あいつは英雄なんかじゃねえ
コメディではないです。
「おーい、カイト。街外れの洞窟にゴブリンが巣食っちまったってさ。一緒に討伐行かないか?」
奴の名前はエルシルト、この街一番の剣術士だ。
幼い頃から闊達で、皆に未来を嘱望されていた。
品行方正で顔もいい。
そして何よりも努力家だ。
非の打ち所のない男である。
「え? ああ、この傷か。キールの家に戦士やってる姉ちゃんいるだろ? その……水浴びを覗いてさ……斧の柄で思いっきりぶん殴られちまった」
……少しスケベで命知らずなところを除けば。
俺はと言えば凡人で、いつも奴と比べられていたが、劣等感は持ちながらもエルシルトのおこぼれにあずかる形でつるんでいた。
そんなある日のことだった。
「カイト、前から言ってたとおり、俺は冒険者になろうと思うんだ。お前も一緒に来ないか? お前と俺なら、きっと世界一の冒険者パーティになれるはずだ」
多少渋りながらも、俺は奴の申し出を受諾した。
エルシルトと一緒なら凡人の俺でもそこそこの地位は手に入るだろう。
そんな打算を内に秘めて、奴と一緒に旅に出た。
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全ては順調だった。
冒険者ギルドに寄せられる依頼をこなしているうちに、俺達はいつの間にかランクも上がり、そこそこ名のある中堅冒険者にはなっていた。
「流石エルシルトさんですよ。氷河の洞窟を踏破してしまうなんて」
「エルシルトさん、あなたにしか頼めないんです。魔銅山に巣を作ってしまったグリフォンを何とかして頂けませんか」
「エルシルト様……あの、これ私の気持ちです。宜しければ受け取ってください……!」
エルシルト、エルシルト、エルシルト……。
当たり前ではあるのだが、注目されるのは奴だけだった。
みな腰巾着の俺など目もくれない。
「俺だけじゃここまでこれなかったよカイト。いつもありがとうな」
そんなエルシルトは、真っ直ぐな感情のまま俺にそんな言葉をかけてくる。
奴は裏表のないのない人間だ。
心の底からそう思っていることは分かる。
だが俺と奴との意識のズレは、少しずつだが広がっていった。
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「ギルシア城下武術大会のエントリーが始まったってさ。故郷の街でも噂になっていたけどすごい規模だな。なあカイト、俺達でどこまで行けるか試してみないか?」
決定機となったのは王都で開かれた武術大会の時だ。
武術大会に出場した奴と俺。
俺だってエルシルトの横で戦ってきたんだ、そこそこの腕前は持っていると言う自負はある。
危なげなく予選を突破し、16人で争う決勝トーナメントまでは進むことができた。
だがしかし、初戦の相手が不運だった。
「クジ運悪いって言うか、まさかカイトとトーナメント一回戦で当たっちまうとはなぁ。どっちが勝っても、恨みっこなしだぜ!」
……当たり前のように俺は負け、一方奴は名の知れた冒険者達を打ち倒し、遂には大会の頂点まで昇りつめた。
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「エルシルト氏ですな? お探しいたしました。我ら戦熊騎士団の団長が是非にともお会いしたいそうです」
「武術大会の試合、見せて貰ったぜ。どうだ? 俺達の冒険者パーティ『赤き翼』に入らねえか?」
「エルシルト様とお見受けいたします。私、隣国陛下の親衛隊をやっている者です。貴殿さえ宜しければ、是非とも我が国にお仕え下さりませんか?」
武術大会で優勝したエルシルトには、仕官の話や冒険者パーティの誘いが数知れず。
酒場で一緒に飲んでいる横で、毎日こんな奴等が来るのだからたまらない。
俺は耐えきれずエルシルトに絶縁を宣言し、拠点としていた城下町を飛び出した。
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それからどれくらい経っただろう。
風の噂で聞く限り、奴は冒険者として順風満帆の人生を送っているらしい。
対して俺は、冒険者としても傭兵としても中途半端なままだった。
今日も今日とて金で雇われた山賊団のアジトで用心棒をやっている。
「バリアス山賊団! お前達の悪行もこれまでだ!」
「ちっ! 金で雇われた冒険者共だ! やっちまえ!!」
「ま、まて……! あいつ等はまさか、冒険者パーティ『銀の刃』!?」
「な……! 『銀の刃』だと!?」
俺が雇われている山賊団のアジトに、冒険者パーティが乗り込んできた。
「よーし、あたしの火炎魔法で吹っ飛ばしちゃうよー! ……て、リーダー、どうしたの?」
「まさかお前……カイトか!?」
山賊団ボスの部屋の前、俺は攻め込んできた4人の冒険者と対峙する。
悪いなエルシルト。
今の俺は山賊団の用心棒で、ここを潰しに来たお前の敵だ。
そう告げると俺は剣を抜き、奴の前にその切っ先を突き付ける。
……そして幾合に渡る斬り結びを経た後、俺はエルシルトに完膚なきまでにやられて逃げ出した。
圧倒的な実力差だった。
恥辱と劣等感に塗れた俺は最早奴を追い落とすことだけを目標に、剣の修行と自己の研鑽に励むことにした。
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どす黒い感情に包まれたまま修行の日々が続き、何年か過ぎた頃のことだ。
人類の懸念事項であった魔界の門がついに開き、魔王が現れ人間達に宣戦布告をしてきたのだ。
それは数千年に及ぶ人類と魔族との戦いの歴史。
魔王と魔族の討伐は冒険者達の定めであり、魔王を倒した冒険者は勇者と呼ばれる。
風の噂に聞いた話ではあるが、エルシルトは今や勇者の筆頭候補だと言うことだった。
『……人間が我等と共に戦うと? 信用など出来るか』
『いや、過去に例が無いわけではない。人間の中には我等に与する輩もいると言うことだ』
……一方の俺は、エルシルトが勇者なんかにならなければそれでいい。
あいつのことだ、必ず魔王を倒しに魔族達の元へとやってくる。
魔族が築いた前線基地へと乗り込み、そこの長に取り入って魔族と共に戦うことにした。
そしてどうでもいい冒険者を魔族たちと共に何度か蹴散らした後だろうか。
ついにエルシルト達がやってきた。
「カイト……! 何故……何故魔族なんかに味方をする!?」
「リーダー、あいつはもうリーダーの知ってる幼馴染みなんかじゃない……! 倒すべき敵だよ!!」
その実力は今まで相手にしてきた冒険者パーティ達とは明らかに違っていた。
エルシルトの人間離れした能力を中心に、よく連携の取れたパーティだった。
俺と前線基地の魔族達は見事に叩きのめされ、エルシルト達の前に敗走を余儀なくされた。
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魔族と共に戦ってきて分かったが、こいつら人材不足もいいとこだ。
俺程度の人間でも充分な戦力になっている。
エルシルト達にやられ基地を破壊されても、処断される事なく戦力として別の基地に配備される。
……その都度エルシルトに蹴散らされるわけだが。
『四天王が一人、改宗のカイトよ……お前はどう思う?』
そして、どうでもいい冒険者達への勝利とエルシルトからの敗北を繰り返しているうちに、俺は魔王軍四天王の一角にまでなっていた。
確かにいつの間にか並の冒険者パーティであれば一人で片手間に倒すことができるようになったが、エルシルトには敗戦続きだ。
故にこの立場にはどこか心に引っ掛かるものはあるのだが、奴が無惨な目に遭えばそれでいい。
エルシルト打倒を戦略の軸に掲げることを魔王に進言し、俺は自分の持ち場へと戻っていく。
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流石に魔王の城までは、いかに屈強な冒険者達と言えどもそう易々と辿り着けない。
ただ一人の例外を除いては。
『伝令ですカイト様! ついに……ついに人間共が我等の城に攻め込んで参りました……!』
奴が来た。
魔王の城に奴が来た。
3人の仲間を携えて、勇者に最も近い奴が来た。
「まさかお前が……魔王軍四天王の一人だなんてな……」
そうだ。
俺こそが魔王四天王が一人、改宗のカイト。
だがしかし、別に人類に絶望したとか魔王に共感したとかそう言った動機は一切ない。
ただ一つ、お前の存在が憎いだけだ。
お前が憎いと言う感情だけで、ここまできた。
「カイト……戦う前に一つだけ言わせてくれ。四天王の一人って事はさ……お前、人間でありながら魔族達にも認められた存在って事だろ? 人類の敵に認められるなんて、英雄になるよりも遥かに難しいことだぞ……やっぱ流石だよ、カイトは」
エルシルト……貴様、何を言っている?
「こう言っちゃ何だけどさ……俺、嬉しいんだ……。ずっとお前が認められればいいと思ってた。俺の最高の友人で、終生のライバル……思い描いていた形とは違うけど、カイトが今、こうして認められていることを誇りに思う」
……ふざけるな!
どこまで俺をコケにすれば気が済むんだよ……!!
お前が何の建前も皮肉もなく、俺に対して本気でそう思っていることが心底腹が立つ!!!
一歩どころか千歩も俺の先を行くお前を!
完璧に見えて少しばかり隙のあるお前を!!
常に余裕綽々でどんな難局も最後には乗り越えていくお前を!!!
俺はいつだって大嫌いだった!!!!
来いよ、エルシルト!!
今日こそ引導を渡してやる!
お前が最後までコケにし続けた俺の手で……お前に地獄を見せてやる!!
……
「紙一重だったな……俺の勝ちだ、カイト。強く……なったな」
紙一重どころかメタメタにやられた俺を横目に見ながら、エルシルトは言った。
「リーダー、どうします? この人……まだ息がありますが」
「魔王を倒したら王都に連れて帰ろう。戦いはしたが、俺の大切な友人なんだ」
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魔王を倒した奴の凱旋はよく覚えている。
俺はエルシルト達に抱えられて王都へと連れ出され、野戦病院の一角でその様子を眺めていたのだから。
……この日ほど動けない身体を恨んだことはない。
華やかなパレードの中心で、屈託のない笑顔を振りまきながら奴は勇者となった。
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『人よ……どこまでも愚かな者達よ……。やはり我が直接手を下さねばならぬか……』
しかし魔王を倒した熱気もまだ冷めやらぬある日のこと、俺達の前に人類の敵が姿を現した。
偽りの神。
魔王や魔族が何度も現れ人類を滅ぼそうとするのも、魔物が人類を脅かすのも、全てそいつのせいだった。
偽りの神は城下町に近い平原の中空に光の扉を創造し、そこから魔物よりも遥かに恐ろしい神の軍勢を人類に差し向けようとしていた。
「国王陛下。偽りの神を倒す事こそが、我等の定めなのでしょう。行かせて下さい。王国の為に……いや、全ての人類の為に」
エルシルトは偽りの神の討伐を申し出て、光の扉の奥へと消えて行こうとする。
冗談じゃねえ。
そんなの討伐してもできなくても、奴は勇者を飛び越えて伝説になっちまうじゃねえか。
俺は……俺はエルシルトにだけはそんな存在になって欲しくない。
誰からも蔑まれ、罵倒され、そして泥水を啜りながら、失意の人生を送るか惨めな最期を迎えるかして欲しいだけなんだ。
奴が光の扉へと向かうその日、俺は野戦病院を飛び出してエルシルトの前に立ち塞がった。
「……俺の事を止めてくれるのか、カイト」
そうだ。
ここで俺に倒されれば、お前は勇者でも英雄でも伝説なんかでもない、反逆者に負けたただの惨めな男で終わるんだ。
それこそが俺の望みであり、ただ一つの生きがいなんだ!
「相変わらず不器用な奴だな……お前達、手出しは無用だ。俺と親友との最後の大喧嘩だ……誰も止めてくれるなよ!!」
……エルシルトは俺と剣を交えながら、最初から最後まで心の底から楽しそうだった。
俺にはそんな余裕なんてなかったってのに。
「カイト、ありがとう。やっぱお前、最高だよ……お前と友人であったことを、俺は誇りに思う」
エルシルトは最後にそう言って、膝をつく俺を横目に3人の仲間達と光の扉の中へ消えていった。
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どれくらい経っただろうか。
しばらく沈黙を守っていた光の扉が再び開かれて、3人の冒険者達が現れた。
戦士ウィルアン、魔術師サナナ、聖女レイシェン。
……そこに奴の姿はいなかった。
聞けばエルシルトは自分の命と引き換えに偽りの神を倒し、仲間達と人類の未来を守ったのだと言う。
「エルシルトから最期にあんたに渡してくれって頼まれた。俺の大切な宝物だって」
奴の仲間の一人から渡されたペンダントは、俺達2人が最初に行った洞窟で拾った戦利品だった。
今となっては冒険とも言えない子供2人の大冒険。
それを奴は後生大事に持っていた。
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「勇者エルシルトは神話となり、終世において語り継がれるであろう! 我等が英雄エルシルトに、最大限の敬意を!!」
国王御自らが高らかに宣言し、聴衆はその声に応え最敬礼の姿勢を取る。
俺の望みは遂に叶えられず、あいつは伝説となった。
「英霊エルシルト様、万歳! 偽神討ちの英霊に賛歌を!!」
違う!
あいつは英霊なんかじゃねえ、ただの人間だ!
少しスケベで無鉄砲な、ただの人間なんだ!!
「エルシルトはさ、凄い才能だったよね。あれはまさしく神に愛されたって言葉がふさわしかった。私達がいくら頑張っても、全然追いつけなかったもの」
一緒に冒険していながら分かなかったのか!?
奴は神に愛された才能を持っていたんじゃねえ、強くあるための努力と心構えが……尋常じゃなかっただけなんだよ!
「エルシルトは偽神討ちの為に我等に遣わされた、神の現身であったのです。我等がよく神を敬い善き民であったからこそ、神は御身を顕現して下さったのですよ。これからも神の御心の元に、国王陛下や教皇様に対して忠義を尽くすことが肝要です」
やめろ……!
奴は神なんかじゃない!
エルシルトはどこまでも人間だ!
真面目で、努力家で、完璧で……そして少しばかりの欠点を持った、ただ一人の人間なんだ!
間違っても神になんぞ祀り上げられて喜ぶような奴じゃない!!
どうしてお前達がそれを理解してやれない!?
途中で絶縁した俺なんかよりも断然奴と接する時間が長かったはずなのに、何故それが分からない!?
神になんかするんじゃねえ!!
あいつを……腐れ切った幼馴染の心の内を最後まで見抜けなかった愚かなただの人間を、神話になんざしてくれるな!
あいつは英雄なんかじゃねえ!