第8話 全速力で迫り来る運命
「何事ですか? あまり無礼を働くようなら私も黙っていませんよ」
俺は知っている。学府文学における「黙らせる」は「殺す」と同義語だ。
そしてこのゴスロリさんは他を圧倒するだけの力と殺人を厭わない思考回路を兼ね備えている。放っておけば三人分の死体が積み上がることになるだろう。
しかし相手もまた修羅の国の住人だ、臆する様子はない。
「私たちはその男に話があるの! 邪魔するならただじゃおかないわよ!」
「ですわですわ!」
「……あっ、ちょ、二人とも待って! その凄い格好の人、学長補佐のサーサリア様だよ! 下手なことしたら課題とか以前に退学になっちゃう!」
悲鳴にも似た栗毛ちゃんの指摘を受け、今にも飛びかかってきそうだった赤髪と金髪が目を見開いて肩を跳ね上げる。
学長補佐ね。具体的にどれくらいの地位なのかはわからないが、三人の反応から察するに相当なお偉いさんのようだ。
「私個人にそんな権利はないのですが……まあ良いでしょう。それで? どういった道理があってこちらのお客様に絡もうとしたのですか?」
心臓を締め付けるような鋭い質問、答えたのは赤髪だ。戦いて一歩引いてしまった二人とは肝の太さが違うと示した形だ。
「それは……そいつとは今日、次元塔で知り合ったんですけど……私たち、そいつに特任教官を頼もうと思ってて!」
「なるほど」
いや何がなるほどなの? 当事者を差し置いて超速理解しないでほしいわ。学府文学には慣れる気がしないよぅ……。
「念のために確認しますが、ココロ様はこの三人のことをご存じで? 次元塔で知り合ったと主張しておりますが」
「なんつーか、まあ……確かに初対面ではないスけど、知り合いというほどの関係でもないと言うか…」
「ふむ。なにやら込み入った事情があるご様子。どうでしょう。ここは一つ話し合いの場を持つというのは? 部屋はこちらで用意させて頂きます」
……まあ、いい加減察したよ。
ゴスロリさん、俺を学府に引き入れたいんだろうな。でなきゃ妙に丁寧な応対や学府案内を強行した理由に説明が付かない。
お袋からは六歳児並の扱いをされてる俺だが、踏破者としてはそこそこ優秀だ。
見る人が見ればある程度の実力は推測できるだろうし、学府の関係者なら教官として雇い入れたいと考えるのもおかしな話じゃない。
「いやあの、自分、こう見えても人を殺したことはなくてですね。学府の校風にはちょっと馴染めないだろうなって……」
「まあまあ、始めは皆そう言います。それに前途ある若者が必死に助けを求めているんです。大人として話くらい聞いてあげるべきでは?」
あなた、ついさっきまでその前途ある若者を殺そうとしてたんですけどね……。
三人娘はゴスロリさんの存在を気にしてるのか発言を慎んでいる様子だ。一応、俺の動向には注意を向けているようだが。
「ご心配なさっている本業のケアとして、また学府の方でパンの配達を頼ませて頂きます。帰りが遅くなるのは注文の調整が長引いたと言うことでここは一つ……あなたたちも、未来の指導員の背を押して差し上げなさい」
「え。は、はい」
ということで、俺はゴスロリさんと小娘三人に背中を押されながら学府に舞い戻ることになってしまった。
しかもゴスロリさんに至っては耳元で学府の福利厚生を囁き始める始末だ。洗脳かな? まあ学府って離職率ヤバそうだし万年人手不足なんだろう。
結局、学府の雇用形態を把握した俺が連行されたのは学生棟と呼ばれる校舎の一室だ。道中ゴスロリさんから説明があったが、申請すれば学生が自由に使用できる場所らしい。
そしてゴスロリさんに「こちらへ」と恭しく誘導されたのは教壇。
背後には黒板、そして正面には席に着いた赤髪、金髪、栗毛ちゃんの三人。図らずして実際の講義のような形となった。
「……色々と言いたいことはあるが、まずは自己紹介だ。俺はココロ・ポララ。お察しの通りただ者じゃねーけど、今は本業で忙しいから踏破業に関わるつもりはないんでよろしく! はい次!」
もう考えるのが面倒になったので、いつも通り勢いに身を任せよう。常識が通用するっていう状況を超越してるもん……。
「では一番手は私が頂きますわ」
すかさず起立したのは金髪だ。言い出しっぺの俺を除くが、ここで臆さず一番手を立候補するあたり目立ちたがり屋なんだろう。
そう考えると実剣を携帯してるのも納得だな。
誤解を恐れずにはっきり言うが、金髪レベルの踏破者が実剣を装備しても「私は目立ちたがり屋の馬鹿です」と主張しているに等しい。
俺の憐れむような視線に気付いていない金髪は、自信満々の表情で己の胸に手を当て自己紹介を始める。
「私は由緒あるアリューン商会の商会長が一人娘、サラ・アリューンですわ! この私の名を知れたことを光栄に思うが良いですわ! おほほほほー!」
金髪の小娘、改めサラ・アリューンの自己紹介を聞き、俺はアドレ魔導学府が一筋縄ではいかない施設であることを再認識していた。
実剣の装備という奇行だけでは飽き足らず、この珍妙な言葉遣いだからな。学府ではキャラが濃くないと生き残れないのかもしれない。
「アリューン商会か。今一番勢いに乗ってる有名どころじゃん。ちょっとアレな言動だと思ってたけどマジのお嬢様なんだな」
「ふふふ、そうですわ。少しは物を知っているようで安心しました。あまりにも無知ですと会話が成立しませんからね」
これでも王都に居を構えるベーカリーのパン職人なんでね。
原材料を仕入れる関係で商会の情報には詳しくならざるを得ないわけだが、アリューン商会とは、王都で華々しい成功を収めた新進気鋭の商会のことだ。
……ただ、俺の印象ではアリューン商会って成金のイメージがあるんだよなぁ。
もちろん商人として時勢に乗るのは重要なんだけどさ、大博打の取引が成功してあれよあれよと上り詰めていった印象だ。無論この場で指摘はしないがね。
「んじゃ次、栗毛ちゃん頼むよ」
「あ、はい」
今この場にいる面子で頭髪の色被りはない。自分が指名されたことを察した栗毛ちゃんは起立すると少し困ったような微笑を湛えた。
「えと。僕はアルゥ・アゼルクティオと言います。学府の二年生で、〈遙かな旅〉では射手を担当してます。よろしくお願いしますね」
「ああ、よろしくな」
〈遙かな旅〉、これは三人が結成してるクラスタの名前で間違いないだろう。
こういう情報をさりげなく自己紹介に添えてくれるあたり、先発のサラと違って常識人なんだなって思うわ。
しかも可愛いの化身で、次元塔で酔い潰れてる男を介抱する優しさも持ち合わせてるんでしょ? こんな血塗られた施設にいるべきじゃないよマジで。
「それじゃ赤髪、トリを頼んだぞ。お前が〈遙かな旅〉のクラ長だってことは見当が付いてる。クラ長らしくきっちり一発芸で締めてくれ」
「え。い、一発芸?」
赤髪が目を丸くして自分を指さす。そして俺は極めて真面目な表情で頷き返す。
悪いが一発芸ってのは要求した者勝ちだ。俺はオロオロと困惑する赤髪をじっと凝視する。この動揺も突発性一芸要求の面白みだな。
赤髪は必死の形相で少し考えた後、指で髪の毛先を弄りながら口を開いた。
「えっと……私はナルナ・ジオライト。学府の二年生、〈遙かな旅〉のクラ長で、えと、その……なんなのコレ!? ここで一発芸する必要ある!?」
「ははは、一発芸に理由を求めてるようじゃ芸人として三流だな」
「私は芸人じゃないし! いい加減にしないと今度こそ殺すわよ!?」
赤髪のナルナ、金髪のサラ、栗毛のアルゥ。
ようやく髪色呼びから卒業だな。各々の性格も何となくわかった。
これで腰を据えて話ができるわけだが、俺が求めるものと三人が求めるものは致命的なまでに異なっている。妥協点を見出すのは困難を極めるだろう。
でもさ。なんつーか、ね。
これ俺が言ったらお終いな気がするんだけど……運命、こいつらの味方をしてる気がするんだよなぁ。
〈用語解説〉
・「学府文学」
学府でのみ通用する独特な言い回しの総称。殺害に関する語彙の多さが特徴。
例1:「聖域送り」=「ぶち殺す」
例2:「敷地から出るな」=「ぶち殺す」
・「突発性一芸要求」
刑法で禁止されるべき悪魔の所業。誰も幸せになれない。