第4話-お仕事を始めました。
『朝です。起きてください』
脳内に指輪の声が響く。朝を知らせるその声は、かつての電子音声より遥かに高品質だった。
耳から拾う音じゃなくても、人って目覚められるんだね。ちょっとした新発見かも。
『あんな機械と比べられるのは……』
ごめんって、本当に凄いと思ってるから許して……?
『……はい』
ただの道具が拗ねる訳が無い。本当にこの指輪は面白いよね。
「んーっ」
伸びをした。隣にはまだ陵が眠ってる。ちょっと可愛いな。
そんな事を思うと、気が付いたら手が伸びちゃってて、慌てて引き戻した。
私が寝てる間も陵は寝てなかったもんね。そういう一面を知ってしまうと、彼もそういう事柄を期待してるのかも……とか、勝手に妄想してしまう。
やめよう。
私はこの問いに答えを知ってる。だから、今はゆっくりと身体を休めて欲しいと素直思えた。
性欲は本能だ。そして、本能は理性と相反する事もあるんだから。
それにしても、何で陵は目を覚まさないのかな。そんなに寝起きは悪くない筈なんだけどな。
『恐らく、目覚ましの指示を忘れたのだと思われます』
あ、そっか。私は指輪さんにお願いしたけど、陵とはまた別だもんね。
昨日は雇い主である少女が泊まっている部屋の、隣の部屋に泊まることになった。
仕事内容が少女の護衛という事で、少女が隣にしてくれと宿主に頼んでいた。
この雇い主である少女が、普通の子供でない事は流石に気が付いた。だって、少女にしては理知的過ぎたから。
夜の時間は指輪から取り出したセキリュティグッズに任せていた。
赤外線センサーや物理的トラップを少女の眠る部屋に沢山仕掛けた。
だから、何かがあったら直ぐに対応出来る仕掛けになってる。
少女の正体は何処かの貴族の三女で、お家の継承権は持っていないと言っていた。だから、今から仕事をして何とか軌道に乗せたいのだとか。
本人が言ってた事だから、それが嘘かもしれないし、傍から見たらそうじゃないかもしれないし、わかんないけどね。
それは別に良いんだ、興味ないから。それよりも大きな問題が一つだけあるんだよね。それは雇い主が超絶美少女であること。
透き通る様な肌に透き通る様な銀髪で、瞳は宝石みたいで美しい。
逆に言えばだけど、貴族だ平民だ関係なく、永遠にストーカーされそうな人物だと思う。
その為の護衛なのかもしれないし、そうじゃないかもしれないけど、それもまた、私達には関係ない事だね。
事情とか諸々は本当にどうでも良い。ただ言えるのは美少女がほんっとうに可愛いってだけ。陵がロリコンじゃなくて良かった……なんてしみじみ思うくらいにはヤバい。
『美玲様、そろそろですよ。陵様は起こさなくて宜しいのですか?』
あっ、忘れてた。
「起きてっ!」
結構強めに揺すった。こういう時はゆっくり揺すっても、まだ寝る〜とか言われるんだ。
「んー……あれ……朝、か」
陵の寝起きはとても良い。まだ寝る〜とか言い出すのは実は私なんだよね。彼はそのまま寝かせてしまうから本当にタチが悪いと思う。
陵が立ち上がると同時に、彼の服装が変わった。軽装鎧って名前がピッタリだった。
付き合ってから初めての同衾だったのに、何も起こらないし変わらないから悲しいよ。
森の中で陵が眠れなかったのは、私が身近に居たからってだけじゃなくて、単純にベッドが無かったからじゃないかとか思っちゃう。
くっついた時に陵の鼓動が速かったから、そんな事は無いって知ってるけど、流石に彼女と初の同衾だよ?
……多少は顔色を変えて欲しかった。
そんな事うじうじ考えても仕方がないから、私もお揃いにして貰って良いかな?
『了解しました』
私も立ち上がったと同時に、陵と同じ姿になった。
「剣は使えないだろ?」
腰には陵と同じ剣が下がっていた。それを見て困った様な顔で彼は笑った。
むう……確かに、私、陵みたいに強くないし……
『武器だけ、光線銃に変更します』
装備された鞘はホルスターに代わり、その中には銃がきっちりとハマった。妥協案としてはそんな所だよね。
「そんなに気にしなくて良いよ。戦闘になったら、戦う以外にも沢山やる事があるから」
彼の言葉は本当の事だってわかってる。でも、そうじゃないんだよ。
……そうじゃないんだよ。
その想いを口にする事は出来なかった。
「おはようございます。リョウさん、ミレイさん」
少女は私達を見て、ぺこりと頭を下げた。
「おはようございます。レイア様」
彼が丁寧にお辞儀をした。それを真似て私もお辞儀する。
「やーだー、レイアさんで良いですよ。あなた達は対等な方が色々と助かる気がしますから」
「でも、それだと取引先にナメられませんか?」
陵の疑問は最もだし、私は首をブンブン縦に振った。
「じゃあ、その時だけ丁寧にお願いします」
「……わかりました」
陵が負けた。まあ、相手が頭の良い超絶美少女じゃ、陵に勝ち目はないか。
「今日は午後から商談があります。護衛にはリョウさん、ミレイさん、それからブライドさんにお願いします」
ブライドとやらが何処の誰かはわからないけど、取り敢えずわかった感だして頷く。
「えっと、その……ブライドさんはどこに?」
そのブライドとやらの姿は、どこにも見当たらない。私の目が可笑しくなければ……だけど。
「ああ、彼はまだ寝てますよ」
「えっ!?」
「でも、凄い優秀なんです。だから、それで良いのです」
護衛が主より眠ってるとは、これ如何に。
「逆に、そこら辺の几帳面な所はあなた達に任せようと思います」
そう言われちゃあ、仕方がないと割り切るしかないね。
「とは言え、流石に起こさなければなりませんね。顔合わせもありますから」
レイアはブライドとやらが眠っているであろう扉を開けた。
私達は扉の外から中を確認する。布団に包まったままの大男が目に入った。……本当に爆睡してるよ。
少女の小さな手が布団の端を握って、強引に引っ張ると大男はベッドから落ちた。扱い雑だなぁ……
「いっつー……レイア嬢、もっと丁寧に……」
「新人はもう起きてると言うのに、この醜態は……酷くて言葉も出ませんね」
悪態を吐く男に、少女は底冷えのする視線を向ける。まるでゴミを見ているかのようだ。一定数のキモオタには需要がありそう……なんて、他人事ながらに思う。美少女は好きだけど、ロリに見下される趣味は無いかな。
「終わったら下に降りてきてください」
レイアは男を置いて外に出てきた。雇い主に起こされる護衛って、護衛って言うのかな?
「では、下で食事にしましょう」
「「あ、はい」」
私達は雇い主に促されるままに1階に向かった。