第2話-武闘大会零日目
「じゃあ、行ってくるね」
そう言い残して、元々標高の高い場所から、更に標高が高くなった大地から私達は飛び立った。
これから向かうのは、近々武闘大会が行われると言われている、ライゼンヘルス王国だ。
この情報は風の精霊王に与えられた。
信ぴょう性は高いと思ってるけど、もう大会が終わってる可能性もある。
精霊王の時間の感じ方って、多分人とは違うだろうから、もしかしたら、一年が一日くらいの可能性もあるんじゃないかな……
だとしたら、大会が終わってる可能性も高いんだよね。
「まだ終わってないよね?」
「終わってないわよっ!? 私をなんだと思ってるのっ!?」
シルフィーネに怒られちゃった。
「ごめんごめん。でも、精霊って時間の感覚が曖昧なんじゃないの?」
長く生きてたら、もし私が長く生きてたとしたら、きっと一日一日なんて覚えてられないと思うんだよね。
だとしたら、相対的に時間の感じ方が遅くなっても可笑しくないと思うんだ。
「私もついさっきまで曖昧だったわ。でも、ミレイと過ごし始めてからは、人の時間に適応したの」
「へー、そんな事もあるんだね」
なるほどね。じゃあ、期待しても大丈夫そうかな。
「今回は陵に頑張ってもらうからね」
陵には武闘大会に出てもらう。
神王国ヤマトの名前を背負って、全員倒して、優勝して、そして、宣伝してもらうつもりだ。
もしその中に、有能そうな戦士が居たら、スカウトをするのもアリかなーなんて、思ってたりする。
その大会は周辺国家から様々な人物が参戦するらしくて、だからこそ、スカウトし易い環境でもあるんだよね。
「ちょっと楽しみだな。……全員弱くてつまんなかったら悲しい、けど」
珍しく陵が乗り気だった。願わくば、多少なりとも彼が楽しめますように。
**
「降りるよ」
大きな国が見えてきたから、その手前の目立たない所に、美玲は俺達を降ろした。
「行こう」
大きな街壁があって堅牢な要塞にも見えるそれは、一つの門に沢山の人々を集めていた。多分、あそこが入口なんだろうな。
街に入るための順番待ちの列に並んで、俺達も自分の番が来るのを待った。
自分達の番が回ってきて、俺と美玲は冒険者ギルドから貰ったギルドカードを提示する。
特に疑われる事もなく、俺達は街の中に足を踏み入れた。
ここに来る途中で盗賊を見つけて狩ってきたから、盗賊が溜め込んでいた財宝によって懐が潤っていた。でも、入街費用は銀貨一枚と、少し高い気がした。
銀貨は金貨の1/100で、銅貨は更にその銀貨の1/100だ。
街はとても賑わいがあって、神王国ヤマトの人口が少ないが故の静かな雰囲気とは比べようもなかった。
様々な屋台が並んでいて、建物は木製であったり、レンガっぽいのが重なってたりと様々だった。土をコンクリートみたく固めて作ったような建物もあった。
「大会のエントリーって何処でするんだろ……」
俺達は二人してキョロキョロした。うーん、読めない看板ばかりだ。
『視界に映っている看板を全て翻訳します』
指輪の一言をきっかけに、全てが知ってる文字に変換される。
「武闘大会はこちら……か」
「っぽいね。行こっか」
看板に従って、足を進めた。
すると、大きなコロシアムみたいな会場が視界に飛び込んできた。
「……デカイね」
「だな。ここまで大きいと凄いな」
神王国ヤマトの湖程ではないだろうけど、コロシアムの周囲を一周するのですら、とても時間が掛かりそうだ。
「受付は……」
「あっち!」
彼女が指差した方向に向かって歩く。
人が多いから美玲の手を取った。最近、繋いでなかったな。
「陵の手、好きだよ」
「ん」
指を搦めて、彼女は可愛らしくにぎにぎする。
「俺も美玲の手、好きだよ」
「ふふっ」「ははっ」
なんか可笑しくて、つい吹き出してしまった。
「絶対優勝ね」
「負けるわけない」
受付の人に所属国と名前を告げる。
「出場者登録を完了しました。明日の朝9時から開催されますので、遅刻など無いようにお願い致します」
そうやって言われてぺこりと頭を下げられたから、こちらこそよろしくお願いしますと、俺達も頭を下げた。
「宿、どうしようかね」
「美玲の好きな所で良いよ」
流石にこんな宿が良いなんて意見は持ってない。眠れれば何処でも良いよ。
「じゃあさじゃあさ! 折角だし、デートしながら決めよ?」
「良いね。久しぶりに二人だしな」
この世界に来てから、俺達二人だけでデートとして街を歩くことはなかった。
レイアが居たり、他の人が居たり、もし仮に二人で歩いたとしても、それは脳死で楽しめるようなデートではなくて、色々と頭を悩ませる観察視察に近いモノだった。
「ふんふんふふん♪」
美玲はご機嫌だった。こんな俺と一緒に歩くことで、こんなにも機嫌が良くなってしまう彼女に、どうしようもない愛おしさを覚えてしまう。
「ねね、なんだろあれ」
「んー、わかんないな。店なのはわかるけど」
地球では見たことが無い魔導具専門店なるものが、並ぶ商店の一角に鎮座していた。
あまり客足は無かったけど、俺達の興味を引くのには充分過ぎた。
「行ってみたい!」
「俺も気になるから、一緒に行こうか」
俺達はその店に足を踏み入れた。
**
「高いもんばっかだね」
「見てる分には面白いけどな」
魔導具専門店の中には、文字通り魔導具が並んでいた。
暗闇を照らす道具。
水を濾過する道具。
火を起こす道具。
服を一瞬で綺麗する道具。
記憶した魔法を発動する道具。
まだまだ沢山あった。生活用品から戦闘用品、ホントに多種多様な道具が並んでいた。
「これ、刃物を研いでくれるんだって」
「へえ〜……、でもまあ、俺には要らないかな」
ああ、そうだった。陵に魔力を使えないんだった。そもそも、いつも使ってる刀は刃こぼれしないって言ってたもんね。
「美玲、俺はこれ欲しい」
陵が指差したのは“服を一瞬で綺麗にする魔導具”だった。洗濯機を使うより手間暇が楽になりそうだった。
「幾らだろ。……金貨10枚かぁ」
あるにはあるけど、うーん。
「高いけど欲しい」
「そんなに?」
「うん」
「確かに、あったら便利なんだよね」
その魔導具の大きさは、大体30cmくらいで、取り回しも楽そう。
……使い方がわからないんだけどね。
「使い方、聞いてから決めよ?」
「それもそうだな。あっちに人いるよ」
陵が指差した先は、本棚があって人が見えなかった。
「本棚の奥?」
「かな」
本棚の脇を歩くとレジがあって、そこには一人の老婆が居た。
「お婆ちゃんお婆ちゃん、あそこの魔導具の使い方、聞いても良いかな?」
私はちょっとだけ上目遣いに尋ねた。
別に値切ろうってわけじゃないけど、可愛げがあった方が得ってもんだ。
「ほほう。案内して貰っても良いかねぇ?」
一瞬だけ値踏みした視線を私達に向けて、その老婆は立ち上がった。
私は頷いて“服を一瞬で綺麗にする導具”の前に案内した。
「お若いのに、随分と地味で高い道具を選ぶねえ……」
老婆は私達をしげしげと見た。若い子がこういう便利グッズを買うのって、そんなに変なのかな。
「でも、言葉の通りならとっても便利なので」
「ふむ、それはその通りだ。汚れた布を取ってくるから、ちと待っとれ」
そう言い残して、老婆は何処かに行ってしまった。どっかの電気量販店でやるような実演でもしてくれるのかな。
「こういう風に買い物するの、久しぶりだな」
「だね。私は楽しいよ」
めっちゃ楽しいってわけじゃなくて、なんかこう、緩やかな時間を彼と過ごしてるって感じが好きだ。
新しい場所に来たワクワクと、それを愛しい人と共有できる事実は、変えようのない温かいモノなんだと思う。
いつでも幸せだと感じられるだけで、きっと、私が何を差し置いてもここに存在している価値になる。
良かった、陵と一緒に来て。良かった。陵に強さを認められなくて。
「見てておくれ」
老婆が戻ってきて、私達の前で薄汚れた雑巾に魔道具を当てた。すると、当てられた周辺はあっという間に真っ白になった。
「買います」
うん、即決でした。こんなに便利なら、金貨10枚でも安いかもしれない。いや、この金貨の価値なんて知らないけどね。
**
魔導具専門店を後にして、俺達は露店を冷やかしながら、賑やかな街道を通り抜ける。
美玲の右手にはポークフランクみたいなやつが、左手には鶏肉が刺さった串が握られていて、彼女の表情も終始ご満悦だった。
「なんか、あれヤバそうじゃない?」
人混みの多い表通りを外れて、ゆっくり食べようとしたら、何やら厳つい男達が群がっているのが見えた。異世界ヤクザって名付けようか、ヤクザみたいだし。
異世界ヤクザに怒鳴られてるのは四人組の家族で、父親、母親、娘、息子の四人の核家族っぽい。
異世界ヤクザの一人が、娘の手を強引に引っ張る。娘の父親がそれを泣いて止めていた。
指輪が翻訳をしてないから何を言ってるのかは知らないけど、この状況だと借金取りかなんかだろうと軽く想像出来た。
なんにせよ、親の皺寄せがガキに行くのは見てて面白くないな。案内役も欲しかったし、ちょうど良さそうだ。
指輪、言葉を翻訳しろ。
『承知しました』
指輪の言葉を皮切りに、異世界ヤクザと家族の口論が聞き取れるようになった。
「金を返せないのは、お前たちが嫌がらせばかりするからだろうっ!?」
「関係ねえよ。金を借りたんだから、返してもらうのが当たり前だろ? 良いじゃねえか、娘一人売れば晴れて自由の身になれるぜ?」
「そんなの認められるわけないだろっ!!」
「金が返せないってなんでだ?」
俺は少しのやり取りからきっかけを探して、口を挟んだ。
「坊主はすっこんでな」
異世界ヤクザの一人はめんどくさそうに、俺に手をひらひらさせた。……まあ、まだ俺も若く見えるんだろうな。
「お前には聞いてない。金払うから、あなたの家に俺達を泊めてくれないか?」
どうせ宿を探していたし、今ここでこの家族に恩を売っておけば、この街について色々と聞くことも出来るはずだ。文字通り案内役にだってなってくれるだろう。
「こいつらにはその金で黙らせておけば良い」
「おいおい、幾らだと思ってんだよ」
「これで足りないか?」
金貨が大量に入った袋を異世界ヤクザに投げた。異世界ヤクザの表情は驚きを浮かべて、やがて、口をにやりとさせた。
「どこのボンボンか知らねえが、これじゃ足りねえなあ」
もっと取れると踏んだのか、挑発的な笑みで異世界ヤクザが言う。足元見られてんなーって思う。テキトーにボコってお帰り願うか。
そう考えて、一歩を踏み出そうした時、
「私、神王国ヤマトの王の美玲って言うんだけど、その言葉に間違いはないね?」
美玲がこの状況下で初めて口を開いた。
「はあ? 聞いたことねえな、そんな国」
「まあ、最近出来たからね。別に君が聞いたことあるとか聞いてないんだよね。……もし、その言葉に嘘偽りが含まれているなら、君の組織と私の国でやり合う事になるけど、その覚悟は出来てる?
ああ、やっぱ、そんなに回りくどいことしなくても良いや。この場で君には死んでもらおう。不敬罪ってやつでね」
美玲は光線銃を取り出して、異世界ヤクザの上半身を消し飛ばした。
「他国の王様だからって、君ら、ふざけ過ぎじゃない?」
美玲のその言葉を皮切りに、異世界ヤクザ達は尻尾を巻いて逃げ出した。
「美玲、良かったのか?」
前まで、人を殺すのすら躊躇してたのに。
「ああいうのだったら、殺しても良心が痛まないかなって」
「ああ、確かにウザいよな」
「まあ、やっぱり嫌な気持ちになったけどね」
「そっか」
美玲は俺みたいに人を殺す事に慣れられないから、他人事ながら難儀だなと思う。……ホントは、慣れちゃいけないんだけどな。
そんな俺達をボーっと見ていた家族が、ハッとした顔で地面に膝をついて頭を垂れた。