第3話-武闘大会一日目③
あ、追いかけてるのバレた。
一度距離を取るか……
いや、見失ったらダルいし捕まえよう。
子供を追い掛けながら、俺は裏路地を走ってた。
裏路地は所々にスクラップや、走り抜けられないような障害があったりして、普通の大人だと追い掛けられないようになってる。
スクラップを飛び越えて、壁を蹴って、あの手この手で子供を追い掛ける。
めんどくせぇなぁ……
指輪、ロープを。
『承知しました』
俺の右手にはロープが握られた。と、同時に一気にギアを上げて加速する。
子供の脚が狙える距離で、俺はロープを叩き付けた。
「っつ!?」
足が払われた子供は、その勢いのまま壁に激突した。
「まあまあ、そう躍起になって逃げるなよ」
子供の前に立って、そう告げた直後、そいつの手から砂が投げ付けられた。
俺じゃなきゃ、逃がしてたかもな。
砂埃を右手刀で切り裂き、そのまま走り出そうとした子供の首根っこを抑えた。
「どうどう。どーせ、逃げられないから諦めろ」
「諦められるかっ!!」
「これ以上暴れたら殺すって言っても?」
「うるせぇっ!!」
男か女かわからんが、取り敢えずエネルギーが有り余ったガキだとは思う。
こういう奴は嫌いじゃない。少なくとも舐めプして負けるヤツよりかはな。
「別にお前を捕まえて、どっかに突き出そうってわけじゃない」
「じゃあっ! 離せよっ!!」
「逃げられるのも困るんだよ」
首根っこを持たれて、宙ぶらりんのままガキはジタバタを止めない。
いつ逃げるか、どうやって逃げるか、どうやって生き延びるかをずっと考えている。目が死んでない。
「俺は神王国ヤマトの偉い人なんだけど、その国は出来たばっかでさ、人が足りてないんだよ。
こんな所で盗みしてるより、良い生活出来るぞ?」
そのガキは言葉を聞いて、俺の顔を睨みつけてきた。その後に俺の格好を上から下に見た。
「貴族っぽくない」
「まあ、そうだな」
貴族じゃないしな。
「嘘じゃねえかっ!」
「必ずしも貴族が偉いってわけじゃ無いだろ?」
「は? この国では貴族が絶対だっ!!」
この国は王族より貴族の方が強いのか。
どっちにせよ、俺達の国には関係無いけどな。
「まあ、どうでも良いわ。このまま殺されるか、俺の元に来るか、選べ」
首根っこを掴んだまま、ガキを壁に投げ付けた。
「がはっ」
悪いな、子供の心に響くような語彙力は持ってないんだ。
「殺そうと思えばいつでも殺せる。付いて来た方が楽だと思うけどな?」
「うっせえっ」
ガキの目は死んでない。そのまま、何とか体を持ち上げて走り出そうとする。
……のを、足を引っ掛けて転ばせる。
「っつ」
盛大に顔面から行ったな。でも、顔面をすぐにこっちに向けて"キッ"と睨みつけきた。
「なんだって、そんなに嫌がるんだよ」
あっさり折れるもんだと思ってたんだけどな。
「お前にわかってたまるかっ!」
また走り出そうとするから、今度は足を掬って、ガキの身体を浮かせて壁に叩き付けた。
「がはっ」
なんだろうな。こいつ、ちょっと俺と似てる気がする。
力は無いけど、気持ちの根幹が似てるというか……
……ああ、こいつにはもう、このガキには守る者があるのか。
「守りたい人でもいるのか?」
気が付いたから、俺は説得の切り口を変える。
「っつ……!?」
「なんでバレた?って顔だな。俺も同じだからさ」
驚愕に見開いたガキの瞳は、俺の予想が正しいことを証明してくれる。
「女か?」
「……妹だ」
「そんな弱かったら守り切れないぞ?」
根性や気持ちは俺と同じくらいか、それ以上かもしれない。でも、力が足りないな。
「じゃあ、どうしろって……!?」
「俺に付いて来い。お前が力を欲するなら、くれてやる」
まるで勇者を闇落ちさせる魔王みたいな台詞を、目の前のガキにぶつけた。
「置いて行けねえよ。あいつ……身体が弱くて」
「まとめて面倒を見てやるって言ってるんだ。察しが悪いな」
「はあっ!? そんなの……信用出来るわけないだろっ!?」
ガキの言う通りだ、証明のしようが無い。そもそもが、悪魔の証明に他ならないからな。
「身体が弱いんだって? こんな環境じゃ、どうせ死ぬぞ」
「っつ」
こいつはそんなに馬鹿じゃない。馬鹿じゃないから雁字搦めになって、それでも、守りたい相手を手放せないんだ。
「お前に選択出来る力をくれてやる。だから、俺に付いて来い」
お前みたいな奴、俺は好きだぞ。過去の俺を見てるみたいでさ。
『美玲様より伝言。子供の懐柔に成功し、既に子供達の住んでいる建物に侵入したとのこと』
あーまあ、だよな。俺みたいに不器用じゃないからな。
「俺の仲間……いや、王様が、お前の仲間の建物に居るらしいぞ」
「はっ!? まさか……アイツに、アイツに何しやがった!!」
「何もしてないだろうな。俺みたいに不器用じゃないんでな。
……信じられないなら、取り敢えず向かうしかないだろ?」
ガキにさっさと案内しろと視線を向ける。すると、ガキは一心不乱に走り出した。
多分、件の妹もそこに居るんだろうな。
俺はガキの背中を追い掛けるように、軽めに走った。
**
「そんなに警戒しなくても大丈夫だよ〜」
子供達が沢山いる建物で、私は餌付けしてた。
指輪の中に入っていたパンを、一人ずつ配ってるところ。
どの子供も痩せっぽちで、栄養が足りてないのがよくわかった。
酷いもんだね。
「……ねえ、あの子、大丈夫?」
私をここに連れて来てくれた、シェリーって栗色の髪をした少女に話しかける。
奥の方に寝込んでいて、咳き込んでいる女の子を指差した。
「あの子は元々身体が弱くて……」
「ふーん……」
何か出来るかもしれないし、もし治せたら子供の信頼を勝ち取れる。
太陽王モードは浄化する力があって、病気とか呪いとかをなんとか出来るらしい。
実は使ったことないんだよね。この能力はアマたんから聞いただけなんだ。
「君の名前は?」
「げほ……リリ、ゲホゲホ」
リリ、ね。声もガラガラで咳も止まる気配がない。
指輪、何が原因か解析出来る?
『私を対象に翳してください』
指輪の指示通りにする。
『呪いです』
病気じゃないの?
『はい。何者かによって、肺に呪いを打ち込まれたようです』
こんな小さい子に呪い? そんなことをして、何の意味があるんだろう?
『目的の推測は出来ません。解呪しますか?』
あれ、太陽王モード要らない感じ?
『はい』
じゃあ、指輪に任せた。
『承知しました』
指輪から一つの白色の魔法陣が放たれて、リリという少女の上に浮遊する。
その魔法陣がリリを押し潰すように、下に落ちていった。
眩い光を放って、気が付いた時には魔法陣は無くなっていた。
『終わりました』
早いね。
『o(`・ω´・+o) ドヤァ…!』
うん、ありがとう。
「リリ、で良かったかな? 今はどう?」
小さな女の子に話し掛けた。さっきよりも心做しか顔色も改善された気がする。
「……れ? 咳が出ない」
どうやら、成功したみたいだね。
『成功してます( `-´ )』
指輪が怒った。
ごめんごめん、やっぱり本人に聞かなきゃわかんないでしょ?
「わぁ! 凄いっ!」
シェリーが大きく歓喜の声を上げた。それは段々と伝播していって、今まで私を睨みつけていた子供達の視線も、柔らかくなった。
「このまま……死んじゃう……思ってた……」
リリがポロポロと泣き始める。そうだよね、怖かったよね。
「辛かったね」
小さな身体を抱きしめる。身体はガリガリで、まともな食事が出来ていないことが伺える。
こんなに小さい子が、こんなに追い詰められて、死ぬかもって思うのって、世知辛い世の中だね。
「もう大丈夫だよ」
ゆっくりと撫でてあげると、嗚咽混じりに泣き始めた。
こうやってわかり易く反応してくれるから、他の子の警戒心がどんどん解けていくのを感じる。
この子を助けたかったってのもあったけど、一人を助けたことで大きなリターンを得られた。
うん、悪くない結果だね。
「リリっ!?」
一人の男の子が建物に飛び込んできた。その後ろからは陵の姿が見えた。
って事は、逃げたもう一人の子供があの男の子かな?
「リリから離れろっ!!」
凄い剣幕で、その男の子は怒鳴った。
その言葉は不思議と不快にはならなかった。
この子のことがホントに大切なんだなぁって、一種の心地良さすら感じたよ。
「リリ、説得、してくれるかな?」
だから、私は腕の中にいる女の子に一つだけお願いをする。
そうして、腕の中から外に放った。
「お兄ちゃん、大丈夫だよ。この人は味方」
女の子はすっごい可愛い表情で、男の子に微笑んだ。
「リリ、声、咳も……」
男の子は泣きじゃくりながら、女の子に抱きついた。
「苦しい……」
「ほらほら、あんまり強くハグしちゃダメだよ」
あんまりにもギュッてするから、思わず口を挟んでしまった。
男の子はハッとした顔で、女の子をゆっくりと離した。
「リリはこのパン食べれる?」
周りの子よりもリリは痩せ細っていたから、最近は食事を取る事も出来てなかったんじゃないかな?
「……良いんですか?」
「皆に配ってるし良いよ。私が聞いてるのは、これを食べれるのかってこと」
そんなに硬いパンではないけど、日本の一般的なパンに比べたら硬い。
「食べれますっ」
「キツかったらすぐに言うんだよ。ほら、君も」
リリの兄にも平等にパンを渡した。
「……ありがとうございます」
まだ警戒されてるけど、そこから先は私が言うだけ無駄だし、食べるか食べないかは好きにすれば良いと思う。
「リリ、辛いなら止めた方が良いよ」
「……でも」
苦しそうな顔で、無理矢理にでも食べようとする女の子を止める。
「貸して」
魔法で水球を作って、それに魔法で灯した火を近付ける。
「パンを水球に入れてくれる?」
「う、うん」
水分が多くなっちゃうけど、パンをふやかした方が多少は食べやすいだろうから。
水球を浮遊させながら、それに腕を突っ込んでパンを手で千切る。
手が足りないから、もう一人の私を出して、手を借りることにする。
水で浸して千切られて、しにゃしにゃになったパンを取り出した分身は、女の子の口に突っ込んだ。
「食べれそう?」
「苦しくない……です」
「それは良かった」
味も無いのに、それでも幸せそうに女の子は飲み込んだ。
分身したらそりゃ周りの子供達は驚かない筈もなくて、でも、美玲は全く興味が無いので描写が無いです。
ブクマよろしくお願いします。