第8話-反撃の狼煙
「誰それ!?」
「……!?」
馬車に投げ込まれたのは、それなりにナイスバディなお姉さん。
「敵だよ。捕まえたんだ」
陵が事も無げに言うけど、こういうのが好きなん?
んん?
「はあ……」
溜息がこぼれた。
戦いが終わったばっかりだし、テンションを上げ続けるのは流石に無理かな。
馬車の淵を背もたれにして、どさっと寄り掛かった。
彼も同じように寄り掛かった。
「警察……じゃなくて、衛兵とか居ないのか?」
ふと、彼は口を開く。
彼の言葉でハッとしたけど、こんな大きな街で、こんな大きな騒ぎで、兵士の一人も駆け付けないなんて流石に可笑しいよね。
「レイアさんは何か知ってる?」
レイアも首を傾げた。
庶子とは言えど少女は領主の娘。彼女が知らないなら私達にはわからない。
だけど、異世界でも流石に衛兵は居るって事がわかった。門兵は見た事あるんだけど、衛兵のお世話になった事は無いから、本当はこの世界に衛兵って概念が存在しないのかな……とか、思ってたのは内緒だよ。
それにしても、今まで考えが回らなかったのは、敵が多過ぎて処理するのに手一杯だったからかな。でも、最初に気が付いても良いよね。さっきまでの戦いは私にはかなりキツかったっぽい。
そんなに疲れてる気はしないんだけど、そんな事に気が付かない馬鹿じゃないよ。冷静に自己分析をするなら、結構疲れちゃったみたいだ。
隣に座った彼の横顔を見る。うん、疲れてるようには見えなかった。隠してるって感じでも無いし、余裕があることが伝わってくる。
ちょっと寄り掛かっても、問題無さそうだし、私は身体を預ける事にした。でも、それは出来なかった。
「ブライド、馬車を走らせろ」
「指図すんなって」
「良いから早くしろっ!」
陵の顔が凄い険しい。何を思い当たったの?
凄い勢いで馬車が走り出して、ゆったりと休憩する事は出来なくなっちゃった。
「そういう事か……? ああ、なるほど……そういう事か」
私じゃあ、陵が何を考えてるかなんてわかりっこない。わかるのは、陵の顔色が変わる事態って、相当やばいって事。
……んん? あれ、このナイスバディのお姉さん、耳が長くない? もしかして、エルフって言うんじゃ……
「ね、ねえ、レイアさん。この人ってエルフ?」
本当に恐る恐る、少女に聞いてみた。
「は、はい。人里に居るなんて珍しいですね」
すると、少女は恐る恐る返事をしてくれた。共感性羞恥ならぬ共感性オドオド……とでも言えば、もしかしたら語呂が良いかもしれない。入学式とかで緊張が伝播するあれと一緒だね。
エルフって、神話の生物って認識だし、最近では小説によく出てくる種族だよね。この世界にはこういうのも居るんだね。ちょっと楽しみが増えたかも。
「陵、何を思い当たったの?」
それはそれとして、これはこれだ。エルフは後回し、今は彼の言う緊急事態が気になる。
「既にこの都市が、何者かによって壊された後だと思う」
壊されたって……、でも住民は沢山居るよ? 大通りに死骸が転がっているわけでもないし、そんな事を急に言われても納得は出来ない。
「まだ内部だけで留まってる……か、敢えて生かされてるか。どっちにせよ、領主であるレイアのお父さんに会わないと何も始まらない」
その後にボソッと彼は言った。……多分死んでると思うけどって。
**
「……手遅れだったか」
領主の屋敷は人の気配を一切感じさせない。
つまり、皆死んでるか連れていかれたか、そのどちらかだ。
もしかしたら隠れてるとか……あるかもしれないけど、この感じだと絶望的だろうな。
「ちょっと、行ってくる」
馬車から飛び降りる。
「私もっ!」
美玲がついてきた。
かなり眠そうにしてたし、馬車の中で待ってても良いのに。
……なんて口にすると拗ねるから、言葉にはしない。
「護衛は?」
「えー、まあ、そうなんだけど。今の状態で陵と離れるのは勘弁かなー」
遠回しに誘導しようとしても、彼女に拒否られてしまう。まあ確かに、マリオとブライドが居るし、一瞬で殺られるって事はないか。
それに、俺達が親玉を殺れば危険性ももっと減る。この屋敷に居る可能性は高いと思ってんだけど、……どうだかな。
「とばすぞ?」
「運動神経抜群の私がついていけないとでも?」
お互いに相槌を打って、気分を高揚させる。
ゆったりとした歩きから、早歩きになり、やがて小走りになる。
最後は全力で地面を蹴った。
「「せーのっ!!」」
美玲が左を俺が右を蹴り飛ばす。鍵ごと扉をぶっ壊した。
「こんな簡単に壊れるもん!?」
走り込んで飛び蹴りだから……まあまあ、結構な威力あったけどな。
「やっぱり誰も居ない。居ないし……それに、これ」
血痕が辺りに飛び散ってる。やっぱり、色々とあった事は間違いないみたいだな。
『敵性反応無し』
今は……な。
「美玲、警戒して。あと、俺から離れるな」
指輪の警戒は敵性の有り無ししか即座に把握が出来ない。つまり、気配が有るか無いかは関係無いんだ。
「はいはい」
美玲の右腕には光線銃が、左腕には弾丸を放つ銃が握られている。
俺は右腕に剣を、左腕はフリーにしてる。何があっても対応出来るようにする為だ。
「一階は誰も居なさそうだね」
軽く一階を一周して、誰も居ないことを確認する。
本当にもぬけの殻で、親玉さえも居る気がしなかった。
だって、こんな誰も居ない屋敷で敵を待ってるのだとしたら、それはもう時代遅れの魔王様だろ。
「二階に」
「あい」
玄関扉のすぐ近くの中央階段から二階に登った。
「っ!?」
『敵性____
ざんっ!
反応がありました』
登ったらなんか襲われた。叩き切ったそれは、よくわからない怪物だった。
……なんだこれ。
後ろに羽が生えてる……人にしては、あまりにも小柄だ。
まるで悪魔の様な顔つきをしていて、ちょっと所じゃなく気持ち悪い。
……知ってる?
『知りません』
俺の方が指輪より反応が早かったから、ちょっと拗ねてるだろ。
『拗ねてません』
頼りにしてるから、な? 武器や装備の換装とかとても助かってるから。
二階の奥の奥に大きな観音扉があった。
指輪の機嫌を取りつつも、その大きな扉の前に辿り着いた。残念ながら、その扉の向こう側にも人気は感じられなかった。もしかしたら、ここに領主が居たのかもしれないな。
「……開けるぞ」
「おっけー」
「「せーのっ!!」」
ギィィ……という音と共に、扉は大きく外界に向けて開かれる。
けれど、見せつけられた中身は、とても公には見せられない光景だった。
「うぇ……」
大人でも見ちゃいけませんマークが付くと思う。だから、美玲が嘔吐くのは仕方がない。
「キツイなら目線切っとけ」
人が磔にされていた。もちろん息はない。両腕、両脚が縛り付けられ、恐怖に目が見開かれている。
胸には巨大な杭が突き立てられていて、……まあ、簡単に言ってしまえば惨たらしかった。
そして、その光景に対して俺が何の感慨も無い事が、俺にとっての一番の恐怖だった。
きっともう、日本には帰れないだろうな。
殺し過ぎて、磔にされている人間を見ても、何の感慨も持てないんだ。
そんなホームシックを感じていると、血みどろな惨状の中で、血痕が一切付着していない紙が置かれているのに気が付いた。
……これ、手紙か?
『呪いの類はありません』
この手紙自体は罠じゃない……か。
手紙を開けて中身を見ると、読めない文字ばかりだった。
『翻訳しますか?』
いや、良いよ。面倒いからレイアに読ませる。
ってか、この惨状だし何か決めるにしても、雇い主の意見を聞かない事には何も始まらない。
「戻るぞ」
屋敷の前に止められている馬車に、特に変化が無いことは二階の窓から確認出来た。
この惨状の犯人は、本当に残念な事に居ないらしい。強引に馬車を急がせた意味は無かった。
出来れば、ここで鉢合わせたかったんだけどな……
**
「……どうでしたか?」
レイアの言葉はとても心配そうで、屋敷に突入する前に詳細を話した訳ではなかったのに、事態は察してしまっている気がした。
「やっぱり、誰も居なかった。既に色々と終わった後だな」
陵の手から渡されるのは、血みどろな空間で、唯一血痕が残っていなかった白い手紙。
「呪いの類はない」
一度開けたからね。中身は確認してないらしいけど。
「そ、そうですか」
「中身は見てない」
レイアが手紙を広げて目を細めた。どうやら、レイアは読める文字らしい。
「父が兄に監禁されている……みたいです?」
レイアはこてんと首傾げた。
そんなに可笑しい話では無いと思うんだけど、レイアの表情からは、明らかにおかしな話だなぁと思っているのがひしひしと伝わる。
「何がそんなに気になるの?」
「父を人質に取って私をおびき出そうとしてるみたい……なんですけど、私が父の身柄で釣られてやってくると思ってるのかな……って」
んん?
つまり、レイアにとって父親は対して価値が無いってこと……?
家族を殺すのは迷ってたけど、別に勝手に死のうが関係無い感じ……なのかな?
『この美少女、怖いっ!』
いや、うん、黙れ? 話をややこしくするな?
「でも、殺すのは嫌なんでしょ?」
「それはだって、住む場所も無くなっちゃいますし……」
私が思ってたより数千倍は合理的だった。
って事は今回の里帰りで、色々とやろうとしてた悪巧みがあったのかもしれない。
「じゃあ、どうする?」
「私としては勝てるなら突入したいな……と」
あら、さっきまでの話と違くない? 別に放っておくのもありだよね?
「なんか、魔族になったみたいな事を書かれてるんですよね」
「「……魔族って?」」
私も陵もこてんって感じ。知ってる?
『地球のデータから近似した名前を割り出すならば……サタンとかがあります』
うーん、多分違うよね? それに、それ魔王だよね?
『ですねぇ……』
私の指輪ちゃん、大分口調が崩れてきたよね。
『そんな事は……ありませんよ』
別にそっちの方が楽だし良いけど。
「リョウさんもミレイさんも、魔族って知りませんか?
人類の敵って言われてるんですよ。なので、私達が戦って倒せば英雄扱いですね」
「今後の為に色々と便利……と」
戦うのは私達だからか、気楽に言ってくれるよね。だって、この感じだと魔族って強いんでしょ?
「美玲様や陵様であれば、軽く捻って終わりかもしれませんが……俺は防戦一方になるかと」
フード男のマリオはその戦いではあんまり役に立たない……と、覚えとこう。
「完全に私の我儘です。なので、引き受けて頂ければ特別報酬を与えます」
「倒せなくても?」
「ええ、逃げても大丈夫です。倒して頂ければ、更にそれに追加します」
現物が無いのは嫌だなぁ……なんて。
「俺は戦ってみても良いかな。魔族とやらがどれくらい強いのか……割と興味がある」
ああ、確かに。
陵が通用するのかしないのか、私でも戦えるレベルなのか、この世界を生きていくなら知っておいても、良いかもしれない。
「ブライド」
「はい、レイア嬢」
「バレル公爵家の旧屋敷に向かって」
旧なんてあるんだ。って事は、ここの屋敷は新築なのかな?
「承知しました。……俺は反対だぜ?」
「どうせ死ぬときに死にます。良い機会ですから、挑戦しないで見ない振りはやめましょう」
ブライドは苦虫を噛み潰したような顔をしてた。
ふーん、そんなに強いんだね。
私達も本気で取り掛かった方が良いのかな。って言っても、武装するくらいしかないんだけどね。
しかも、武装しても動き辛いとかあるし、すれば良いってもんじゃないのが難しい。
『美玲様、天照大御神様より新技能の追加パックが送られてきました』
うん、何それ?
『"みっちゃん強化パック"』
うん、全くわからん。私が強くなる感じなのかな?
『はい』
どれくらい時間かかるの?
『半時ほど』
わかった。レイアに言っておこう。
「「少し待ってくれるならトライする」」
陵と私の声が重なった。
「陵にも来たの?」
「そっちもか」
少女は私達を見て何かを察したのか、用意が出来るまで待つと言ってくれた。
レイアが頷いてくれたし、早速強化を始めよっか。
『みっちゃん強化パック:コンパイルします』
私の視界の左下に、インジケータ(パソコンが考えてる時にくるくる回るヤツ)が出現した。
何が出来るようになるんだろ……