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進化したゴブリン、異国に潜入す。プロローグⅠ

「君に頼むのはアルセーヌ帝国に潜入して、私達に色々と情報を送ることだよ」


 神王国ヤマトの王であるミレイはテーブルを挟んで俺の向かい側に座って、前日に聞いた内容をもう一度だけ言葉にした。


「……何故ですか?」


 今日こそは詳細を話してくれると言っていた。だから、きっと話してくれるだろうと思って、不躾にも王に疑問を投げてみた。


「まあ、簡単に言えばアルセーヌ帝国を私達の国に服従させたいんだよね」

「服従ってまた、物騒ですね?」


 思わず素直な感想を口にしてしまった。


「そう言われると弱いんだけど、私達の国から見たら邪魔だからさ」

「その為の情報を取って来いと」

「そそ」


 無茶苦茶言うなあ……、ミレイ王が突飛な事を言うのは今に始まった事じゃないんだけど……


「殺せって訳じゃないですもんね?」

「そうだね。私がその国を支配したいって話でも無いからね」

「でも、服従ってそう言うことじゃないんですか?」


 いやでも、それって結局はミレイ王が乗っ取るってことじゃないのか?


「ん~と、そうだね。どこから話したら良いかな……」


 ミレイ王は手を顎にやって少し考える素振りを見せる。


「私達の国ってさ、君もそうだけど、人間族だけが生活しているわけじゃないのはわかるかな?」


 ミレイ王の問い掛けに頷きを返す。この世界にはエルフ族、ドワーフ族、吸血鬼族、神族、人間族などの様々な種族が居る。そして、最も数が多いのは人間族だと言われている。そうやって、多くの種族の中で頭が良くて二足歩行をしたりする者達を総じて“人”と呼ぶ。


「まあ、俺も魔族ですからね」

「魔族って一括りにされるけど、君だって人緑鬼(ヒューマンゴブリン)と世界的には名のついた特殊な種族だ」

「ゴブリンって嫌われ過ぎてて、あんまり声を大にして言えないですけどね」


 今俺が住んでいる神王国ヤマトという国は小さな国ではあるが、多種多様な“人”が集まっている。そんな国の中ですら、ゴブリンという種族から進化した俺には肩身が狭かった。


 何故かって?


 ゴブリンってのは、そもそも魔族ではなく魔物なんだけど、その生態系があまりに惨いし酷い。


 人型には限るが、ゴブリンって種族は他種の女を攫って孕ませて産ませて、そして数を増やしていく。

 俺は元々ちょっと特殊なゴブリンだったみたいで、だからこそ、こうやって進化出来たのかもしれない。

 特殊じゃなかったら進化するより先にミレイ王に殺されてるだろうから、結局は出来なかっただろうしな。


「まあ、そもそも魔族って魔物から進化した種族だからさ。ゴブリン以外も居るだろうし」

「そうですね。だから滅茶苦茶に迫害されるんですよね」

「だね。そういう迫害する人たちの気持ちがわからないとは言わないけど、ね」


 そう言ってミレイ王は肩を竦める。この人はいつも自分にとって良いか悪いかでしか物事を決めない。その割には他人がどうこうとかって想像を出来る人なんだよな。想像した上で自分がやりたい事を貫くタイプの人だ。


「で、話を戻すけどね。アルセーヌ帝国って人間族至上主義なんだよ。だからつまり、そうだね、エルフ族とかドワーフ族とか比較的に人間族に近いタイプの種族でも排他的に扱おうとするの」

「え、俺、そんな所に行かされるんですか?」


 いや、ミレイ王、わかってんのかな? 


 俺、ゴブリンぞ? 


 進化して人間族とほぼ同じ外見を手に入れたとは言っても、俺はゴブリンなんだぞ??


「だって、君って外見は人と変わらないじゃん」

「肌の色が違わなければ、ですよ」


 確かに人間族と呼ばれる肌色の種族と姿形は変わらない。でも、決定的に違う部分がある。それは肌が緑色なことだ。

 こんな緑色の肌で肌色の人間族の中に混じってみろ。速攻で目立って闇討ちされかねないぞ。いや、人間族至上主義だから入った瞬間に逮捕でもされんのかな? 詳しいことはわかんねえけど。


「そんな君にこのマジックアイテムを授けよう」

「指輪……?」

「そそ。態々君用に作ったんだ。着けてごらん?」


 王から指輪を貰うってどういう状況だよ……、なんて思いながらも、大人しく彼女の手から受け取ったそれを人差し指に嵌める。


「おっ!?」


 嵌めた瞬間の出来事だった。緑色だった肌があっという間に人間族と変わらない肌色へと変化した。


「ま、そゆこと」

「確かにこれなら人間族と変わりないですね……」

「うん。まあ、バレたら逃げて良いからね」

「えっと……」


 めっちゃ気軽に言ってくれるな。


「あと、それには亜空間収納機能が付いてる」

「えっと?」

「例えばこの剣があるでしょ?」

「リビングで刃物を取り出さないでくださいよ」


 ミレイ王は宝剣みたいなのを取り出した。そして、自らの薬指の指輪に当てる。宝剣は姿を消した。


「ま、こんな感じで物が仕舞える」

「え、すご」

「君の女神っていうか、死神っていうか、彼女の協力があってこそだけどね」

「アストレアが……」


 アストレアとは俺を拾ってくれた女性であり、俺の最愛の人である死神こと死人である。魂の契約を行った事により俺は何時でも彼女と会話をすることが出来る。


「情報はアストレア経由で聞く。報告は一週間ごとで、緊急時のみ、その都度でアストレアに報告してね」

「わ、わかりました」


 あの人ちゃんと伝言を王に伝えられるのかな……

 恩人にこんな事を思うのはどうかと思うけど、うん、アストレアって色々と抜けてる所があるからなあ……


「じゃあ、最後なんだけど、君の隣に居るクレアが君の案内をしてくれるんだけど……」

「は、はい」

「ちょっとプライドが高い騎士様なんだよね。だから、出来れば家の外で戦ってボコボコにして認めさせてから旅に出る事をお勧めするよ」


 い、いや、それ本人の前で言うっ!? 隣に座ってる俺めっちゃ気まずいだろっ!?!?


 クレアはブロンズの髪に女性にしては身長が高く、女騎士と言えばこんな感じ、みたいなイメージを具現化したような人だった。


 そんな彼女の表情を恐る恐る覗いてみると、ミレイ王の言葉に対して心を揺らした様子すらなかった。


「えっと……」


 そんな彼女を見て思わず話し掛けた。いや、どういう事かわからないから、本人に聞くしかないなって。


「ミレイ王が言うほどに過度に思っているわけではないが、心にわだかまりがあるのは事実だ。どうしてもとは言わない。同行させて貰う身だからな」

「そ、そっか」


 わだかまりがあるまま一緒に旅をするのは流石に嫌だな。でも俺、自分が強いって思う相手には一度も勝てたこと無いんだよな。


 ……本当に勝てるのだろうか?


 まあ、負けたら負けたで良いか。その時はクレアが勝手に決めれば良いし、そこは俺の知ったことじゃない。


「仕方ねえ。やろうか」

「……では、よろしく頼む」


 俺とクレアは建物の外に出た。


「審判は俺がやろう」


 その声はミレイ王の片割れ(旦那さん)であり、俺の剣術の師匠でもあるリョウさんのモノだった。


「各自、剣は持ったな?」


 リョウさんの視線が俺達が持つ武器に向けられる。


「はいっ」

「ああ」


「始めっ」


 まずは様子見、そう思っていたらクレアは一気に距離を詰めてきた。


「こわっ!?」


 思わず叫んだ。いやだって、初手でいきなり剣を振り下ろされたら、そりゃあ誰だって怖いだろ。例え試合だったとしてもさ。

 ギリギリすれすれで剣を躱して、俺はどんどん後ろに下がる。このままだと端に寄せられちまうから、どうにかして彼女と向きを入れ替える必要があるな。


 何処に隙がある?


 って、隙だらけじゃねえか。リョウさんの剣はもっと早いし隙が無い。ってか、そもそも俺より力が弱いはずだし、正面から受けられるんじゃね?


 彼女が振り下ろしてきた剣に対して、腰を連動させて剣を振り抜く事で迎え撃つ。


 甲高い音が鳴ると同時に、彼女の剣を正面から弾く事に成功した。


 少し彼女が顔を顰めたのが見えた。衝撃で手を痛めたのかもしれないな。


 俺は少し怯んだ彼女の勢いを自らの勢いに変えて一気に形勢を逆転させる。力任せに剣を叩き付けて、そのまま彼女を端に寄せていく。


「終わりだ。クレアの負けだな」


 その戦闘途中にリョウさんがそう言った。まだ全然決着が付いてない気がするんだけど、終わりの合図早くないか?


「ミリシャ、そんな顔するなよ。クレアの後ろを見てみろ」


 そう言われて初めてやっと気が付いた。クレアの少し先にはもう崖が待ち構えていた。落ちたら普通なら怪我するでは済まない。俺もヤバいと思う。


「ミリシャ殿、ありがとう」


 クレアから手を差し出された。


「え、あ、ああ」


 少し戸惑った。さっきまで斬り合ってたしな。

 

「どうした?」

「いや、あんまりにもスッキリしない終わり方だなって」


 終わりも完全決着って訳じゃなかった。


「……戦いなど、そんなモノだろう」


 彼女の瞳は淡く揺らいだ。


「ま、じゃあ、そんな感じで旅に行ってこい」

「いや、軽くねっ!?」

「……ああ、王様から伝言だ。クレアが言う事を聞かなくなった時は容赦無く殺して良い」


 リョウさんの声は恐ろしく冷えていた。


 思わず生唾を飲み込むほどに、俺も彼女も固まっていた。いや、彼女の方がきっと恐怖を感じているだろう。だって、殺して良いと言われた当人なのだから。


「あと、その指輪、水とか食料も程々に詰め込んであるらしいが、あんまりあてにし過ぎるな」

「は、はいっ」


 いつも道場で相手をして貰っている時とは雰囲気が違い過ぎて冷や汗が止まらない。


「じゃ、行ってこい」


 彼は再度それだけを言い残して、建物に戻って行った。

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