進化したゴブリン、異国に潜入す。プロローグⅡ
俺とクレアは少し距離を取りながら下山していた。木々が生い茂っていて足場はそれなりに不安定だ。
下山中は只々無言が続いた。無言が辛い。何か話題を作りたい。だけど、クレアの事は何も知らねえしな……
「なあ、何でクレアって一緒に行きたいって思ったんだ?」
だから、実際に聞いてみることにした。
「私は、そうだな……」
だが、彼女は言い淀んだ。
「言うのが難しいなら全然言わなくても……」
「いや、一応は伝えておこう。少し前に妹が殺されたんだ。あの国の王子にな」
妹が殺された? えっと、どう言う事だ?
「……復讐?」
軽く頭がパニックになった末に出て来たのは、その一つの単語だけだった。
「まあ、そうなる」
「……大変だなあ」
その話を聞いても、右頬を掻くくらいしか俺には出来ない。
「……それだけか?」
「それ以外になんも言えねえよ」
復讐って言われても正直ピンと来ないんだよな。完全に他人事だし、それを態々口にしてどーのってのも違うだろ。
「そう……か」
「まあでも、ミレイ王も性格悪いよな。言ってくれりゃあ良いのに」
「……全く聞いてなかったのか?」
「聞いてない」
正直にそう伝えると彼女はとても驚いた顔をしていた。いや、俺も必要なのは言えよって思うけどな。
……思い返してみれば、俺とクレアが戦うようにミレイ王やリョウさんが誘導してたよな。そう考えると納得だな。
「王は何を考えていたのだろうな?」
「さあ? ただ、少なくとも敢えて言わなかったんだろうってことはわかるけど」
「……敢えて言わなかった?」
彼女は首を傾げた。
けど、これはそんなに難しい話じゃないと思う。ミレイ王はそんなに人の心がわからない訳じゃない。きっと、クレアの過去に色々と気を回したんだろう。
もし俺が彼女の過去を彼女に勝つ前に聞いていたら、やっぱり、同情をしてしまった気がする。
今みたいな何もないような世間話の一つとして話を聞いたから、俺もそんなに重たく捉える必要が無いけど、これが例えばミレイ王の口から説明されていたとしたら、普通の心を持っていたら同情ってか、色々と思っちまうだろ。
「だと思うけどな」
とは言え、そこまでミレイ王が考えていたかもわからないし、俺がそれを明け透けに説明するのも可笑しいから長々と説明する気は全くない。
もし必要なら本人が彼女にしているだろうしな。
「そう……か」
彼女はぼそりと呟いた。
その呟きを最後に俺達の間には涼しげな風だけが通った。
やがて、下山し切った。未だに木々が生い茂る光景は終わりを見せない。
「……敵か?」
「っぽいな」
俺も彼女もそれぞれ剣を抜く。
「狼」
「動物か」
「魔物じゃあ、無さそうだ」
この世界には強大な力を持つ動物を魔物と呼ぶ。だが、目の前に現れた狼には強大な力を秘めているような威圧感も無ければ、本当に只の狼に見えた。
「油断大敵だぞ」
「だな、魔物かもしれないしな」
もしかしたら、特殊な魔物である可能性も捨てきれない。
やがて、一匹の狼が俺達に向かって走ってきた。
「任せろっ」
クレアもその狼を迎え撃つ為に走り出す。けど、それを俺が首根っこを捕まえて止めた。すると、俺が予想していた通りに走り込んできた狼は一定の距離が空いた場所で足を止めた。
「な、なにをする」
「あの狼は囮だ。周りの草むらをよく見ろ」
俺が咄嗟に掴んだのは、木々の影や草むらに複数匹の狼が隠れていたからだ。もし止めていなければ、三方向から彼女は攻撃を受けてしまって手負いになっていただろう。
「た、助かった……」
「俺も実戦経験無いけど、クレアも無いのか?」
俺は道場でリョウさんに教わったくらいで、外で何者かと対峙した事はない。
それでも一切焦りを感じないのは多分、リョウさんやその周りの人たちの方が稽古とは言えもっと怖いからだと思う。
あの人たちは対峙しているだけで、俺が剣を一振りする度に首が撥ねられたような、そんな感覚を覚えるんだよな。
「こんな醜態を晒して何を言うと思うかもしれないが、一応従軍経験はある」
「そか。じゃあ、まあ、次は気を付けろよ」
少しだけ言うのを躊躇っていたけど、誰だってミスるし次から気を付けりゃ大丈夫だろ。
「あ、ああ、大丈夫だ」
「わかった。じゃあ、お前の事は守らねえからな」
それだけを言い残して、俺は一番手前にいた狼の首を斬り落とした。
今使った技法は“縮地”と言われるモノで、簡単に言えば相手との距離を一瞬で詰める技術だ。
斬り落とすと同時に、周りに居た一匹を思いっ切り蹴り飛ばした。クレアよりも俺の方が強そうだし、敵を多く引き付けるのは俺の役目だろう。
蹴り飛ばされた一匹は他の狼にぶち当たる。
「かかってこいっ!!」
俺は叫んだ。
狼たちは一気に俺に牙を向ける。やがてその牙は宙を舞う。
沢山の牙が降り注ぐように飛ぶ。そんな環境でも恐怖を感じないのは厳しい稽古のお陰だな。
無数の狼の牙を剣だけで捌き切るのは難しい。だから、拳、肘、膝、足、刃、取っ手を全て使って、狼たちを一体ずつ丁寧に、冷静に殴り、斬り、牙を地面に転がしていく。
個体数は多いけど、一つ一つの攻撃に恐怖を感じないから、そんなに精神的な疲れも感じない。
……いけない、いけない。
そうやって、油断をしたら足元を掬われるな。
せめて、剣で斬り裂いた個体だけは確実に絶命させる。
拳や肘だとちょっと殺し切るのは難しい。殺す気で相手の顔に叩き付けても、そこは流石は野生動物と言うべきか、吹っ飛びはするし怯みもするものの致命的なダメージが入ったようには一切見えなかった。
人型の敵だったらこれでも殺せるんだけどな……
殴る、蹴る、袈裟斬り、肘打ち、膝蹴り、横斬り、回し蹴り、裏拳、掬い斬り、と多種多様な動きを混ぜて、一個体ではなく狼の群れの統率を乱して、予想を崩していく。
気が付くと、数は半分くらいになっていた。
一匹の狼が遠吠えを歌う。
その歌を皮切りに、狼たちは俺の前から消えていった。狼たちが完全に見えなくなったのを確認して、血がべったりと付着した剣を振り払った。
何処かで洗わないとどんどん切れ味が落ちるな。これからは洗える場所も探しながら先に進もう。
「すまない。自分で手一杯だった」
少ししてクレアがやって来た。彼女が持っている剣も俺と同様に血濡れていて、そっちはそっちでそれなりに激戦だったことが伺える。
「いや、無事だったなら良いよ」
「流石にあの程度なら不意打ちでない限りは負けん」
「そりゃあ心強いな」
案内役は案内役にしては高等な剣の腕を持っているらしい。
「だがしかし、ミリシャの動きは凄かったな。あっという間に狼を減らしていった」
「ま、初戦にしては上々かな」
師匠と呼べるリョウさんの高みを知っているからこそ、その戦闘結果に素直に満足出来なかった。
「こ、今回が初めてだと?」
「実戦はな」
「す、凄いな……」
「まあほら、俺は人じゃないらしいから、そういう戸惑いとか無いんだろ」
どんなに人っぽくても元はゴブリンだからな。
よく聞く実戦と稽古の違いは、きっと他の人よりも感じ辛かったんだろ。俺には実戦だろうが稽古だろうが戸惑いはないからな。
「そう言えば、ゴブリンがどうとか言っていたな」
「その通りだよ。俺は元々、世間様が嫌うゴブリンだった」
「……全然、そうは見えないな」
「ま、そうだろうけどさ」
外見がどんなにそうは見えなくても、そこにあった事実は変わらない。
そうは見えないとクレアに興味津々な目を向けられて、俺は肩をすくめるしか出来なかった。
「細かいことは良いんだよ。さっさと行こうぜ」
狼に触れて指輪に仕舞えるか試してみる。あっさり仕舞えた。この指輪便利過ぎるだろ。
「……そうだな」
クレアは釈然としないって感じの顔をしていた。
幾ら納得出来なくても俺は元々ゴブリンだったんだよ。良くも悪くも他人は関係ないんだ。




