第10話-束の間の平穏
ブライドは少女の窘めるような視線に少しだけイラつきを含ませて、この場を後にした。
「親だからって、無条件に親を好きな訳ないじゃんね」
それを見て肩を竦めちゃう私も、なんだかなって思っちゃうけどね。
貴族の娘ってだけで、色々と面倒くさいだろうから。庶子って事だし父親の一夜の過ちである事は想像に難くない。
こういう場合、大抵は母親が息を引き取ってるケースが多い。けど、この世界だとどうなんだろうね。
「……そうですね」
私の呟きが聞こえたのか、聞こえて驚いたのか、レイアは瞳を可愛く丸くする。そして、ほんわかと笑みを浮かべた。
切り替えが早くて凄いなって思うよ。少なくとも年相応では無いんだろうね。
「レイアさんはこの後どうする?」
「そうですね……
まだ、私を狙う残党は居るかもしれませんが、一区切りついたと思うので、少しだけ羽を伸ばしたいです」
ただ身体を伸ばしただけで絵になるの、本当に羨ましいなあ。
「わかりました。じゃあ、私達は護衛をしようと思うけど、その前に馬車に居るエルフをどうにかしなきゃね」
「ああ、そうですね。私としては道に捨てても困りませんよ? もう黒幕は倒せたみたいですし」
なんて事を言うんだこの子は。片や天使みたいな美少女なのに、発言は真っ黒な悪魔寄り過ぎる。いつも発言に棘があるんだよね。それも味があって私は好きだけど。
「取り敢えず、色々と話を聞こうよ。エルフって珍しいんでしょ?」
前にレイアが人里に降りてくるのは珍しいって言ってた気がする。
「まあ、そうですね。エルフの里には私達人族が持ってない技術がある可能性も……ありますし」
地域や部族毎に技術の進みが遅いとか早いとかは想像しやすいけど、違うって言われるとなんか変な感じだね。
「また拷問か……」
「いや、やらないからね?」
めちゃくちゃ面倒くさそうに呟く陵を全力で否定する。ああいう手合いは優しくして陥落させた方が早い……と私は思う。
そもそも拷問とか生々しくて嫌いなんだよね。割と前に陵がやったやつも、ちょっとどうなのかなって思うし。ほら、馬車にガンガン頭叩き付けたやつ…………とか。
「まあまあ……、さて、馬車に戻りましょうか」
美少女の一声で、私達はここを後にする事に決めた。ついでに分身も消した。
「あれ……馬車が無い……」
馬車が止まっている筈の場所には、エルフが一人縛られたまま転がされていた。
「ブライドが持って行ったのでしょう。……あいつ、もう使わない」
レイアの呟きからは、僅かな怒気が感じられる
「あの馬車って誰のなの?」
「私のですよ。親から与えられたのは、護衛の紹介くらいです」
なるほど、ブライドは親の紹介でレイアが雇ったのかな。それなら一連の行動も理解できる。でも、普通は馬車を持ってったりしないよね……
「仕方ないですね。近場の宿にでも泊まって、彼が帰るのを待ちましょう」
ブライドは場所わかるのかな?
「精々苦労して頂ければ幸いです。……こう見えて私、結構怒ってますから」
「「それは見ればわかる」」
私と陵の声が重なり、フード男のマリオも激しく頷く。
「え、あ、そんなにわかりやすかったですか……?」
あわわ……と、そんな擬音がピッタリな動きに思わずニンマリしてしまうのは、私も女子だから仕方ないと思うんだ。可愛いって正義だよ。
だって、真っ白で透き通る様な肌に明るい艶のある銀色の髪、顔もめっちゃ整ってるし、オマケに背も私より低い。
ついつい撫でたくなる事もしばしば……雇い主だから流石にね。
「コホン。さあ、行きましょう」
恥ずかしそうに咳払いをしてレイアは歩き始めた。私と陵は彼女の両隣をそれぞれ歩く。マリオには後ろとエルフの運搬を任せて、私達は宿を探した。
「ここで良いですか? 三部屋並べて取れるみたいなので」
レイアは私達とマリオと自身の部屋の合計三部屋を取ろうとしてる。その宿はそれなりに活気があって、表通りに面していた。中に入ると食堂があって、多分、奥と二階が宿になってるんだと思う。
「お金は大丈夫なの?」
一応盗賊から奪った金もあるから、自分で払う事が出来る。
「別に大丈夫ですよ。ここに来る前に一山当てたので」
その言葉は美少女らしくなくて、ちょっと逞しいなと思ってしまう。
「エルフはどうするの?」
ただ、それだとエルフの居場所は無くなる。
「ああ、それなのですが、後でそちらに伺っても良いですか? ちょっと御相談があって」
「それは勿論良いけど」
「それまでエルフはマリオさんにお任せします。あくまで丁重に扱ってください」
「承知しました」
エルフはそれなりにナイスバディなお姉さんなのに、護衛でもないマリオに預けて良いのかな……とか思っちゃう。
もしかしたら、レイアは護衛として扱ってるかもしれないけど、マリオにとってどうかはわからない。
ああでも、今までの彼女の言動を見る限り、そんなにエルフの身の安全に対して、気を遣ってない気がする。
もしかしたら、色々と事件になったら事件になったで良いと考えてるかもしれないね。
私達はレイアを部屋に送って、自分達の部屋に向かった。
**
「お邪魔します……」
レイアがやってきた。話があるらしい。ま、基本的に俺が聞き手になる事は無いんだけど。
「いらっしゃい。まあ、知ってるとは思うけど、ベッドしかないからベッドに座ってもらって……」
「は、はい」
美玲を挟んで向かい側にレイアが座る。
「で、何の話?」
彼女は単刀直入に訊ねる。回りくどい会話は嫌いだから、そこに違和感はない。
「その、エルフの身柄の話なのですが、私が護衛として雇い直す……と言ったら御二方は反対されますか?」
あのウザい長耳女を雇って意味あるのか……? と、思わなくはないけど、口は挟まない。私情と仕事は別だからな。
「私は別に良いと思うけど。ただ、腕の方はどうなの?」
一番重要なのは護衛として使い物になるのかで、護衛として雇うのであれば、エルフのあれこれを聞くってのは二の次になる。
「それはわかりません。ただ、私の命を狙うくらいなので、ある程度は腕があるのかなと。リョウさんは戦ってみてどうでした……?」
「特に困った事はなかった。逃げ足が速いくらいで」
敵には成り得ないし、100回戦っても100回勝つと断言出来る。
戦いに絶対は無いって言われてるけど、それは勝てない奴が足掻く為の希望論と、強者に聞かせる注意喚起も含めたお伽話だ。
「まあ、肉壁くらいにはなるかもな」
率直な感想はそれだった。
「ちょっと、陵……」
少し自重しろって、美玲の視線が刺さった。いや、仕方なくね? それが事実なんだから。
「肉壁になってくれるなら大分マシですよ。私、いざとなったら逃げ出すと思ってるので」
「ああ…………それはそうだと思う」
耳長女からしたら、レイアは同種ですらない赤の他人だし、間違いなく逃げ出すだろうな。
種族が違うからって逃げ出すって訳ではないけど、種族が違う事で見捨てるのが容易になる事は想像に難しくない。
「そんなに役に立たなさそうな奴に金を払うのか?」
「どうせ行く宛ても無さそうなので、今のうちに縁でも売っておこうかなって。人手が足りなくなるのは間違いないので」
足りなくなる……ってどういう事だろうか。
「ブライドを解雇しようと思うんです。
あの人、今の雇い主は私なのに、未だに父親に忠誠を誓ってるので、正直に言えば……邪魔なんですよ。
それでも、今までは彼以上に腕が立つ人は居ませんでした」
ああ、なるほど。
「人手って意味なら、アリなんじゃないかな。俺も特に反対は無いよ」
「そうですか……! それは良かったです。では、早速エルフに話に行こうと思うので、護衛を頼んでも宜しいですか?」
色々な事情はあるけど、仲間にしようとする相手に対して護衛をつけるって、なんか面白いな。
「もちろん。美玲じゃなくて俺が近くで護衛しようか」
いつもは美玲がレイアの傍に居て、俺が遊撃に出る。
この提案は耳長女の恐怖心に漬け込む為の提案なので、手荒な真似をした俺が近くに居た方が良い。
「そうですね。ぜひ、そうしてください。話は私が何とか上手くまとめるので。まとまらないなら、宿から追い出します」
うわぁ……と思う。半ば脅しだろそれは。
……こういう言動に慣れてしまうから、少女が少女である事を忘れてしまう。これが美少女の言う事だとは俄に信じ難い。
「私はあんまり好いてないので」
「別に追い出しても良いんじゃないか?」
「私もそう思うけど」
レイアの呟きに思わず余計な一言を返してしまった気がする。美玲も同じように思ったのか、めっちゃ力強く頷く。
「ダメですよ、人の縁は大切にしないと。何処でお金になるか、わからないですからね」
「流石、商魂逞しいね」
「私は貴族と言うより、商人ですから」
からっとした笑みを浮かべるそれは、赤の他人から見ても見栄えのあるもので、そういう感情を抱いてない俺からしても、例え貴族でなくてもショーケース代わりに護衛が必要だろって思える。
身内補正が入ってんのは……多分そうなんだけど、俺の趣味は美玲なんだよな。
だから、気になる事も無いんだけど……ってか、ショーケースと中の人形であれこれ恋情を抱くって、有り得ない話なんだけどな。
それで商人で、空間魔法とかいう荷物を運ぶのに便利な能力を持ってて、天は何物も少女に与えている。
……その分、何やら欠損してしまう部分はあるみたいだけど。
あんまり口を挟むつもりじゃなかったんだけど、余計なお世話を焼いてしまってる自覚がある。可愛い後輩が居たら世話を焼いてしまうのと同じ感覚だな。
そう言えば、あのガキは元気かな。
美玲とレイアが何やら楽しそうに談笑を続ける。だから、それが絵になるなと思ってしまい言葉を噤んだ。
護衛として、雇い主の前で横になれるわけでもないので、暇になっても、眠くなっても、何か暇潰しを出来るわけじゃない。
「あ……また、話し過ぎちゃいました」
パチッと目が覚めたかのように、レイアが談笑の時間に一区切りをつけた。
「ごめんなさい。沢山お話してしまって」
「全然大丈夫だよ。こんな可愛い子と話せるなら役得だし」
美玲が言えば役得は"気にするな"となるし、俺が言えば"変態"になる。性別が違うと、それだけ隔たりはあるものだ。……まあ、人によるは大前提だけどな。
「や、役得だなんてそんな……」
「えー、可愛いし綺麗だし触りたくなっちゃう」
「えっ!?」
「嘘じゃないけど嘘、護衛だからやらないけどね」
レイアをからかって遊ぶの、そんなに楽しいか?
そんな俺の疑問も何処と吹く風だと言わんばかりに、美玲は少女を持ち上げて可愛がった。
そんな美玲の姿は、かつての高校生活のようだなってちょっと思った。
美玲は人を可愛いと言うけど、少なくとも俺よりは整ってるし、異性にも同性にもモテるタイプだった。
なんとなく女子には姉御肌だし、男子にも分け隔てなく接するし、かと言ってガサツって訳ではない。
それが起因して、一時期告白ラッシュみたいな物があったくらいだ。
姉御肌も起因して、想いをぶつけられてもトラブルに発展する事はほぼなく、けれども本当に多種多様な人から告白されてた。
あれ、あの時断った理由って、俺と遊べなくなるから……だよな。
ああ、そっか、その時からもう美玲は自分の気持ちに答えを出してたのか。
なんか、改めて実感すると言うか、気付いてしまうとちょっと恥ずかしいな。