第5話-襲撃と再確認
事態が動いたのは、俺達の仕事が出来たのは、商談が終わってすぐの事だった。
商談を終えて、レイアが部屋から出た瞬間の出来事だった。
凶刃が彼女を襲った。
それを届かせるほど、俺達も遊んでいた訳じゃない。
俺が刃物を弾き落とすと同時に、美玲が銃声を鳴らした。銃弾は確かに突き刺さったのに、そこに犯人は居なかった。
そこにあったのは成人男性程の大きさの人形で、複数の銃弾が突き刺さり、バラバラに砕け散った。
美玲が使った銃は世間一般的に自動式拳銃と呼ばれている。
光線銃は街中戦においては過剰威力で、使うのが非常に難しい事と、実銃の方がかつての射撃訓練の感覚に近い事から、彼女は自動式拳銃を使う事にしたらしい。
恐らく、この人形は魔法か呪いの類だろう。
手を出しといて当の本人は安全地帯から、ほくそ笑んでいるのだろうと思うと、滅茶苦茶イライラする。
人の命を狙っといて、自分は安全な場所から見てますって、本当にクソ野郎のやる事だ。マジで気に入らねえ。
……絶対に引きずり出してやる。
「ブライド、護衛を任せた」
指輪、敵の位置を割り出せ。
『周囲、半径3km以内をスキャンします。
……
……
……
目標確認』
美玲にもデータを送ってくれ。
「行こう」
俺達は外に出て、今回の犯人を追った。
街の表通りは、とても活気があり民衆で賑わっていた。
俺達が向かう先は、そんな表舞台ではなく、裏の……それこそ、スラムと揶揄されるような場所だった。
スラムは表と比べて本当に酷くて、時折人の死骸なんかも転がっていた。
「気持ち悪……おぇ……」
「大丈夫か?」
「気持ち悪い〜」
生理的嫌悪感を燻らせる環境に、長く居たいとはとても思えなかった。ゲーム風に言うならSAN値が削れるって奴だな。
「さっさと引きずり出そう」
指輪の提示した目標に向かって足を走らせる。
『目標発見。そのフードを被った人間です』
走って曲がり角に差し掛かった瞬間、指輪の指示に従い武器を抜いた。
「動くな。じゃないと撃つよ」
美玲が銃を向け、制止の声をあげる。
「何故貴様ら、ここがわかった?」
フードの声は男っぽかった。それに、滅茶苦茶イラついていた。
そりゃそうだよな。バレないと思ったから、こんな事したんだろうし、それがバレた見つかった、殺されるかもとなれば、イライラもするだろうさ。
……俺はお前のやり方が気に食わねえけどな。
「んー、なんとなく?」
そうやって首をコテンと傾げた直後、銃声が何発も鳴り響いた。
動いたら撃つんじゃ無いのかよ。動かなくても撃つのかよ。
「ぐあっ!?」
放たれた弾丸は、両肩と両脚に命中する。命中と同時に何かが展開された。
「う、動けない……!?」
両肩両脚には、その空間に縛り付けるような形で魔法陣が発生した。
「貴様、何をした!?」
フードの男はとても慌てたように美玲に叫ぶ。俺も今彼女が何をしたのか、全くわからない。
『解説します。
美玲様が使っている自動式拳銃は、特殊効果を付与した弾丸を生成し、撃ち込むことが可能です。
今回は捕獲用に封印術式を乗せた弾丸を射出しました』
なるほど、中身は銃弾が魔法みたいになってるのか。
でも、捕まえたは良いけど、どうやってこの状態で犯人を連れてくんだ?
「大人しくついてくる気はある?
正直に喋れば、命までは取らない。……というか、私があまり人を殺したくない」
「敵を前に殺したくない……だと? ナメられたものだな」
「……大丈夫、殺そうと思えば殺せるから」
銃口を額に押し付ける。
「次の攻撃はあなたの頭を貫く。つまり、絶対に死ぬ」
「……わかった。なんか、可笑しい奴だな」
美玲は人を懐柔する事がとても上手だ。俺とは違って、人と話す事に長けている。
「じゃあ聞くけど、雇い主は誰?」
「雇い主___」
フードの男の首が光り輝く。その次の瞬間、美玲は銃弾を額に撃ち込んだ。
男は額に走った衝撃で、目を白黒させていたが、首に付いていた壊れてしまった物に触れて、状況を理解した様だった。
「危なかったね。雇い主に殺される所だったみたい」
美玲の言葉は俺にもよくわからない。殺されるって何だよ。
正体をバラすと殺されるみたいな呪いでもあったのか?
『その通りです。
フードの男には、呪いが掛けられていました。
それは雇い主の情報を話したり、相手に寝返ったりする動作を見せると発動する様です』
なるほどなあ。随分と警戒心高めの雇い主じゃないか。
俺は……そういうの、めちゃくちゃ嫌いだけどな。人を殺すなら、自分の手を汚せよって思うから。
人を殺したいけど、自分の手は汚したくないが二重に重なった訳だ。マトリョーシカみたいで本当に滑稽だ。
「……そうみたいだな」
「で、話してくれる?」
「な、なあ。話す代わりに……その……俺を部下にしてくれないか……?」
フードの男は美玲にすっかり懐柔されたらしい。
「え、嫌に決まってるじゃん。急に仲間になりましたとか、冗談きついよ」
彼女は冷え切った視線を男に向けた。
まあ、だよな。美玲は懐柔するのは上手いけど、別に優しい訳じゃないし、万人受けしたいとも思ってない。
「ど、どうしたら良い?」
「んー……うちの雇い主の前で土下座して謝罪して、誰にどうやって指示されたか、詳細までしっかりと話してくれたら考えるかも」
うわぁ……そこまでやってもバイバイするだろお前……
俺は知ってるぞ。そこまでやった同級生を足蹴にして、完全無視を決め込んだのを……
「わかった」
フードを被った男はそう言った。彼女の見た目だけの善性にあっさりと騙されているみたいだ。
**
「本当に申し訳ありませんでした!!」
フードを被った男は、今は顔を陽射しに晒していた。
男の目の前には少女が居て、なんかとても驚いた、いや、信じられないような顔をしてる。
そんな顔を見せられたら私も不安になる。でも、間違った事をしたとは思ってない。
「……駄目だったかな?」
「い、いえ……そうではなくて……」
私の問い掛けに、レイアはしどろもどろになった。ちょっと年相応な感じが垣間見えた気がした。
「?」
「相手を捕まえて連れてくる事なんて、今まで一度も出来なかったので……」
なるほどね。殺したパターンはあっても、捕獲パターンはなかったんだ。
じゃあ、お手柄じゃん?
『お見事』
いや、あなたのお陰でもあるからね?
『人を懐柔させるのは道具では難しいです。
フード男がペコペコ頭を下げてるのは、間違いなく美玲様の功績でしょう』
そんなに褒められると……ちょっとこそばゆいかな〜なんて。
「……本当に危険性は無いんだろうな?」
ブライドはとても不安そうだった。その顔は軽薄なイメージとは打って変わって、大真面目な顔付きをしていた。
犯人の前に主人を置く事が危ない事なのは、流石の私も理解してるよ。
……余計な事をしたらぶち抜く。
「ひっ!?」
「……まあ、あったら俺が殺すから」
「ひっ!?」
陵も帯刀していた。下手な動きをした瞬間に、様々な部分が切断するつもりだ。
私が引鉄に指を掛けるより、陵の抜刀は圧倒的に速い。
私は人殺しを何も思わずに出来るようにはなれないと思う。彼みたいにはなれないし、無抵抗だと、やっぱり殺せないよ。
殺し合いだったら……まだ、その、理性的に殺す必要性を理解出来るから、納得出来るんだけどね。
「俺を雇ったのはグリム・バレル。バレル家の長男だ」
あれ、バレルってレイアと同じ苗字じゃない?
「やはり、兄の手の者ですか」
レイアは"やはり"と言った。
ええ……予想出来てた事なんだ。
家族に狙われるって、どんな家族関係なんだろう。
私には家族同士で殺し合いなんて理解出来ない……と、思わなくもないけど、日本にも殺し合いにまでは発展しなくても、恨み合って啀み合っている家族達は居るし、人の命が軽いこの世界なら、あっさり殺し合いに発展するんだろうな……とか、納得出来ちゃう。
「他にも雇われた者は居ますか?」
「はい。ですが、その、正確な人数までは……」
「何人以上……とかで、教えてください」
「50以上は居るかと」
50は多過ぎない? てか、こんなに可愛い妹を、よく殺す気になるよね。
「そう……ですか」
少女らしからぬレイアも、流石に眉を顰める。その表情には戸惑いよりも困惑の色が強い。
「大丈夫だよ。いざとなったら守ったげるから」
なんか、力になってあげたいと思っちゃったんだよね。道端に可愛い美少女が困ってたら、誰だって助けるでしょ。
「それは、心強いですね」
とは言え、兄を殺すって訳にもいかないんだよね?
それは難しいのかな?
『そこまで難しくはないと推測されます。問題はレイアの精神状態にある物かと』
あーね、家族を殺すのは抵抗があるよね。じゃあ、提案だけはしとこうかな。
「そのお兄さん、殺しちゃったら?」
「えっ!?」
「だって、命狙ってくるんでしょ?」
「で、ですが、そんな事をしたら私達が国から追放されて、それに、そもそも大貴族の長男を殺すなんて……とてもですが、その……戦力が……」
確かに国外追放はヤバそうだね。それに大貴族の長男だから、大量の私兵を持ってたりするのかもね。
私兵に関しては、正直な話をすれば全く驚異には感じられない。遠くから光線銃で焼き払ってしまえば問題は無いからね。
国外追放も私達には痛くも痒くもない。けど、この国に生まれたレイアにとっては、心を軋ませる痛ませる事柄なのかもしれない。二度と国には帰って来れないって事だからね。
「ご両親はどうなの?」
「多分、父は知らないと思います。
私が帰ろうとしたら、多分もっと酷い襲撃が予想できますし、今の所は伝える手段もないのです」
流石に両親が加担してる訳じゃないのね。
だとしたら、レイアを両親の元に届けてあげるのが一番ベストなのかな。
「証拠はその男が居るし、別に悪くないと思う。取り敢えず、実家に帰って色々と混ぜっかえそうよ。
このまま襲撃ばっかり受けてても、面白くないと思うよ」
「ええ、ですが、その……」
「大丈夫。向こうがその気なら、こっちも全員ぶっ飛ばすから」
一応、指輪が何を持ってるのかを把握してるし、私一人で簡単に蹂躙くらいは出来ると思う。
問題は私が人を殺したくないって事なんだけど、でも、今回の提案も私の気持ちからなんだよね。
だってさ、こんなに可愛い妹を殺そうとするなんて信じられないよ?
てか、お兄さんは死んだ方が良いんじゃない?マジで。それに、文句あるなら自分で言えよ。人に殺させようとすんなよ気持ち悪い。って所かな。
「どちらにせよ……その、今すぐにとは言えませんし、商談もありますので……その、はい。今は……その、一旦保留でお願いします」
レイアはおどおどしてた。私達を雇った時はとても立派に見えたのに、今は随分と年相応に見えた。
……そんな事ないか。
肉親ぶっ殺そうぜって言われて、ハイ賛成!とはならないのが普通だよね。
でもね、血の繋がりって、私にはそんなに大切には思えないんだ。
**
ドタバタとしたけど、無事に仕事を終えて、夜を迎える事が出来た。
「んね、陵」
隣で横になっていた彼女の顔が、ゆっくりとこっちに向いた。
なんかちょっと良いなって思った。
宿部屋はベッドが一つしかない。いや、全然悪い事なんてないんだけど、こうやって見つめ合うと、彼女との距離が近い事も理解出来て、何だかとても擽ったくなる。
「どした……?」
「陵はいつ、手を出してくれるの?」
美玲の唐突な疑問は、否が応でも俺の心臓を跳ねさせる。
「いや……うん、え……」
心臓が跳ねて、正しく言葉にする事が出来なくて、しどろもどろになってしまう。
そりゃ俺だって思ったよ。昨日だって眠る前に、彼女が隣に寝てるって事で悶々とした程だ。
けど、彼女に対して本能のままに、色々としたいとは思わなかったんだよ。大切な人だから、本能の好きで理性の大切さを汚したくなかった。
そもそも今までは幼馴染で、つい最近付き合い始めただけなんだ。手を出すは時期尚早な筈だ……って思ってたのに。
そんな事を言われたら、揺らいでしまう。
「陵って、自分の気持ちを正直に言う事って少ないよね」
「……そうかな」
結構、言う方だと思ってたんだけどな。
「そうだよ。やりたい事をやっちゃダメな理由を見つけて、いつもするの止めちゃうの」
それは止める上で、正当な理由だと思うんだけどな。ダメな理由があったら、それはやってはダメな事だと思う。
「やりたいは……せめて、声に出して欲しいと思う。私も……不安なんだよ?」
「……そうだな。ごめん」
彼女の言葉に素直に謝罪した。きっとその漠然とした不安は、美玲の正直な弱音なんだろう。
その不安な心が行き場を探し求めていたのか、彼女の手が伸びてきて俺の手を握る。その柔肌を確かめながら、そっと握り返した。
そうだよな。しっかりと言葉にしないと駄目だよな。
「俺は美玲の事が大切だよ。他の人の所に行ってほしくない……ってずっと前から思ってた。
彼女とか付き合うとか、そういう事じゃなくて、ただずっと一緒に居て欲しいよ」
女性として……じゃなくて、一人の人として、美玲の事を手放したくないなと思う。
「それは……女の魅力が足りないって言いたいのかな?」
ぷくーっと膨れた、幼馴染で、親友で、彼女で、大切な人の顔は可笑しくて、つい、笑いが堪えられなくて……
「笑うなんて酷くない!?」
「ごめん。……ありがとう。大好きだよ。大切だよ。……愛してる」
好きだけじゃなくて、大切で、愛おしくて、可愛くて、ちょっとした時に良いなって思って、偶にドジだなとか、心配に思ったりとか、焦らされたり、驚かされたり……言葉が足りないんだ。
様々な感情が一人の相手に向いた時、“それ”を伝える言葉はきっと存在しなくて、愛してるなんてありふれ過ぎていて、だからきっと、それを口にする事は戸惑ってしまう。
でも、そうじゃない。
多分、伝わらない事を相互理解した上で、“それ”の一端にでも触れられるように願って、相手に伝えなきゃいけないんだと思う。
「大好きだよ」
もう一度、言葉にして彼女に伝えた。
**
その言葉は温かくて嬉しかった。
彼の好意なんて、彼の性格を知ってる私が理論的に考えたら、疑う余地なんて無いって答えを出す事が出来る筈なのに、何故か漠然と不安になって、怖くなって、気が付いたら、彼を困らせる様な言葉を発していた。
でも、彼は困った顔をせずに想いの丈を、私にぶつけてくれた。
身体は茹で蛸みたいに熱くなるし、恥ずかしくて顔も見れなくなって、彼の胸に埋めるしか出来なくなる。
彼の手が伸びてきて、ゆっくりと撫でてくれる。
これは幼馴染としての手だ。落ち込んだり悩んだりした時に、そっと隣に居てくれる時の手だ。
こんな風に優しくされると、恋愛事如きで不安になる私がちっぽけに感じられる。
……でも、そう感じられる事が嫌に思えなくて、ずっと、彼の中のちっぽけな存在になれたら良いとか、そんな事を思っちゃうから、もう末期だ。
彼との関係性は嫌いじゃない、嫌じゃない、好きで、大好きだ。
それで良い筈なのに、どうせ私は不安になるんだ。明日か明後日か、来週か来月か、もしくは来年に……ね。
こんな私を許して欲しい。許してね。