第7話-目的地と襲撃
俺達は盗賊の住処に辿り着いた。
かと言って、何か特別な事をするつもりは無い。
「やあやあやあ」
正面突破あるのみ。
大きな声をあげて、洞窟に足を踏み入れた。
「何者だお前っ……かひゅ」
刃で首を落とす。何一つとして感慨が湧かなかった。
……うん、そろそろ麻痺ってきたな。人を殺す罪悪感が完全に無くなった。
元々、無い方ではあったはずなんだけど、無意識下にちょっとした苦味は感じていた。だから、意識が高揚したりしてた訳で……
それももう、無くなった
はあ……、爺ちゃんに教わった古臭い技や、磨いてきた技術を、本当に人殺しに使う事になるとは思わなかったな。
両手に剣を。
『Yes,Master』
いや、なんで英語なん?
鞘に収まっていた一本の刀は姿を消し、両腰に鞘が刺さる。
西洋の片手剣、イメージ的にはブロードソードって言った所だろうか。
刀は刃の位置とか当たり具合とか気にするけど、この剣なら結構乱雑に扱える。対集団戦であり乱戦が予想されるなら、刀より適した武器と言えるだろう。
鞘から対の剣を抜いて、前方の二人を斬り捨てる。雑魚だな。剣の振り方すら知らないと見える。
一人、また一人と斬り裂いていく。
斬り伏せて、斬り捨てて、けれども、盗賊が集めた財宝は見つからない。
……まあ、全滅させよとのお達しだし、順序が変わっただけか。
後ろから着いてきたフード男のマリオも、人形を巧みに扱い何人も倒している。もしかしたら、俺より倒した数は多いかもしれない。
美玲はあんまりだな。元々乗り気じゃないってのはあるだろうけど。
強いと思う敵も見つからないまま、大分奥まで歩いてしまった。
「リョウ様は色々な武器が使えるのですね」
「……そうかな」
マリオにそう言われて、素直に喜ぶ事は出来ない。それは裏を返せば弱点にも成り得るからだ。
「前から5。……雑魚は任せた」
一人だけ、恐らく強いであろう人物に不意打ちをかける事にした。
曲がり角を曲がった瞬間に攻撃を仕掛けた。
「っと! 危ねぇな」
躱された。もう一本の剣で対象を追撃したが、その時には既に距離を取られていた。
「っち、逃がした」
「随分な挨拶だなぁ?」
大柄な男と睨み合う。すると、その後ろから人影が見えた。ここまでは想定内だ。
「リョウ様! 加勢します!」
「ボス! おい、てめぇら! やっちまえ!」
マリオが操る5体の人形と、盗賊の4人が激突し、あっという間に乱戦になった。
それを確認して一気に大男の懐に距離を詰める。が、その時には既に頭上に刃物が振り上げられていた。
……躱すしかないか。
潜り込んだ事を勿体ないと思うけど、命には変えられない。
少し後ろに下がって距離を取った。
「よくやるじゃねえか……ガキ」
「悪いが、お喋りに付き合ってる暇はない」
殺す気で右手に持っていた剣を相手に投げつけたが、だが、そんな見え見えな攻撃は弾かれてしまう。
でも、それで良い。
その一瞬で、地面スレスレに大男の足元に潜り込めた。
「てめっ!?」
もう手遅れだろ、その反応。
左手の剣で、しっかりと脚を斬り裂いた。
自分よりウエイトのデカい男を、そのまま殴ったって何も効くはずがない。だから、そういう時の為の技がしっかりとある。
バランスを崩して、倒れる男の内蔵に掌底を叩き込む。
___鎧通し。
「げぼっ」
この技は元来、戦場で武器が無くなった時に、鎧の上から衝撃を浸透させて、相手にダメージを与える物だ。今回の場合は、筋肉を鎧に見立てて叩きつけた。
脚もダメ、内蔵もダメ、首を斬り飛ばすのに大した時間は掛からなかった。
「早いね。陵」
それを見て、美玲は抑揚の無い声で呟いた。誉めるでもなく貶すでもなく、ただ無機質だった。
「どうだろ?」
「私からしたら早いよ。でも、銃とか使っちゃったら?」
彼女の言い分も最もだと思う。けれども、あんまり彼女らしくない言葉で少しだけ違和感があった。
「銃は手応えがわかんないから、俺はあんまり使いたくないな。特に近接戦闘だと、相手が死ぬ間際に特攻してくるかもだし」
爺ちゃんから聞いたことがある。
首を落とされても動き続けた人が居るって。それと同様に、内蔵一つ止まった程度で、人の動きが止まると思うなって教わったな。
「そっか」
「うん」
これは俺のポリシーだけど、せめて殺すなら直に手を掛けたい。人殺しから逃げたくないと、そう思うから。
「リョウ様、ミレイ様、雑魚の掃討完了しました」
「お、良いじゃん」
人形遣いのマリオは多勢に無勢の時は人数を傘増し出来るし、思ったよりも有能でビックリする。
美玲を姉御呼ばわりしてた状況からだと、彼の有能さは想像出来なかったな。
なんて事を思ってたら、彼女に睨まれた。……エスパーかな?
「お宝、あったりした?」
「らしき物は発見しました。案内しますか?」
雑魚掃討をしながら、お宝らしき物を見つけてくるとか本当に優秀だ。大人に成り立てのガキとは仕事の手際が違うな。
これが大人って奴なのかもしれない。年下の女子を姉御呼ばわりするのは、全くもって大人の姿だと思いたくはないけど、そういう特殊性癖もあるしな、うん。
「頼む」
「わかりました」
辿り着いた先には、隠し部屋らしき場所があった。そこを開けると大量の金貨が顔を出した。
……もしかして、盗賊狩りってコスパ良かったりする?
**
「これは……凄いですね」
レイアが陵が馬車の荷台に並べた金貨を見て、うわぁーって顔をした。とても子供らしくて可愛かった。
「どれくらいが雇い主の取り分になるんだ?」
「へ?」
「いやだって、護衛の一環だから……」
「いやいやいや、な、何言ってるんですかっ!? それはあなた達の物ですよ!?」
「「え?」」
ごめん、私も雇い主に譲渡する物だと思ってた。陵の言葉に疑問を抱かなかったよ。
「というか、受け取れないですよ……こんなの」
「そっかあ。じゃあ、有難く貯めさせて貰おうかな」
揺れる馬車の中で、広げられた金貨やお宝を彼は指輪にしまっていく。
「……あ、マリオ、これ」
今思い付いたと言わんばかりに、陵は麻袋に入った金貨をフード男に投げた。
「えっ!?」
「色々とやって貰ったしな。それなりに入ってるから、好きに使ってくれ」
「ええ……、良いんですかい?」
麻袋の中身をまじまじと見て、目を丸くしていた。
フードを被ってるのに、素顔がわかっちゃうのって、フードの意味あるのかな……
「足りないか?」
「い、いや! 充分です!!」
「そっか。そのまま金として使えそうなのがそこら辺しかなくてな」
お宝っぽいのは何個かあったんだけど、使用用途がわからなかったりするのが殆どだった。
美術品の類もあったけど、この世界の芸術をそもそも知らないから、価値なんてわかる筈が無い。
「あ、レイアさん」
「はい、なんでしょう?」
「どれがどれくらいの価値がするとか……わかったりする?」
金貨や銀貨等の通貨を仕舞い、拾ってきた宝を陵はレイアに見せる。
「んー……どうでしょう。私もあまり目利きでは無いので……」
「そっかあ。じゃあ、仕方ないな」
陵はちょっぴり残念そうな顔をしていた。彼には美術品に興味も価値も無いだろうし、売る事しか考えてないのは想像に難しくない。
盗賊から奪った物を指輪に入れ終えると、陵はどかりと馬車に座り込んだ。
「盗賊くらいじゃ、そんなに困らないな」
「そうだね」
陵が特殊な気はするけどね。私は強い強くない以前に、あんまり人殺しをしたくないから。
陵は結構特殊な家系のお坊ちゃまだったりする。お爺さんがとある武術流派の当主で、滅茶苦茶優しい人だったのは覚えてる。でも、流派の名前を私は聞いた事が無い。
かと言って、その手の事に厳格な人だったかって言われると、私にも色々と武器の扱いを教えてくれたりもしたし、あんまり厳しいイメージはない。
陵のお父さんが滅茶苦茶厳しい人だって言ってたから、もしかしたら孫と友達には甘かっただけかもね。
陵は喧嘩も強かったし、勉強も出来たし、ぶっちゃけ天才に近い存在だった。
だから、本当に偶然だった。私と人生が交わったのは。
お爺さんと言えば、陵には当主の座は与えないって明言してたのを思い出す。
それでお父さんとお爺さんがギスギスしてて、陵が家に帰りたくない……なんて、私の家に泊まりに来た事もあるくらいだ。
……そうだ、思い出した。
私はその理由をお爺さんから聞いた事があった。
これは陵のお爺さんに、孫の友達だからと甘やかして貰ってた時の話だ。その時は私も剣を握ってたっけな。
あの時の私は本当に容赦が無いというか、無礼というか……今思い出しても苦笑いしか出てこない。
「陵のお爺ちゃん。どうして、陵は駄目なの?」
滅茶苦茶に不躾な事を聞いた。もし自分に娘が居たら、全力で土下座案件だと思う。
「ん? ……ああ、そうか。君も知っているのか」
私の質問に、とても悩んだ顔をしていたのは覚えている。
「美玲ちゃんは、これからもずっと、陵と一緒に居てくれるかな?」
でも、ハッとした顔をして、そんな事を言い始めた。
「うん! ずっと一緒!!」
何もわからないから、そんな事を言い切っちゃって……まあ、現実になってるから許して欲しい。
「そうかそうか。陵は周りに恵まれてて羨ましいなあ。
……陵はな。儂や愚息なんかより、よっぽど才があるんだ。
だから、古臭い流派なんかに固執して欲しくない。駄目なんじゃない、凄すぎるんだよ」
彼は嬉しそうにそう言ったんだ。
そう言えばそうだ。陵は確か高校生になった頃には、既に道場内に敵無しだった。
陵のお父さんが戦っても……たしか、陵が勝ってた気がする。
改めて考えてみると、天才ってより化物に近い気がした。
『さあ?』
そこで惚けるのは、正直どーなんだろう。そんな事を考えると、やっぱりまた、私の中で自信が消失していく。
『隣の芝は青く見えるって奴ですよ。私には美玲様も十二分に天才に見えます』
指輪に褒められちゃった。確かに私にも天才扱いされた時期はあったけど、それって本当にそうなのかな。
陵がやらない事って、大抵はやろうとしたら出来そうな事ばかりで。それを代わりに私がやって……いや違うね。
それをやる価値が見い出せないのは、陵の欠点なのかも。
うん、そこは私が埋められたら良いな。ちょっと自信になったかも。
「美玲はこの金でどうしたい?」
そんな内心を知ってか知らずか、陵は間抜けな声で通貨の入った袋をぶら下げていた。
「んー、特に無いかなぁ」
「だよなぁ」
その通貨にどれだけの価値があるのか知らないけど、今したい事は特に無い。
ふらっと歩いて、ふらっとご飯を食べて、またふらっとすれば良いと思うんだ。
手に職つけながら……ね。