第1話-道場主の一日
「……」
特に言葉を発する事も無く、俺はいつも通りに道場で生徒を見ていた。
弟子のキラもジェネも大して変わらない。一年以上経ってるのに、目に見えて振るのが上手くなっているのに、俺の目には変わったようには映らなかった。
「リョウさん、お願いしても良いですか?」
「んあ、良いよ。やろうか」
ゴブリンから進化してイケメンになったミリシャが木刀を持って話し掛けてきた。言葉にすると恐ろしいが、その実、単に稽古を付けて欲しいだけだろう。
「掛かって来い」
俺も木刀を手に取り彼と対峙する。
二分くらい相手をしてやって、いつも通りに地面に転がした。
「だーっ、全く敵わねえっ!」
「最初に言っただろ。勝てる可能性は無くなるって」
「それにしたって、もうちょいなんか変わるかなって思ったんだよ……」
ミリシャは酷く悔しそうな顔をしていた。もし仮に俺に勝てる可能性のある方法で彼に色々と教えたり、鍛えたりしたとして、たった一年で俺に勝てるようになったら俺が困る。
「まあ、日に日に強くなってるから気にすんな」
別にその言葉は気休めでもなんでもない。只の事実だ。
「ついでだ、全員相手してやる。一斉に掛かって来い」
一人一人相手にしていたら、俺の練習にならない。過度に力を使えば折れてしまうような、そんな木の棒を使って数十人を相手にするくらいが、俺の稽古には丁度良い。
一人、二人、三人。
正面から無造作に迫ってきた男達を地面に転がせて首元を木刀で撫でる。
「殺されたと思う奴は端に避けろ」
それだけを言い残して次の相手を見据える。胴体に一閃する。良い音がして叩き付けられた男は気を失った。
「イヤアアアアっ!!」
後ろから雄叫びを上げながら剣を振るう女。声を上げたら位置がバレるのに馬鹿な事をするんだな。
「背後から攻めるなら、せめて声を出すな」
剣よりも短い距離に一気に詰めて、胸ぐらを掴んで突き放す。その時に足を引っかけてバランスを崩させて転倒させる。倒れた女の上に別の生徒が使っていた木刀を投げつけた。
「ぐふっ」
木刀が真っ直ぐに女の身体を突いた。刃物では無いから貫かれはしなかったが、現実だったら間違いなく死んでいるだろう。
殴って、蹴って、投げて、木刀で斬りつけて、を繰り返す。敵が多い分だけあって、俺に休む暇が与えられないのが丁度良い。
「リョウさん、俺も混じって良いですか?」
「加減はしないぞ?」
「はいっ!!」
ミリシャはそれなりに動きが良くなってきたから、もし、俺が想定し切れない行動を取った場合、反射的に俺が対応した時に手加減できなくなる可能性がある。
残り十人って所だな。
前方の敵を蹴り、逆上がりの要領で一回転する。と同時に逆手に構えた木刀で後ろの女の肩を斬り裂く。左右からの攻撃は一気にしゃがんで足払いをする事によって剣先の向きを変える。
宙に浮いた二人に即座に木刀を叩きこむ。
残り七人。
蹴られて後ろに下がった男との距離を一気に肉薄にして、胴体に木刀を当てて擦り抜けた。
残り六人。
三人はあっという間に俺に斬り裂かれた。あと三人。
エンジンが掛かり切った身体を、それを十全に使った一閃を止められるわけもなく、更にあと二人がその場に倒れ伏した。
ミリシャは何処……
後ろか。
全員を倒すまでの間に、俺の死角に移動していたらしい。
完全な背後討ちに俺は少しだけ本気で対応した。ミリシャが持つ木刀を木刀で受け流し、バランスを崩した彼の顎に上段回し蹴りを叩き付けた。
「がっ……!?」
彼はそのまま地面に倒れ伏した。
「やべ、やり過ぎた。誰か氷を持ってこい」
思いっ切り脳震盪を引き起こしてしまった。ミリシャは白目を向いて完全に伸びている。
何人かの生徒に協力してもらって、道場の隅に彼を移動させ、他の疲れ切った生徒に手当てを任せる。生徒間の実戦稽古だと当て過ぎはよくある事故なので生徒も俺も手当てには慣れている。生徒と俺の間での当て過ぎは中々ないので今回の事故はかなり珍しい。
「悪い、やり過ぎた。後ろから不意打ちする時は気を付けてくれ」
一部始終を見ていた生徒達に手を合わせて謝ると、さっき奇声を上げながら後ろから襲ってきた女が身震いしていたのが見えた。
「じゃあ、少し休憩したら、今日も自分の稽古を再開してくれ」
それだけ言って、俺はいつもの定位置である窓際に腰掛けた。
「頼もうっ!!」
道場主していると、こんなことがよくあるんだ。
何かを求めてここまでやって来たのだろうことは、道場の扉を開けた女を見ればよくわかった。
「道場破りか?」
「そうだ。お手合わせ願おう」
女は真剣を抜いた。あーあ、木に握らせ直すか悩むよな。……まあでも、別に困らないか。
女との手合わせは、手を抜いた上で五手で決着がついた。道場破りを名乗る奴なんて大体その程度だから、特に何の感慨も湧かない。
「ほ、本当に強いのだな」
「参考までにどの噂を聞き付けて来たんだ?」
「冒険者が腕を磨くために通う場所があると聞いた」
「あ~、なるほどな。冒険者には見えなかったが、冒険者だったのか」
その女は新天地を求めるような雰囲気はしてなかった。だからてっきり、大会での俺の活躍とかを聞いて、この地まで足を運んだと思ったんだけど、どうやら予想は見事に外れたらしい。
「な、何でそこまでわかった?」
「図星だったのか。まあ、何となくだよ」
冒険者感が無い。と言えば、それまでなんだけど、それを何処で感じているかまでは説明できない。ただ、少なくともこの道場で見ている冒険者とは異質な空気を身に纏っていた。
「恥を承知でお願いしたい。私に剣を教えてくれないか?」
女は丁寧に姿勢を正して土下座した。
「それは別に構わないぞ。頑張るのは俺じゃないからな」
「ほ、本当かっ!?」
凄い勢いで女は顔を上げた。
「ここに居る奴等は皆そうだよ。分け隔てなく教えているつもりだ」
教える相手が誰であっても、教えると決めた以上は俺のスタンスは変わらない。
その人が身に付けた方が良いと思えるモノを教えていく。
欲している技術を俺が教えられるなら、それも出来る限り教えてるつもりだ。
地球でもこの世界でも変わらないが、技術漏洩を嫌って物事を教えない人は沢山いる。
だが、この戦いの世界において、生徒に教えた程度で俺が苦戦させられる未来が見えない。……というよりも、その程度でひっくり返るような生温い練習も鍛錬も稽古も俺はしてない。
技を一つ覚えた程度で、技を全て知った程度で、俺が負けるわけないだろ。
だから、俺にはこの技術をばら撒くことに何ら抵抗がない。
その上で。
「お前は何が目的なんだ?」
相手の事情を知らなきゃ、何かしてやれたとしても、してやれなくなる。
「私は……その、強くなりたいんだ」
「それは嘘だな。……本当のことは言い辛いか?」
随分とわかりやすい嘘を吐いた。
「世間一般的には褒められたモノではない」
「復讐か?」
力を渇望する理由として、大きく可能性があるのは復讐だ。
「……そうだ」
女は悔しそうに唇を嚙み締めた。
「別に誰を殺そうが俺には関係ないからな。復讐したいから強くなりたい、は否定しない」
そんなことを否定できるほど俺の手は清廉潔白ではない。もう数え切れない程に人の命を斬った後だ。
「……意外だな」
「出来ればその力を持って、俺の前に立たない事を願うよ。その時は容赦無く殺す」
「それは、その、無いと思う」
「なら良かった。で、復讐をしたいと言う事は、当然誰を殺したいかは決まってるんだろ? 誰を殺したいんだ?」
「アルセーヌ帝国のアルフォンソ第一王子だ」
思わず大御所っぽい名前が出て来たから、俺は表情を敢えて崩して見せた。
「知り合いなのか?」
「いや、知らないが、随分と大御所っぽいなと思ってな」
「大御所っぽいとは如何に……、いや、大きい存在だとは思うが……」
「で、何をされたんだ? 一応さ、俺も王配だから他国の事情は聞いておきたいんだよ。もしかしたら協力できるかもしれないし」
「え、っと、そ、そうだったな。頭を下げて平伏した方が良いか?」
「俺にそんなことをする必要は無い。王様にはしてやってくれ。俺はあくまでもしがない道場主だからな」
この道場内で、俺が王配だって意識してる奴が何人居るのか気になるな。今度聞いて回るか。
「あの王子は金の無かった私達の家から、妹を奴隷として奪って行った」
「復讐をってことは、惨い姿で家に?」
先を予想して話を促すと、女はゆっくりと頷いて涙を流した。
「なるほどな。俺は別に復讐を否定する気も肯定する気も無いが、この道場の生徒になろうって言うなら先に言っておく。お前は多分復讐をしても幸せにはなれないぞ?」
「……それはわかっている」
「なら良い。今日は見学してろ」
復讐への片道切符を与える事を、無意識にそれを選ぼうとしている者であるのなら、俺には道場主として引き止める必要があると思う。
だが、それがわかった上で切符を買わせてくれというのなら止める義理は無い。それより、アルセーヌ帝国のアルフォンソ第一王子のスキャンダルか。
上手く行けばアルセーヌ帝国を神王国ヤマトの属国に出来るんじゃないか?
後で美玲に話してみるか。




