第3話
「ふあ……」
朝、かな。
隣には陵が眠っていて、いつもと変わらない朝が見えた。いつもと変わらないことはいつもと変わらない安堵を私にくれる。
少し彼に寄り添ってみる。彼の背中の広さが感じられて、ちょっとドキドキするのは、まあ、その、うん。
「……どうした?」
「くっつきたかった」
「そっか」
陵を起こしてしまった。でも、彼は特に怒ることも無く私を抱き寄せる。
「起こしちゃってごめんね」
「ううん、別に」
少し掛け違えた返事が聞こえてきた。もしかしたら、寝惚けてるのかも。
「代わりに、な」
彼は私を抱き寄せた。
吐息が私の耳を掠めて、少しだけくすぐったいし、ドキドキするし、無自覚にこうやって攻められると弱い。
やがて、彼は寝息をたて始めた。
起こしちゃったけど、眠いままだったのかな。
扉がコンコンとノックされた。
陵の腕の中に居る私はどうぞとも、ダメとも言う事が出来ずにいた。
すると、あっさりと扉が開けられた。
「……お楽しみですか?」
扉の向こう側から現れたのはレイアだった。
「ううん、羽交い締めにされてるだけ」
「……それって、どんな状況ですか?」
「さあ?」
「さあ?って……。まあ、良いですけど」
呆れたような、仕方ないなあと言ったそんな表情をしていた。
「リリアーナがミレイさんとお話がしたいと言ってます」
「……なんかあった感じ?」
「さあ?」
「さあ?って、そこ一番大切じゃない?」
ちょっと内心呆れてから思った。レイアに仕返しされたみたい。彼女はちょっとだけ得意気な顔を浮かべていた。
「はあ……、行くよ……」
陵の腕を強引に剥がして、ベッドから下に足を下ろした。
リビングに移動すると、そこには一つの水晶玉があって、その中には金髪の美少女リリアーナの姿があった。
「久しぶり、リリアーナ」
『お久しぶりです。ミレイ様』
水晶玉越しにお互いに手を振り合う。
「んで、どーしたの?」
『実は……』
グラティーナ王国の女王様であるリリアーナの相談事なんて、どう考えても面倒臭いのはわかってた。
簡潔に内容を纏めると、グラティーナ王国の西部に魔物の大群が発生したらしい。
その魔物たちはグラティーナ王国に向けて進路を決めていて、何度か騎士や兵士を派遣しているが討伐には至らないらしい。
ってことは……
「死者もかなり出てる?」
『っつ……! はい』
苦しそうな顔をしていた。そっか、もう何人も死んじゃってるんだ。
「それで、どうして欲しいの?」
『助けて欲しいです……』
「あれ、でも、君の国にもオリハルコン冒険者が居なかったっけ?」
『あ、はい、彼は既に現地に向かっています』
「彼だけじゃ足りないの?」
なんたらの吸血鬼とか呼ばれてた気がする。オリハルコンランクの冒険者であり、当たり前のように人外じみた強さを持っているのも知ってる。
『はい』
「それ、やばくない……?」
陵ほどに強いとは言わないけど、少なくとも間違いなく一騎当千な人物が止められない状態って、危機的過ぎる状況だ。
『は、はい……』
「周りの国から救援は?」
『使者を送ったのですが、何も……』
「なるほどね。種族を選ばなければ戦力の投入は出来るけど、それでも大丈夫?」
『大丈夫です。民に抵抗があれど人命には変えられません』
なら、彼に頼んでみようかな。
「到着まで一週間は見ておいてね」
『ありがとうございますっ!』
リリアーナが凄い勢いで頭を下げてきた。
リビングの扉が開けられた。
「おはよ、陵」
「おはよう」
陵は寝癖ではねた髪を触りながら、私とは反対側にあるソファに座った。
「陵、仕事」
「んあ?」
「魔王を連れてきて」
「……了解」
座ってぐったりしようとした彼を酷使する。言うほどしてないけど、寝起きの所に申し訳ないなとは思う。
『ミレイ、ミリシャから』
アストレアの声が頭に響いた。潜入を命じた彼から報告があるらしい。
定期報告の時間ではないから、つまり、指示を必要としてるってことだね。
「レイア、ここ代わって」
「あ、はい」
私はリビングを出て、アストレアの部屋の扉を開けた。
「良いよ。報告を聞こう」
アストレア経由で伝えられたミリシャの報告は、確かにちょっと異常な話だった。
焼死体が森の中にあり、その周りに複数の人が居るらしい。全員ローブを被っていて誰一人として表情も顔もわからないんだと。
「倒せるなら倒しちゃって」
アストレア経由でミリシャに私の言葉が伝えられる。
『討伐が終わったそうです』
倒し終わったんだ。
『アルセーヌ帝国の公爵家の娘の焼死体のようです。年端もいかないような女の子だと』
「……へえ、わかった。私達が後でそこに行くから放置で良いって伝えて」
『はい。では、私は一旦ミリシャの元に』
「すぐに帰ってきてね」
『……はい』
ミリシャLOVEなのはわかるけど、私もやらなきゃ行けない事があるから、転移が出来るようになったらさっさと帰ってきて欲しい。
アストレアが私の前から消えた。このまま何もせずにボーっとしてるのは時間の無駄だから、彼女に貸している部屋を後にしてリビングに戻った。
「神王国ヤマトに私が動かせる軍勢は無いので、リリアーナの要望には私は答えられないのです」
『そうですよね。でないと、ミレイ様が王である意味が無い』
何やら私の居ない所で話が盛り上がっているみたい。
「どうしたの?」
「い、いえ」
「ふ~ん?」
話したくないなら別に言わなくて良いんだけどさ。
「美玲、魔王を連れてきた」
「ん、ありがと」
陵が帰ってきた。彼の後ろには灰色の肌に銀髪を蓄えた大柄な男が居た。それが魔王なんだけどね。
「いったい何用で呼ばれたのだ?」
「私達の隣の国、グラティーナ王国で魔物が大量発生してるらしいから、それらを討伐して来て欲しいんだよね」
「私は構わないが、魔族が人間族の国に降り立つのは色々な意味でリスクがあるぞ?」
魔王の言う事はわかる。魔族の在り方や発生の仕方は他の人族とは違うから、他の人族より嫌悪の目を向けられることも少なくはない。私は全く気にしてないんだけどね。
「良いんだよね?」
『はい、何方の助けでも借りたい状況ですので』
リリアーナからしたら、かなり切羽詰まった状況で人なんて選んでいられない。
「なら構わないが……」
「レイア、地図を出せる?」
「あ、はい。魔物の発生場所を抑えれば大丈夫ですか?」
「そうだね。そこにマークを付けて魔王に渡して」
レイアは取り出した洋紙を取り出して、そこにペンで丸を付ける。神王国ヤマトからリリアーナの話にあった魔物の発生場所まで線を繋いで、その地図をそのまま魔王に渡した。
「向かう手段は問わないな?」
「うん。むしろ、君の城を使って移動しちゃって良いよ。なんなら、ちょっと人を脅すくらいしてきて良いよ」
魔王はいつも空飛ぶ城に住んでいる。魔族がいつまでも多種の人族から嫌われているのも面白くないし、今後の事を考えると要らない現象だから、ここいらで魔族の宣伝はしておくべきだ。
「良いのか?」
「フォローは私達がするから、今のうちに魔族の宣伝をしておいで」
魔族は魔物から人になった者たちの事を指す。魔物は人と比べ物にならないくらいに強力で、それはつまり、人と同じ知能を身に付けた時に通常であれば多種の人族に対処する術がない事を指している。
まあ、この捉え方も違うんだけどね。そもそも魔族って絶対数が少ないし、つまり、質を量で上回る事が出来れば対応は出来なくはない。
そんな事をすること自体が無駄で意味が無いから、そろそろ、私達の周りの国の人々の意識や価値観はひっくり返しておきたいんだよね。
「わかった。では、派手に暴れて来よう」
神王国ヤマトからグラティーナ王国への支援は、魔王を戦場に投入する事で決まった。
「魔族の王的に、この扱いで良いのかは疑問だけどね」
「提案しておきながら何を言う」
魔王が良いと言っているなら良いんだけど、後で他の魔族に文句を言われても受け付けないからね。
有りそうで無さそうな未来に肩を竦めるしか出来なかった。




