第4話-お仕事を始めました。②
「おはようさん。二人とも初めましてだな。俺がブライドだ」
食事をしていると暫くしてデケェおっさんがやってきた。朝のイメージからテキトーな人間なんだろうと思ってたけど、何気に身なりは清潔感があった。
「「おはようございます。初めまして」」
俺達は朝の挨拶だけして食事に視線を戻す。
彼を見ても、仕事以外で全く興味が湧かなかった。普段は何をしてるとか、どんな趣味を持っているかとか、幾らでも世間話を拡げる事は出来るけど、残念ながら言葉にしようとは思わなかった。
まあ、そもそも俺はコミュニケーションを楽しいと思うタイプでも無いし、陰か陽かと問われれば、世間一般的には陰キャの部類だと思う。こればっかりは生まれ持った性質だろう。
陽キャと言えば、美玲は学校でも友達が沢山居たし、その部類なんじゃないかな。
そんな彼女でも俺と同じ様に距離を取っていた。きっと彼女の杓子定規の中では、好ましい人物では無かったのだろう。
「レイア嬢と出会った頃を思い出すぜ……」
「あなたが不審な格好や醜態ばかり晒すからでしょう」
やれやれといった感じの顔をするブライドにレイアはピシャリと言葉をぶつける。恐らく美玲が嫌いなのはこういう所だ。
上から目線のやれやれキャラが嫌いだからな。本人曰く“完璧超人でも無いのに、どうして人を下に見れるのかわからない”という事らしい。
「うわぁ……手厳しい……」
「護衛なのですから、少しは護衛らしくしてください」
ブライドは参った参ったと拝んだ。それに対してレイアは特に表情も変えずに更に追撃を続ける。
「他の護衛に聞いたぞ? 俺が居なかったからやばかった……って」
それを聞きかねたのか、ブライドは新たな話題を口にした。俺達が加勢した時の話かな?
確かにあの護衛の中に、彼の顔は無かった。
「そうですね、失敗しました。その時にお助け頂いたのがリョウさんとミレイさんです」
そんな彼の言葉に動じる事なく、彼女は言葉を続けた。その振る舞いは本当に俺達より年下だとは思えないもので、けれども確かに少女なんだよなと、雇い主の存在を再認識する。
ブライドの目がこちらを向く。今の言葉で興味を持ったのか不躾な視線で値踏みされた。
とても居心地が悪く、美玲は露骨に眉を潜める。
「……なるほどな。確かに、男の方は腕がありそうだ」
「どうも」
「女はわからん」
「無いです」
美玲は正直に告げてバッサリと会話を斬り捨てる。ここまで露骨に会話したがらないのは、彼女にしては中々珍しい。
「おいおい、だとしたら二人分出さなくて良いんじゃねえか?」
「給料は二人分出します。ミレイさんはあなたとは違って、とても気が利く方なので」
何やら不穏な事を言い出したが、少女はきっぱりと大男の言葉を突っぱねた。
「ほーん、なるほどなあ。まあ、レイア嬢に歳の近い女が居た方が、色々と楽だしな。
これからよろしく頼むぜ? リョウ、ミレイ」
「よろしく、ブライド」
「……よろしく」
やっぱり、美玲は彼の事が苦手だ。彼女は好き嫌いはハッキリしているタイプだけど、嫌いであると同時に苦手って感じがする。
だからと言って、子供みたいに協力したくないとか言い出す訳でも無いから、何か不利益がある訳でもないけど。
「リョウは基本的にどうやって戦うんだ?」
「俺は近接戦闘がメインだ。剣とか……かな」
剣以外も使えるから微妙なラインではあるけど、剣士って一番わかりやすいし、想像し易いしな。
「俺は戦闘スタイルは魔法を使って、近接戦闘も行う魔法戦士だ。って事は、リョウと似てるかもな」
「どうかな。俺はあんまり魔法は使わないから」
そもそも地球に魔法なんてなかったしな。この世界でも自分で魔法を使った事は無い。
「ミレイはどうなんだ?」
「……私は、遠くから仕留める感じかな」
仕事に関する事なので、彼女は渋々ながら答えていた。
「射手か。確かに、リョウとミレイならバランスは取れてそうだな」
「でも、陵は射手も出来るはず」
美玲は地球で射撃の経験がある。その他にも10年くらい弓道をやっていたし、実は遠距離攻撃は得意だったりする。ついでに言えば、屋台の射的もめっちゃ上手い。
俺も出来るには出来るけど、彼女ほど時間を割いた訳じゃない。弓や銃はあくまで嗜み程度だ。
「美玲ほどじゃない」
「……まあ、私は趣味だったからね」
趣味になるとトコトンのめり込んで、様々な事を試していたのは知っている。俺には武術しか無かったから、色々な事にトライしていた彼女を羨んだ事もある。
「へえ……、今度見せてもらおうか」
「良いけど、面白くないよ」
ブライドに値踏みされると面白くなさそうに美玲は言葉を返す。
「御三方、食べ終わりましたか?
そろそろ、商談の方に向かう前に、打ち合わせを始めたいのですが」
食器をお盆に戻し、レイアはゆっくりと口を開いた。
「軽く二人の動きも見たい。良いだろ?レイア嬢」
「それは……時間はあるので、御二方が良いと言えばお好きにどうぞ」
「おっし、実戦になってお互いに動きを知らないってのは危な過ぎるからな。付き合ってもらうぞ」
ブライドの言う事は一理ある。
動きを知らなければ、合わせるも何も無い。一緒に居るだけ足を引っ張り合う事だってある。
逆に言えば、協力しなければ良いって話もある。でもまあ、護衛という身分である以上は避けては通れないか。
問題は美玲には見せられる物が無いってこと。射撃なんてする場所あるかな……
「本日の予定です。
この後、少し日が傾いたあたりで、大型商家であるミゾリック家にお邪魔させて頂きます。
その後、そちらの方で商談に入りますので、御三方には護衛の方をお願いします」
ミゾリック家とやらが大型商家なのだとしたら、そんなに護衛を必要とする物なのだろうか?
レイアはどっかの貴族の子女だし、それが殺されたとあっては商家の恥になるのではないだろうか?
だとしたら、今まで以上に警備警戒は厳重にする筈だし、俺にはあんまり理解できない話だな。
雇い主が来いと言うなら、何も言わずについて行くのが正しいんだろうけど……な。
「大型商家という事もあって、様々な商人が施設を出入りしています。
私は兄や姉にとても嫌われていますので、いつ襲われるかわかりません。
ですので、近付く者は全て、切って捨てるくらいの勢いで構いません。
特に最近、私の事業は成功の一途を辿っています。
自分で言うのはなんですが……お金も沢山あります。
なので、それくらいドライな対応で大丈夫です」
あー、疑問に思った事が多少解消された。そっか、貴族の子女の中でも身内にすら嫌われてれば、例え安全な場所に行くとは言え、そこが危険な場所に様変わりするのは想像に難しくない。相手が貴族であるなら、それは余計にそうなんだろう。
「何か質問はございますか?」
俺と美玲は首を横に振る。
「よし、じゃあ、裏庭で軽く戦おうぜ。実力も知っときたいしな」
ブライドが勢い良く立ち上がった。
正直、めちゃくちゃめんどくさい。暑苦しいように見えて何処か表情が軽薄な大男の事を、どうやら俺も彼女と同様に苦手らしい。
**
「よし、行くぜ?」
ブライドと陵はお互いに木刀を持っていた。これだけ見ると私は陵が不利だなって思う。別に陵って剣がめちゃくちゃ美味いわけじゃないからね。
彼が磨いてきた武術は常在戦場が基本理念であり、だからこそ、何か一つの武器に固執する事はない。
「いつでも」
陵はブライドの言葉を興味無さげに流す。
ブライドの腕は超一流とか言ってたし、彼が負けたらどうしよう……
一手目はブライドの一撃。陵に接近して剣を振り下ろした。
凄い風の音がした。でも、陵はそこから半歩下がるだけで剣を躱す。
彼はとてもつまらなさそうで涼し気な顔をしていた。その表情を見たら、私の不安が杞憂だった事がわかった。
彼の右拳がブライドの脇腹から上に向かって叩き付けられた。武器を持ってるのに最初の一撃が素手なのは、ちょっと彼らしいなとか思ってしまう。
「ごふっ」
ブライドに結構ダメージがありそう。
彼は直後に左の木刀を振り上げた。刀身が当たる前に、なんとかブライドは身を捩って躱した。
「もうちょっとビビれよ」
「殺す気もないのに、どうやってビビれって?」
距離を取ったブライドを陵は追いかける。
刀は振り下ろすのでは無く、引き切る物……と、前に陵に教わった気がする。
彼の木刀は振り下ろされるではなく、胸元から突き出された。
「おっ!?」
ブライドは木刀を躱して、潜り込もうとした……のはわかったけど、すぐに止めて強引に後ろに下がった。
陵の木刀の切っ先は下を向いていた。つまり、引き斬る様に刃を下ろせば、相手を斬り裂けたんだ。
「その歳でここまで殺しに来るもんかね」
「戦いに歳が関係するのかよ?」
「そりゃそうだ。ただ、もう俺の負けで良いわ。近接戦闘はお前の方が強えよ」
ブライドは木刀を落として、両手を上げた。
「そか、満足して貰えたようで何より」
陵から投げられた木刀をキャッチした。木刀は嫌だなあ……
「次はミレイの番だな」
はい、遂にやって参りました私の番。無理じゃね私、大怪我して終わるじゃん。え、つら。
『サポートします』
そういう問題じゃないんだよね。うん、怪我しない様に適当にやって降参しよっと。
「どうすれば良い?」
「軽く近接戦闘も見たいが……どうしても無理か?」
「本当にやりたくない……けど、やれって言うなら」
滅茶苦茶やりたくないけど、仕事関係だから逃げてばかりいられないよね。
近接戦闘だとナイフ術を陵に教わったくらい。ナイフ術は護身術にも幅広く関わっていくからと彼がお節介にも教えてくれた。
本当に小っちゃい時は陵と一緒に剣を素振りした事もあるけど、覚えてる訳がないし今更思い出すなんてできっこない。もし仮に思い出しても、体格が違い過ぎて使い物にならない。
木刀は自信ないなあ。こんな大きな剣、握った事ないし。
「じゃあ、始めるか」
ブライドは陵の時とは違って、始めの合図をして少ししてから接近してきた。接近する速度も心做しか、陵の時より遅い気がする。苦手だって言ったから、手を抜いてくれてるみたい。
横一閃、それをバク転して回避する。
『お見事』
体操やってて良かった~
でも、剣だと反撃の仕方がわからない。
「ほう……続き行くぜ」
振るわれた剣を上に下に右に左に、縦横無尽で避けまくる。段々と後退させられていって、最後は壁まで追い詰められた。
「降参」
もう無理だから、反撃手段も無いし押し返すとか無理だから。
「まじか」
ブライドは破顔する。もしかして、反撃されるのを待ってたのかな?
いや、木刀なんて使った事ないし知らんし、無理に決まってるから。
「近接戦闘は出来ないって言ったじゃん」
「見えてはいるんだな」
「見えてても剣なんて振ったことないんだから」
弓と銃とナイフくらいだよ、使った事あるの。小っちゃい頃はノーカンで。
「なるほどなぁ
まあ、近接戦闘でも守りに行く必要は無さそうだな」
「それはまあ、でも、実戦だから何が起こるかは……ね」
その時は私も銃を使うから、どっちにも転がる可能性はある。
「いやー、優秀な護衛が入ってきて俺は嬉しいわ」
ブライドが笑いながらそんな事を言う。
「あ、この木刀返す」
木刀を返した。
「お、おう」
陵の隣に戻った。隣が良いから。
やる事は終わったし、後は商談の時間を待つだけだね。