閑話-スキルマスターゴブリンの始話
……ここは何処だ?
ぴちょん、ぴちょん、という水音に誘われて目覚めた。
俺はいったい……
俺の瞳に映ったのは、緑色でがりがり腕だった。
「ぎゃっ!?」
あれ、何だこの声……
「ぎゃっ」
声を出そうとしても声が出ない。
ってか、そもそも、ここ何処だよ……
何とか立ち上がって、もう一回だけ自分の腕を見直す。やっぱり緑色だ。俺はもっと肌色の太い腕を……
って、何を言ってるんだ? いや、何を思ってるんだ?
俺って人だった? いや、人ってなんだ?
頭が痛い……
いいや、考えても頭が痛くなるだけだ。取り敢えず歩こう。
暫く真っ暗な道を歩く。ここは何処かの洞窟らしく光が全く入ってこない。なんで見えてるのかは気にしないことにした。
背筋がぞくっとした。
俺はその場を飛び退くと、そこに何かの尻尾が叩き付けられた。
な、なんだよこれ。
視界の端に何か文字が浮かんだ。
種族名:ホーリードラゴン
称 号:門番
性 別:♂
スキル:
全属性ブレス Lv10
飛行 Lv10
これって、もしかして尻尾の主の情報か?
次の瞬間、尻尾が俺の身体にぶち当たり叩き潰された。
痛い痛い痛い痛い痛い痛い
骨が潰されて、内臓も潰されて、呼吸一つもままならない。苦しい。苦しい。苦しい。
なんだよこれ……
誰か助けてくれよ……
なんだっていったいこんなことになってんだよ。
そこで俺の意識は暗転した。
ーーーーーーーーーーーーーーーーーここは?
さっきまでの出来事は幻……だったのか? 痛みも無いし、辺りは明るいし。
でも、緑色の身体は何も変わりがない。
ふらっと、俺の前を白い髪が通った。
えっ、誰……
「ぎゃっ!?」
うわああああああああああああああああああああああああああっ!?
目の前には陶器のように透き通った女性がいた。しかも俺よりめっちゃ背が高い。
こんな女性を見た事がなくて、声にならない絶叫を上げてしまった。
その様子を見て、その女性は少し寂しそうな顔をした。
もしかして、さっきの状況は夢じゃなくて彼女が助けてくれた……?
声が出ないから、俺は身振り手振りで怖がってないってことを伝えようとする。
すると……
『理解できますか?』
頭に声が響いた。もしかして目の前の女性の声なのか?
無礼だなと思いながら、頭を指差してから目の前の彼女を指差した。
すると、とても嬉しそうに頷いた。
『この辺には居ない種族だったので、つい、拾って看病してしまいましたが、やはり普通のゴブリンではないのですね?』
……ゴブリン? 誰が?
……俺がっ!?
ってか今気が付いたけど俺全裸じゃねえかっ!?
こんな美人の前で全裸とか恥ずかしくて軽く死ねる。
『羞恥の情を持っているゴブリンとは、その、とても珍しい方ですね』
彼女は興味深そうな目をしながら、俺が着られそうな服を出してくれた。
恥ずかしいと思いながら彼女に渡された衣服を、奪いとるように着た。
『私みたいな死人に恥ずかしがる必要など無いのですよ?』
死人?
こんなに綺麗で滑らかな動きをしている彼女が死んでるのか?
じっと眺めていると、彼女は少し恥ずかしそうに身じろぎした。
『触ってみたらわかりますよ』
彼女の手を取ると確かに死んだ人と同様に冷たかった。死んでも意識が残ってるってどういう事なんだ?
あ、そうだ。さっきのが夢じゃないなら、彼女の情報も見れるはずだ。
少し目を凝らしてみた。
名 前:アストレア・アストレイ・アストロノーツ
種族名:アンデット・クイーン
称 号:時空の魔女
性 別:♀
スキル:
死属性魔法 Error
時間属性魔法 Lv10
空間属性魔法 Lv10
統治 Lv10
合成術 Lv10
まじだ。マジでこの人、アンデットだ。ってか、Errorってなんだよ。いや、そもそもアンデットに職業ってあるのか?
そんなことを思ってたら、また何か新しい文字が浮かんだ。
えっと、何々……
Lv1~3はそのスキルに対して初級者レベルの技量を持つ。
Lv4~6はそのスキルに対して中級者レベルの技量を持つ。
Lv7~9はそのスキルに対して上級者レベルの技量を持つ。
Lv10はそのスキルに対して、達人と称されるレベルの技能を持つ。
Errorは測定不能。
おっと、なんだそりゃ……
『今、何かしましたか?』
俺は彼女の言葉を全力で否定した。何となくこの行為は表立って称賛されるモノではない気がしたから。
いやまあ、こうやって人のプライバシーを覗けたとして測定不能が出てちゃ意味がない。ってか、意味がわからない。
ってか、俺自身の事も見ることが出来るのかな。
名 前:不 明
種族名:ゴブリン
称 号:無職
性 別:♂
スキル:
鑑定 Error
翻訳 Lv1
悪食 Lv5
異種族交配 Lv1
成長促進 Lv1
技能取得促進 lv1
出来た。多分この“鑑定”って名前のスキルが、他の動物の情報を抜き出してるんだろうな。
それ以外のスキルがよくわからないが……、なんか、コメントに困る物ばかりだ。
『貴方はどうしてこの地に来たのですか?』
ちょっと考え事をしようとしたら彼女の声が頭の中に響いた。俺は俺自身も知らないから肩を竦めた。
『迷子?』
強く頷いた。
『行く宛が無いなら、この場に居てくれても良いのですよ』
願ってもない提案に俺はまた強く頷いた。
それから一ヶ月ほど経った。
月日が経って、色々と気がついた事がある。
まず、俺に関してだけど……
姿形はゴブリンという魔物と同じで、めちゃくちゃ醜悪な外見をしている。
ゴツゴツした細身の体に、長細い耳と長細い鼻、緑色の肌。生理的嫌悪を想起させるような見た目だった。
それから、中身の精神……つまり、俺のことなんだけど、やっぱり人だったんだと思う。
肌色の身体に、ゲームをしたりだとか仕事をしてたりとか沢山の記憶が時たまフラッシュバックした。名前や住んでいた場所とかは何も思い出せないんだけどな。
あと、スキルはLv1だけど、真似事をするだけで簡単に取得できることがわかった。剣術とか色々と取得した。
次は環境についてだ。
彼女が住んでいるこの場所は、洞窟とは違って昼夜が存在している。
また、恐らく彼女の生前の持ち物であろう沢山の書物が置かれていた。
その書物の中に魔物や植物の図鑑が混じっていて、そこでゴブリンについての知識も得た。
ゴブリンとは、通常は集団行動をする魔物である。個体の特徴としてはどんな動物の肉でも喰らい、どんな二足歩行の♀であっても孕ます事が出来る。
その癖、身体能力は決して高くなく人間族以下だと書かれている。
なので、よく人間族の女性を攫い苗床として使用する、らしい。
少なくとも、世間に好かれるタイプの魔物じゃないことはわかった。
だからこそわかる。アストレアはゴブリンの俺に対して変わらずに接してくれた。それがどんなに凄いことか。
死人だから自身がゴブリンのそういう対象にならないと思っているだけかもしれないけど、少なくとも俺にとっては魅惑的で蠱惑的な肢体をしていて、もし俺が人であったなら付き合ってくれと叫んでいるレベルだ。
特に役にも立たない、言葉すら発せない俺を一か月も置いてくれたのだ。
けれど、彼女は時たま寂しそうな顔をする。古き歴史に取り残されてしまったかのような、そんな表情を彼女はするのだ。
だから、俺は決心した。この一か月の間にとても彼女には世話になったから、せめて、外に飛び出す手伝いをしようと思ったのだ。
俺は更に二か月、彼女から与えられた剣を振り続けた。
レベルはじわじわと上がっていきLv4に到達した。一応これで中級レベルの実力らしい。
確かに振り始めた直後に比べたら、よっぽど俺の剣は鋭くなったなと実感がある。
俺は魔法も勉強した。彼女が教えてくれたから無属性魔法が使えるようになった。無属性魔法とは魔力放出とか放出した魔力をそのままぶつけたりだとか、火とか水とかに変換しないで扱う魔法技術の総称である。
"鑑定"を使ったらそう書いてあった。
『そろそろ旅立ちですか?』
彼女の声が頭に響いた。俺はゆっくりと頷いた。
『寂しくなりますね』
その言葉に俺は首を横に振った。こんな醜悪な俺と来てくれるかはわからないが、それでもわかりやすいように手を差し出した。
『一緒に行こうと?』
頷きを返す。
『で、ですが、私は神から追われる身です。とても迷惑を掛けますよ?』
この世界って神様が居るのか。どうして俺がこんななのか、いつか出会ったら聞いてみたいな。
『一人で行きなさい』
彼女の言葉に首を横に振って拒絶する。一人で良いなら何でそんなに悲しそうな顔をするのか。
『……わかりました。危なくなったら戻ってくれば良いですからね』
そうして俺は彼女を連れて、三か月という長い期間を共にした安寧の空間を後にすることにした。
今まで住んでいた空間は彼女の空間魔法によって創られた物らしく、その空間を抜け出す際には、まるで俺自身が袋からつまみ出されるような感覚を覚えた。
ぽいって感じだった。
そこは洞窟だった。ここって、俺が最初にドラゴンに押し潰された場所じゃないか……?
『この程度で私が抑えられると思われているなら、神々も私を甘く見ているようですね』
彼女が視線を向けた先には、一体のドラゴンが鎮座していた。
種族名:ホーリードラゴン
性 別:♂
称 号:門番
スキル:
全属性ブレス Lv10
飛行 Lv10
鑑定結果からわかった。こいつは俺を潰したドラゴンだ。
そのドラゴンは彼女を見るや否や火を吹いた。けれど、俺にも彼女にも届くことはなかった。彼女が空間魔法を用いたシールドを作成したからだ。
彼女は手を前に突き出す。と同時に魔法を掛けた。それは死属性魔法による“死”への誘い。
……って、なんで俺はこんなことまでわかるんだ? もしかしてこれも"鑑定"の力か?
やがて、死の呪いを受けたドラゴンは地面に倒れ伏した。
『行きましょう』
彼女は少し楽し気に、俺を洞窟の外まで連れ出した。
『……ダメなようです。せめて、貴方だけでも外に行きなさい』
えっ?
その次の瞬間、俺だけが洞窟の外に放り投げられる。と、同時に洞窟の入り口が破壊されて彼女の姿は見えなくなった。
空を見上げると、そこには沢山の獣が空を舞っていた。獣は洞窟の中に閉じ込められたはずの彼女に視線を向け続けていた。
種族名:グリフォン
称 号:迎撃兵
性 別:♂
スキル:
飛翔 Lv7
種族名:ワイバーン
称 号:迎撃兵
性 別:♂
スキル:
飛翔 Lv5
ブレス Lv5
種族名:イーグル
称 号:迎撃兵
性 別:♂
スキル:
飛翔 Lv10
軽く鑑定しただけでもこんな感じだ。スキルの数もレベルも少ないけど、小さくても獣の大きさは俺の五倍はあった。
彼女を置いていくわけにはいかない。俺にはこの世界に生まれてからずっと彼女の世話になってきたのだ。
一人で逃げるわけにはいかない。でも、勝てる気がしなかった。戦略的撤退も無しではないのかもしれない。
……でも、どうせ俺は醜悪なゴブリンだ。あの図鑑にも書いてあったじゃないか、人型の種族に嫌煙されてるって。
だから、この場から逃げたって、彼女みたいに優しくしてくれる人に出会える可能性は少ない。それだけで充分戦う理由に値すると思った。
だったらせめて、この場で一矢報いてやる。俺は剣を抜いた。
剣と無属性魔法と鑑定で、この場を乗り切ってやる。




