第5話-武闘大会最終日②
「陵、大丈夫だった?」
控え室に美玲達が入ってきた。そして、彼女にペタペタと切り裂かれた筈の肩を触られる。
「ん、大丈夫だよ」
触られるのはちょっとむず痒くて、彼女の頭を撫でて、安心させたくて、なるべく柔らかく伝えた。
「相手の人、強かったね」
「だな。初めてだよ、この歳になってから反撃貰ったの」
身体が成熟して技術が馴染んでからは、攻撃を貰った事がそもそも無かった。だからこそ、俺が一番驚いていて、そして、楽しんでいた。
「楽しかった?」
「まあな。大人になって初めて、全力で頭と身体を使ったよ」
純粋に楽しんでいたのは、そりゃあ、いつも傍に居た美玲にはバレてるよな。
「相手選手は何処にいるの? スカウトしたい」
「……だな。エリスはあの男を知ってるか?」
あれ程の強さを持っている、あの男の詳細を知りたかった。
「知らない、今大会初出場だ。リョウ殿と同じでな」
「そうか」
彼のプロフィールは出身国も含めて謎だらけだ。試合前に相手の名前と出身国が表示されるんだけど、残念ながら彼のは不明となっていた。
「相手の控え室に行くか」
「だ、大丈夫なの?」
「ん? ああ、大丈夫だよ」
俺は肩を切り裂かれた程度だけど、相手は間違いなく心臓が止まってる。
この後は三位決定戦が行われるらしいから、表彰式まではそれなりに時間がある。
折角の隙間時間だし、有効活用しない手はないよな。
相手選手……ルビアだったな、彼の控え室をノックした。俺のすぐ後ろには美玲がくっ付いている。
「……どうぞ」
彼は対戦相手であった俺の気配を感じ取ったのか、少し不愉快そうな声音で許可を出してくれた。
「よう、さっきぶりだな」
「……何の用だ? 嗤いにでも来たのか?」
ギラついた視線を向けられた。けど、それは戦った時に感じた程の戦意ではなくて、肩透かしであることがわかる。
「まさか」
肩を竦めて、それは違うと否定する。
「だとしたら何だ?」
「どんな人間なのか気になってな」
ここまで強いんだから、気になっても可笑しくないだろ。
「例えば?」
「所属とかな。出身国も不明って出てたしな」
名前以外の一切が不明で、薄気味悪さすら感じる。
「所属はない。出身国もない」
素っ気なく返されてしまった。彼の瞳には色が映らない。動揺まではいかなくても、反応の一つや二つはすると思ってた。でも、普通に聞く程度だと取り付く島もなさそうだ。
「……そうか」
他に何か情報を引き出せないか考える。
出身国が無い、なんてことは有り得ない。つまり、既に亡くなってしまったか、俺達と同じ異世界転移者かの二択になる。
んー……、思い浮かばないな。だとしたら、先に本題に入るか。
「もし無いなら、だけど、良かったら俺達の国に来ないか?」
その剣の腕を評価して、きっと、彼は手を取らないだろうなと思いながら告げた。
「俺達の……国?」
ルビアは目を白黒させた。言ってなかったのを忘れてた。
「はいはい、私を忘れないでよ。えっと、私は神王国ヤマトの王の美玲です。こっちが王配の陵ね、以後お見知り置きを」
自己紹介の場面を、美玲が一気にかっさらった。
「……俺の名はルビア、膝を追った方が良いか?」
「いや、そのままで良いよ。で、行く宛てがないならウチに来るってのはどうかな?」
ここぞとばかりに美玲がグイグイ行く。
「いや、俺は一箇所に止まれないから」
「なら、所属になるだけなって、好きに旅をしたら良い」
もし何処かと戦争になった時に、彼との戦いだけは避けないと俺が他の戦線に出れなくなる。戦力が少ない今の国の状態で、そうなってしまうと致命的過ぎる。
「……なるほど、だが、俺が好き勝手やらかすとは思わないのか?」
「思ってないな」
俺は薄々気が付いていた。だからこそ、その力が何よりの信用の担保になる。
ああ、そうか。彼の事を知りたいなら、俺が戦って感じた事を、思った事をそのまま聞いてしまえば良いのか。
「……わからないな」
彼は俺を訝しんだ。人を信用出来ない質なんだろうな。
「じゃあ、聞き方を変えよう。……その力は何の為に身に付けた?」
その頂きに只のヒーロー願望では辿り着けないのはわかる。只強くなりたい程度の気持ちで辿り着けないのも理解している。
彼の剣を受け止めた時、何となく、彼の心には雨が降っているように思えた。それはきっと止むことの無いモノなのだろうと思えた。そして、それこそが彼の根幹の強さだ。
俺の刀の鋭さに臆する事なく剣を取れるのは、俺と同じように選び終わってしまった者だけだ。
「多分、お前とは正反対だよ。自分の弱さを恨んだ、俺の只の現実逃避だ」
ルビアはニヒルに笑った
「……まあ、そんな所だと思ったよ」
大切なモノを失わない為に、ただそれだけの為に力を手に入れた俺と、それが全てひっくり返ってしまった世界で、自分に絶望を重ねて重ねて、やがて辿り着いた彼の強さから、その強さを追いかける程の想いがあったことから、何がひっくり返ってしまったのか想像が出来てしまって、思わず気が付いたら苦い顔をしてた。
「勝手に同情するなよ」
「出来ない。それは想像すらしたくないよ」
その世界線はきっと、美玲が何らかの事情で居なくなったか死んでしまったかした世界なのだろう。
……俺には耐えられそうもない。
「そうか」
彼の言葉で辺りは沈黙した。
「好きにしたら良いよ。俺は他の国よりちょっとくらい多く、俺達の国に寄ってくれれば、俺が暇する事は無いだろうな。
……美玲、行こうか」
「んえ、良いの?」
「うん、あんまり説得しようとしても、彼には意味ないよ」
俺達はルビアの控え室を後にした。
武術ってのは、選択する為の道具だ。何かがあった時に取捨選択し自らの大切なモノを残すための力だ。
只只、武術の発展を願い修羅に堕ちた者には、俺や彼のような頂きには辿り着けない。
いや、彼はもう残すべき者を失ったのだから、きっとそれは、修羅に堕ちたと言うのかもしれない。
全てを失ってから、それを受け入れられぬと振り続けられた剣は、とても重く苦しく、きっと、永遠に解放されないのだろう。
そう、だから、試合中に楽しかったんだ。ルビアの剣は空っぽな天才がテキトウに振るったモノではなくて、ちゃんとそこには意思があって、その意志の元に磨かれた剣があったんだ。
「……陵?」
自問自答の嵐が、愛しい人の声で晴れた。
「ん?」
いつも通り、らしい顔で返事をしたつもりだった。
「辛そうな顔してるね」
「ううん、自分が幸せ者だって思ったんだよ」
たまたま日本に居たから、戦争のない世界に居たから、命が重い世界に居たから、俺は俺が強くなるまで脅威に立ち向かう必要がなかった。
そりゃあ、多少はあったけど、きっとこの世界とは数が比べ物にならないはずだ。
彼女を選べる段階で、独り立ち出来たことに、強い幸福感を覚えた。それと同時に恐怖で身が竦みそうになる。
「何するの〜」
美玲の頭をガシャガシャと撫でた。
俺はこの温もりを守る為なら、選択する為なら、なんだって捨てられる。
やっぱり、それくらいの覚悟がなきゃ、どっかで後悔するよな。
**
表彰式が始まって、私は陵と一緒に参列してた。
それなりにちゃんとした感じの式典だったから、手は繋いでないし、光り輝く太陽王モードで参列してる。
めっちゃ視線が刺さるけど、国の宣伝の為だから仕方がないよね。
「大丈夫か?」
「まあ、避けては通れないからね。メディア露出は……」
人に顔バレすることで、色々とリスクも上がるけど、それは理解してるし、承知の上だ。
私が私らしく生きるために、この選択は必要だった。
一つ前にルビアの名が呼ばれ、多少の金銭と有難い言葉が彼に与えられる。
有難い言葉を発しているのは、この武闘大会の開催国であるライゼンヘルス王国の国王様だ。
グレーテル・ライゼンヘルスって言ったっけな。
それにしても、有難い言葉とかマジいらないよね……
私が大会の主催をやる時は、気をつけないとね。
そして、その次に陵の名前が呼ばれた。
「ありがとうございます」
金銭を受け取って、指輪にさっさと仕舞った。
「貴殿が王配であることは間違い無いのかね?」
「はい、そうです。あちらに居るのが、神王国ヤマトの王である美玲です」
会話が聞こえたから、私はニッコリと王様に手を振っといた。どっちも王様だし、この程度で上下関係を付けられても困るから、あくまでフランクに聞こえてますよアピールだけしておく。
私が王で、陵が王配ってのは、冒険者ギルドから情報を得ればすぐにわかる話だし、こうやって一位になった彼を調べない方が可笑しいから、特に嫌な気持ちにはならない。
私だったら調べるだろうしね。
「後ほどそちらに遣いを寄こそう」
「かしこまりました」
「その時に貴殿の望みも聞こう」
「ありがとうございます。では、今はこのくらいで」
陵は綺麗な姿勢で一礼して、王様の元から私の元に帰ってきた。
「大分テキトウにやっちゃたけど」
「良いんじゃない? 無駄に畏まっても、こっちが下ですってなっちゃうから」
「それもそっか」
フランクに何とも思ってないですよアピールしとくのが無難なんだよね。こっちからアピール出来る事が無いから余計にね。
やがて、式典は終わりを迎えて、私達は試合会場を後にした。
私達は屋台を冷やかしながら宿に帰った。
特に真新しいモノや、新しい出会いは無かったけど、ルビアが私達に付いてきた。
どうやら、所属だけは私達の国にしたいみたい。
敵対される可能性が減るだけ、私としてはかなり有難い。
ルビアは私から見ても、陵に似ていると思う。外見じゃなくて雰囲気ね。体格は確かに似てるけど、外見で似てるのはそれくらいだ。
孤高の戦士って感じがするんだよね。……陵は私が絶対に一人にさせないから、大丈夫だけどさ。
ルビアの為に宿部屋を一つ魔法で修理して、使用可能な状態に戻した。
「泊まる場所が無かったから助かる」
「今までどうしてたの?」
「野宿?」
「……馬鹿なの?」
シンプルな罵倒が口から出ちゃった。
「まあ良いや。私達が国に帰るまで好きに使って良いよ。こっちに合わせて貰ってるからね」
私は陵を連れて、自分達の部屋に戻った。
折角、一つの大会で優勝したんだから、二人っきりでお祝いしたかったんだ。
彼の実力だと優勝するのが当然かもしれないけど、私も彼の優勝を疑ったことはないけど、でも、それでも、こうやって何かの大会に出て勝ったんだから、しっかりと祝いたいなって思ったんだよね。
自分の恋人ってより、人生の相棒として、しっかりと彼のことを見てあげたいと思ったんだよね。
人生の相棒がどんなに天才であってもさ、それ故に彼が当たり前に出来てしまうことだったとしてもさ、誰かを打ち倒して得た物なのだから、それは世間一般的に見たら凄いことな筈なんだよ。
「陵、優勝祝いにこれあげる。優勝おめでとう」
魔法で造られた特殊なイヤリングを、私は彼に渡した。




