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第1話-道場主の一日②

「ふう……疲れたな」


 貴重品が落ちて無いかだけ確認して、俺は最後に道場を後にした。


「師匠」

「お前に師匠って呼ばれる謂れはない」

「ええ~……」


 いつもの帰り道をミリシャに待ち構えられた。


「何でそんなに残念そうな顔をするんだよ」

「なるべく人とは親密なお付き合いをした方が良いじゃないですか」


 ミリシャの身長が二メートル弱ある。そんな奴が気さくに声を掛けてくる今の光景は、俺のかつての故郷では考えられない。


「最近、毎日と言って良いほど待ち伏せしてるけど、アストレアは良いのか?」

「良くはないですけど、大丈夫ですよ」

「そっか」


 アストレアとミリシャの仲はとても良好らしい。アストレアがミリシャの事を好き過ぎるから、元々あんまり喧嘩するイメージも無いけど。


「なんで俺について来るんだよ。毎回毎回」

「何処かに強さの秘密でも転がってるのかなって思って」

「そんなのある訳ないだろ」


 コツとか、上手いやり方とか、そんなモノが通用するのは一定数までだ。


「いつもそう言いますよね」

「事実だからな」


 嘘じゃない。


 戦いに一番大切なのは折れない心。


 その次に大切なのは基礎、基本。


 最後にコツとか、上手いやり方なんだよ。


 でも、手っ取り早く強くなりたいなら、コツとか上手いやり方を学んだ方が早いんだよな。


 ミリシャには一年間、コツや上手いやり方を大量に叩き込んだ。


 手っ取り早く強くはしたつもりだ。ただ、そのコツや上手いやり方は全て俺が知っている工夫で、同じ技と技を俺とミリシャが競った時にミリシャがボロ負けするのは道理だ。


 詰め込んだ基礎の量が俺とミリシャじゃ違い過ぎるからな。


「あんまり実感できないんですって」

「まあ、俺としか戦ってないからな」

「本当に強くなってるんですかね……?」

「まあ、かと言って俺の稽古相手とやりあっても結果は変わらないだろうしな」


 俺に勝てない。ではなくて、俺とやり合える相手には手が届かないだろう。ルビアや魔王は俺から見ても恐ろしく手強いからな。


「まあ、何処かで気が付くさ。それまでは無理に知る必要もない」

「そ、そうですか?」

「平和って証拠だろ?」

「……まあ、確かに」


 他の道場生とやり合わせても良いけど、あまりに持っている技術や能力に差があると大きな怪我をさせてしまう可能性が高いから、俺は基本的に近い強さの相手としか稽古試合はさせない。まあ、逆も然りなんだけどな。

 同じくらいの相手と戦わないとお互いに研鑽にならないってのも、実力が拮抗してる相手としか稽古試合をさせない大きな理由の一つだな。


「今日の夕飯なんですかね?」

「さあなあ」


 最近の食卓は、俺と美玲、レイアにそれからアストレアとミリシャの五人で囲むのが普通になってきた。


「そう言えば、ミレイさんって神に逆らったんですか?」

「ん? 何の話だ?」

「いや、アストレアが神々から排除の対象になってたじゃないですか」

「あー、あれか」


 アルティナが死人であるアストレアを排除した際に美玲が身を挺して庇った。というよりも、論破に論破を重ねてアルティナを口でけちょんけちょんにしたというか……


「結構、アストレアがそれを気にしてるんですよね」

「……もう一年近く経ってないか?」


 あの話って下手すると一年以上は前じゃないか?


「そこら辺はほら、アストレアにとっての一年って短い時間を生きてる人の一年より短いので」

「あ~……」


 数百年も存在し続けてたらそうもなるか。


「でも、アストレアが気にする事なんて無いだろ?」

「ミレイさんの立場が危うくなったんじゃないかって、ずっと不安そうな顔をしてて」

「なってないなってない」

「俺はわかってますよ? でも、多分、アストレアは今まで執拗に神々に虐められてきたから……」

「あ~、まあ、言いたい事はわかるけどな。でもさ、その不安を取り除くのはお前の役目だろ?」


 他人の女に口出ししろって出来たとしても俺はやりたくない。美玲の事で手一杯だよ。


「そう言われると弱いんですよね……」

「……」


 閑散とした街を抜けて、俺達の家が建っているダンジョンの上に向かって坂を登る。


「……」

「……」


 沈黙が続いたまま、俺達は家の前に着いた。


「美玲に相談してみな。それで解決するとも思えないけどな」

「こんなこと、忙しい王様に言っても良いんですかね?」

「それは知らない。お前が勝手に決めれば良い」


 玄関の扉を開けた。


「おかえり~」


 美玲がパタパタと廊下まで出て来た。国営の全てをレイアに投げてから彼女は俺が帰ってくるといつも玄関まで出迎えてくれる。

 じゃあ、彼女は常に家でのんびりしてるかと言われるとそうでもない。レイアの手が回らない仕事を手助けしたり、そもそもレイアから彼女に仕事を振られたりしているので少なくとも暇では無いはずだ。


「ん」

「ただいま」


 抱きついて来た彼女を優しく受け止めた。


「ミレイさん、少し相談があるんですけど」

「あ、私もミリシャに相談したい事があったんだよね」


 お互いがお互いに話したい事があるらしい。ミリシャの相談事はさっきの内容だと思うけど、美玲からミリシャに相談って何の話だろう?


「それって、俺も聞いて良いの?」

「別に隠す事じゃないから大丈夫。あれ、もしかしてミリシャの相談は他には聞かれたらマズイのかな?」

「あ~、えっと、アストレア以外なら」

「ふぅん」


 美玲はアストレア以外と聞いて目を細めた。


「ま、取り敢えず話は中でしよっか」


 美玲は俺から離れてリビングにスタスタと戻って行った。


「そこに座って。ちょうどアストレアが居ないから、先にミリシャの相談を聞こうか」


 ダイニングテーブルの椅子に座る。


「あ、えっと、その、アストレアの事を神々から庇ってくれたじゃないですか」


 向かい側に座った彼は早速本題の言葉を投げかけた。美玲は回りくどいのが嫌いだから、この会話の切り出し方の方が彼女から色々と聞きたいなら適している。


「あ~、うん、大分前だけどね」

「その件をアストレアが気にしてて」

「え、でもあれって、一年くらい前の話じゃなかったっけ?」

「そうです。その時から時折思い悩んでいることがあるみたいで」

「一年悩み続けるって相当だね。どんな感じで悩んでるの?」

「ミレイさんが神々に目を付けられてないかとか……」

「あ~、それはそうだよ。だって、私も何度か神と喧嘩してるし、なんならボコボコにしたことあるし」

「えっ!?」

「ボコったのは神の中でも弱い方だから、神としてカウントしないにしても、目を付けられてはいるよね。だって私って異界の神様から力を貰ってて、その上で最高神アラティナからも力を貰ってるから」


 美玲は元から神々から目を付けられやすい立場に居るから、今更アストレアの件で睨まれても痛くも痒くもない。


「神ってボコれるんですか……?」

「まあ、あれくらいならアストレアとかでも行けると思うよ?」

「へ、へえ……」


 ミリシャは少しばかり顔を青ざめていた。


「そんなことを言ったら、陵だって神々の間では排除した方が良いって話が出てるくらいだしね」

「リョウさんがっ!?」

「あ~、そう言えばそんな話があったな」


 美玲の人としては破格の能力や技術は神々から与えられたモノであったり、神の英智に留まるモノが殆どだ。だけど、俺が磨き上げた技術は神々に危険視される程らしくて、そんな話が出てるとアラティナから告げられた。


「その時はどうしたんですか?」

「結局そういう下らない事で危険視するのって力の無い弱い神々だから、まあ、殺したよ」


 天照大御神(アマたん)から新たに貰った神刀“絶断”と神剣“不壊”で正面から叩き切った。


「神々ってそんなに簡単に殺せるんですか?」

「ん~、普通の人は難しいんじゃないかな。私達はちょっと特殊な能力があるからね」


 美玲の言う特殊な能力とは“相思狂愛”とラベリングされたモノのことだ。それははあらゆる摂理を捻じ曲げることが出来る。

 俺も彼女も無意識下に使っているから、俺達も詳しい事はよくわからない。


「そ、そうなんですか……」

「まあ、アストレアの件に関しては色々と私から言っておくね。それで良いかな?」

「あ、ありがとうございます」

「じゃあ、次は私の話ね。君さ、旅は興味ある?」


 旅? 何をミリシャに話すつもりなんだろうな?


「もちろんあります」

「これからとある国に行って、旅がてら情報収集をして欲しいんだけど、お願い出来ないかな?」

「えっ!? ……こんな緑色の肌で人に紛れ込んで大丈夫ですかね?」

「先に気になるのそっち? もしかしたら危険事に巻き込まれるかもしれないよ?」

「え、でも、危なくなったら逃げても良いんですよね?」

「そ、そりゃあね?」

「だったら、アストレアに頼んで転移させて貰うので大丈夫です」


 ああ、そう言えばそうだった。ミリシャとアストレアは何やら特殊な契約をしてるんだったな。

 それのお陰か、それともアストレアの卓越した空間魔法故か、ミリシャは願えばアストレアの元に瞬間移動することが出来る。


「え、アストレアが君の元に転移出来るのは知ってるけど……」

「最近出来るようになったんですよね」

「アストレアって本当に寡黙だよね。さっきの件もそうだけどさ、私って結構アストレアの事を連れ回してると思うんだけど、全然プライベートの事を話してくれない……」

「あはは……、何ででしょうね?」

「ねえ、私ってアストレアに嫌われてる?」

「それは無いです。大丈夫です」


 アストレアは典型的なコミュ障ってイメージがある。それはミリシャの話を聞いてると特にそう思える。そんな死人の彼女とは正反対に、ミリシャはコミュニケーション能力の塊ってイメージだ。

 ミリシャって色々と話しやすい人柄と雰囲気をしてるし、だからこそ、アストレアはミリシャにばかり色々と話すんだろうな。


「う~ん、難しい。連れ回してるのとかどう思ってるんだろ」

「それなりに楽しんでるはずですよ。楽しそうに今日あった事とか話してくれますし」

「うへえ、想像が付かないや。まあいっか、話が脱線したから戻すけど、結論から言えば行ってくれる感じ?」

「はい。むしろ、行きたいんですけど、きっかけが無くて……」

「あ~、まあ、確かに困ってないもんね」

「そうなんですよね」


 ミリシャはアストレアが美玲に協力した分の対価を分け与えられて生きている。つまり、アストレアの脛を齧って生きている。

 食事とか、この土地に住んでいることとか諸々がそうだ。まあ、全部が全部そうって訳じゃないし、道場の手伝いや家の手伝い、それから、レイアの国営の手伝いなんかも偶にしてるから、完全にニートかと言われるとそれには当てはまらない。

 俺達も俺達で彼が決まった仕事をしてなくても、色々とやってくれるから邪険に扱う事も無い。


「よっし、じゃあ、任せた。明日からね」

「急ですねっ!?」

「うん、行ってもらう国はアルセーヌ帝国だよ。明日になったら詳細の話をしようかな」


 その国の名前、ついさっき道場で聞いたばっかりなんだが……

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