表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
82/145

第9話-陵とミリシャ

「ふあ……」

「おはよう」


 朝一に視界に入ってきたのは、古臭い本の背表紙と壁を背もたれにしてそれを開いていた陵だった。

 彼が本を読んでるのは珍しい。そりゃあ面白そうな小説だったら彼も多少は嗜む程度に読んでたけど、でも、この世界に面白い小説があると思えない。

 何より、背表紙に書かれていたのは“剣の振り方”だった。陵にそんな初歩的な本が必要だとは思えなかった。


「……何してるの?」

「この本、ギラティブが書いてるらしくて、冒険者ギルドで初心者向けの講習をする際の教科書になってるんだって。で、改良点があったら意見をくれって言われてるんだよ」


 ふぅん。って、それ、タダでやってたりしないよね?


「もちろん、タダじゃないよ」

「むう……」


 心を見透かされた。そのまま彼は頭を撫でてくれた。なんかちょっと釈然としない。


「この世界って地球よりも腕っ節が物を言う世界だからな。流石に自分の腕は安売りしないよ」

「……わかってればいいよ」


 地球に居る時は陵は自分の長所にあまり自信を持ってなかった。

 長所を発揮する所なんて無いと思ってたし、その力を思う存分に振るうリスクも理解していたからだ。


 でも、この世界は違う。

 その力を思う存分に振るった後に相手に情けを掛けない事が許される。つまり、仕返しを恐れる必要が無い。

 地球だと人殺しは犯罪だから、半ば強制的に敵に情けを掛けないといけない。


 それは陵にとって、魚で言えば水のようなモノで、気が付いたら何処かに泳いでいってしまいそう。


「なんで怒ってるんだよ」

「怒ってない。嫉妬してる」

「そんな嫉妬させるようなことあったか?」

「……ない」


 めんどくさくなってるのは理解してるけど、だって、なんて言ったら良いかわからないんだもん。


「どう言えば良いかわからないんじゃなくて?」

「……そう」

「だったら、最初からそう言えよ」

「ごめん」


 珍しく陵に怒られた。ちょっと胸がチクってした。いや、私が悪いんだけどさ。


「今度は何が不安なの?」

「陵がどっかに行っちゃう気がして。……でも、こうやってメンヘラ拗らせる自分がもっと嫌」


 漠然とした不安ってあるよね。

 言葉に出来ないんだけど不安なんだよね。

 こうやって拗らせる私を俯瞰している自分が居て、そんな私を後ろから眺めてもっと嫌な気持ちになる。


「俺はこうやって弱気になってる美玲を見ると、ちょっと安心するけどな」

「……どういうこと?」

「俺からするとさ。美玲の方が色んなことやってるから、どっかに行っちゃわないかなって心配だよ」


 彼の言葉を聞いて、それはそうだよね、なんて、納得してしまう自分が居る。

 なんでこうやってあっさり納得できるのに、不安になっちゃうのかな……


「ごめん」

「なんか嫌な事でもあった?」

「ううん」

「疲れちゃったのか」

「そうかも」


 コトン、彼はベッドの横にあるテーブルに古臭い本を置いた。


 ぐいって、腕を引っ張られて腰に腕を回されて、ぎゅって抱き寄せられた。

 その時に見えた"仕方ないなあ"って顔がどうしようもなく好きだったりする。


「甘えてくれれば良いのに」


 優しい声だった。


「甘えてるよ」

「ホントに?」

「ホントに」

「そっか」


 ゆっくりと頭を撫でてくれる。


「ごめんね。めんどくさくて」

「まあ良いんじゃない?」

「私は嫌だよ」

「えー、めんどくさくなかったら、なんかちょっと寂しいけどなあ」

「なにそれ……」


 陵は私のこと好き過ぎだよね。ホントに。


「そのままの意味だよ」

「ん……」


 ああもう……、好きだなあ……



 **


「うあ……」


 アンデッドのような、ゾンビのような声をあげて目を覚ました。それと同時に、自らの声が俺自身の耳に聞こえてその事実を嚙み締めた。


 起き上がろうとしても、正しく死人に邪魔されて起き上がる事が出来ない。


 ……昨日は酷かった。


 まさか、あんな風に彼女に貪られるとは思わなかった。冷たかった筈の肉体はいつの間にかに熱を帯びていた気すらする。


「アストレア、起きてくれ……」


 俺達が眠っていたのも床の上で、だからこそ、目も当てられない程の大惨事になっている。

 いやあ……、この身体(ゴブリン)って本当に性欲が可笑しいんだな。嫌われる理由がよくわかったよ。


 退いてくれる気配が無い。というよりも、目を覚ます気配が無い。只のちっぽけなゴブリンだった時は彼女が眠っている所を見た事はない。

 この身体になってから、なんだか彼女はとても無防備な気がする。

 ……というよりも、今までのゴブリンの姿だった俺はやっぱり警戒されていたのだろうなと思う。


 酷く嫌われてるもんな。ゴブリンって……


 ちょっと複雑な気持ちになったけど、まあ、仕方ないよな。


 俺の身体の上で眠ったままの彼女を強引に横に退ける。やはり、目覚める気配は無い。

 喚起をしたくて俺はさっさと窓を開けた。それから散らばった服を集めて着た。

 アストレアの蠱惑的過ぎる裸体にベタベタと触れる気にはなれず、彼女を抱えて床からベッドに移して上から布団を掛けた。


「あ~……死ぬかと思った」


 本当に昨日は干からびるかと思った。マジで洒落にならない。


 ぎゅ~……


 お腹が鳴った。飯ってどうすれば良いんだろう……?




 **


「陵、行ってくるねっ!! レイアっ!」


 昼下がりくらいになって、美玲は落ちていたテンションを取り戻したのか勢い良くレイアの手を引いて外に出て行った。

 今日は美玲のメンタルがあんまり良くなかったから俺は道場に行かなかった。別に俺じゃなくても道場を開けることは出来るから、その点は特に何も問題は無い。


 この珈琲、美味しいな。


 カップで黒い液体を煽った。これはレイアからの貰い物だ。彼女の舌には合わなかったらしくて、もし良かったらと豆を沢山くれた。

 完全に姿形が珈琲豆と同じだったから、手間だけど挽いてみたんだ。


 テーブルには美玲が飲み終わってそのままになったカップと、未だにまだ黒さを残している俺のカップが並んでいた。


 なんか、今日はちょっと、道場に行く気分じゃないな。


 一日くらい別の事を考えてたって、誰にも負けやしないさ。


「……で、そこに立ってるのは誰だ?」


 リビングの扉の外にずっと人の気配がしていて、俺はずっと気になっていた。何時まで経っても入ってこないから、ついつい声を掛けてしまった。


 がちゃ、きーっ


 開けられた扉の先に現れたのは程良い筋肉を持った緑色の成人だった。

 あー……、なんか、昨晩に美玲が言ってたな。眷属化したらゴブリンがめっちゃイケメンになったって。

 ……確かに彼を見ると、うん、十人中九人は最低でも振り向くであろう甘い顔つきをしていた。


「喋れるのか?」

「あー、あー、喋れます」

「ほん。初めて会った時は喋れなかったのにな」

「その節は本当にお世話になりました……」


 俺より大きな背丈なのに、無駄に畏まっているせいで小さく見えた。


「で、何の用だ?」

「そ、その……、大変言いづらいのですが……」

「?」

「……食料を分けて頂けませんか?」


 彼はそう言った。彼の腹も大きく鳴いた。




「これで良いか?」


 俺達のいつもの朝食を彼の前に出した。


「あ、ありがとうございますっ!」


 キラキラとした瞳でお皿に乗ったパンや肉を見回していた。


「今までどうしてたんだ?」


 それは純粋な疑問だった。


「アストレアに貰ってました」

「ああ、あの死人か。彼女はどうした?」

「何故か目を覚まさないんですよね」

「昨日から?」

「いつ眠りについたのか知らないんです。俺が先に気絶……じゃなくて、寝落ちしてしまったので」


 気絶って、昨日にいったい何があったんだよ。


 彼はゴブリンに思えないくらいに器用に丁寧にパンを口に運んだ。下手すると俺より食べ方が綺麗な気すらする。


「心当たりは?」

「……あります。でも、だとしたら放っておくしかないので」

「そか、それは災難だったな」


 何処からどう見てもゴブリンには見えないんだよなぁ。

 確かに肌は緑色だけど、完全にそれ以外は人間となんら変わらない。


「リョウ様はどうしてお一人なのですか?」

「普段は道場に行ってるんだけど、今日はなんか乗り気になれなくてな」

「ど、道場ですかっ!?」

「急に大声出すな」

「あ、すみません」

「……んで、どうしたんだよ急に」

「ど、道場って、その、剣の練習をする場所ですよね?」

「そうだよ。一応俺が道場主ってことにはなってる」


 道場って単語を出した途端に瞳をキラキラさせた。

 いや違うな。

 今までもキラキラしてたから、より一層に輝きが増した、というのが正しい表現だと思う。


「あ、あの……その……」


 急にモジモジし始めた。大体何を言わんとしてるかはわかる。


「弟子にはしない。けど、教えはするよ」

「い、良いんですか……?」

「減るもんじゃないしな」

「ありがとうございますっ!!」

「一々声が煩い。頼むからもう少し声量を抑えてくれ」


 声が本当に一々煩い。


「この後に予定が無いなら、食べ終わったら外で教えるよ」

「え、ぜ、ぜひ、お願いしますっ」


 せっかく道場に行かない事にしたのに、結局剣を教えることになっている自分に思わず苦笑する。俺はどうしたってその手の話から逃れられないらしい。もはや性分に近い気すらするな。


 そんな自分は好きだから、別に大きな問題は無いんだけどな。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
ブクマ・ポイント評価お願いします!

小説家になろう 勝手にランキング

学園モノはカクヨムにて→欠落した俺の高校生活は同居人と色付く。

― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ