第7話-資源開発(計画段階)③
ぐうっ……!
躱すので手一杯だ。
突っ込んできたドラゴンを躱して、剣の刃を当ててみても全然上手く切れない。
なんでだよっ!?
『逃げなさい。私はここを動けません』
逃げられるかっ!
俺はゴブリンみたいな醜悪な姿になっちまったけど、それを、恩を感じないようにして落魄れるような、中身まで醜悪になんてなりたくねえっ!!
『たかがゴブリンがっ! 神の軍勢に敵うわけないでしょうっ!?』
じゃあっ!! 俺がゴブリンじゃなかったら何とかなるのかよっ!?
躱して、剣を振って、躱して、剣を振って、躱して、剣を振って。何体も何体も切り付けてるのに、どいつもこいつも傷一つ付かない。
…なんでだよっ!? くそっ……
やられるのかな……なんて、そんな事を思った矢先に、俺の視界の隅に人影が見えた。
視界に入った程度だから気の所為かとも思った。でも、気の所為だと思えない程の大人数だった。
十人くらいはいるよな……?
ちょっと意識が逸れたその瞬間に、突っ込んできたドラゴンに俺は弾き飛ばされた。
「ぎっ!?」
呻き声くらい人であって欲しかった……
肋が二、三本逝った気がする。
ちっ、最悪だ。
何とか剣を杖にして立ち上がった時には、既に獣の瞳には俺は写っていなかった。
数人の同じ顔をした女性が、光の線を放ち飛翔する動物を撃ち落としていく。
撃ち落とされた獣は血塗れになった体を引き摺って、女性達に喰らいつかんと前進する。
それを一人の男性が全て斬り裂いていた。
空には獣、地上にも血塗られた獣、まるで反理想郷の暗黒世界のようだった。俺はこんな世界、知らないよ……
目の前に落下してきたドラゴンが、首から落ちたのか脳汁を撒き散らしてピクリとも動かなくなる。
あの人達は味方なのか……? 味方じゃなかったら、逃げないと……
彼女が閉じ込められた岩に剣を叩きつける。キィんと気持ち良い程に拒絶され、岩には何一つとして傷が付かない。
くっそ……、チャンスなのに……
『逃げなさいっ! 私はどうせ死人なのですから、貴方みたいに生のある者が命をかける必要は無いのですよ……』
うるさいっ!
何度も何度も剣を叩き付ける。でも、岩に傷一つ付かない。……なんでだよっ!?
『先程私に向けられた攻撃は私を封印する為の一手だったのでしょう。
私の魔法も使えません。きっとこの岩が封印の依代になってしまっていて、概念的な干渉を施さないと壊す事は出来ません』
概念的……? じゃあ、魔法でどうだっ!
無属性魔法を構えると同時に人の足音が後ろから聞こえた気がした。俺は咄嗟に岩の向こうに執着している姿を隠した。
そうして振り返ると、そこには白い羽を持った天使の泣き別れた胴体、胴体に穴が空いたドラゴンやグリフォンの落下時に脳汁が飛び出たであろう光景だけが目に映った。
そう、目の前に見える男女以外に生きている生命体は存在しなかったのだ。
「君、只のゴブリンじゃないよね?」
絶対に勝ち目がない以上、大人しく武器を捨てて両手を上げる。
「言葉は理解できる?」
女性の言葉に頷きを返す。
「そう。君は普通のゴブリン? って言っても、多分わかんないか」
アストレアが持っていた本に書いてあった内容とは違い、思ったよりも彼らがゴブリンなんかと意思疎通を取ろうとしているのに驚いた。
だって、本にはゴブリンは見つけたら即駆除って書いてあったし……
「ねえ、何でこの場に残ったの? さっき逃げれば良かったじゃん。それとも、逃げられない理由があったの?」
だけど、その次の言葉に俺は生唾を呑んだ。俺が大丈夫でも、アストレアを排除する可能性がある事に気が付いてしまったから。
すぐに鑑定スキルを二人に掛ける。
名 前:相浦 陵
種族名:人間?
称 号:道場主/???
性 別:♂
スキル:
武術 Error
死眼 Error
空歩 Lv8
身体強化 Lv1
相思狂愛 Error
名 前:桐崎 美玲
種族名:半神半人
称 号:神王国ヤマト国王/太陽神の親友
性 別:♀
スキル:
ナイフ術 Lv8
射撃術 Lv10
眷属化(太陽王モード) Error
体操 Lv8
統治 Lv3
威圧 Lv3
交感 Lv7
直感 Lv7
全属性魔法 Lv3
技能取得促進 lv8
相思狂愛 Error
なんだよこれ、殆ど情報が得られないじゃねえかっ
「何を焦ってるの?」
女性は俺の内心を見透かすかのように言った。懸命に首を横に振ったけど、
「その後ろの岩、何かある?」
アストレアに気が付いた素振りを見せた。
「なんか感じる?」
「感じないな。でもまあ、さっき剣を叩き付けてたし、なんか大事な物でもあるんじゃないか?」
あんな混戦だったのに俺の様子まで見てたのかよ。
「開けられないみたいだし、開けてあげた方が良いかな?」
女性の言葉に対して、俺は通せん坊をして首を横に振った。
「嫌がってるね」
「だな」
「でも、自分の力じゃ開けられないんでしょ?」
思わずその言葉に頷きそうになるのを堪えて、もう一度首を横に振る。
「何となくだけど、倫理的に駄目な物が隠されてる?」
人から見たらもしかしたら、死人ってのはそういう存在なのかもしれない。でも、あの優しい彼女は駄目な存在なんかじゃない。
三ヶ月もの間、何も返せない俺を世話してくれて、それでいて逃げろと言ってくれる彼女が駄目な存在な訳が無い。
「じゃあ、開けても良くない? ってか、直感が開けろって言ってるから開けるねー」
ちょっと待ってくれ、そう叫びたくても叫べずに女性に手を伸ばして制止しようとする。けれど、手は届かずに地面に転んでしまった。
……くそ、力が全然入らない。
「これ、呪いみたいだね」
「ふーん」
「指輪が解除できそうって言ってるから、このまま開けちゃうけど」
転がっていた剣を杖代わりにして俺は立ち上がった。そして、目の前の二人組に剣を向けた。
「陵、襲いかかってきたら殺さずに制圧して」
「……了解」
くっそ、ナメられてる。
言い様のない悔しさと共に俺の意識は暗転した。
**
おっと
意識を失ったゴブリンが前のめりに倒れる前に、俺は彼の身体を支えた。前のめりに倒れたら長い鼻が真っ先に折れそうだ。
「疲れちゃったのかな?」
「さあな。どっちにせよ、限界だったことに間違いは無さそう」
やがて、美玲は特殊な呪いの掛かった岩を破壊した。
「おっ……、これは、なんて言えばいいのかな?」
破壊した直後に美玲は両手を上げて敵意が無いことを示した。そこに居たのは白髪で瞳も肌も全てが白い女性だった。けど、あんまり気配を感じない。
「言葉は通じる? ってか、そもそも生きてる?」
すると、その女性は口を開こうとして、そして閉じてしまった。
何か伝えようとした……?
『これは聞こえていますか?』
頭の中に指輪とは違う声が響いた。
「えと、君であってる?」
『はい。そちらの男性の方も聞こえていますか?』
「聞こえてる」
どうやら美玲だけではなく、ご丁寧に俺にも聞き取れるようにしてくれたらしい。
『私の身が滅ぼされようとも構いません。ですが、一つだけ、お願いしても宜しいでしょうか?』
「んー、内容によるかな」
覚悟の乗った言葉に対して、美玲はあっけらかんと言い返した。
『では、聞いてからでも』
「良いよ。取り敢えず話は聞こうか」
『要件から申しますと、あちらのゴブリンの男性を保護して欲しいのです』
「……保護?」
『はい』
「自分でやれば良いんじゃない?」
『私は神々から狙われる身。私と共に居たらきっと、身を滅ぼしてしまうでしょう』
慈しむ感情が言葉に乗っていて、ついつい、俺は目を細めてしまった。
「滅ぼされても……って言ったよね?」
『はい、どうせ私は死人の身です。であれば、誰か一人の命と引き換えに消えられるならば、きっと本望ですから』
「……どうしてそこまでするのさ」
『もし私がここで死ねるのなら、最後の三ヶ月が楽しかったから、ですかね』
どういった境遇から彼女が言葉を編んでいるかはわからない。わからないが、その言葉には途方も無い遥か遠方が覗き込んでいる気がした。
俺ですら感じるのだから、共感性の高い美玲であれば尚更だろう。
「これを連れて帰るくらいだったら、どうとでもなるんだけどさ。それより、君の事をもっと聞かせてよ。私は君に興味があるよ」
**
『私に……ですか?』
「うん。こんな人が住めない土地に住んでいる人に興味を持たないわけがないよね?」
彼女がどんな人かは知らないけど、知ってみたいとは思う。
『ですから、それは私が既に死んでいる身ですから……』
「そんなつまんない事を聞いてるんじゃないよ。
ねえ、
君の年は幾つなの?
何処で生まれたの?
どんな食べ物が好き?
……そう言う事を聞きたいんだよね」
死んでるのは聞いたよ。じゃあ、それ以外は?
『生い立ちを?』
「それでも良いよ」
『……わかりました』
白い陶器のような彼女はやがてゆっくりとゆっくりと話を始めた。
彼女はフェリアル王国という国の王女だったらしい。当時から空間魔法を使いこなし、戦場に物を届けたりする仕事を主に担っていた。
そうやって生きてきたある日、彼女には時間魔法が発現した。この魔法は全体の時間を戻すモノではなくて、怪我をした事象を数分前に戻すとか傷が付く前に巻き戻すとか、本当に少ない一部にのみ使う事の出来る魔法だった。
そうして、空間魔法と時間魔法を使いこなしていった彼女は、ある日突然に反王政勢力から投獄されてしまった。その投獄から抜け出したのは王政府が打倒された後だった。
彼女は行く当ても無く人の居ない土地を彷徨い続けた。逃げ延びた王族を受け入れてくれる場所なんて存在しないからだ。
彼女は皮肉にも空間魔法が使えたから、生活に困る事はなかったらしい。
彼女は自身の死については一切を語らなかった。サラッと話してくれるかなーってちょっと期待したんだけど残念ながら駄目だったね。
人の死の体験なんて、自身が言いたくないなら無理に聞くもんでもないし、このまま流した方が良さそうだ。
「君って行くあてあるの?」
私の問いに彼女は大人しく首を横に振った。
「じゃあ、私と一緒においでよ」
『そ、そんなこと……』
「何か問題でもあるの? そこのゴブリンくんも一緒で良いけど」
『そ、そうではなくて、私は先程のように神々から狙われていまして……』
「なんかやらかしたの?」
『はい。その、蘇生術を……』
そ、蘇生術……?
「え、それって何時でも何処でも出来るの?」
『流石に出来ません。ですが、肉体に精神をくっ付けたりは条件が整えば何処でも』
「うーん、歩くゾンビみたいな? って、伝わらないか」
蘇生術は確かに危ない技術かもしれない。だって、死んだはずの人や動物が蘇ったら社会秩序も環境も全てが崩壊するからね。そんな予想は誰にだって難しくない。
『なんとなくニュアンスは。それよりももっと、こう、今の私みたいに』
「あー、なるほど」
彼女の外見を見るとわかるけど、傍から見たら死んでるのか生きてるのか正直区別が付かない。外見が髪から瞳、肌まで真っ白でボンキュッボンだから、私が男だったら襲ってるかもしれないとかは本当にどうでも良くて……
「まあ、それは大丈夫。一緒においでよ、あんまり勝手な行動はさせられないけどさ」
『で、ですが、本当に大丈夫なのでしょうか……』
「あのゴブリンも治療しなきゃいけないし、君は治療できるの?」
『今は出来ません』
「よし、決まりだね。目的の物は見つからなかったけど、良い人材は見つけたしおっけーって感じだね」
『目的の物、とはいったい?』
「あー、えっとね。断魔材に使われる素材なんだけど……、知ってたりする?」
そうだ、この大地の住人なんだから知ってる可能性があるのを忘れてた。期待はしてないけどね。
『アンチ・マギア、とかでしょうか?』
「え、知ってるのっ!?」
『知ってるも何も、私も作れるので……』
「えっ!?」
鉱石を作れるって何? ど、どういうこと?




