第5話
「う~ん」
「どうした?」
朝食を終えて道場に向かうまでの間を、部屋でのんびりとしていた。すると、ダイニングテーブルの方から美玲の悩み声が聞こえてきた。
「ん~、うーん、ま、色々とね」
「そっか」
俺に話さないってことは、まだ俺を使うタイミングではないのだろう。
「そう言えば、以前の死骸ってどうなったんだ?」
「あー、あれね……」
美玲の声音は言い淀んだというよりも、残念そうな色が見えた。
「あの子、何もわからずに殺されたんだろうねって、それだけわかったよ」
「そっか」
「だから、蘇生っていうか、アンデット化もさせてない」
「そっか」
アストレアの力を使えば、一度死んだ人間をアンデット化させて生前の意識を戻す事が出来る。それで情報が得られるかもと思って、美玲も俺も死骸を持って帰った。
けど、幼い子供を、殺されてしまった子供を強引に叩き起こして現状を聞こう、と言う気にはなれなかったんだと思う。
「……俺がやろうか?」
「いや、良いよ。そこまで重要な事じゃないしさ」
「なら良いけど」
彼女を視界に収めているわけではないけど、肩を竦めているのは空気でわかった。
「何となく、こういうのは超えちゃいけない線な気がするんだよね」
「ま、良いんじゃないか?」
俺としてはどっちでも良い。
「じゃあ、俺は道場の方に行ってくるよ」
「あ、いってらっしゃい」
玄関扉を開け放す。空は曇天模様で今にも雨が降りそうだった。
**
レイアの人材が足りないってことは、今の所は無さそう。だけど、このまま神王国ヤマトの一階に住まう人が増えれば、当然ながら管理者を増やす必要があって、とてもではないけど、今の彼女の持ち部下だけでは足りなくなってくる。
レイアの人数増のグラフを見ると、早くても半年後には一階が埋まる計算になる。となると、ダンジョンコアを動かして、もう一階上の階層を、神王国ヤマト2Fを作る必要が出てくる。それは別に構わないんだけど、じゃあ、今の彼女の部下で一階と二階をどちらも管理できるかと言われると無理だ。
それは偏に人数と彼女の部下の無学さにある。奴隷を買う事が多かったわけだけど、その奴隷の大半は頭が良いわけがない。当時もボディガードを主目的として購入していたわけで、というか、本来ならその奴隷達は兵士として登用すべきであって、一階の管理をさせる人員として回すべきじゃない。
ここまで問題点が見えた上で、一階はレイアの物だからと私は口を出さないで来た。
あともう一つ問題があるとすれば、ミリシャの言伝で私達が回収した死骸の件だ。同時期に死骸を回収しようとしたグループの事も気になるし、殺されてしまった少女の母国の動向も気になっていた。
ミリシャの“鑑定”が無かったら、私達には一切情報は入ってこなかった。
「ミレイさん?」
「あ、おはよう。レイア」
と、頭を悩ませていたらレイアが起き出してきた。
「難しい顔をしてどうしたんですか?」
「ん~……」
一階の件でレイアにあれやれこれやれ言うのはね……
「レイアって、人材はどうやって集めてるの?」
「今の所は前に大量購入をした奴隷を用いているので、追加は無しですね」
「……まあ、そうだよね」
わかり切った事を聞いて、あーまあ、そうだよねみたいな。
「人、買ったら?」
あくまで提案の形で彼女に問い掛ける。
「腕の良い?」
「じゃなくて、事務作業が出来る」
「なるほど……」
レイアが優秀だから、一人で色々な書類事をこなせてしまうのにも問題はある。今日だって、もう陵は道場に出かけて行ったのに、彼女はその後に起き出してきた。それはつまり、何らかの業務があって眠るのが遅れてしまったと言うことだ。
「必要……ですかね?」
「全部自分でやるの面倒くさくない?」
「確かにそれはありますけど、でも、人に任せて滅茶苦茶される方が面倒くさくて」
「あ~……」
優秀だからこそ、優秀故の悩みを抱えているみたいだね。
「私が連れて帰ってきたガリアスは?」
「彼は優秀ですよ。一階の管理を、私が居ない間の管理は彼に任せています」
「そっか」
ガリアスくらいの能力で初めて、彼女が使っても良いと、任せても良いと思えるらしい。ガリアスは元々スラム街で国の貴族、王族と渡り合ってきた人間だ。まあつまり、実は替えが効かない程に優秀なんだよね。
私には直接彼と話す機会が殆ど無いけど、しっかりと評価しないと他の国に行っちゃうかもしれない。
「ガリアスに報酬はちゃんと与えてる?」
「あ、はい。その点はしっかりと」
なら良いけど。でもやっぱり、国の中枢に近くなる人間が赤の他人ってちょっと怖いよね。出来れば奴隷を育てて、洗脳して、その立場に配置したいんだけど、そんなもんは一年経ったくらいじゃ出来ない。それこそ、劇的な何かが無いと……
奴隷になってしまった人間を、学の無い人間を育て上げるのは一年じゃ効かない。
「何も思いつかないなあ……」
「……あの、一応確認なんですけど、ミレイさんが考えてるのって、奴隷の確保ですか?」
「ちょっと違うかな。裏切らない人材の確保だね。それも、腕っ節じゃなくて頭が良い方」
事務作業が出来る人と頭が良い人って、また別なんだけど、それは後で考えれば良いや。
「……確かに、奴隷だと難しそうですね」
「拾ってきた子供達に勉強を教えてる大半の理由はそれだよね。郷土愛だったり、色々と恩を感じてくれる人たちだったら、もしかしたら、裏切らない人材になるかもしれないし」
「なるほど……」
「まあ、奴隷みたいに管理してる訳じゃないから、裏切れない訳じゃないのが痛い所かな」
まあ結局、そう簡単にそういう人材は手に入らないんだよね。
「難しいですね」
「だね。テキトーに募集すると、今度は他国のスパイだったりするだろうしね」
「それは恐ろしいです」
雇った相手が他国のスパイでした、それが一番怖いんだよね。
「この話は後ででいいや。すぐに解決出来るとも思えないし」
「そうですね」
暫く悩んでれば答えも出るかもしれないけど、今すぐに解決出来るとも思えないから、一旦は後回しにしておく。
「そう言えば、朝ご飯出来てるよ」
「あ、ありがとうございます」
冷蔵庫に仕舞ってあった食事を取り出して、軽く暖めて、何だかんだで起きたばかりのレイアの前に置く。
「ミレイさん、今日の予定は?」
「特に無いよ」
「無いなら、少し手伝って貰えたりしますか?」
「良いよ」
基本的にレイアに任せっきりで、私がやらないといけない事は殆ど無い。無いし、今後もそんなに増える事はないと思う。
一年以上前にはなるけど、陵が優勝した時に使っていた装置の再現もまだ出来てない。だから、やれることは沢山あるんだけど、それをやるなら旅に出る必要があるんだよね。
遠方でレイアとコミュニケーションを取る手段は、アストレアに協力してもらう事によって用意できたから、この国から離れる事に対する抵抗も減った。
だから、また何処かに旅に出ても良いのかなとは思ってるんだけどね、中々、そのタイミングも掴めないでいる。行くなら陵もって話になるし、彼は彼で道場で教えるのに楽しみを覚えてるからね。
ま、出来るようにしても、結局は意思が必要ってわけ。
「一階に行きましょう」
レイアは食器を洗ってから、そう言った。
「ん」
久方ぶりにダンジョンマスター専用のダンジョン内のエレベーターを使って、私は神王国ヤマト一階に降りた。
「お久しぶりです。ミレイ王」
その先で待っていたのは、さっきも話題に上げたガリウスだ。相変わらず大きな体躯をしていて、それでいて、あんまり戦闘技術が高くないのが面白い。能力的には力仕事が出来る文官なんだよね。
「久しぶり、ガリウス。最近は何か不満ない?」
「特には。かなりレイア様には便宜を図って頂いているので」
「それなら良かった。君は出世したいって言ってたから、私の隣じゃないと不満が出てくるかもとか、ちょっと思ってたんだよね」
あくまでレイアは王ではないし、まだ幼子のように見える外見をしている。不満の一つ二つ持っていたって可笑しくない。
……まあ、でも、その話で行くなら私も若く見えるしね。実際多分若いし。
「最初は少し思いました。けれど、仕事をするという意味では……」
「そうだね。私達の元に居ても逆にチャンスが無いかも」
「はい」
私達は神王国ヤマトの屋上でのんびりと過ごしているだけだからね。陵は道場をやってるけど、私には決まり切った仕事は何もない。
「ガリアス、昨日の件をミレイ王に話してください。今回は手を借りれるそうなので」
「畏まりました。では……」
一階の建物の増設計画を彼に話された。彼女の奴隷を用いて、ドワーフの指示の元に行うらしい。うん、私の能力に頼らない姿勢がとても良いと思う。私の魔法なら十軒くらいなら秒で建つからね。細かい作業は出来ないんだけどね。
「その管理をすれば良いのかな?」
「はい」
「おっけー」
私が現場に出た途端にドワーフに平伏されて、奴隷達に平伏されて軽くその場がパニックになったのはまた別の話。




