第5話-王の誕生
「ミレイさんっ!」
玄関から外に出ると、レイアが私の胸元に飛び込んできた。
「相変わらず元気だね」
「はいっ!」
あれ…? なんかちょっと、レイアらしくないなって思った。
「ミレイさん、聞いてくださいっ!」
レイアは私の前をぴょんぴょん跳ねていた。そんなに君って子供っぽかったっけ?
「はいはい、どしたの?」
「ミレイさん達が連れてきた皆さんの名簿をこちらに作りました。年齢、性別と種族、それから能力をこちらに記入して貰いました」
んん? あんだって?
私はレイアから差し出された紙を見る。うん、読めない。
指輪、翻訳して。
『承知しました』
レイアの書いた文字が、情報だけ変換されて私の頭に入ってくる。
うーん、新しい情報が多過ぎるね。
でも、取り敢えず言えるのは、この子が有能過ぎる。
「ごめん、レイアが凄すぎてビックリしてる。ありがとう」
「ふへへ(*´﹃`)」
ふにゃふにゃし始めたから、私はそっと優しくレイアの頭を撫でた。
「案内しますね?」
「してくれるの? ありがとう」
可愛らしいワンピース姿の少女に連れられて、私達は長屋根の建物を玄関口に立った。
「ここは女子寮になります」
男女で分けてくれたの? うちの子に勿体無いくらい有能だ……
「いや、ホントに何から何までありがとう。レイアは誰にもやらないから」
「おい…?」「へっ?」
おっと、つい本音が漏れた。
「コホン。えっと、開けていいかな?」
「はい。もう既に王様が来るって伝えてあります」
お、王様…? あ、私のことか。そっか、私は王様なのか。
ぜんっぜん自覚無いから困ったね……
ま、まあいいや。
長屋根の扉に手をかけて、開け放した。
するとそこには、とても綺麗な正座をした少女達が列んでいた。
そして、土下座の容量で一礼した。
「レイア? 何を教えたの…?」
これは年相応の子供がやる事じゃない。
ぎっ、ぎっ、ぎっ、と顔をレイアに向けると、レイアはとても慌てた表情をしていた。
「ミレイさんは王様なんですよっ! 敬われなくてどうするんですかっ!?」
「子供を洗脳しなきゃいけないほど切羽詰まってないやいっ!!」
どうしたもんかなぁ……
あ、でも、これはこれで私を偉い人って認識してくれるから楽で良いのかもしれないね。
私はパンパンパンと手を叩いた。
「脚、崩して良いよ」
「ミレイさんっ!?」
「良いから。別に私、そんな困ってないし」
レイアが非難轟々だけど、それは一旦無視しておいて、
「えっと、初めまして。この国の王の美玲です。
私は一応偉い人だけど、食事はこの世界の主神であるアラティナさんが用意してくれるので、そっちに感謝してね。
それから、天照大御神様がこの家を作ってくれたんだから、皆必ず一日一回は石像にお礼参りするんだよ。
私が言う事はこれくらいかな、後はなんかある?」
「……わかりました。後は私がやっておきます」
え、なんかめっちゃ睨むじゃん!? レイア、顔怖いからっ! 顔っ!?
「皆さん、あんまりミレイさんの言葉を真に受けないようにお願いしますね」
え、何そのスマイル、え、超怖いんだけど…えぇ……
**
美玲の言葉一つ一つを聞く度に、レイアの顔が酷い事になっていくのが面白過ぎる。
まあ、美玲に王様の威厳とかあったもんじゃないしな。
そんな人が王様ですとか言ったって、ほぼ確実にナメられるだけだ。
多分レイアの対応があってる。
女子寮の次にやってきたのは男子寮だ。先程とは打って変わって人気が少ない。男女比が異常だって事がよくわかった。
女子は70くらい居たのに、男子は30も居ないんだろう。
美玲は先程は少し戸惑いを見せていたのに、今回はあっさりと扉を開けた。
中には俺よりも年を取ってそうな男も居たし、少年と呼ばれても可笑しくない男の子も居た。
まあ、男は力仕事に向いてるし、そういう事なんだろう。
でも、こっちは向こうの部屋とは違って、皆が正座&土下座はしなかった。年取った勢が美玲を見てもツーンって感じだった。
それを見てレイアが結構キレてるけど、腕力で勝てなくて言いたいこと言えないって感じかもしれないな。それか、言うことは出来ても強制力がないか……
若いガキに下げる頭は無いって感じだな。まあ、そんなもんだろう。
「足崩して良いよ。私、偉い人だけど厳しくないから」
偉い人“らしい”とか“一応”とか言わなかっただけ、さっきより進歩だな。
「えっと、初めまして。この国の王の美玲です。
私は偉い人だけど、食事はこの世界の主神であるアラティナさんが用意してくれるので、そっちに感謝してね。
それから、天照大御神様がこの家を作ってくれたんだから、皆必ず一日一回は石像にお礼参りするんだよ。
私が言う事はこれくらいかな、後はなんかある?」
「美玲さん、さっきの反省は無しですか……?」
うん、まあ、文言も全く一緒だし、美玲はどうでも良いとか思ってそう。
「えー、別になんも言われてないしぃ?」
「なんてテキトウなんだこの人」
はぁ…と、言いたげな表情を浮かべてレイアは大きく肩を竦めた。
「おい」
俺達の前に、大男が現れた。さっきも頭を下げなかった奴らの一人だ。
「なに?」
美玲は滅茶苦茶嫌そうな顔をした。
「お前、本当に王様なのか?」
「だとしたらどうすんの?」
「だったら、お前を殺せばここから出られるって事だな?」
ああ、こういう奴も居るのか。まあ、そりゃあそうか。一人くらい居ても不思議じゃないよな。
「陵、躾けられる?」
俺の出番か。
全力で体重を乗せて拳を振り抜いた。腹部を貫いて、大男はくの字に曲がる。派手に吹っ飛んで、壁に激突した。
「とまあ、私、別に厳しくないけど、ナメてるとタダじゃおかないから覚えといてね」
美玲はそのまま長屋の外に出て行ってしまった。俺とレイアも顔を見合わせて外に出た。
「ミレイさん、やれば出来るじゃないですか……」
レイアは調子が狂ったように呟いた。ついさっきまではホントに緩いだけの人だったからな。
「まあ、ああいうの嫌いだから、きっぱり示したかっただけだろ」
多分、もう既に彼女の中に線引きは出来ているように思えた。でなければ、俺に態々制裁をさせようとはしないはずだ。
**
「アマたん、アラティナさん」
湖の前で何やら言い争いをしている彼女達に話し掛ける。
「あ、目覚めたんだね」
「おはようございます」
アマたんはめっちゃ軽い感じで、アラティナさんは綺麗に一礼した。
「私が王様としてやっていけば良いのかな?」
「まあ、そういう事になるね」
王様で良いの? と、確認してみても、アマたんからは要領の得ない答えが返ってきた。
「あんまりアマたんからすれば、王様とか関係ないの?」
「いや、それは無いかな。私が主神の国を保有する王は、皆が等しく私の眷属だからね。
何となく能力を貰ったとか、そんなちゃちなもんじゃないし」
それにしては反応が微妙なのはなんで?
「えっと、その、言い辛いんだけどさ」
「?」
アマたんが言葉通りにとても言い難い顔をしていた。
「その、ごめんね。ちゃんと説明するべきだった」
「……ああ、うん」
記憶が無くなったことを言ってるのかな。
「僕はさ、死ななければ良いって思っちゃうからさ。その、不安にさせるとか怖い思いさせるとか、考えてなかった」
尻すぼみになっていく声が、とても聞き取り辛い。聞こえてはいるけど。
「でも、悪気があったわけじゃないんでしょ?」
嫌がらせしたくて、あんな事をしたわけじゃないじゃん?
「まあ、それはそうだけどね」
アマたんは苦笑いを顔に張り付けた。
「じゃあ、それに文句を言うのも筋違いだし、忘れて良いんじゃない?」
少なくとも私は文句を言う気にはなれない。色んな物を貰い過ぎているし、謝られなければ話題にする気もなかった。
今、湖の周囲には少し古臭い日本の家屋が並んでいる。それを建造する事が簡単でない事は容易に想像ができる。
だからこそ、ああいう後遺症は必要な代償だったのではないかと、そうも思えてしまう。
私が陵との日々を忘れてしまった事実を受け入れることは、まだ、当分先になりそうだけど、それとこれとはまた別問題だからね。
たかが後遺症程度で陵との生活の一端を忘れるなんて、思ってもみなかった。ちょっと悔しい。
「みっちゃんがそう言ってくれると助かるよ」
アマたんはにへら、と笑みを浮かべた。
「ま、それは良いんだけど、この国の名前どうする?」
私が神々の元を態々訪れたのは、まだ言い争いしてんの?って不満を言いたかったのと、国の名前を決めてもらうためだ。
「その件なのですが、私から提案があります」
「?」
アラティナさんが珍しく口を開いた。あんまりこの神サマはお喋りしたことないんだよね。
気軽に話し掛けて良いのかもわからないしね。この世界の最高神サマなわけで、やっぱり気にしないわけにはいかないよね。
「神王国を名乗ってください」
神王国……?
なんかめっちゃ宗教してそう。
「聖王国に対するカウンターとして、そう名乗るのもアリだと思ったのです」
「あー、ね。本物の神様はこっちに居るぞって?」
「そういうことです」
そういう理由なら、国の名前を神王国って名乗るのも悪くないかもね。
「神王国の後になんて名前にする?」
神王国の後に、何も続かないのはちょっとセンス無いと思うんだよね。
「神王国ヤマトってどうかな?」
アマたんが口を開いた。なんか安直だけど…まあいっか。
「おっけ、それで行こうか」
陵に視線を向ける。彼はゆっくりと頷いた。
「ああ、天照大御神、私からも複数の力を授けて宜しいでしょうか?」
アラティナさんは何やら物騒な事を言い始めた。
「それは僕じゃなくて、みっちゃんに聞きなよ」
アマたんが良いって言っても、私が断るかもしれないしね。
「私は要らないけど」
アラティナさんの像に祈れば食事が貰えるとか、アマたんが建物を造ったりとかしたから、これ以上に欲しい物なんてない。
「そ、そうとは言わずにですね。天照大御神の眷属というだけだと、私が困ってしまうのです」
「どんな風に?」
アマたんの眷属だと何が困るんだろ?
「ここは私の世界です。それなのに、他世界の神の眷属が猛威を奮っている。それは私からしたら、面白くありません」
「いや、知らんけど」
勝手に攫ったのそっちだよね?
「なので、なので、私の力も受け取って貰えませんか?」
少し焦ったように彼女は言った。
「受け取るとどうなるの?」
「生活が楽になります」
「いや、そっちじゃなくて、デメリット」
受け取るだけ受け取って、何も無いってことは無いんでしょ?
そんな簡単に神の力とやらが使えたら困っちゃうよ。
「そんなもん、ありませんよ。強いて言うなら、聖王国を打倒して欲しいくらいです」
「ホントに? ちょっと信じられないかな」
怪しいなとか思っちゃう。
「えいっ!」
「うわっ!?」
アラティナさんに何かが投げられた。それは私の胸元に飛び込んできて、すっと中に入っていった。
「な、何したのっ?」
「能力を投げただけです。返品は受け付けません。好きにしてください」
アラティナさんは最高神サマらしくない態度で、一気に捲し立てた。
「……はあ、諦めます」
なんか、色々と貰っちゃったな。
**
「りっくん」
美玲が最高神サマに色々と聞いていると、アマたんがこっちに話しかけて来た。
「俺なんかに構ってて良いのか?」
「まさか、大本命はりっくんだよ」
その物言いに思わず表情を動かしたくなった。
「どうした?」
「みっちゃんの件、ほんとにごめん」
「……美玲が気にしてないなら、俺が気にする事じゃない」
終わった事だから忘れてたけど、記憶を亡くした当初は心臓が止まるかと思ったし、気絶した時はどうしたら良いかわかんなくなった。
「それだけ、伝えたくて。僕は人の感性をあんまり理解出来てないみたいでね」
「それ、俺に言っても意味ないぞ」
多分、俺は普通の人の感性を持ってない。
「んまあ、そうかもしれないけど。でも、君は人だよ。みっちゃんの事を心の底から愛おしいと思ってる。
その気持ちだけで、全てをひっくり返せる気でいる。
……その感情は人が持つものだよ」
美玲に何かがあった時に、何もひっくり返せないのなら、俺の存在意義なんて無いも同義だしな。
「みっちゃんばかり、貰ってるね」
「あいつは俺とは違って、色んな縁を大切に出来る人だ。だから、その縁から力を貰うなら、それはもうあいつの力だ。貰う行為を生み出すことが彼女の強みだよ」
俺は何でもかんでも一人で出来たからな。誰かに頼る必要なんてなかった。
「確かに、そうとも言えるかも」
「でも、それを傲るわけじゃない。だから、人が集まるんだよな」
〇〇のお陰で10点上がったんだ。なんて、死ぬほど聞いた。
〇〇のお陰で体育祭上手くいったんだ。なんて、死ぬほど聞いた。
〇〇が居たから、文化祭が上手く回ったんだ。なんてのも、死ぬほど聞いたな。
「王様らしいと言えば、王様らしいんじゃないか?」
「ふふ、そうかもね」