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ファンタジア・パラダイムシフト!  作者: 海図岬
第一章・学府教官編
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第5話 学府の日常・前編

本日中(07/23)に第6話まで更新予定。


「ここが学府か。初めて門の近くまで来たけど、マジでデカいな」


 命よりも大事なパンを抱えて見上げるはアドレ魔導学府の正門、そしてこれでもかと並び立つ巨大な校舎群だ。しかも敷地全てが強固な柵で囲われている。

 校舎自体は普段から認識してたけど正門前まで来たのはこれが初めてだ。


 そしてここまで校舎に近付けば否応なく視界に入ってくるものがある、学生だ。

 仕立ての良い制服を着た学生の出入りが絶えず、そのほとんどが正門前に突っ立っている俺を奇異の目で観察している。


 こちとら年季の入った社会不適合者だからな。負のオーラを珍しがるカタギの方々から注目されるのには慣れてるんだが……なんだ?

 こいつらを見てると、俺も何かを、そこそこ重要な何かを思い出しそうなんだが、記憶が明確な像を結ぶ直前でもやが掛かってしまう。


「……おっと。ま、思い出せないならそれまでの記憶なんだろ。モタモタしてるとレイちゃんに怒られるしさっさと済ませるか」


 これでも配達経験はそれなりなのでこういうときの動き方は心得てる。

 まず正門近くにある守衛詰め所に向かい、ポララベーカリーからの配達であることを伝え入校証を交付してもらう。ついでに配達先である用務員室までの道程も教えてもらったので後は一直線だ。


 清く正しい労働の喜びと、お天道様の下を歩ける心地よさを再認識したおかげか普段の五割増しで歩調が軽い。

 呆れるほど広い敷地を歩き――そして目的地までの目印として教えてもらった噴水広場を視界に収めた瞬間、足が止まってしまう。


「なんだ?」


 昼時の噴水広場だ。憩いの場になっているであろうことは想像に難くないが、どうも憩いとはほど遠い状況になっているようだ。


 喧嘩だ。女子生徒が二人、群がる野次馬たちの中心で剣戟を交わしている。

 悲鳴ではなく歓声が上がっているのを見るに警らへの通報は必要なさそうだが、もしかして学府じゃ野良喧嘩が珍しくないのか?


 そうなると俄然、天下の学府生がどんな喧嘩を嗜んでるか気になってくる。

 そう時間の掛かる話でもないし少し見物していくか。飲みの席での話題になるかも知れない。


「……おー、やってんねー」


 剣戟に魔法。両者、近代魔法戦闘の基本を忠実に守り一進一退の攻防を繰り広げてるが……これ、普通にタマ狙ってないか?

 既にお互い切り傷まみれだし、観戦を始めてまだ三分も経ってないが「あっ」と声が出てしまう場面が何度もあった。


「これでっ、お終いです!」


 剣戟を交わしている女子生徒の髪色はそれぞれ銀髪と青髪。その内、僅かに実力で勝る銀髪の方が勝負を決めに掛かる。


 一瞬、ほんの一瞬の隙を突いて青髪の腹を蹴り押し、距離を確保する。

 数値にすれば大した距離ではないが、詠唱をねじ込むには十分な距離だ。蹴られた青髪は呼吸を乱されたようで対抗の詠唱はまず間に合わない。


「【Arta】【Ider】【Gran】【Kulge!】」


 【水】【九】【成形】【固定】の成形魔法。術者を中心とし、半径5メートル以内の地表面から指定した性質の棘を顕現させる魔法だ。

 今回指定したのは水、数は九。つまり体勢を崩した青髪を目掛けて九本の氷柱が乱立することになる。刺さりどころが悪ければあっさり即死だ。


「まだ、まだぁっ!」


 しかしここで青髪が予想外の粘りを見せる。

 銀髪の氷柱配置が完璧じゃなかったという見方もできるが、それはそれ。青髪は迫り来る九本の氷柱を身一つで回避しきった。


 この粘りは素直に賞賛したいが……やっぱり銀髪の方が一枚上手だったな。


「甘いですっ!」

「しまっ!」


 青髪の最終位置を予測していた銀髪が魔剣を手に大きく振りかぶっている。

 防御は間に合わない。反射神経がどうこうという次元ではなく、回避後の展開を意識しきれなかった時点で青髪の負けは決定していた。


 てか……え、マジ? 斬っちゃうの?


 ちょ、ちょっと待てよ。

 学府が踏破者の育成施設だってことは知ってるけど、これからポララベーカリーの太客になってもらおうって施設で殺人事件が起こるのはマズい、万が一施設が閉鎖されたら売り込みもクソもないっての!


 俺はポララベーカリーと少女たちの未来を憂い、地を蹴って喧嘩の仲裁に入る。


「ちょっと待ったぁ!」


 割って入ったのは当然、殺し殺されの渦中にいる銀髪と青髪の間だ。容赦なく振り下ろされる魔剣を右手の二本指で挟んで止める。

 曲芸のような受け止め方になったが、今俺の左手には命よりも大事なパン入りの紙袋がある。これを泥まみれにした日にはレイちゃんに殺されてしまうだろう。


「い、いきなりなんですか!? このっ!」


 突如現れた俺に対し、真っ先に反応を示したのは魔剣を受け止められた銀髪だ。一瞬の硬直の後、ハッとして魔剣を押し込む手に力を込め始める。


 えぇ? まさかこいつ、このまま俺に斬りかかるつもりなの? どんな人生を送ってくればその結論に辿り着けるわけ……?


 警らの判断を仰ぐ必要もない。これは有罪だ。俺は魔剣を挟み止めた指に少し力を込め、危険人物である銀髪から凶器を取り上げる。


「健全な殴り合いなら俺も野次飛ばしてやるけど、得物を持ち出しちゃ駄目だろ。魔法まで使いやがって。学府じゃ喧嘩のやり方を教わらないのか?」


 呆れ果てた俺は見せつけるように溜息をつき、荒事は望まないという意思を伝えるために取り上げた魔剣を地面に突き立てた。


「お兄さん、いきなり出てきて何様のつもりなのかな? というか学府じゃ見ない顔だけど……まさか不審者!?」

「は?」


 俺を咎める声が聞こえてきたのは背後からだ。

 つまり、今まさに命を救われた青髪が俺を咎めているようだった。


 俺はどこに出しても恥ずかしい社会不適合者であることを自負してたけど、こいつらを目の当たりにした今、その自負が揺らいできたぞ。

 社会不適合者の定義を再考している間にも状況は俺の想定を超越していく。


「アリス、特訓は一旦中止! この人を聖域送りにするよ!」

「仕方ないですね!」


 聖域送りって表現の意味を正確に理解できたわけじゃないが、穏やかな意味で使われていないことは二人の顔を見ればわかる。


 ……いや嘘でしょ?

 人助けをしたら関係者各位に殺意を抱かれるとか、そんなことってある? 一日一善が死に繋がるとかどんな聖人でも予想できないよね……?


「【Arta】【Zerkt】【Kulge!】」


 最も早く殺意を形にしたのは魔剣を取り上げられた銀髪だ。【水】【剣】【固定】という呪文を詠唱することで手元に新たな魔剣を顕現させる。

 さすがは魔法だ。たった三単語の呪文を詠唱するだけで何も無いところから凶器を生成できるとか、便利すぎて涙が出てくるね……。


「やあっ!」


 そして銀髪は出来たてほやほやの魔剣を横薙ぎに振るう。

 今度の対象は青髪じゃない、俺だ。その瞳にはハッキリと殺意が宿っている。


 禊ぎポイントを稼げると思ったのに、なんでぇ……?


〈用語解説〉

・「青髪、銀髪」

 ココロ・ポララ独特の感性。ココロは初対面の人物を頭髪の特徴で記憶する癖があり、これは対象の人物との自己紹介が完了するまで続行される。

 なお妹のレイ・ポララにも似たような癖があり、この兄妹には他にも共通の癖、趣味嗜好が多くある。母曰く「違うのは性別と前科歴だけ」。


・「禊ぎポイント」

 詳細は不明だが、善行を積むと加算され、積めば積むだけレイ・ポララとミア・ポララからの心証が良くなるらしい。


・「聖域送り」

 ぶち殺すの意。

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