第6話-二つ目の依頼
幸せな気持ちを抱えて心地良く眠りについた。
次の朝、ちょうど太陽が顔を出すか出さぬかの時に、何ら特別でない扉からコンコンと硬い音がした。
『美玲様、来客のようです。恐らくレイアかと』
指輪が教えてくれた。
硬い音は目覚ましには丁度良くて、気持ち良く起きられた……訳が無い。
硬いノック音くらいで私が起きられる訳が無い。指輪が起こしてくれなきゃ無理だった。
「んー……ねむっ」
陵が起きる気配はない。なんで、私だけ起こされたんだろう?
『どうやら、美玲様に用事があるみたいだったので』
ふーん、よくわからないけど、まあいっか。私への用事って想像が付かないけどね。
「レイアさん、おはよう」
軽量鎧に着替えて私は扉を開けると、小さな少女が立っていた。今思っても雇い主が少女って、どんな職場だって感じだよね。
「おはようございます。ミレイさん」
貴族らしい上品な挨拶をされて少し気後れした。こちとら只の平民だし、そういうのは慣れてないんだよね……
「……私に用?」
挨拶で終わるなら、態々こんな早朝に部屋にやってくる事は無い。
本当は世間話にも付き合ってあげたいんだけど、本題が最後に来るのが私は好きじゃない。
「そうです。……その、昨日の事で」
昨日の事……? なんかあったっけな?
『あれですよ。あの、えっと、レイアの兄をぶち転がすとか……』
あぁ、何の話かわかった! ありがとう! ……でも、そこまで私言ったっけなあ。
「お兄さんの話?」
一応確かめる。完全に忘れてたなんて言えない。
「そうです。……その、相談に乗って頂きたくて」
その少女は年相応に見えて、それなりに勇気を振り絞ったのだろうと予想できた。今までの護衛には相談できる相手は居なかったのかな?
「そ、別に良いけど……何処でお話する?」
雇い主から相談を持ち掛けられる護衛って、どんな存在なんだろうね?
……まあ、それだけ信用されてると思えば気分は悪くない。相手が超絶美少女だから、むしろ気分が良いまである。
「私の部屋でも良いでしょうか?」
「良いよ。何処でも」
私には聞かれて困る事は無いしね。
ああでも、強いて言うなら、陵が寝てるから私達の部屋は嫌かも。
「はい……では」
レイアに促されて、私は彼女の部屋に案内された。
「そこにかけてください」
レイアの部屋には、私達とは違って少し高そうなソファが置かれていた。それなりにソファが大きくて、宿の扉を通るとは思えないし、どうやって持ち込んでるんだろう?
『青狸のポケットみたいな道具を持っているのでは?』
四次元ポケットみたいな物ね。うん、ちょっと例えがわかりにくいかな。
「……で、お話って?」
朝早く誰も起きていない時間に、態々私に話す事ってなんだろう。
「私の家族の話です。兄の件もありましたし」
少し表情が曇った。
それには気が付いたけど何も言わずに頷いておく。私が口を挟めることなんて無いからね。
「実は私は、兄や姉とは違って一般市民と貴族の間の子供です」
「へえ……」
好奇の目をいたいけな少女に向けてしまったかもしれない。お母さんがレイアみたいに見目が滅茶苦茶整っていて、お父さんがそれに惚れ込んだのかな?
……勝手な憶測は止めよう。
「驚きました?」
「いや、面白い境遇だなって思っただけ」
別の地位に居る者同士の禁断の恋。小説やアニメなどの作り話ならば美しい……ように見えるけど、実際はそんな事ない。
その恋に実った子供からしたら、たまったもんじゃないからね。
「そう……ですか。
……これは自慢では無いのですが、私は他の兄妹より優れています」
うん、そうであって欲しいよね。
昨日の商談だって鮮やかな手際でまとめていたし、少女がそれが出来るのが当たり前な世の中って、私は嫌だなって思う。
「それが良くなかったんです。半ば強引に外に追いやられました。
それから家に帰る事は出来ていません。むしろ、外で始末してしまおうという魂胆が明け透けて見える状態です」
貴族だと継承権とかあるだろうしね。
この世界は命が軽いし、継承権とか遺産とかの為に人を殺すのが当たり前なのかもしれない。
「私が居ない方が良かったのに」
年端も行かない少女にそう呟かせた事実は、きっと、とても残酷な事なんだろうね。地球であったなら拳を原因に叩き付けてる所だよ。
……ああでも、私が勝手に残酷だと決めつけているのかな。この世界では当たり前だと受け入れられているかもしれないしね。
「……で? どうしたいの?」
辛いんですアピールされても、私はどうしようもない。既に過ぎ去った物は変えられない。
「私が実家に帰る為に、力を貸してくれませんか? 勿論、追加は払います」
「……要らないよ。レイアさんが勝手に帰った。その時に偶然にも護衛しなきゃいけなくなった。それだけでしょ」
貰える物は貰っとくべきかもしれない。ただ、なんとなく今は嫌だった。
なんとなく、本当になんとなくなんだけど、私のお節介で目の前の少女を子供扱いしたくなったんだ。
……ああ、大人になるってこういう事なのかな。高校も卒業したし、私も晴れて大人の枠だしね。
「でも、その、過度な襲撃が予想されるので……」
「無理だったら逃げるよ。レイアさんも連れてね。ただ、私達の指示には従ってもらうけどね」
護衛対象と一緒に逃げるなら、駄目な理由は無いよね。もし少女が勝手な行動をして、足を引っ張るなら、容赦無く置いていくとは思うけど。
流石に“見目が整っている超絶美少女を護る”という最高の案件だとしても、私達の命以上に優先する気は無い。
「そのお兄さんは嫌い?」
試しに聞いてみる。
「……わからないです」
「まあ、だよね」
立派な商談をまとめられるのに、家族への向き合い方はわからない……ね。
もし愛情に触れる機会が少なくて、悪意ばかりを当てられていたなら、何にも不自然な事はない。かと言って、悪意ばかりを当てられていても、人ってのは無意識に繋がりを求めちゃうんだよね。
それが“人”って生物だから仕方ないんだけど、その感覚に煩わしさを感じて、色んな事が絡み合って、自分すら理解し得なくなるのは、別に珍しい話でも何でもない。
特にレイアみたいな少女だったら、よくある話だと思う。
「第三者から見るとさ、レイアさんのお兄さんは盗賊とか海賊とか、そこら辺と変わらないように見えるんだけど……」
あんまり強調はしないように、けれども、しっかりと“繋がりが無い場合”の形を定義付けて言葉にする。
「えっ?」
「だって、命を奪って生計を立てようとしてるんでしょ?」
賊の中にも命までは取らない集団も居るかもしれないけど、それは一旦端にどける。レイアの兄は何らかの理由から妹を殺したいらしいけど、それはつまり、犯罪者と何ら変わらないんだ。
「で、でも……」
「家族だから、その行為が下劣な集団と一緒に並べられない……なんて事はないんだよ。
レイアさんを殺したら、お兄さんは色々と楽になるんでしょ? 普通にレイアさんに勝つのが面倒だから、殺そうってなるんじゃない?」
詳細なんて知らないし勝手な妄想だけど、あながち外れてるとも思えないのが、ちょっと辛い所だよね。
「そう……なるんですかね?」
「さあ?
私が勝手に思っただけだから、間違ってると思うし、それが正しいなんて思わないけど」
嫌なら関わらなきゃ良い。遠ざけてしまえば良い。遠ざけてなお、相手に干渉するって言うなら、その先に待つのは戦争しかない。
「あはは……案外、テキトーなんですね」
「陵がしっかりしてるからね。私はテキトー担当なの」
どっちも真面目だったら、きっと、大きな過ちを色々と繰り返していたと思う。
「これで話は終わりかな?」
「はい、出発は2日後にします」
きっとこれは、彼女が私に相談する前に決めてた事だと思う。
「おっけー、2日後だね」
色々とあるみたいだし、もっと長引く事をあるかもしれないから、のんびりと当日を待つ事にするよ。
「じゃあ、部屋に戻るね」
話も終わったし、立ち上がって雇い主の部屋を出る事にした。
「あの……」
雇い主らしくない弱々しい声が、ドアノブを回した時に聞こえた。
「……その、ありがとうございます」
そこには年相応の少女の姿しかなかった。