第8話-反撃の狼煙②
「かひゅ……げほげほ」
掴まえた女が目を覚ました。
「……ここは何処だ? き、貴様っ!?」
腕と脚は縛ったから、どんなに威勢が良くても、攻撃される事はない。
「大人しくしてろ。世話を焼かすな。……それより、依頼人の名前を言え」
捕まってる自覚が有るのか、無いのか、そんな事はどうでも良い。俺は情報が欲しかった。
「何故……そんな事を人族なんかに……」
この言い回し、やっぱりコイツは人じゃないのか。
『呪いが掛かっています』
対自白用の呪いか? まあ、なんの呪いでも良いから、気にしなくて良いか。
「美玲、解呪の弾丸を」
「あいよ」
彼女は銃口を額に当てた。
「な、何……これ……
ぱぁん!
____いったあ!?」
対呪い用銃弾を撃ち込まれ、衝撃と痛みで女はのたうち回った。
女の外見は金髪に白に近い肌色、顔つきは地球で言う所の西洋人なんだけど、違う所を挙げるなら耳が長い。
「呪いは解けたぞ。さっさと話せ」
「だから、なんで人族なんかに……」
催促をしても、女は口ごもった。はあ……、こういう物分りが悪いのめっちゃ嫌いだ。
『お疲れ様です』
"りっくん武装パック"を実装中も、指輪は従来通り機能しているらしい。
『いえ、従来の30%程の支援しか出来ません』
あ、流石に無理なのか。
『はい。高速で弾丸を生み出したり、矢を作ったり、武具を換装するのは不可能です』
タイムラグが生じる……と、結構致命的だな。
『索敵能力においては、元々陵様の方が優れていましたが……更にダウンです』
しょぼーんって声が聞こえた気がした。
実装終了まで残り60%。
まだ時間は掛かりそうだし、先にやれる事をやっておくか。
「レイアさん、ちょっと見るに堪えない事をするから目を瞑ってて欲しい」
「はい。では、顔を背けておきます」
聞き分けの良い少女でとても助かる。
「……どうしても話す気は無いのか?」
女にもう一度だけ穏便に尋ねる。これが最終通告だ。
「ない」
威勢だけは良いんだよな、こいつ。
「そか」
髪の毛を掴んで、馬車の縁に耳長女の顔面を叩き付けた。ゴンッと鈍い良い音が鳴った。
「ぐっ……」
「こっちも遊びじゃないんでな。いつでもギブアップして良いからな」
何度も何度も女の顔面を馬車に叩きつける。強情なだけの奴は本当に面倒くさくて嫌いだ。そもそも、拷問紛いな事は本当はしたくないんだ。早くギブアップしろよ、早く吐けよ面倒だな。
「陵、ストップストップ!?」
「ん?」
「流石に死んじゃうよ?」
美玲にそう言われて女の顔を見ると、既に気を失っている状態だった。俺とした事が、力加減を間違えたらしい。
「殺しとけば良かった。面倒くさいし」
「……次、私が変わろうか?」
「頼む」
美玲の方が色々と聞き出すの上手いしな。拷問以外の方法で聞き出してくれるかもしれないし。
**
「ぐっ……」
「おはよう、さっきは大変だったね」
エルフが目覚めた。まさか陵があそこまで直接的な脅しに出るとは思わなかった。
…………知らないうちにやさぐれたのかな? 今日、もし時間があったら慰めてあげよう。
「ひっ!?」
私の顔を見て、その後に奥に座ってる陵を見て、恐怖に顔を歪めた。
そりゃあ、顔からガンガンされたら怖いよね。全くもって同情はしないけど。
「大丈夫、あの人はもう手を出して来ないから」
大したフォローにもなりやしない言葉をかけてエルフを諭す。それでも、怖々と私を見て小さくなっていた。
色々と出るとこは出てるのに……なんて思わなくもない。
「私達は誰の命令で命を取りに来たのかが知りたいんだよね。それ以外の事は全く興味も無いんだけど……話してくれたりしないかな?」
なるべく優しく伝えてるつもり。いや、ホントにこのエルフに興味はないから。
「・・・・・・」
何故人族なんかに……とか言わなくなっただけ、陵の物理的な脅しに意味はあったんだろうなって思う。まあ、黙られちゃ意味は無いんだけどね。
「だめかな?」
倒れ込んでるエルフに目線を合わせて、ちょっぴり上目遣いで訊ねてみる。
「うっ……」
お、たじろいだ。ちょっと意味はありそうだね。
『美玲様、"みっちゃん強化パック"の実行を終了しました。
起動しますか?』
おっと、エルフに構ってる暇は無くなっちゃったかな。それって、起動が終わったらクールタイムとか必要?
『特にありません』
おっけ、じゃあ、起動しようか。
『妖狐モード:起動します』
妖狐……? 私、狐になっちゃう……?
「美玲、後ろ後ろ……」
陵が何やら驚いた様に私のお尻ばかりを指さす。
レイアも驚いた様に私を見てる。
え、何、流石に恥ずかしいんだけど??
乙女をマジマジみるなよ!……と言ってやりたいのを堪えて、背の方に手をやって確かめる。
さわっ
……ん? 何この毛皮……いや、毛皮なの……?
「うえっ!? 尻尾生えてる!?」
「耳もあるぞ」
「いっ!?」
……どうも、半分狐になったみたいです。
『妖狐です』
いや、それは知らんけど、てかどゆこと?
『天照大御神様の力を引き継いでます。なので、姿が天照大御神様の下界に降りた姿に近くなっているのかと……』
玉藻前って、天照大御神の下界に降りた時の姿だったんだ。
……へえ。
何か新しい事が出来るって訳でも無さそうだし、よくわかんない感じ。
『尻尾を出した分だけ、分身する事が可能です。最大数は三本なので、三人まで可能です』
分身って言っても、あんまり精密な事は出来ないよね?
『可能です』
ええ、出来ちゃうんだ……
『試しますか?』
うん。
馬車の中に私が二人増えた。
「ミレイさんが……三人……」
「美玲が二人増えた……」
「ミレイ様が……」
何これやば。
視界が3つある感じ……だけど、前みたいに頭が痛くはならない。なるほど、これが強化かな。
分身の利点は、単純に人手が増えるって事で良さそう。
別の私から見ると、本体の私は狐耳に狐尻尾を携えた可愛い感じになってた。テンションあがるね。
「一人、護衛として置いていくね」
増えた人手を存分に使う事にした。これなら陵について行くのも、護衛するのも、どっちも出来る。
**
『りっくん武装パック、起動します』
そう言われたものの、美玲のように外見に変化がある訳じゃなかった。
『身体能力の向上と武装の追加です』
戦ってみないとわからない……か。身体能力の向上は正直、必要な時以外は要らない。制限出来るか?
『可能です。制限しますか?』
してくれ。
『はい』
武器も今の段階で困る事はないから、あんまり必要性を感じない。
既に使ってる武器も刃こぼれしないから、普通の武器じゃないしな。
……で、どんな武装が追加されたんだ?
『聖剣や妖刀などの特殊武器が追加されました』
光速の羽衣みたいに、特殊能力を持った武装が追加されたらしい。
正直な所、装備を使い切れてない段階で増えても、あんまり有難みはないかな。
当面は戦い方を変える必要は無さそうだ。
「さて、準備も整ったし、そろそろ行ける?」
「ん、行ける」
美玲のケモ耳がぴくぴくと揺れる。
うん、可愛い。本当は撫で回したいけど、涙を飲んで自重する。
『軽量鎧を装備します』
軽量鎧と評されたそれは、今までの革鎧とは大きく変わっていた。
デザインは同じなんだけど、至る所に武器がぶら下がっていた。背中に二振りの剣、腰には小刀が二振り、腕と脚は革ではなく金属になっていた。
一方で、ケモ耳の美玲は綺麗で鮮やかな着物を身に纏っていた。
他の美玲は今までと同じ革鎧を装備してる。
なんか、美玲が多くて情報過多だなこれ……
お互いに装備が整った事を確かめて、雇い主に視線を向けた。
けど、何やらボーっとしていたのか、少女から反応が無い。
「レイアさん、俺達は準備出来たよ」
「……あ、はい。その……つかぬ事をお聞きしますが、突然服装が変わったり武器が変わったりするのはいったい……」
どうやら、俺達の格好が変わる仕組みをずっと考えていたらしい。
そりゃ普通じゃないし、見てしまったら気にもなるか。
「俺達の能力みたいな物だから……何とも言えないなあ」
「だねえ。ちょっと説明は難しいかも」
俺も美玲もこの指輪の能力について、説明する事は出来ない。
あの天照大御神が作った指輪だ。俺達が仕組みを理解出来る訳が無い。理解出来たとして、説明なんてしないけどな。
「……そうですか」
少女は隠す事なく、少し残念そうな顔をした。
「ブライド、旧屋敷の正面に馬車を止めて」
「あいよ」
そろそろ着く……というか、俺達の準備に合わせてノロノロと馬車を走らせていたので、調整してもらったというのが正しい。
街中で急いで走らせるのも危ないから、丁度良かったのかもしれないけど。
「私も行った方が良いですか?」
「ううん、待っててもらうつもりだったよ」
レイアの提案を美玲がやんわり否定する。けど、少女の主張は潰さない。
「私が居なくても兄は顔を出すでしょうか?」
「さあ? 皆で一緒に行っても良いとは思うけど……」
停車した馬車から旧屋敷の姿を覗き見る。
何の変哲もない屋敷だな。さっきに比べて、多少は古臭いくらいだ。
出現しない可能性を考慮すると、確かにレイアを連れていった方良い。
手紙で来いと言われてるのはレイアなのだから、俺達だけで向かっても、出会えない可能性が無いとは言い切れない。
レイアの話や悪趣味な感じを見ると、ほぼ確実に出てくるだろうとは思うけど。
なんか、ほら、レイアの兄って自己顕示欲が高そうだから。
「ついて行くことに反対されないのですね?」
レイアは目をぱちくりさせていた。
「ブライドも来るんだよね?」
「ま……まあ、そうなるな」
「なら、ブライドに護衛の方は任せるよ。あと、マリオも居るし」
レイアの護衛は俺達だけじゃないし、どうこう言っても、結局決めるのはレイアだし。
「一応、私も一人そっちに回すから」
三人居るうちの一人が、レイアの護衛に回るらしい。分身が出来るって便利だな……
『レイアを武装しますか?』
俺達以外にも装備出来るのか、それは初耳だ。
『鎧程度なら』
んー……鎧は逆に動き辛そうだなぁ……、悩みどころではあるけど、今回はやめとこう。
『承知しました』
安易にそういう事を他人にやらない方が良い気がする。やっても感謝されれば御の字で、されない事の方が多い。
「では、皆さんの準備が出来次第、突入しましょうか」
魔族ってどんなのだろうか。ちょっと楽しみだ。