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ついにキタ俺の異世界ルート


 その日、かつてないほど天界は慌ただしかった。

 地球五か国で同時に大規模な地震が起き、それに伴う津波、火災によって死者数は拡大。更にほかの二か国では洪水で家々が沈み、一か国は強烈な台風、そしてある大国が突如として隣国に宣戦布告し軍事侵攻し始めた。

 はかったかのように、世界各地でいっせいに、大量の死人が出る災害と戦争が勃発したのである。

 そのため、死人の処理に追われる天界の役所はあっという間に人手不足に陥り、入所したばかりの新米の天使まで駆り出して転生の権限を与えるという非常措置を取らざるを得なくなった。

 この物語は、そんな悲劇が生み出した、一人の英雄の冒険譚である。






「えーっとですね、あなたは、死亡者名簿に載ってません!」


 神々しく輝く十歳ぐらいの少年は、大真面目な顔でそう告げた。

 いや、ショートヘアなので一見少年に見えるが、もしかすると少女かもしれない。ただでさえ日本人は西洋人の顔の見分けがつかない。

 金髪碧眼で白磁のような肌、ゆったりした布を重ねたような服を身につけ、背中から大きな白い羽を生やしたその子どもは、まるで絵画の中の天使のような風貌だった。


 そんな麗しくただならぬ雰囲気の子どもの言葉に、川本光はじと目で応じた。


「なに言ってんのお前?」

 

 日本生まれの平凡な男子高校生に天使のご威光は伝わらなかった。加えて光は、突然真っ白い空間に投げ出されて謎の子どもに謎の宣言をされたことでイラッときていた。

 神々しい子どもは、眉尻を下げて困ったような表情になる。


「ですからぁ、本来あなた、川本光さんは死んでいないはずなのです。人間が死亡すると、私たち人間転生管理局に死亡届が届いて、それを元に死亡者名簿が作成されることになっています。これは魂に記録された自動システムで行われるので、抜け漏れはないんです。そしてここ転生の間には、死亡者しか入れません。つまり、死亡者名簿に載っていない川本さんがここにいるはずがないんですが……」


「よくわかんねーけど、俺手違いで死んだことにされてるってこと?」


「そ、そうなんですかね……?」


「俺に聞いてどーすんだよ」


 不安げな天使に呆れた目を向け、光はため息をついた。

 まったく、とんだ災難だ。

 自分はただ、グラビアアイドルの天津みれいちゃんが近くの商店街に現れたという噂をSNSで見て、一目見たいと授業を抜け出しただけなのに。気が逸って信号をよく見ずに道路を渡ってしまった直後意識が途切れたが、いったい何が起こったのだろう。

 考えたくないが、もしかして運悪く車に轢かれでもしたのだろうか。

 もしそうだとしても、こんな変なところで変な子どもの戯言につきあわされるのはおかし――


 ん?


 そこまで考え、はっと閃いた。


 ――これ、異世界転生ってやつなんじゃね?


 光の混乱していた頭がようやく回りだす。


 なんか光ってる子どもが話しかけてきて、死ぬはずがないのに死亡してて、人間転生局がどうのこうのとか言ってて!

 間違いない、あれだ、アニメとかweb小説でよく見るあれだー!!!


 急激にテンションが上がった光は、天使の肩を上からがしっと掴み、きらきらした目で欲望をぶちまけた。


「なぁ! おれのチート能力はさ、やっぱり超モテモテで最強で貴族なんかになっちゃったりして魔王倒しまくる感じので頼む!」


「え!? なんですか急に!? 落ち着いてください!」


 天使は目を白黒させ、光の手から抜け出そうと身をよじるが、体格差がありすぎて思うようにいかない。


「これが落ち着いていられるか! まさか俺の人生にこんなことがあるなんて!」


「ふえーんなんで喜んでるんですかぁ!? とにかくっ、いったんこの手を外してください! いくら新米とはいえ神の使いに乱暴したら天罰が降りますよ!」


「神の使い? やっぱそーいうやつなんだ。ていうか神様じゃないんだ。しょぼ」


 天罰を恐れたわけではないが、小さい子相手にまずかったかなと思い直し、光は天使の肩から手をどける。

天使はちょっと頬を膨らませながら解放された肩をすりすりとさすった。


「し、失礼な……」


「あ、ごめんごめん、こーいうののテンプレってたいてい神様だからさ。俺は別にあんたが神様でもそうじゃなくてもいいよ、チート転生させてくれんなら」


「チート転生ってなんですか?」


「知らねぇの? そっちのミスで人間が死んじゃった場合、めっちゃ特典つけて異世界に転生させんだよ。そういうお決まりなの」


「き、決まりなんですか? マニュアルには載っていませんでしたが……」


「そりゃ、ミスるなんてそうそうないんだから初心者向けの教科書には載らないんじゃねーの? でも今までそういう感じで殺されちゃった奴らは、みんなチート転生さしてもらってるから」


 自信満々に断言する光に、天使はおろおろと懐から本を引っ張り出してめくりだす。どこに入っていたのかと不思議になるほど分厚い本だ。


「えーっと、困った時の対処法……死亡者の業が深く転生させられない場合……死亡者の徳が高く魂の階位が上がる場合……死亡者からの苦情があった場合……ダメだ、やっぱり死亡者名簿に載ってない場合の対処法は書かれてないです。もちろんチート転生っていう単語もどこにもありません」


「頭固いなー。マニュアルに載ってなくたって実際俺はミスで殺されてんだろ? あんたらが俺の人生台無しにしたわけ。それって、ちゃんと謝って償うべきなんじゃねーの?」


「うーん……そ、そうですね……本当にミスが起こったとすればとんでもないことです」


「だろ? 神だの神の使いだのがミスで人殺しなんて最低だよな? でも大丈夫! 俺は心が広いから、チート転生で許してやるぜ!」


 ぐっ、と親指を突き立てて、光はウインクする。

 天使はその勢いに後ずさりながら、またもや懐から取り出したハンドベルを鳴らした。


「ちょ、ちょっと待ってください、一応先輩に聞いてみます! 先輩! せんぱーい! 緊急事態が起こりました! 今すぐ来てくだ――」


「無理!!!」


 ハンドベルの中から力強い拒否の言葉が響く。

 天使はがっくりと肩を落として、しぶしぶハンドベルをまた懐にしまった。


「はぁ~、ですよね……。先輩は僕の五倍の仕事量ですし。今すっごく忙しいんです、私たち。あなたのあとも沢山順番待ちしてる人がいるので、こんなところで時間取ってるわけにはいかないんですよ。

 本当は独断で判断するべきではないんですけどぉ……これ以上時間かけたらとんでもないことになっちゃうし……わかりました、お望みどおりにしましょう!」


 天使は自棄になったように宣言した。


「えっと、チート転生したいんでしたっけ? 具体的にはどういうことなんですか?」


「おっしゃキタキタ! まず転生先は異世界、剣と魔法の世界! モンスターもいてそれを倒す冒険者もいる感じ! レベル制で頑張ったら強くなれてスキルとかもあるゲームみたいな!」


「そんな大雑把な……うーん、そうですね、剣と魔法と言ったら惑星ダルタゴスのゲランあたりでしょうか」


「うん、そのゲランってやつでおっけ! で、俺はめっちゃモテる! 何もしなくても好かれてモテモテ!」


「え~……あるかなぁ、そんなの。あ、ナディヤの祝福とかつけておきましょうか。現地の恋愛を司る神で、異性からの好感度が高くなります」


「超いいじゃん! あとは魔法適正最大でどんな属性の魔法も使えて、魔力最大で絶対枯渇しなくて、成長率も最高で! あ、言語理解と鑑定もつけてほしい」


「待ってください、魔力が枯渇しないというのは無理です。最大値があれば枯渇も当然します」


「え~じゃあ魔力無尽蔵」


「そういうスキルはありません」


「じゃあじゃあ、自動回復! 魔力最大値ですぐ回復すんの」


「それならまぁなんとか……? 言語理解というのはあやふやすぎますね。沢山の国と言語があるのでその全てに対応するというのは難しいです。一番の大国であるフェアフォーテン王国のフェアフォーテン語、二番目の大国シュピーギリ帝国の神聖オルバ語、魔法使いに必須と言われる古代アテルニア語から選んでください。

 古代アテルニア語は、習得していないと適性があったとしても魔法が一切使えないので、ここで選ばなければ転生後に学ぶ必要があります」


「むーケチめ……んじゃ、古代なんちゃら語かな? 魔法使いの。んで一番おっきい国の貴族に転生さして。小さいうちから聴いてれば自然に覚えんだろ」


「わかりました。あとはありますか?」


「うーんと、あ、そうだ、アイテムボックス! こう、なんか時空に荷物を収納できるスキル」


「そういうスキルは存在していませんね。スキル生成は私の権限ではできませんので、諦めてください」


「ねぇのかよ! ド定番なのに。じゃあスキルじゃなくてアイテム収納袋とかは?」


「えーっと……あります、ね。シュピーギリ帝国の国宝として宝物庫に入れられているようです。これはさすがに私がどうこうできるものではありませんので、お渡しはできません。亜空間にアイテムを収納する機能がついた袋のレシピを教える、とかなら可能です」


「実物はくんねぇの?」


「持っておりませんので」


「そっか。じゃあそのレシピってやつくれ。頑張れば自分で作れるってことだもんな」


「そうですね、理論上は……。うわっ、待機列がもうあんなに! すみませんがこれでおしまいです! では川本光さん、良き次生を祈っております!」


「えっ!? マジかよ、俺まだっ……!」


 まだ頼みたいことが、と言いかけた言葉は音にならず、時空の狭間に消えた。

 あっという間に光の意識は薄れ、汗をかきつつ律儀に手を振って見送ってくれた天使の強張った笑顔を最後に、視界も黒く塗りつぶされた。


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