実は照れてる七海さん
早坂晴人は恋をしている。
相手の名前は戸隠七海。近所に住む幼馴染である。
幼い頃、晴人は七海を男だと思っていた。
七海は成長が早く、晴人よりも背が高かった。さらに運動も得意だったから、彼女の背を追いかけて野山を駆けた彼が勘違いするのも無理はない。
しかし小学校の高学年になる頃には男女の違いというものを理解した。七海の無防備な仕草を見る度、何か特別な感情を抱くようになっていた。
それが恋だと気が付いたのは中学生になって直ぐのこと。級友に「付き合っているのか」と問われ、初めて理解した。
晴人は告白を決意する。
幸い毎日のように会えるからチャンスは多い。
しかし、彼はチキンだった。
昔は「はるくん! あそぼ!」と毎日のように笑顔を見せてくれた七海だが、最近では「……何見てるの?」と冷めた表情しか見せてくれない。
ひょっとして嫌われているのではないだろうか。
晴人は今の「辛うじて会話はできる程度の仲」が壊れることを恐れ、告白を保留にした。
その代わりアピールする。
自分と同じ気持ちにさせて、告白する。
この決意をしたのは中学2年生の時。
そして翌年。中学三年生の時、とある会話を耳にした。
「七海って、褒められると直ぐ照れるよね」
「だってほら、嬉しいじゃん」
廊下の角。晴人は動きを止め、耳を澄ませる。
「私、褒めてくれた人みんな好きになるかも」
それ以来、晴人は七海を褒め続けた。
会う度に、むしろ会いに行き、積極的に褒めまくった。
その結果! ……特に、進展は無い。
同じ高校へ進学して、奇跡的に同じクラスになったのに、彼はまだ告白できていなかった。
* * *
五月の中旬。ゴールデンウィークを終え、すっかりクラスの交友関係が固まった頃。
教室の隅で寂しく食事をする晴人は、机をくっつけた二人の女子に意識を向けていた。
「七海の弁当いつも可愛いよね」
「ありがと。嬉しい」
もちろんジロジロ見るようなことはしない。
ぼーっと窓の外を眺めながら、しかし耳を澄ませ、頭の中で七海の姿を思い浮かべる。
七海は昔と違って物静かな雰囲気になった。
ずっと短髪だった黒髪は、中学が終わる頃から伸び始め、今では肩を少し超える長さになっている。
背も伸び続けた。七海の身長は、昔も今も晴人より高い。もちろん他の場所も育っており、思春期を迎えた彼としては色々な意味で複雑だった。
日に日に好きになる。
しかし、どれだけアピールを続けても彼女の態度が変わる気配は無い。彼が褒めるときだけ、どうしてか七海は塩対応を見せるのだ。
(俺の褒め方、ズレてるのかな?)
晴人は真剣に悩む。
彼が見ている限り七海はチョロい。どんな些細な褒め言葉を聞いても嬉しそうに笑う。晴人以外に対しては。
(普通に考えたら嫌われてるよな)
しかし、という接続詞で彼は思考を続ける。
二人には十年以上の付き合いがある。そして、中学三年生になるまで彼は七海を滅多に褒めていない。
逆の立場で考える。
七海が毎日のように晴人を褒めるようになったら、
(幸せ過ぎて死ぬかもしれない)
恋のバイアスに支配された雑念はさておき、冷静な彼は「俺も同じ反応をするかもしれない」と考える。
要するに戸惑いの段階である可能性が高い。
だから彼女から直接やめろと言われるまでは続ける。
(よし、チャンスだ)
数分後、七海の友人が席を立った。
晴人は彼女が教室を出るのを目視で確かめた後、七海の隣まで移動する。
顔は向けない。身体も向けない。
あくまで隣に移動しただけ。その状態で、彼は言った。
「楽しそうだな」
「……また見てたの?」
「席が近いから、自然と聞こえる」
「……そう。で、何か用事?」
先程まで聞いていたものとは違う声色。
晴人は背に汗が滲むのを感じながら、勇気を振り絞る。
「七海、笑い方、変わったよな」
「……何、急に」
「スゲェ良いと思う」
我ながら顔が熱い。何回やっても慣れない。
晴人は心拍数の上昇を感じながら、チラと七海に目を向ける。彼女は「はぁ?」という雰囲気の無表情で、彼を見ていた。
その目を見て晴人はダメージを受ける。
しかし引かない。心を強く持ち、言葉を続けた。
「七海の笑顔、可愛いと思う」
「……バカなの?」
しかし七海の返事は、いつも通り冷たいものだった。
「……それだけ?」
七海はそっぽを向いて言った。
晴人は一度天を仰ぎ、涙を呑んでから言葉を返す。
「母さんが、この前はありがとうって」
それは咄嗟に出た別の話題。
ほんの数日前、七海が何か手伝ってくれたと母が嬉しそうにしていたことを思い出した。
「……ん」
七海は短く返事をして、晴人に背を向けたまま軽く手を振った。それを見て彼は席に戻る。
(相変わらずの塩対応だった。マジで嫌われてんのかな?)
窓際に立ち、唇を噛みながら外を見た。
だから彼は、その横顔を見る視線に気が付かなかった。
* * *
その日の夜。
パジャマを着た七海が、ちょうどベッドに倒れた瞬間。
うつ伏せになった彼女は枕に顔を押し付け、息を止める。
そして数秒後、水泳でバタ足をするように布団を蹴った。
言葉は無い。
傍目から見れば実に不気味な様子である。
しかしその心か、あるいは朱に染まった顔を見れば、行動の理由が瞬時に分かる。
「なんで、あんなこと簡単に言えるかな?」
晴人の言葉は、しっかりと彼女を動揺させていた。
「……可愛いとか、言ったことなかったじゃん」
もしかして口説かれてる?
いやいや、ありえない。だって、あの晴人だよ?
彼女は心の中で回想する。
彼は、弟のような存在だ。
幼い頃はいつも一緒だった。でも小学校の高学年くらいから生意気になった。中学生になってからは、互いに部活が忙しかったせいか自然と会話する機会が減った。
もちろん顔を合わせる機会は多かった。
家が近所で親も仲良し。だけどあいつは、雑な挨拶をするくらいだった。
それが急に、褒めるようになった。
背中が痒くなるような言葉を、次々と、毎日、毎日……。
「……やっぱり、口説かれてる?」
いやいや、ありえない。だってあの晴人だ。私のことを男だと思っていたようなバカだ。
中学時代も彼女を作る気配とか皆無だった。
もちろん昔より大人になっているとは思うけど、あのバカが恋愛とか、想像できない。
「……多分、由香さんが何か言ったんだ」
あいつは親の言葉には意外と素直に従う。
私に向けた雑な対応は由香さんも知っている。だからきっと、何か言ったに違いない。
「……でも、もし違ったら?」
枕を抱き、仰向けになって呟いた。
わなわなと震える唇を嚙み、身体を左右に振って思考を霧散させる。
それから枕を抱いたまま横を向いて、呟いた。
「……なんなんだよ」
* * *
翌朝。
二人は並んで登校していた。
待ち合わせをしたわけではない。
いつものように家を出て、偶然にも場所と時間が重なっただけである。
二人は無言だった。
晴人が挨拶しながら隣に並び、七海が何も言わずその距離を受け入れたものの、会話が始まるまでには時間を要した。
「久し振りだな。こういうの」
「……そうだね」
少し大袈裟なテンションで喋る晴人に対して、七海の声は普段以上に小さい。しかし、彼女の存在以外を意識から除外している晴人には十分な声量だった。
「会えて嬉しい」
出た。と七海は思う。
(やっぱり不自然。こんな少女マンガみたいな台詞、晴人の口から出てくるわけがない)
しかし、油断すると頬が緩みそうになる自分が居る。べつに、晴人のことが好きなわけではない。最近ちょっと疎遠だったから、普通に話せることが嬉しいだけだ。
そんな言い訳をしながら表情を引き締める。
そして彼が「塩対応」と表現する態度で、短い返事をした。
「……ほぼ毎日会ってるでしょ」
呆れた様子を演じながら目を向ける。
すると彼女よりも少し背の低い幼馴染は、微かに照れたような笑みを浮かべて言った。
「それでも嬉しい」
「……あっそ」
七海は咄嗟に晴人と反対方向を見て言った。
今のは危なかった。少しだけ、ほんの少しだけ、危なかった。
七海は自覚している。
自分はチョロい。褒められたら直ぐ有頂天になる。
晴人の言葉を聞いても平気なのは、単純に今日までの積み重ねがあるからだ。長年培ったイメージが、喜びよりも違和感を強くしている。
しかし稀に度を越える。
過去の記憶とは別人のような仕草と声が、彼女の思考を乱れさせる。
「髪、伸びたよな」
少し間が空いて、彼は別の言葉を口にした。
七海は警戒心を高め、正面を向いたまま次の言葉を待つ。
「オシャレ始めたとか?」
「……文句ある?」
今の言葉は七海に苦い記憶を思い起こさせた。
初めて化粧した時、晴人は似合わないと言って笑った。
中学一年生の話である。
実際、その化粧は似合っていなかった。
しかし事実は関係ない。
彼女は今でも当時の出来事を根に持っている。
(また似合わないとか言ったら許さない)
七海は目を細め、彼を見る。
正面を向いた彼は視線に気付かないまま、声を出した。
「似合ってる」
思わず足を止めた。頭が真っ白になった。
それから数秒後、気が付いた晴人が振り返る。
七海はハッとして、咄嗟に彼を睨み付けて言う。
「……何のつもり?」
「何が?」
七海から見れば、それはケロッとした態度であった。
しかし晴人からすれば大激震。ずっと雑な返事ばかりしていた七海が、久々に質問をしたのである。
その心は、頭上に広がる青空のように晴れやかだった。
もしも彼に尻尾があるならば、犬のように揺れていたことだろう。
そんな彼とは裏腹に、七海は最大級の警戒心を持って口を開く。
──その直前、ふと逆転の発想が頭に浮かぶ。七海は直観に逆らわず、そちらの方を声に出した。
「……もしかして、口説いてるわけ?」
反撃である。
彼女は自分からも攻める決意をした。
(……何言ってるの私!)
その直後、冷静な自分が心の中で叫ぶ。
今の発言は大分アレだ。それよりもっとアレな彼の発言はさておき、もしも「態度が変わった理由は、親に何か言われたから」という仮説が正しいならば、今日このまま学校を欠席するレベルの大失態だ。
一方で晴人は、
(……これは、チャンスか?)
晴人としては口説いているつもりである。しかし彼の中には、本当に口説けているのか、という確証が無かった。
(いや、待て、待てよ。落ち着け。これは罠だ)
晴人は舌を噛み、刹那の思考を始める。
(見ろ。七海の表情。……いや、逆にチャンスなのか?)
コンマ一秒にも満たない時間。
引くか攻めるかの二択で思考を加速させる。
そして彼は、
「……七海は、どっちが嬉しい?」
端的に言えば、逃げた。
え、べつに口説いてないですけど? まあでもそう聞こえちゃったなら仕方ないかなー? ……という具合に、自分で選択することを避け七海に判断を委ねた形である。
しかしその言葉、七海に刺さる。
彼女とて高校一年生。なんだかんだ晴人と距離が近いことから周囲には「付き合っている」と思われ、横恋慕を考える輩も現れなかった。そのため少女マンガを読み、恋愛に対する幻想を膨張させる日々を過ごしている。
どっちが嬉しい?
それはまさに、彼女が愛読している少女マンガにも登場した台詞だった。
「バッ──」
反射的に声を出し、息を止める。
続けて顔を隠す為に俯き、速足で晴人の前へ移動した。
そこで深く息を吸って、半分だけ振り向いて言う。
「バッカじゃないの?」
この言葉を受け、晴人、灰になる。
しばらく動けず、小走りで先を歩く七海の背を見送った。
数分後。
彼は空を仰ぎ、投資などで有り金を全て溶かしたような顔をして、呟いた。
「……しくじった」
思い返せば、恥ずかしい。
あれは無い。引かれても仕方が無い。
反省する彼は、実は七海の態度が照れ隠しだったなんて、夢にも思わないのだった。
* * *
「七海、ご機嫌だね」
教室に着いた七海は、前の席に座る友人に声をかけられた。
彼女の名は智咲。入学式の日に打ち解け、以来ずっと共に行動している友人である。
「何か良いことあった?」
「……べつに、何もないよ?」
後ろ向きで椅子に座る智咲の言葉を聞いて、七海はコホンと咳払いをしてから答えた。それから数秒だけ真顔を維持したものの、直ぐにまたへにょりと破顔する。
「早坂くん関連?」
「……なんで晴人が出てくるわけ?」
「いやだってほら、いっつも口説かれてるじゃん」
「……っ」
やっぱりそう聞こえるよね!? と心の中で同意する。
「その後いっつもニヤニヤしてるじゃん」
「してにゃっ、してない!」
七海は強く否定して、腕組をする。
「ただの幼馴染。あいつも、ふざけてるだけ」
「ふーん、そうなんだ」
智咲は普段通りの声で言った後、少しだけ真剣な様子で続ける。
「私が告っても大丈夫?」
「……え?」
寝耳に水。
こいつ急に何言ってんの? そういう感情。
「早坂くん、かっこいいよね」
「……いやいやいやいやいやいや」
七海は顔の前で素早く手を振る。
「チビじゃん。ボッチじゃん。どこが良いの?」
「……どこだと思う?」
どこか照れたような表情。
友人の普段と違う姿を見て、七海は困惑する。
突然の告白。びっくり。
相手が晴人。意味不明。
混乱の渦に沈みかけた時、智咲が言った「どこだと思う?」という言葉が登校中に晴人から聞いた言葉と重なる。
故に、七海は、
(ははーん、こいつ、からかってるな?)
と見当違いの解釈をした。
「べつに、私に許可取ることないよ」
どうせ私を照れさせて楽しむ狙いなのだろう。
そう思った七海は、余裕たっぷりな態度で返事をする。
「あいつ彼女居ないみたいだし、本気なら早い方が良いかもね」
「分かった。じゃあ今日告る」
「待ちなさい」
パチパチと瞬きをして、
「……え、マジなの?」
「うん。本気だよ」
青天の霹靂。
特大級の稲妻に打たれたような衝撃が七海を襲う。
「なんで?」
七海は無意識に、しかしどこか必死に問う。
「二人、話したこと、あったっけ?」
もちろん全ての行動を把握しているわけではない。
しかし、七海の知る範囲では告白に繋がるようなイベントは生じていないはずだ。
質問を受け、智咲は恥ずかしそうな笑みを浮かべて言う。
「なんか、面白いなって」
それは二度目の衝撃。
(要するに、おもしれー男、ってこと!?)
少女マンガ脳の七海にとって、これ以上無い程に説得力のある言葉だった。
「あ、早坂くん来たね」
バッと見てバッと顔を逸らす七海。
その後すぐにチャイムが鳴って話題が逸れたものの、彼女は一日中そわそわすることになった。
* * *
放課後。
七海は智咲の後をこっそり追いかけていた。
彼女の隣には、普段は自分の隣を歩いている幼馴染の姿がある。
(何あいつ! バカ! バーカ!)
言葉にならない感情を小学生のような表現力で吐き出す。
やがて二人は人気の無い場所へと向かった。
そこは特別教室が集まる校舎の裏側。
人影は無い。何か用事があって通る人も滅多に現れないであろう場所。
「ごめんね。急に呼び出して」
校舎の陰に隠れた七海に聞こえる声で、二人は会話を始めた。
べつに大きな声を出しているわけではない。ただ、静かな場所なのだ。遠くから聞こえる運動部の声も、場を包むように鳴り響く吹奏楽の音色も、彼女のどこか熱を持った声を隠すことはできない。
(ほんとに告るの!? ほんとに告るの!? ほんとにほんとに!?)
初めて目にする光景に大興奮。
いや、落ち着け、何をしている。
こんな覗き見、許されない。でも目が離せない。
あわわわわわと直立不動で唇を震わせる七海。
やがて彼女の耳は決定的な一言をキャッチした。
「私と、付き合ってみない?」
七海が読んだ少女マンガとは少し違う台詞。
「あんまり話したことないじゃん? だからお試しみたいな感じでさ」
七海が出会ってから聞き続けた声とは全く違う色。
「……私は、本気だけどさ」
そして七海は、息を止めた。
色々な言葉にならない感情が次々と沸き上がって、頭がグチャグチャで、その場から逃げた。
(……聞きたくない)
彼の返事を聞きたくない。
智咲は可愛い。どうして晴人なんかを好きになるのか分からないくらい可愛い。
その彼女が、あんな風に、告白をした。
(断れる男子、いる?)
だから七海は逃げた。
その場からも、自分の感情からも目を背け、走り去った。
* * *
ビックリした。と、晴人は空を仰ぐ。
ほとんど話したことの無い相手から告白される。人生で初めてのことだった。思わずドッキリを疑ったものの、周囲に人の気配は無い。だから彼は真剣に返事をした。
「ありがとう。嬉しい。でもごめん。好きな人がいる」
そして、ぼんやりとした気分で下校する途中、晴人は幼馴染の姿を見付けた。
(七海? 何してんだ?)
一目で分かった。
どういうわけか酷く落ち込んでいる。
しかも場所は彼の自宅の前。
晴人は少し悩んだ後、声をかけることにした。
「鍵でも落としたか?」
七海はビクリと肩を震わせて、俯いたまま返事をする。
「……うん、落とした」
やはり様子がおかしい。
普段なら何か褒め言葉を探すところだが、空気を読み別の言葉を口にする。
「ゲーム、しようか。久し振りに」
「……うん、やる」
それから二人は少し古いレースゲームを始めた。
「懐かしいな。これやるの」
晴人が無邪気な笑みを浮かべて言う。
七海は彼を一瞥して、そうだね、と短く返事をした。
どこにでもあるような二階建ての一軒家。
少し広いリビングに並んだ二人の後姿は、まるで仲の良い兄妹のようである。
実際、幼い頃はそうだった。
何をするにも一緒で、お互いのことなら何でも分かると思っていた。しかし年齢を重ねるにつれて一緒じゃない時間が増えた。その分だけ互いのことが分からなくなった。
だから七海は、懐かしい気持ちになった。
(……そういえば、こういう奴だっけ)
幼い頃、遊びに誘うのはいつも七海だった。
しかし彼女が落ち込んでいる時だけ、どういうわけか晴人が声をかける。
会話したくない。そんな気分じゃない。
頭では否定しながらも首を縦に振り、一緒にゲームして、気が付いたら気持ちが楽になっている。
晴人は何も言わない。
ただ、七海と一緒に遊ぶだけ。
彼女は初めて疑問に思った。
どうして、こんなにも心地良いのだろう。
直前まで理解できない不快感があった。
しかし彼とゲームを続けるうちに、いつの間にか心が軽くなっている。
「……なんか、聞かないの?」
昔なら、何も言わなかった。
「話したいなら、聞くけど?」
昔なら、こんな生意気なことは言わなかった。
「……そっちこそ、なんか話したそうにしてる」
「いや、べつに俺は……」
「噓。帰ってからずっとそわそわしてる」
昔なら、こんな気持ちにはならなかった。
「誰かに告白でもされた?」
「なっ……お前やっぱ、知ってたのか?」
七海の言葉を聞いて、晴人はコントローラーから手を離した。
その結果ゲーム内では悲惨な事故が起きたが、二人は既にテレビを見ていない。
知ってたのか? と晴人が言ったことには理由がある。彼は鈍感だが、頭の回転は速い。七海の友人である智咲が自分に告白するならば、何か話をしているだろうと考えた。
「……良かったね。彼女できて」
七海は膝を抱えて、誰も居ない場所に向かって呟いた。
「できてない」
彼は直ぐに返事をした。
「……は? 断ったの?」
「まあ、そんな感じ」
「バカなの? あんなチャンス二度と無いよ?」
七海は彼を見て、
「……なんで?」
理由を問われ、晴人は上を向く。
これは彼が悩む時の癖。七海は考えがまとまるのを待った。
やがて、彼は正面を向いたまま言う。
「好きな人がいる」
ドクンと、音がした。
「それだけ」
晴人はコントローラーを拾って、ゲームを再開する。
七海は彼のどこか恥ずかしそうな横顔を見ながら、口を開いては閉じる。
「……何それ」
やがて出たのは、笑い交じりの言葉。
好きな人って、誰のこと?
あの晴人が恋愛? 噓でしょ?
頭に浮かんだ言葉は無数にある。
しかし七海は、どの言葉も選ばなかった。
「次負けた方、罰ゲームね」
「おー、マジか。何してもらおうかな」
「こっちの台詞」
それから二人はゲームを続けた。
昔と同じように──昔とは違うことを考えながら。
「そうだ、言い忘れてた」
「なに?」
ゲームを続けながら、晴人は言う。
「ゲームしてる七海、可愛いな」
その瞬間、七海は操作ミスをした。
(……こいつ、動揺させる作戦か?)
しかし心の中で舌を噛み、直ぐに平静さを取り戻す。
「晴人こそ、気を遣えるようになったじゃん」
「それはどうも」
そして反撃を試みた。
「智咲に告白されるくらいには……か、かっこよくなったのかもね」
うわなにこれ恥ずかしい!
こいつ、いつもこんな言葉を平気な顔して言ってるの!?
「どうしたの? 操作が乱れてるよ?」
全身で感じる羞恥と熱をごまかすように、七海は晴人を煽る。
「はい! 私の勝ち! さーて罰ゲームどうしよっかなー」
七海は子供のような表情をして、晴人を見た。
そこで、
「……待て、今ちょっと、こっち見るな」
そこで、自分の知らない、幼馴染の姿を見た。
「ダメ。罰ゲーム。こっち見ろ。今すぐ」
晴人は観念して、その表情を晒した。
顔は七海に向いている。しかし目はそっぽを見ている。
それを見て、七海の表情が無意識に緩んだ。
彼が七海を見たのは、ちょうどその時だった。
「七海こそ、スゲェ可愛くなったよな」
それは精一杯の強がり。
彼は七海の表情を見て揶揄われていると思った。だから言い返さなければという気持ちになり、今の言葉を口にした。
「……ああ、はいはい、そうですか」
七海は立ち上がり、興味なさそうに言った。
「お茶貰うよ」
そして慣れた様子で冷蔵庫へ向かう。
その後姿を見ながら、晴人は相変わらずの塩対応だと落胆した。
しかし、
実は彼以上に、彼女の方が照れている。
(……ムカつく。ムカつく。ムカつく)
別の誰かが対象ならば、きっと直ぐに自覚できる特別な感情。しかし幼馴染という近過ぎる距離感が、シンプルな結論を遠ざける。
だから、もう少し。まだ少しだけ。
二人は、このままの関係を続けるのだった。
■あとがき■
如何だったでしょうか?
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よろしくお願いします。