第10話-束の間の平穏②
「……では、お付き合い頂けますか?」
レイアはエルフを説得しに行くみたい。
「わかった。行こうか」
陵は二つ返事で立ち上がる。今からするのは落して上げる作戦。
あまりに冷たい態度の人が居れば、普通の態度も温かく感じられるってやつだね。
マリオとエルフが居る部屋をノックする。
「失礼します」
鍵の開錠音が鳴り、レイアは自ら部屋に足を踏み入れる。
「エルフの方は……ああ、なるほど」
少女はエルフの姿を探して視線を彷徨わせ、やがて地面に転がっているエルフを見つけた。
「エルフの方、お名前をお伺いしてもよろしいですか?」
縛られて座っている彼女に、少女は目線を合わせる為に膝を折る。
「どうして人族なんかに…………」
「良ければ護衛として雇われて欲しいのです。私の命を狙うくらいですから、何かしら腕に自信があるのでしょう?」
まーた“人族なんかに……”って言ってるよこの人。
色々と人とエルフの間にあるのかもしれないけど、それを知らない私達からすれば、かなり面白くない。
陵が乱雑に脅した気持ちも、ちょっとわかっちゃう。
「人族の一人や二人、相手になるわけないでしょ?」
エルフって人より強いのが当たり前……なのかな?
さも当然のように言ってるし、そうなのかもしれない。
「……俺にボコられたの誰だっけ?」
陵はそれを見て耐えかねて口を挟んだ。
そりゃエルフが人より優れてるって言ったって、所詮は人型の生物だし、陵と比べるのが可哀そうだと思うんだ…………
「それは……あんたが奇妙な術を使うからで」
「じゃあ、やってみるか? 負けたら大人しく彼女に従ってもらおうか」
挑発がわかりやすい。でも、売り言葉に買い言葉だった。
「人族が調子に乗ってんじゃないわよっ!!」
あっという間に挑発に乗った。
傍から見てもわっかりやすい燃料投下に大人しく燃えてるのを見ると、エルフが人より優れてるとはとても思えない。
ってか、私からすれば陵に勝てるわけ無いじゃんって感じなんだけど……
結局この世界に来て、陵が全力で戦ってる所なんて一切見た事ないし、なんなら道場練習の方が彼は本気になってた。
「レイアさん、良いな?」
「ええ、願っても無い事です。ありがとうございます」
レイアは陵の言葉に嬉しそうだった。護衛に出来れば、手段は問わないみたい。
それか、良いタイミングで雇い主らしい所を見せて、エルフを懐柔しようとしているのか…………
ま、好きに使って利益を出してくれれば私と陵は良いかな。
お互いが傷つけられるなら……それはもう戦争なんだけど、それはその時に考えれば良いからね。
「では、宿の人に聞いて良い空き地が無いか聞いてみましょうか」
レイアは善は急げと言わんばかりに事を進めた。
私達はエルフの脚の紐だけを切って、エルフと一緒に近くの空き地に移動した。
なんでもその空き地は、前まではそれなりに稼いでいた商人の家だったらしい。
今は取り壊されて、住む人も居ない状態なんだって。
「周辺のフォローは任せた」
「おっけー。存分に気にしないでボコって良いよ」
エルフの手枷を解いて、彼女が持っていた武器を渡す。
元々は弓と剣と短剣を装備していた。今回は剣と短剣だけみたい、弓は要らないって言われちゃった。
エルフと陵が更地になった大地に足を踏み入れた。
「覚悟は良いわね……?」
その言葉を皮切りに、長いエルフの髪が逆立ったように風に揺れる。
まるでアニメの“私怒ってます”描写だね。どういう仕組みで、あんな風になってるんだろ。
『風を全身に纏っているようです』
へえ、風の魔法が得意なのかな?
それさ、私からしたら珍妙な術ってやつなんだけど、エルフって自分を振り返ったりはしないのかな?
…………なんて、口にはしないけど、毒を吐きたくはなる。
「先手はくれてやる。早く掛かって来い」
陵は片手に汎用な剣を握り、つまらなさそうに吐き捨てた。
「そう……」
エルフの呟きが風に流されると同時に、彼女の身体は陵の半歩前まで接近していた。
「速い……」
それを見ていたマリオの呟きが終わる前に、エルフの腕から剣が横に一閃される。
それを陵は正面から受け止めた。彼の表情が少し動いた。
「これに反応出来るなんて……」
「・・・・・・」
エルフはなんか喋ってるけど、陵は黙ったまま。
お爺さんの影響もあるんだろうけど、必要な事以外は喋らないのが基本的な彼だしね。
特に戦ってるときはそれが顕著だったりする。
次の瞬間、短い距離で短剣が一閃される。
あっさりと陵は後ろに下がって、躱した風に見えた。
「貰ったっ!」
エルフはあっさりと罠に引っ掛かった。
陵は器用に身体の重心を後ろに傾けて、足は動かさずに、自分が距離を取ったように錯覚させたんだ。
後はもう一瞬だった。
無様に振り上げた剣を、その持ち手を掴んで、一本背負いの容量で地面に叩き付けた。
しかも、しっかりと叩き付けた時に手を離してた。
体育とかで習うような、受け身が取れるように意識された一本背負いじゃない。
地面に叩き付ける為だけの一本背負いだ。
「かはっ!?」
確実に空気が口から洩れて、下手するとあっさりと背骨が折れてしまうような一撃。
「……まあ、剣で斬られるよりマシだろ?」
陵はしれっとそんな事を呟いてた。
いやあ……本当にそうかな……、切り傷は直るけど背骨って直るのかな。
前の世界だと無理だったけど、もしかしたら回復魔法みたいなのがこの世界にはあって、治せるのかもしれないけど…………
って、どちらにせよ、陵はそれ知らないよね。
どうせ、一番ケガが残らない自信がある方法を取ったんだろうから、文句は無いんだけどさ。
「じゃあ、行きましょうか?」
レイアはニコニコして、叩き付けられたエルフに近寄った。
**
「約束……守ってくれますよね?」
地面に寝そべったままのエルフに、レイアは膝を折って問う。
「なんで」
「誇り高きエルフ族なのでしょう? まさか、約束をお破りになるので?」
少女の目線は言い訳一つ零す事を許さない。少女らしからぬ迫力に俺も美玲も苦笑する。
「……わかったわよ。げほっ」
こうしてエルフが俺達の仲間になった。……仲間ってか人手が増えたに近いけど。
「陵……?」
美玲が心配そうに見てくる。そんな変な顔してたかな……
「どした?」
一応は惚けてみる。
「いや、気に食わなさそうな顔してたよ」
「顔に出したつもりないんだけどな」
戦闘時に一々顔に出していたら、圧倒的に不利に後手に回る。
だから、それなりに隠すのは得意だと思ってんだけど、美玲は時に俺の感情を読んで先回りする事がある。
それもあって、あんまり表情を隠すのは得意にはなれない。
「まあ、気にしなくて良いんじゃない?」
「正直、俺は関わりたくないよ。仕事だから……仕方がないけどさ」
軽く身体を解す。正直、準備運動にすらならなかった。
「美玲、今度軽く付き合ってくれない?」
「え、組手?」
「そう」
「えー…………」
少なくとも今日よりかは、準備運動になる筈だ。
彼女がとても嫌そうな顔をするから、俺としてはとても誘い辛い。けど、このままだと身体が鈍る。
「訓練には付き合うけど、組手は嫌かな」
やっぱり突っぱねられた。美玲の嫌には勝てないから、素直に諦めるしかない。
「訓練で良いよ」
「じゃあ、どっかで時間があったらね」
正直、滅茶苦茶に退屈だ。
やっぱり日本に居る時は、いつかは道場で鍛錬した物を命のやり取りで使ってみたいと思ってた。
でも、使ってみて違った。
楽しくないし、面白くないし、何より、訓練以上の緊張感なんてものは一切無かった。
弱過ぎる。
…………いや、最悪弱くても良いんだよ。色々と積み上げてきた物をぶつけ合うことが、堪らなく楽しい筈なんだ。
本来はな。
でも、さっきの戦いなんて特に顕著だけど、耳長女の攻撃は才能に胡座をかいただけの物だった。剣を合わせればわかる。つまんない奴だって。
きっと、耳長女と同じくらいの強さでも、才能の無い奴が積み上げて得た物であったら、俺は楽しめたんだろうな。
**
エルフの女性の名は、マリア・ウィン・エランゲル。
金髪金目で色白のエルフらしいエルフだった。
正直な気持ちを言えば、あんまり名前を覚えたいと思わない。
私が嫌いなタイプの女子なんだよね。声とかルックスとか態度とか表情の作り方とかが。まあでも、魔法やら剣やら出来るらしい。何処かで役立ってくれれば良いなと思う。
そんなエルフとのイザコザも終わって、やっとゆっくり出来る時間がやってきた。もう日は暮れてた。
「美玲」
宿の一室でベッドに寝そべり、私達はゴロゴロしてた。
「なーに?」
名前だけ呼ばれても、何も伝わらないよ。
「こっち来て」
もっと近くに寄れと彼は言う。ゴロゴロと転がって、私は彼にぶつかった。
「どーんっ」
彼の背丈は170くらいで、そこまでデカいって訳じゃない。なんだけど、触れてみると想像以上に筋肉があって、男なんだなって思わせてくれる。
「ハグしても良い?」
「して?」
「……する」
陵に抱きしめられる。幼馴染で親友の時は、せいぜい通常のハグくらいだったけど、ベッドで横になって抱きしめられるのは恋人になってから。
人を殺す事が造作もない腕。それが、私を触る時だけ、壊れ物を扱うかの様に優しくなる。そこには言い様のない満腹感と征服感がある。
「好き」
溢れた気持ちを言葉にして陵に抱きつく。
「好きだよ」
抱きついた私を、今度は優しく抱擁してくれる。
あぁ…………好きだなあ、本当に想いを伝えて良かった。
伝えなければ、きっと、いずれ、私の前から彼は居なくなっていた。
関係性が変わる事を恐れて、踏み出せなくて三年が経った。踏み出した卒業式の日ですら、異世界に飛ばされちゃうし、なんだか忙しないなって思っちゃう。
大学も受かってたんだけどな……とか、将来はこうなりたい……とか、それなりにあったんだけど、今は今で、こうやって彼と一緒に居られることが幸せに感じられる。
そう思える相手を捕まえた事が、きっと私にとっての幸せだ。
……手を出してくれないのが、ちょっと悲しいけどね。
私、それなりに胸もあるし見目も整ってると思うんだけどな。悲しきかな、親友兼幼馴染やってたら、すぐにはそうやって見れないのかな。私はずっも前から、陵の事、異性として見てたのにな。意識してたのにな。
でも、こうやって優しく抱擁して撫でてくれる彼の事が好きで、幸せを感じて溶けそうになる。
ちょっとだけ、そっち方面のアピールもしてみようかな。色気のある服を着てみるとか、寝る時にネグリジェみたいな、防御力低めの服を着てみるとか……
「ね、陵」
「ん?」
「朝までハグしてて?」
遅いから、私から唇を奪う。顔を見上げると、彼が動揺しているのがわかる。なんなら、悟られまいと隠してるのまでわかる。
……わかっちゃうんだよね。幼馴染ってそういうもん。親と同じだけの時間を過ごしてたら、隠そうとしてることくらいわかるよ。
「美玲」
「なーに?」
「お返しして良い?」
「ん……良いよ」
お返しって言われて心臓が跳ねた。安心が火照った。改まって言われてからキスされたら……恥ずかしいじゃん?
唇が合わさって、それで終わらなかった。舌が重なって、気持ち良くて私は溶けた。
……急にはズルい。