第4話-建国
アマたんが美玲の頭に手を置いた。
それと同時に、物凄い地響きが鳴る。
地面が隆起し、競り上がり、湖の周りに様々な建物が建てられていく。
和風な建物が並び、俺達が居た日本よりも少しだけ古めかしい町並みが並んでいく。
地面は縦に揺れて、少し脚が痛くなるほどだ。
檻に入っていた者達は、青ざめて地面にへたり込む。子供が大半だから、と言うよりも大人がへたり込んでも不思議では無いと思う。
地面が揺れ、生える様に建物が造られているのだから、これは奇跡なんかではなく、ただの天変地異だ。
美玲は王になるらしい。
お前、そんな柄じゃないだろ。そんな風に毒突きたくもなる。
ちょっと流石に、何の相談も無いのは傷つくな。
何か役割をやると言うのなら、予めその半分を俺に渡して欲しいと思う。
……まあ、そんな事を思いながらも、彼女には好きに生きて欲しいと思うのだから、そこまで見透かして俺に相談をしないのであれば、それはそれで彼女らしいなと思う。
檻に入っていた100人と俺達で、建国しようってんだから、ホントに意味わかんねえよ。
その100人すら、今後この地に残るかもわからないってのに、そんな小さな国を作って、美玲はいったい何をしようって言うんだ。
やがて、揺れが収まった。
今までの石頃だけの地面の寂しい雰囲気は消え去り、至る所に建物が並んでいた。
石頃だけの面影は、建物の端端に残ったままで、此処が湖のすぐ側である事はすぐにわかった。
湖の周辺に多くの建物を生やした彼女の力は、天照大御神の名に相応しい圧巻の能力だった。
「きゅ〜っ」
「美玲っ!?」
美玲が目を回して意識を手放した。俺は倒れかけた彼女を抱え込んだ。
**
「ミレイさんっ!?」
リョウさんが倒れたミレイさんを支えた。
地震は起きるし、建物が生えてくるし、ミレイさんは倒れるし、何が起こってるのかを把握は出来たけど、頭が全く追いつかない。
「アマたん、これは?」
リョウさんが不安そうな目を、アマテラスオオミカミ様に向ける。
「王になる為に、私の眷属になる為に進化したんだよ。そしたら、倒れちゃったみたいだね」
「……大丈夫なのか?」
「うん、大丈夫。もしかしたら起きた時に記憶が混濁してるかもだから、起きる時に一緒に居てあげて」
記憶が混濁する……って、一体どこまで?
「わかった」
リョウさんの表情は硬かった。
何を考えているのかはわからない。わかるのは、彼にも彼なりの不安を抱えた上で、飲み込んだということ。
「レイアも付いて来るか?」
お姫様抱っこをして、ミレイさんを抱えた彼は私を見るなり、そんな事を言った。
気を遣ってくれてるのかな。
「大丈夫です」
「そか。何もされないとは思うけど、嫌な事は嫌って言うんだぞ」
最高神様がこの場に二柱も居る。私なんかが居て良い場所ではない。
でも、もしそうだとして、そうだからって、私が彼女を見守る事に何の意味があるのだろう。
リョウさんだけで充分だよね。
彼は彼女を抱えて、家の中に戻っていった。
私は私に出来る事をやろう。
此処には私と同い年の子供が沢山居るんだから、私がまとめれば良いんだ。
**
「レイアだっけ? そんなに肩に力入れなくて大丈夫だよ」
僕は思わず息巻いている少女を見て声を掛けた。
「ミレイさんの助けになりたいので。きっと、それは今だから」
おっと、こんなに可愛い美少女をここまで陶酔させるなんて、みっちゃんはこの子にいったい何をしたんだい?
少女は、みすぼらしいままの格好をしている子供達に近寄って、何やら話し始めた。
子供達は檻から出たばかりで、事情も掴めないままだろうし、みっちゃんが起きるまでそのままって訳にもいかないよね。
りっくんはそのままにしたけど、レイアは流石にそういうのがわかる子らしい。
三人で調度良い感じにバランスが取れてる気がするね。
みっちゃんは元々、人の為に自分を潰せる子だった。
りっくんは元々、みっちゃんの為だけに剣を振れる子だった。
レイアって子は、そんな彼らに心酔に近い感情の形を持ってる。
多分、あれくらいしっかりしてる子なら、きっと彼らの助けになってくれるだろう。もちろん、逆も然りだよね。
僕は少女から視線を切って、想いに耽った。
……多分、りっくんには嫌われたかな。
あの不安そうな視線を、彼から向けられるとは思わなかった。
人って絶対に無事だとわかっても、先に一言告げられないと、受け入れられないんだよね。
気絶した当の本人は、何も伝えてないけど起きたらケロッとしてると思う。
でも、自分よりも大切な人が気を失うって事は、人にとっては自身の事よりも不安になるんだ。
神である僕は死なないのがわかってるから気にしてないけど、人であるりっくんは死なないのが仮にわかっていたとしても、多分気にすると思う。
これだから、神が人に介入するのは難しいんだよね。
価値観が違い過ぎて、人としての文化はあっという間に消滅する。
しかも、僕達神々からすれば、人の命なんて吹いて消えてしまう程に儚く脆い。
だから、聖王国とやらにも直接介入なんて、出来ようがないんだ。
この世界を滅ぼす前提で、僕が生きる命に何ら思わない暴君であったのなら、きっと、こんな不要な考えを持つ事も無かったんだろうね。
後で頭を下げるくらいしか、りっくんの信用を回収する術は無い。
多分、それで許してくれる。価値観の違いとかも、受け入れられない人じゃない。
逆に言えば、物で釣るのは無理。
彼らは与えた物を受け取って、確かに感謝はしてくれるけど、心までも陶酔する訳じゃない。
だから、変わらずに友人として接してくれているのもわかってる。
これはこれ、が出来る人達だから、神である僕を見ても何も思わないんだ。
僕は神、でも友達だから関係ない。
かつての引きこもりヲタクには、そういうのが代えようのない宝物だったりするんだよね。
天照大御神は生粋の引き籠もり神だから、ね。
**
「ん……ここは……?」
ベッドの上…?
異世界に来て、レイアと出会って…それで、えっと……
「美玲?」
顔を上げると、心配そうな陵の顔が映った。
「アマたんに建物を造ってもらった時に、そのまま倒れた。……覚えてないか?」
彼は寂しそうな顔をしていた。私の記憶の一部が欠損してる…のは、何となく予想が出来た。
「覚えてない」
「ん、わかった。じゃあ、何処まで覚えてるか確認して良いか?」
彼は優しく提案してくれた。大人しく頷く。
「んー……、この家は覚えてる?」
「ううん、覚えてない」
ここが何処かわからない。
「そっか、じゃあ次な。車で逃げて来たのは覚えてる?」
私は首を横に振った。
「ん、じゃあ次だな。レイアと出会ったのは覚えてるか?」
「うん。襲われてたのを助けたよね」
「おーけー、じゃあ、そこからゆっくり思い出していこうか」
記憶が無いと決まってしまった私は、彼の言葉に頷きを返すしかない。
だって、記憶が無い私よりも彼の方が信頼出来るから。
「そんなに心配そうな顔するなよ」
「ううん、ありがとね」
心細い感じはするけど、陵が居てくれるから大丈夫。
「魔族を倒したのは覚えてるかな?」
「魔族……? ああ、レイアのお兄さんだった奴?」
忘れてたけど、思い出せた。
「そうそう、じゃあ、次ね。その後どうしたっけ?」
「その後はレイアとフード男とエルフと一緒に宿に泊まった」
少し思い出すのに時間が掛かったけど、うん、思い出せた。
「合ってる。じゃあ、その後にレイアの父親を俺が殺したのは覚えてるか?」
陵がレイアの親を殺した……? なんで……?
いや、理由はあるはずだから、動揺してる場合じゃない。
「ああ、んっ、痛い……」
陵が首を切り飛ばしたのは思い出した。けど、頭が痛い……
「うぅ……」
「一旦休もうか」
「嫌だっ」
君と過ごした日々を忘れてしまったままなんて、嫌だよっ
「お願い、付き合って」
「でも、そんなに頭も痛そうだし……」
わかってるって、頭が割れそうで死にそうだ。
「陵と過ごした日々を忘れてるの、私は嫌なのっ……」
「美玲……」
「不安なんだよっ、陵と過ごした日々すら忘れちゃったら、私にいったい何が残るの……」
嫌だ。一日でも多く大切にしていたい。忘れてなんかいたくない。
頭痛がするとか、それが酷いとかどうでも良いから、だから、付き合ってください……
「……わかった。じゃあ、続けようか」
「ん、ありがと」
**
結局、美玲が全てを思い出すまで、約半日は掛かった。
一つ思い出す度に頭を抱えて、痛そうにしている彼女を見ると、俺の方が辛いと、そう錯覚してしまうほどに辛かった。
「陵、ありがと」
「どういたしまして」
一瞬でも忘れてしまった彼女の方が、忘れてしまったという事実が、自らが所詮は只の人間であると突き付けられてしまった彼女の方が、よっぽど辛いに決まってるのに。
きっと、俺の心の表情も彼女には読まれてしまってるのだろう。
「ごめんな」
「……何が?」
俺ばかりが悲劇のヒロインみたいな顔してる。美玲は必死に前を向こうとしてるのに。
今までを大切にして、常に未来を見ているのに。
「ううん、何でもない」
「何でもなくない」
顔を背けようとしたら、強引に両手で彼女に視線を合わせられた。
「何でもないなら、何で逃げるの?」
「うっ……」
なんて言い訳をしたら良いのか、それとも、こんなに弱い部分を伝える事が許されるのか、俺にはわからなかった。
「陵、口に出してよ。それが君の気に入らない感情だったとしても、私が受け止められないと思うの?」
そうやって答え合わせをしようと言われると、もう今度は、口を塞ぐことすら許されなくなってしまう。
「美玲がさ、思い出そうとしてるの見てさ、辛かったんだよ。それだけなんだ」
凄い単調な感情で、だからこそ、こんな物を抱いてしまった事に気色の悪さを感じる。
美玲の方が大変な時に、俺がそんな感情を持ってしまった。
「なんだ、それだけなんだね」
彼女はあっけらかんにそう言った。きっとそれは、表情のままの内心を抱えているわけではない。
それくらいは、俺にもわかった。
「俺が弱いからさ。だから、あんまり美玲にそれを背負わせたくないんだよね。美玲の事は護りたいし、大切にしたいからさ、傷付ける事はなるべくしたくないんだ。
……今みたいに」
俺も彼女の真似をして、答え合わせをしてみよう。
「え、えー…なんの事かな?」
「誤魔化すの下手かっ!」
「「ぷっ」」
何だか可笑しくて、二人で吹き出してしまった。
思いっ切り、一頻り笑った。
「これが私達らしいよ。二人で傷を作ろうよ。私達は綺麗には生きられないんだから、こうやって生きていこうよ」
「だな。こうやって二人で居れば、そんなに辛くないかもな」
不思議と心にあった渦巻いていた辛さが、白紙に戻っていくのを感じた。