魔王様、ひきこもる。
「おい、これマジでどーすんべ」
どうも、此処は異世界です。
俺はその異世界で、所謂敵役として出てくる魔王様の部下その1です。
現在魔王様の城の前で、途方に暮れております。
「何が原因かわからないけど、これ死活問題だろ。支配する予定の世界、氷漬けにして滅ぼす気かよ」
「仕方ありませんよ、魔王様、ナイーブな方ですから……」
「世界中が氷河期同然になってるこの状況を仕方ないで済ますの無理だからな!?」
魔王様の側近こと魔王様ファンクラブ1号のジジイな魔物は、うんうんと頷きながら優しいっぽいことを言っているが。ぶっちゃけそんな甘いこと言ってる場合じゃない。なんといっても、現在城の前には焼け出された(凍り出された?)状態の魔物がうじゃうじゃと大群作っている状態である。
それも当然だ。ずっと住まわせて貰っていた魔王様のお城が、今や完全に氷の巨塔と化した状態。いくら自分達が人間より遥かに頑丈と言っても、こんな冷え冷えでドアも窓もろくに開かないレベルのお城に住み続けられるはずがないのだ。
原因は、魔王様が何かの理由で思い詰めてしまい、ひきこもりを決意してしまったこと。彼が快適環境の自分の部屋(本人にとっては適温であるマイナスウン百度の気温と、クーラーと、テレビと、パソコンそのほかもろもろをしっかり完備した自室である)に引きこもった結果、魔王城そのものが冷やされて氷漬け状態になってしまったのである。
うちの魔王様、別名“氷の帝”。まあ、名前そのまんまである。絶対零度の冷気を操る凄まじい魔力の魔王様である。そんな彼が不貞腐れて引きこもった結果、世界全体が冷凍庫になってしまうなどと誰が予想できただろう。
「魔王様が何を悩んでああなっちまったのかもわかってねーんだよなあ……」
俺は、魔王様全肯定!魔王様ラブ!の能天気な側近ジジイをひっぱたいて、頭を抱える結果になったのだった。とりあえず、明日から自分を含めた大勢の仲間が住む場所がない。一端森に避難させるしかないが、いかんせん森も森でひえっひえの状態である。要するに、残っている植物が枯れ果てたり、エサとなる動物がどんどん減っていくのは目に見えているということだ。
かくなる上には、手段は一つ。俺は決意する。
――プライドなんて言ってられない!使えるもんは使う、それが例え、勇者でも!!
***
「無茶言うな!」
魔王様を倒してください。土下座して頼み込んだ相手、“異世界転生してきた勇者様”である男は。呆れたように叫んだのだった。
ちなみにここは、最南端の町の酒場である。ものすごく寒くなっているとはいえ、まだ数少ない外を出歩ける町でも知られている。北からどんどん難民が押し寄せて大変なことになっているのは、ちょっと外を歩いた俺にもすぐわかったことだ。というのも、黒い肌に黒くて長いしっぽ、二本の角という明らかに魔族とわかる外見の俺が出歩いていても見向きもされなかったからである。みんな人間同士の問題を解決するだけで手いっぱいで、攻撃的ではない魔物に構っている暇さえないということだろう。
「あのな?最北端にある魔王の城な?どんだけ寒いと思ってんだよ。つかお前らがわかってねーはずないよな、魔物が住めなくなるレベルだぞ?そんなとこ行って、俺ら人間が無事で済むと思ってんのか?」
「えー、だってお前勇者だろ?勇者なら女神様にチート補正とかいっぱい貰ってんだろ?マイナス百度の城昇るくらい余裕じゃねーの?」
「俺が貰ったチート補正は種族問わず美少女にモテモテになるってもんだけだっつーの!戦闘能力の関係でチート補正は一切かかってないから!」
え、なにその補正羨ましい。彼女いない歴三百年を超える俺、思わずジト目になる。
「何それ、俺も欲しい。だからさっきからおっぱいでかい魔族のねーちゃんがお前の腕にひっついてんのかよ、爆発しろリア充」
ちなみにそのねーちゃん、麻薬食らった勢いで補正がきいているのか、完全に目がハートになってます。おっぱおいはでかいけど魔族なので口は耳まで裂けてるしすっごい牙がさっきから見えてるし、その間からちろちろ蛇みたいな舌が覗いてて正直怖いです。勇者様、ベッドの上で食われる(性的に)じゃなくて喰われる(物理)になってないといいのですが。
「まあそれはいいわ。……いやよくねーけど。ってそうじゃなくて!勇者サンよ、そんなこと言わずに頼むよ。このまま魔王様が引きこもってたら、支配する予定の世界滅んじゃうんだよ。俺ら的にもそれはまずいし、お前もそうだろ。なんとか助けてくれよ」
「そんなこと言ってもなあ。さっき言った通り、魔王城近辺めっちゃ寒すぎて人間は近寄れるレベルじゃないし。ていうかお前魔王の部下なのに、魔王倒させていいのかよ?」
「うちの魔王様不死身だからいーんだよ!倒しても十年くらいしたら復活するから!こうなったら死に戻りでもなんでもさせてリセットさせた方がいいんだよ!」
「それでいいのか魔王の部下」
自分でも滅茶苦茶なことを言っているのはわかっているが、他に方法がないのだからどうしようもないではないか。
うーん、と勇者暫く考え込む。やがて彼は、何かに気づいたように顔を上げたのだった。
「天岩戸作戦、これでいこう!」
「あまのいわと?」
「俺がいた世界の神様の話だよ、部下君。引きこもっちまった神様を、楽しそうに部屋の前で宴会することで引っ張り出したってな話だ」
うんうんそれがいい、と彼は続ける。
「城に近づけないから、部屋の前で宴会はできないが。魔王の部屋にテレビあるだろ?そのテレビをジャックしてさあ、楽しい気持ちになるような番組作って流すんだ。気持ちが明るくなれば、きっとひきこもりもやめるしこの氷河期状態も収まると思うんだよな!」
***
かくして、“魔王様のひきこもりを脱出させる大作戦”が開始されたのだった。
どんな番組なら、魔王様の気を引くことが可能なのか?本当なら、魔王様が悩んでいる理由を探し当てて解決するのが一番なのだが、残念ながら誰に聞いてもその心当たりがないのでどうしようもない。
とにかく魔王様が楽しくなるようなテレビ企画を考える、ということになったのだが。
「却―――下!」
指揮を執ることになった俺は、他の魔物が出してきた案を思いきりぶん投げることになった。なお、現在魔王城(仮)となったのは、勇者がいる町の近くの森の中である。前任の魔王様が使ってた、廃墟同然だった城をざっくり改装して使用中だ。あっちこっち穴はあいてるし電気は最低限しか通ってないし虫入ってくる埃っぽいしと最低な環境だが、今は雨風しのげるだけマシというものである。
その会議室で、とにかく魔物たちから面白い企画を考案・提出させたのだが。
「“楽しい世界征服の方法”なんて番組作ったところで、人間どものテレビ局がOK出すわけねーだろ!同じ理由で“人肉食のススメ”とかもダメだし真昼間から“無限怨霊の城から脱出するツアー”とかもナシ!子供が泣く!ていうか“良い子に教える子供の作り方”って案出した奴誰だよ確信犯だろ!ゴールデンタイムだっつーのエログロ禁止!」
「えええ……」
「だって俺ら、こんなことにならなかったら魔王様の命令で今頃各地を襲ってた荒くれ者ばっかりですよ?犯罪の方法や人間泣かせる方法は心得てても、喜ばせる方法なんか知ってるわけないじゃないですかー」
「以下同文」
いや、それもそうなのだが。いくらなんでもやる気がなさすぎるのではないだろうか。未だに積極的に次の案を出そうとしてくるのはあの側近のジジイばっかりである。事あるごとに自主規制やらナイスボートやら入りそうな内容で何で通ると思っているのか知りたい。ていうかお前、人間の女に興味あったのか。涼しい顔してエロジジイだったのかと言いたい。一個、明らかに魔王様をモデルに女体化してあはんうふんするドラマの企画っぽいのがあったのだが、正直見なかったことにしたいほどである。
「ろくでもねぇな、魔物ってのは!仕方ない、俺がとっておきの案を出してやるよ!」
はい!と手を挙げたのは――勇者。
ちょっと待てお前、なんでナチュラルに魔物会議に交じってるの?普通に参加してるの、ねえ?
「ずばり、俺の出身……日本のお笑いをテレビでやればいいんだよ!」
「お笑い?」
「そうだ。ていうか、ぶっちゃけ魔王退治とかモンスター退治とか危なくて面倒くさくて大変そうなことよりずっとこっちのが俺の性に合ってるしな!」
おい、勇者なのに平気で魔王退治面倒くさいとか抜かしたんですけどこの人。異世界転生させる相手を間違えてませんか女神様。
あきれ果てる俺をよそに、彼はずびしっと俺を指さして告げたのである。
「つまり!俺とお前で……お笑いコンビを組んで漫才をする!全力でギャグやって、魔王サマを笑わせるんだ!」
「え、えええええ!?」
***
勇者いわく、漫才とは。
二人、あるいはそれ以上の人間で行う客席演芸の一種なのだという。とぼけたことを言う“ボケ”と、それに対して鋭い指摘をする“ツッコミ”に分かれて、言い合いによって客を笑わすことを言うのだそうだ。
必要なスキルは、台詞をきっちり覚えきる記憶力。
それを全力で演じて客をのめりこませることができるだけの演技力。
それから、とにかくネタが面白いこと、だという。
――予算の関係で、有名な人間の芸能人とかは使えない!
勇者と魔物の漫才コンビなんて面白いじゃないか、と存外テレビ局の方は快諾してくれた。ただし司会にそんな高いタレントは使えないことと、事前にネタを見せてもらってOKが出なければ出させられないとははっきり言われた。まあそうだろう、子供に見せられないようなエロネタはアウトだし、魔王様はもちろん人間が見て楽しいネタでなければ視聴率が取れないのでやっぱりアウトだ。
俺と勇者は、二人きりでネタを考え、何度も練習を重ねた。どうにかテレビ局にOKを貰うに至ったのが、企画を提出してから約二週間後のことである。
そうして出来上がったネタが、これだ。
「「どうもー!勇者と魔王の部下コンビ、名付けて“ゆうぶか”でーす!」」
そのネーミングはどうなんだ、と突っ込んではいけない。ぶっちゃけ大事なのはいかに覚えやすくてシンプルな名前であるかどうか、の方なのだから。
ちなみに勇者がボケ、俺がツッコミである。舞台の上から笑顔で客席に右手を振りながら、俺は気を引き締めんと左の拳を握りしめていた。
この放送は、全てのテレビ局で流されている。他の番組を急遽取りやめてもらって、生放送を許可してもらったのだ。テレビ大好きな魔王様も絶対に見ているはず。世界を救うための大芝居、失敗は許されない。
「勇者と言えばですね、俺どうしてもやってみたいことがあるんですよ」
にこにこ笑顔で、話を切り出す勇者。
「勇者として選ばれたからには!やっぱり欲しいでしょ、今流行りのチートスキル!異世界転生といったらコレですよ、コレ!」
「気持ちはわかりますけど勇者さん、もうチートスキルは貰ってるんじゃありませんでした?しかも、女の子にモテモテになるっていう羨ましすぎるスキル」
「そうなんですけどね、何故か俺のスキル、万人にモテるはずなのに寄ってくる女の子のほとんどが魔物の女の子ばっかりなんです。この間もベッドの上で食われそうになりました、物理的に」
「そ、それは災難でしたね……」
これ、実話だったりする。勇者のスキルは全ての女性に作用するはずなのに、何故か彼にくっついてくる女子は人外ばっかりなのだそうだ。ていうか、物理的に喰われそうになったことあるのマジだったのね、と彼が出してきたネタを見て俺がドン引いたのは言うまでもないことである。
「人外の女の子も可愛いけど、まあ俺も人間ですからね。人間の女の子にモテモテになるスキルも欲しい!モテたらやってみたいことがあるんです!」
「ほう、じゃあ今そのスキルを貰えた前提でやってみてくださいよ、それ」
「付き合ってくれますか魔王の部下さん!ありがとうございます。じゃあ、隣で見ててください!」
「いえいえ~」
漫才では、何かの役柄を決めてロールプレイするというネタが鉄板なのだという。今回もそれで、勇者が“人間の女の子にモテモテチートスキルを貰った勇者”をこの場で演じてみせようというのだ。その演技に対してツッコミを入れるのが、俺の役目というわけである。つまり。
「え?お、俺のこと好きなの?……ありがとう、嬉しい。俺、人間の女性に告白されたのは初めてなんだ……」
勇者は真横の空間に喋りながら、どんどん体を屈めて小さくしていく。
「そう?好きな映画はランタンマン?うんうん、可愛いよねー空飛ぶランタンかっこいいよねー!幼稚園の帰りに映画見てきたんだ?……あ、おじさん丁度ぺろぺろキャンディーもってるんだあげるー。……でさ、将来俺のお嫁さんになって、子供いっぱい産んでくれるかな?ほんと?ありが」
「ちょっと待てや!」
ずびし!としゃがみこんだ勇者の側頭部をひっぱたく俺。
「お前、今誰を口説いてる?……明らかに幼女口説いてるよな?な?」
「え、だってモテモテスキルなんだし……」
「もっと口説く相手選べや犯罪だわ!イエス、ロリータノータッチ――!勇者がロリ口説いて逮捕されるとか最悪のニュースやろ、ていうかそんな奴が漫才の相方とか嫌だ!」
「そうか、もっと赤ちゃんの女の子にも興味を持つべきだったか……」
「逆ー!もっと大人に興味持てえええ!」
客席からは、どっと笑いが起きている。良かった、とガチガチに緊張しながらも俺は思ったのだった。ある程度現実に即し、かつ興味を引くような題材。異世界転生してきた勇者がいるのも有名だし、チートスキルを女神から貰えるらしいという話も有名だ。興味を持っている人間たちが多いなら、それを利用すればいい――なるほど、この勇者はなかなかの切れ者らしい。
全然魔王討伐に来る気配もなかったし、いつも違う女の子を連れ歩いているのでやる気がない遊び人としか思っていなかったのだが。どうやら、少しだけ見直してやってもいいようだ。
――よし、このままの勢いで行くぞ、俺達!
もし魔王様の世界征服が終わったら。
こいつは殺さず、漫才コンビを続けてやるのも案外悪くはないのかもしれなかった。
***
生放送は、大盛況。
それぞれ別のテレビ局から、自分達のレギュラー番組にも出てくれないかと“ゆうぶか”にオファーが来たほどである。
魔王様も興味を持ってくれたようで、勇者いわく“天岩戸状態”の部屋から出てきてくれ、氷河期状態の世界の気温も一気にマシになった。ちなみに、彼が引きこもった理由は“勇者が自分に逢いに来てくれないからスネていた”ということだったらしい。自分のところに来るまでに死んでたらどうしよう、と心配していたそうだ。いや、魔王に心配されるほど仕事しない勇者ってどうなんだ、と思うが――生放送で図らずして無事をアピールできたので、それは良かったと思うことにしよう。
これで一件落着、ハッピーエンド。そう思っていたのだが。
「おい、勇者……どうしよう」
その一年後。
再び、魔王様のひきこもりが発動。
「また魔王様、城を氷漬けにしてくれやがったんだが。……今度は、好きな女優が結婚してロスになったかららしい」
「……可愛い女子勧誘して、ドラマでも作るか」
「……悪いな、マジで」
世界征服、一向に進む気配ナシ。
当面は、勇者と魔王の部下で結託して、魔王様を宥める日々が続きそうである。