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この作品には 〔残酷描写〕が含まれています。
苦手な方はご注意ください。

短編・ショートショート

聖剣は、旅をする

作者: 白河マナ

長編を書いてる合間に思いついたアイデアを文章にしてみました。

※私にとって皆さんの反応が一番の活力です! ☆1でも評価して頂けると嬉しいです!

 

 かつて戦場だった広大な草原に一振りの聖剣が突き刺さっている。

 聖剣には魂が宿っている。

 便宜上「彼」と呼ぶが、彼はひどく退屈していた。なぜなら千年以上も半身を地面に埋められ、その場所に留まっているからだ。

 魂が宿り意思があるといっても、彼はひとりで動くことができない。


 ――退屈だ。

 ――めっちゃ、退屈だ。


 果てしない時の経過が彼の性格を歪め感情を薄めていく。

 豪雨や豪雪程度では何も感じなくなってしまった。

 ここ数年で彼のテンションが上がったのは落雷が直撃した時、小鳥が剣の柄に止まって囀った時、テントウムシが柄頭から飛び立った時くらいだ。


 ――聖剣生活、二千と一日目。本日は晴天なり。

 ――やあ、僕の名は聖剣ライトニングストライク! 最近の悩み事は柄にコケが生え始めたこと! いくら野ざらしにされてもへっちゃらな丈夫さが自慢だよ! 喋れないことと動けないことがコンプレックスさ! 友達になってくれる人募集中!


 どんなに下らないことを呟いてもツッコミを入れてくれる者はいない。

 ちなみに聖剣の本当の名前はアルカディア。彼の最初の持ち主がつけた名前だ。

 毎日空しく一人漫才をしたり、地面の虫を眺めたりしている彼だが、三日ほど前から森の奥にある小さな村から見知らぬ少女が訪れるようになった。


 ――お、またあの子が来た。


「せいけんさま、せいけんさま」


 ――どうしたんだい少女よ。昨日も来たね。


「わたしのはなしをきいてください」


 ――その前に供え物がないよ? あとできればコケを取り除いてくれないか?


「わたしはてんごくにいきたいです。どうしたらいけますか?」


 ――地獄の行き方なら知っている。悪いことをしまくって、善人を殺しまくればいい。簡単だろ? 天国かあ。僕は人殺しの道具だからわからないや。


「うう……えぐ……」


 ――ごめんよ、泣かないでくれ。

 ――そんなに痩せ細って、痣だらけで。

 ――貧しいのはキミのせいじゃない。虐待や暴力なんて人間社会には星の数ほど溢れているじゃないか。そんなことで悲しまないでくれないか。


「せいけんさま、たすけてください」


 ――それは難しいな。

 ――悔しかったら僕を引き抜いて、気に入らないやつを全員殺せばいい。


 こんな風に彼が少女の相手をしていると、今度は小太りの大男がやってきた。


「こんなところにいやがったのか! このクソガキ!」


 ――うるさいな。お前がその子の父親か?

 ――その醜く膨らんだ腹のお肉様はなんだい? ちゃんと娘に食わせて、僕に供え物を持たせてくれよ。


「きゃあ! やめて!」


 大男が少女を殴る。

 ごつ、という重い音をさせ、少女が倒れる。少女の髪の毛を掴み、そのまま小さな体を放り投げる。


 ――僕の目の前で暴力はやめてくれないか。


 彼の言葉は誰にも聞こえない。

 大男は少女を踏みつけ、蹴り飛ばす。


「ごめんなさい! 許してお父さん!」


 ――それ以上やると死んでしまうよ。

 ――それとも食い扶持(ぶち)を減らしに来たのかい? キミは沢山食いそうだ。


 痛めつけられる少女を見ながら、彼は久しく忘れていたことを思い出す。

 最後の持ち主はこの場所で戦争をしていた両軍の兵士を狂ったように皆殺しにした。殺せる人間がいなくなると、剣の主は聖剣を地面に突き立て、決して誰にも抜けない魔法をかけて置き去りにした。


 ――ああ。

 ――やっぱり人間は自分勝手なクソだ。


 大男は馬乗りになって少女を殴り続けていた。動かなくなった後も殴り、殴り、殴り続け、両手の拳を血に染める。


 ――おつかれさん。

 ――満足したか? クソ豚野郎。


 まるで彼の悪態が聞こえたかのように大男は聖剣に近づいて蹴りを入れる。大男は苦悶の表情を浮かべて足首を押さえる。

 びくともしなかった聖剣に唾を吐き、大男は去って行った。


 ――大丈夫かな? 死んだかい?


 倒れている少女は首だけを動かして聖剣の方を向く。

 地面に這いつくばり、身をよじりながら近づいてくる。


「せいけ……んさま」


 ――なにかな。

 ――無理してこっちに来なくていいよ。


「てん……ごく……ありが……とう」


 ――何を言ってるのかな。幻覚だよそれは。

 ――そんなことよりも僕と友達になってくれないか。


「……」


 ――おやすみ。


 間もなく少女は息を引き取った。

 その表情には、苦痛ではなく安堵の思いが見てとれた。彼の感情が大きく揺さぶられることはなかったが、話し相手がいなくなってしまったことは残念だった。


 ――死体、邪魔だな。

 ――でも虫や動物たちがやってきて、しばらく賑やかになるかも。


 少女の細い指先が聖剣に触れている。

 彼はその接点に意識を集中し、なんとなく念じてみる。


 ――動け! 動け! 動けーーーっ!

 ――なんてね。


 少女の指先が僅かに動いた。


 ――マジか!

 ――動かせるのか!? 


 彼は少女を立たせてみる。

 右足首が折れているせいで体が斜めに傾いているが、どうにか起き上がらせることに成功した。


 ――よし! よしよし!


 今度は聖剣の握りを持たせ、思い切り引き抜く。

 彼に操られているからなのか、少女の体からは信じられない力が込み上げてきていて、難なく聖剣を地面から抜くことができた。

 

 ――凄いなこれ! 動ける動ける!

 ――これが瞳で見るってことか! 視界狭っ!

 ――これが耳で聞くってことか! 気持ち悪っ!


 始めは転んでばかりいたが、練習を繰り返すうちに倒れる回数は急速に減っていった。繊細な指先の動きもできるようになり、折れた足首に木の枝で添え木をした。

 そして彼は喋れるようになった。


「あはははははっ! やあ、僕の名は聖剣サンダーボルト! 職業はネクロマンサー! 最強の僕を叩き折ってくれる人を大募集!」


 彼は一通り遊び終えると、大男が帰っていった方向に歩き出す。

 せっかく手に入れた体だが、少女の体はとても弱かった。聖剣を抜く腕力があっても肉体が持たない。剣を振り上げるだけで足元がふらつくし、骨折しているので走ることもできない。

 本気で聖剣を振り回したら体がバラバラになってしまいそうだ。


「……強くてデカい体が欲しいな」


 大きく重たい聖剣をずるずると引きずりながら、傀儡となった少女は森の中に入っていく。地面に残された深い足跡をたどり、たまに木の根っこに足を取られながら歩みを進めた。

 死者の体を借りて森を彷徨う聖剣アルカディアの姿は、神聖な空気など一切纏っておらず、さながら呪われたアンデッドだった。


 翌日、小さな村で殺人事件が起きた。

 被害者は幼い少女だという。

 犯人として少女の父親が疑われているが、彼は事件当日から行方不明となっている。



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