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ファンタジア・パラダイムシフト!  作者: 海図岬
第一章・学府教官編
7/30

第7話 世界の果てを目指すなら

本日中に(07/24)第9話まで更新予定。


 使命である用務員へのパン配達は終わった。

 終わったが……俺は学府の敷地を歩いている。それもゴスロリ美人さんの案内付きだ。お近づきになれたら嬉しい好みのタイプだが、それを素直に喜べない状況に置かれているという自覚もあった。


「それでは何なりとお尋ねください。私が知る事でしたら誠心誠意お答えさせて頂きます」

「……それならやっぱり、あの銀髪の子を殺したことについて聞きたいんスけど。あれはなんつーか、どういう理屈が働いてのことなんスか?」


 とは聞いたものの、「アドレ魔導学府はどういう場所なのか?」という疑問に対する答えには見当がついている。でなければ暢気に案内なんて受けていない。


「そうですね。こう改めて聞くと常識を疑っているようで大変申し訳ないのですが、あえてお聞きします。ココロ様は死んだことがございますか?」


 確かに、聞く人が聞けばギョッとしてしまうような質問だが、その質問が当たり前のように飛び交う業界には心当たりがある。


「まあ、何回かありますね。一応、これでも元踏破者なんで」


 そう。次元塔の踏破を生業とする踏破者にとって死は普遍の概念ではない。


 なぜなら、【次元塔で死んだ人間は蘇る】からだ。


 これは医療技術が優れているとかそういうレベルの話ではなく、次元塔で死ぬと【聖域特性】というある種の保護機能が働き、入塔した時点での肉体が再構成され蘇ることになる。


 倒した魔物の結晶化に、奇跡を操る魔法の下賜。

 これだけでも人類に都合が良すぎるのに死んでも蘇生するときた。身一つで挑戦できることを考えれば踏破業は実質ノーリスクハイリターンと言って良い。


「それならば当然、隔離措置のこともご存じでしょう。【聖域特性】で蘇生された個人はむこう240時間、【聖域特性】が機能しなくなる。ですから踏破業界では一度死んだら10日間は入塔しないというのが常識になっています」


 まあ当然の話だ。踏破業に限らず人生最大のリスクとは死そのもの。

 宵越しの銭を持たないことが多い踏破者にとって10日間は決して短い時間ではないが、どう考えても死のリスクと天秤に掛けるほどではない。


「しかしどうでしょう。仮に、10日間の隔離措置がなく、本当の意味で無制限に死ぬことができる場所があったとしたら」


 踏破業界における休日とは、「死んでからまだ【聖域特性】が復活してない」という不本意な意味で用いられることが多い。

 だから【聖域特性】の隔離期間が存在しなければ踏破者は休業の口実を失ってしまうことになるが……そういうジョークを聞いているのではないのだろう。


「……まあそれこそ、勉強とか訓練とか、特定の何かに死ぬほど打ち込むことができるんじゃないスかね? 死んでも蘇るんですし」


 世の中には「死ぬほど働く」やら「死ぬほど頑張る」などの言い回しがあるが、実際に何かのやり過ぎで死ぬ奴なんて稀だ。

 人間の身体ってのはよく出来ていて、過度の疲労が蓄積したら気絶するし、命を失う可能性がある行為に無意識の拒絶反応を示すようになっている。


 しかし無制限の死が許された時、10日間の隔離という縛りすら失われた時。

 死ぬほどという言い回しは全く別の意味を持つことになる。


「その通りです。そしてここアドレ魔導学府こそが、無制限の死が許された世界で唯一の場所であるということです。第三演習場になります、どうぞご覧ください」

「……っス」


 ゴスロリさんに先導されて辿り着いたのは冗談みたいに大きな屋内演習場だ。第三ということは少なくとも第一第二もあるのだろう。


 遮蔽物のない広い空間があり、それを取り囲むように観客席が配置されている。演習場と言うより闘技場って言った方がしっくりくる。


 無論、ゴスロリさんが見せたかったのは演習場そのものではない。演習場で訓練に励む20人余名の学生たちだろう。


「二年の対人魔法訓練ですね。学府は四年制ですが、一、二年は総合力を高める方針でカリキュラムを組んでいますので対人訓練が多くなっています」


 対人魔法訓練とは要するに何でもありのしばき合いだ。

 人数は不定だが今回は基本中の基本である一対一。各組が空間を広く使い、二人の教官が巡回しながら改善点などを指導する形のようだ。


「なんつーか、まあ、随分と血生臭い訓練っスね……」

「それが学府ですので」


 次元塔には人型の魔物もいるし、対人訓練はあらゆる動きの基礎と言って良い。世界最強の公務員軍団である王国警ら隊でも対人魔法訓練を欠かすことはない。


 しかし訓練はどこまでいっても訓練。

 相手に致命傷を与えないよう細心の注意を払う必要があり、その注意そのものが訓練の質を下げてしまうのだが、ゴスロリさんの言うことが事実なら……。


「あ」


 どうせだからと最も高度なしばき合いに励む組を見物していたが――黒髪の女子生徒が、訓練相手である男子生徒の首を刎ねた。

 単に技術が優れているというだけでなく、首を刎ねるという行為に躊躇がない。だから「首を刎ねられた」という非日常の極みが当たり前の光景に見える。


「彼女は二年の有望株、ミヤビ・シノノメですね。魔法の扱いは並ですが、剣の腕は学府全体で見ても一、二位を争うほどです。家庭環境の影響か魔法の使用を避けている節があり、改善できればと考えているのですが難儀しておりまして」

「っスか。パないっスね」


 と、ゴスロリさんが要らぬ学府知識を語っている間にも、首を刎ねられ地に伏していた男子生徒の死体が淡く光る粒子となって世界に溶けていく。

 踏破者として次元塔に通い詰めていれば一度は目にする光景、【聖域特性】の発現エフェクトだ。


 先ほどゴスロリさんに殺された銀髪も同じように粒子になったのを確認してる。そこで学府の異常性に気付いたというわけだ。


「学府で死んだ場合は中央聖域と呼ばれる場所に転送されることになります。仕組みとしては次元塔の【聖域特性】と同じですね。その名の通り学府の中心にありますので、今頃はこちらに戻ろうとしているはずです」


 ふーむ。

 これまでの話を統合すると、ゴスロリさんが銀髪を殺したのにも納得だな。

 入校証を持った立派なお客様に襲いかかったんだもん。ある程度の指導は必要不可欠だったと思うよ。そこで学府流の指導を見せてくれたってわけね。


 なるほどなるほど……。


「あの……自分、用事を思い出したんで帰っても良いですか……?」


 至極真っ当な感想を捻り出すと、ゴスロリさんは意外とでも言いたげに目を丸くした。いや、別に俺意外な反応してないよね?


「これは失礼いたしました。本音を言えば学府の根幹を成す聖域魔法について説明したかったのですが。予定があるのでしたら仕方ありません、門までお送りいたしましょう。こちらです」

「……っス」


 ということで、ゴスロリさんの案内再びである。

 不可避の流れだったが、ゴスロリさんは俺がポララベーカリーから派遣されていることを把握している。前回のように問答無用で逃げると後が怖い。ここは最後まで愛想笑いを絶やさないのが得策か。


 ……あ? 前回?

 そう言えばつい最近、今と同じように面倒事の対処に頭を悩ませたような……相手は確か、学府……そうだ、学府の制服を着た三人の小娘。


「もうっ! 今日こそ課題を達成するって決めてたのに、変な邪魔が入ったせいで集中できなくなっちゃったじゃない!」

「でもやっぱり、今の僕らじゃ今日中の達成は厳しかったと思うよ。もう期限まで余裕がないから万が一にも【聖域特性】を失うわけにはいかないし」

「ままなりませんわね。これでは大人しく講義を受けていた方がマシでしたわ」


 そうそう、あんな感じの三人だっけ。


「…………へあっ!?」

「はい? どうかなされましたか?」

「いやちょ、が、学府の出入り口なんすけど、この正門以外にないんスかね?」

「一応、関係者専用の裏口がありますが、学生が利用できるのは正門だけですね。一般人が紛れ込まないよう出入り口を制限しているのです」

「な、なるほどぉ……」


 警らに連行されることが多い俺だから顔を伏せて歩くのには慣れてる。欲を言えば顔を覆える程度の布があれば良かったが無いものはしょうがない。


「……」

「あらナルナさん、どうかいたしまして? こんな所で立ち止まっては通行の邪魔になりますわよ」

「ねえ。あの男なんだけど、例のアイツに似てない?」

「はい? まさか、学府にいるわけ……確かに似てますわね。背丈に髪型、それにあの独特な雰囲気には覚えがありますわ」

「……敷地から出る前に包囲して!」


 正門の外から全速力で接近しつつあるのは、数時間前に次元塔で遭遇した赤髪、金髪、栗毛の三人だ。間違いない。

 酔いの影響か記憶の一部にモザイクが掛かっていたが、決死の表情で迫り来る三人を認識したことで脳漿に染み出ていたアルコールが一気に蒸発した。


 そして俺の正面に立ち塞がった赤髪が、人差し指を突きつけながら叫んだ。


「ちょっとそこのあんた! 顔を上げなさい! じゃないと、殺すわよ!」


 これ、顔を上げなかったら本当に殺されるんだろうなぁ……。


〈用語解説〉

・「敷地から出る前に包囲」

 ぶち殺すの意。


・「脳漿のうしょう

 脳を満たす液体。転じて、脳の働きそのもの。「脳漿を絞る」=「頭を働かせる」という意味で用いられることもある。

 使用例:「お前脳漿までアルコール漬けなの?」

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