第11話-最後の依頼②
公爵とか言ってた気がしたんだよねえ…………
殺しちゃったねえ…………
あはは……過ぎちゃったものは仕方ないんだけどさ。
私も大型ビームライフルで、騎士さんをまとめて溶かしちゃったし、取り敢えず、この国では暮らせないだろうね。
あ、ねえ、この国から脱出するのに楽な道具ってある?
『自動車があります』
……へえ、へー……
……え? なんで?
『天照大御神様がお年頃だし、ドライブデートはしたいだろうって……』
うーん……嬉しいけど、ニヤけるほどに嬉しいけど、ファンタジー世界に似合わなさ過ぎて、ちょっと複雑な気持ち。
でも、免許取ってなかったら難しいと思うよ?
『その点は私がサポートさせて頂きます』
ん? ああ、いやいや、私、免許持ってるしサーキットでも爆走した事あるからそれは大丈夫。操作方法さえわかれば全然イケる。
『美玲様、つかぬ事をお聞きしますが、先日まで高校生……』
うん、校則破って免許勝手に取ったよ。自覚もあるし確信犯だったけど、別に乗らなきゃセーフだしね。
……まあ、乗り回してたし、なんならもう何回か陵とドライブしたけど。
『言い訳が全て台無しですね』
あ、ただマニュアル車は嫌だなぁってのと、あと、燃料はどうなってるの?
『太陽電池で通常走行を可能にしています。が、先程の光線銃の様に外部からエネルギーを送り込んで、稼働させる事も可能です』
さっきの大型ビームライフルは、私の特殊な力を送り込んで稼働させた。アマたんから貰った力が色々と作用したみたいで、私は神力ってのが使えるんだってさ。
『美玲様は実質、神の末裔みたいな所があるので』
そんな事言われても、本当によくわかんない。これに関してはマジで親から聞いた事もないし、指輪が唐突に言い始めた事だから、ほんっとに心当たりない。
『あと、天照大御神様の眷属……という扱いにはなっておりますので』
アマたんの眷属になった気は無いんだけど、アマたんから力を得てしまったら、そういう扱いになっちゃうんだってさ。
車出せる? さっさと、車に乗ってズラかろうか。可愛い可愛い美少女が今回のお宝だったね……ってね。
指輪が出現させた車は、見た事ない形だったけどSUVっぽい。4ドアのファミリータイプだね。
なんか屋根上に色々と装備されてて強そうな感じになってた。ちょっと横幅も大きくて、亀みたいな印象を受ける。
あと、フロントにホイールローダーのバケットが付いていて、正面からぶつかられても強そうな構造をしてた。
うん、厳ついなあ…………
あ、忘れてたけど街中って走れるのかな…………
『大きめの馬車も通ってましたし、相当に混んでなければ通れるかと』
いや、街中じゃ多分無理でしょ。人を轢くのは流石に嫌だよ。
「陵、レイアさん、取り敢えず、街を出ようか」
街の外まで、徒歩で移動する事にした。車はお披露目だけで仕舞い直し……だね。
屋敷の外に出ると、さっきまでの争い事がまるで嘘のように感じられた。日が沈んでいて、静寂に襲われた気分になる。
「……ちょっと、心細くなるね」
この世界に来てから、こんなに静かな街並みを歩いた事は無い。
「そうだな」
レイアが居る手前、恥ずかしくて彼の手は握れないけど、でも、人肌が恋しくなった。
「レイアさん、街の外まで案内して貰っても良いか?」
「わかりました。行きましょう」
陵の頼みで、レイアが私達の前を歩いて誘導してくれる。
「ほら、行くぞ」
彼は軽く手を握ってくれた。すぐに離さなきゃいけないから、ほんの一瞬だったけど、そういう所、好きだよ。
私達は夜を走った。屋台や食事処など、夜でも賑わっている場所も存在したけど、今は目もくれずに走り抜ける。また今度、どこか別の街で。
レイアは衛兵に顔が効いた。そのまま街の外に私達はくり出した。街の大きな壁をくぐり抜けて、昼間で有れば人が多いであろう馬車道に出た。
車を。
『了解しました』
さっき出してもらった車が姿を現す。
「乗って!」
後部座席の扉を開けて、レイアを乗り込ませて、私は運転席に座った。陵は助手席だ。
「夜のうちに出来るだけ離れるよ」
エンジンをかけ、フロントがライトアップされる。ロービームじゃなくてハイビームで良いよね。
燃料は満タン。何処まで走れるかな……? 今は夜だし、走った傍から充電されるわけじゃない。
「あ、レイアさん、地図とかあったりする?」
「え、ええ、はい……」
陵がナビゲーターになってくれるみたい。レイアの手から、紙の地図が渡される。
「なるほど、近間の馬車道と隣国までの経路はわかった。隣国に逃げる? それとも、完全に一旦は身を隠すか……」
「私としてはどちらでも……って感じだね。……走りやすいのは?」
「それは当然、隣国に繋がる道だな。でも、この車が目立つ」
「おっけ、わかった。夜が過ぎて走れなくなったら、馬車道から外れよっか」
今後の方針を軽く決めて、アクセルを踏む。重くがっちりとタイヤが地面を捉えるのがわかる。お、四駆じゃん。パワーありそう。
車は走り出した。
**
リョウさんとミレイさんは、前で楽しそうに笑ってる。この道具は馬が要らない馬車で、車って言うらしい。
横の窓の外は暗くて何も見えない。でも、前を見ると、私が知らない速さで走ってるのがわかる。
座り心地も、馬車なんかより全然良い。何だかよくわからない夢みたいだ
父が死んだ。それ事態は良いことだ。私にとって百害あって一利もない男の死なんぞ、望んで然るべきだ。
父に遊ばれた母を知っていた私は、半ば反抗的な態度で、沢山の勉強をした。
兄に、姉に、人に、負けないように。二度と母と同じように遊ばれないように。
兄も、姉も、私が嫌いだった。きっと、私ほど勤勉ではなかったから。自分が怠惰な事が、自分でわかってしまうから。
そんなもの、私に文句言われても困る。あなた達とは違って、私は純粋な貴族ではない。
母のように遊ばれて、捨てられて、苦しい人生になるんだ。頭が良くないと。
だから、兄に殺されかけた。ただの八つ当たり。
だから、死んでくれてせいせいした。
……それでも、目の前で死んだ父を見て、胸が痛かった。母が死んで、私の身柄を預かった男。私からすれば、父と呼びたくない人物。
けれど、生きる術を与えてくれたのは事実だった。でも、それは父が私から搾取する為でしかなかったことも理解している。
頭では正しいってわかってるのに、心が軋んだ気がする。窓に一瞬だけ映った私の顔は、商売を始めてから見た事ない表情をしていた。
……酷い顔。
怒る事も出来ない。泣く事も出来ない。感情が抜け落ちた、そんな顔。
「……はあ」
ミレイさんとリョウさんに連れ出されて、色々と掻き回されて……ううん、掻き回してもらったが正しいかな。
「深刻そうな溜息吐いてるな」
「!?」
ぼーっとしてて、リョウさんが近くに来たことに気が付かなかった。そのまま彼は私の隣の席に座った。
「流石に父親が死んだのは堪えたか? ……別に、恨んでくれても良いよ」
「いえ、それは。必要な事だったって理解してますし」
あそこで父を殺さなければ、私達はあんなにも簡単に屋敷から抜け出せなかった。応援でも何でも呼ばれて人が増えれば、本当にキリがなかった。
「……まあ、言い辛い事ではあるけど、別に抜け出す為だったら必要な事ではなかったよ。殺したのは、俺のただの自己満足だ」
そうは言うけど、私にはそうは見えなかった。……ああ、そういう事か。
「……もしかして気遣ってくれてます?」
らしくない事をするなって思った。ミレイさんなら何となく想像しやすいけど、リョウさんって基本的にそういうのに興味が無い人だと思ってたから。
「バレたか。……流石に気にするよ。一応、俺が殺したから。君の前で」
世間一般的に見れば、確かに子の前で親を殺すなんて、なんて惨いことを……って言われるかもしれない。
でも、そうじゃない事くらいわかってると思ってた。それとも、わかってる上で気遣ってくれてるのかな。
「らしくない事をするんですね」
「むっ。……まあ、こういうのは美玲の役目だよな」
こういう軽口を叩いても怒らない人が、身近に居ること事態が、そもそも私には珍しい事で、実は意外にも新鮮さを感じてたりする。
だから、度々相談を持ちかけてしまった。なし崩し的に強引な依頼をしてしまった。
「ふふ、ありがとうございます。どっちかと言うと、穴がぽっかり空いてしまった感じです。
私の家庭環境が複雑で、その複雑な環境から抜け出してしまったから、これから何をすれば良いのやら……」
空間魔法があるから、荷物の運搬とかしてればお金は稼げるし、特に困ったこともない。ああまた、相談をしてしまっている。
「商人は辞めるのか?」
「あれは……家族に対する反抗みたいなものですから」
私の母を貶めた敵を、いつかぶっ壊してやろうと思っていただけ。
「そか。……もし良かったら、俺達についてこないか? 色々と事情があって、俺達はこの世界を詳しく知らないんだ。もちろん、身の安全は出来る限り保証する」
この世界を詳しく知らない。……どういう事だろう? でも、今聞いてもはぐらかされるのは直感していて、聞こうとはならなかった。
「主従の関係……ではなく?」
確かにもう主従の関係は終わる。
私はあの国で築いた地位が無くなってしまったから、彼らを同じように雇う事は出来ない。少なくとも、新たな条件で彼らを雇い直す必要がある。
「そうだな」
「私は構いませんけど、そちらに利益なんてあります?」
お金を払わなくても守ってもらえるってこと……だと思う。虫が良過ぎる話だ。
「わからない事を教えてくれれば良いよ」
ああ、この人は、私が積み上げた知識を欲してるのか。まあ、それなら納得しても……良いかも。
「では、お願いします」
どうせ、暫く商人をする気にはならない。
「よろしく、交渉成立だな」
あくまで対等な立場で、彼らと付き合っていく事になった。
**
「寝ちゃったね」
ミラー越しにレイアの寝顔が写る。
「疲れてたんだろ。……美玲は?」
「んー、まあ、それなりにかな」
そりゃ、疲れてますとも。でも、逃げなきゃいけないからね。
「俺が運転出来ればな……」
「運転するのは好きだから、別に良いよ」
風を切って走るのはとても楽しい。しかも、今は制限速度が無い。飛ばし放題だ。
……まあ、何があるかわからないから、程々にだけどね。
「レイアのシートベルト、しめてくれたよね?」
「もちろん」
「じゃあ、もうちょっと飛ばしても良いかな?」
「良いんじゃない?」
軽い言葉に押されて、私はアクセルを踏む。
「ねえ、陵」
やりたい事があったんだ。
「ん?」
人を知った気になってお節介するのは、私らしくないんだけどさ。
「レイアの事なんだけどさ」
「うん」
「もうちょっと可愛がっても良いかな?」
それなりに長い付き合いになる気がしたから、だったら、もっと距離を近くしても良いんじゃないかなって。
「任せるよ。俺は止めない」
「んーん、付き合ってもらうよ?」
レイアの事、もっと甘やかす大人が居ても良いと思うんだ。
悪意に晒されて、それに立ち向かって、それすらも壊されてしまった少女の事が、なんか、とても気に入らなかったんだよね。
「俺も? ……美玲に嫉妬されるのは嫌だなぁ」
「誰が子供にするかっ!」
ホント失礼だね。こういう所は今になっても変わらないんだから。
「……大丈夫だよ。その程度じゃ怒らない」
少し馬車道が曲がっていて、ハンドルを軽く横に切る。
「まあ、なら良いけどさ。……ずっと、気に入らなかったんだろ?」
陵の言葉にドキッとした。
「え、バレてる?」
「バレバレだろ。ああいうの、嫌いだもんな」
うん、嫌いだよ。ネチネチナヨナヨしてるのが本当に嫌いだ。
裏で陰口ばっか言う奴とか、何も出来ないからってストレスの捌け口にする奴とか、それが子供に向いてしまうのは……本当に嫌いだ。
「うん。レイアは頭は良いけど、ただの子供だよ。……まあ、私よりは大人っぽいかもだけど」
私より多分頭も良いし達観もしてる、大人びてしまってる、それもわかるんだよね。余計なお世話だって事もわかるんだよ。
「勝手に可愛がる分には問題無いだろ。旅は道連れって言うし、良いんじゃないか?」
「そう……だといいなぁ」
私がやりたい事なのに、それが人として許されるのか、とても不安になる。
他所の子を、それに年も離れてない少女を可愛がるのは、私なんかに許されるんだろうか。あんなに頑張ってきた子を、私なんかが自分の輪に入れようとして良いのだろうか。勝手に憐れんだ事にならないかな。勝手に負い目を向けた事にならないかな。
「……やりたい様にやれよ。別に、それで人が死ぬわけじゃないんだから」
肘を窓枠に引っ掛けて、彼は頬杖をつく。どんな顔して言ってるのか気になったけど、表情は見えなかった。
「陵って、あんまり反対しないよね」
「そうかな」
「そうだよ」
いつも味方で居てくれる。
「ありがと」
うん、覚悟は決まった。最初の一歩をくれてありがとう。