ですよ、領主様は厳格な方ですが、子どもに多くを求めたりはなさいません。それにお嬢様はとっても優秀で可愛らしくお育ちになられましたから、きっとお二人ともお喜びになります。これから挨拶の礼儀作法をお勉強して、五歳の誕生日に備えましょうね」


 ――げ、礼儀作法か。

 

 シャルロッテは顔をしかめた。前世の頃から、かしこまって規則通りに動くのは大の苦手である。

 こんなことになるなら貴族に生まれるんじゃなかったかもなー、と少しばかり後悔してしまったのだった。


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