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ファンタジア・パラダイムシフト!  作者: 海図岬
第一章・学府教官編
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第27話 教官

 信じられないかもしれないが、実は俺はものすごく頭が良い。


 特に情報を統合して結論を導き出す論理的思考は履歴書に書いても良いくらいだ。コンマ数秒の猶予もない高階層で生き残るには、瞬時に、そして常に最善手を選び続ける必要があったからな。


 とにかく、ちょっと言葉では言い表せないくらい頭の良い俺が一晩考えた結果だが……ナルナに示してやれるこれぞと言う「新しい理由」は思い付かなかった。


 いやだって、「憧れの人と同じように誰かを救える魔法使いになりたい」って、前を向く理由としてはほぼ最上級だからね?

 これを上回る理由とか、それこそ「全人類の希望になりたい」とかの解脱レベルだよマジで……。


 そういうわけで明確な答えを事前に用意することはできなかったが、それなら最終手段、その場の流れで最善の答えに辿り着くしかない。

 なにせ期限まで約三日しか残っていない。覚悟を決めた以上、手探りでも前に進むべきだろう。幸い俺は思考回路の稼働速度にも自信がある。


「まさか、ここが感慨深い場所になるとはなぁ」


 たった一人の寂しがり屋が作り上げた世界一の踏破者育成施設、学府。


 聖域魔法による無制限の死を知ったときは度肝を抜かれたが、ありとあらゆる反対意見を黙らせるほどの成果を出し続けているのだからすごいと思う。

 まあ、当の本人は世界が納得するほどの成果では満足してないようだが。


「……あ?」


 学府に出入りするなら正門は必ず通過する地点だ。それはつまり待ち伏せに適した地点であるとも言える。

 どう話題を切り出すか再確認する暇もない。正門付近で待機していた俺の生徒、〈遙かな旅〉の三人は俺の姿を発見するやただならぬ形相で駆け寄ってくる。


 何か話があるなら集合場所である校舎裏で待機していれば良かったはず。

 それでも正門前で待ち伏せたということは、一秒でも早く話がしたかったという意思表示に他ならない。


 この取り乱しっぷり……まさかバレたのか!?


 いやしかし、ナルナが憧れていた人物が閣下でなく俺だったと気付くには何らかの具体的な情報が必要だ。手掛かりもなく思い至れる結論じゃない。

 瞬時に思考を巡らせる。ナルナにそれを伝えられる情報源はそう多くない。少し考えれば候補は絞り込めるはず……!


「ココロっ! エルリラ学長と賭けをしてるって本当なの!?」

「しかも私たちが20階層を踏破できるか否かで賭けていると聞きましたわ!」

「さっき学長補佐のサーサリア様に呼び出されて話を聞いたんです! 当然、何を賭けているかも聞きましたよ!」


 …………ああ、そっちか。

 閣下との運命賭博に関して言えば、秘匿の制限などは掛けていない。

 そして閣下が本気で勝利を狙うなら、勝敗の判定対象であるナルナたちに揺さぶりを掛けるのは当然の行動だ。驚きはないし、憤るような話でもない。


〈遙かな旅〉が期限内に20階層を踏破できなければ、ココロ・ポララは今後一生学府のためにその身を尽くすことになる。


 脅し文句はこんなとこだろう。わざわざ誇張表現で飾り立てなくとも10代半ばの小娘たちにプレッシャーを掛けるには十分な文言だな。


「閣下と賭けをしてるのは本当だ。判定の対象になってるのは〈遙かな旅〉で、その結果で負け分を支払うのは俺。気にするなってのも無理な話だろうが、それでもやっぱり気にすんな。そもそも賭けを持ちかけたのは俺だしな」


 まず大前提として、運命魔法はお互いの同意がなければ機能しない。

 それに閣下との賭けは俺から提案したんだ。閣下に責められる謂れはないし、仮に踏破が失敗で終わっても俺は〈遙かな旅〉に恨み言を言うつもりはない。

 それが俺のこだわりだ。自分の判断を他人の所為にはしない。


「なっ、なんでそんな賭けなんて持ちかけたのよ! 私たちが20階層を踏破できなかったらどうなるかわかってるの!?」

「そうですわ! 取り返しの付くお金を賭けるのとは訳が違います! じ、人生を賭け分にするなんて、正気の沙汰ではありませんわ!」

「師匠のことです、百歩、いえ一兆歩譲って何か理由があってのことだったとしても、これはやり過ぎですよ!」


 アルゥが口走ったように、閣下との賭けは俺の個人的なこだわりだけではなく、20階層踏破の奥の手になり得ると思って提案したことだ。


 刀折れ矢尽きるという窮地、立ち上がる理由を見出せなくなった最期の瀬戸際において、「この踏破の結果が人一人の人生を左右する」という降って湧いた理由は死力の燃料になり得る可能性がある。


 結果ではなく、過程を重視した奥の手だ。

 ギリギリの瀬戸際だからこそ「結果」を考える余裕が削がれ、立ち上がらなければならないという「過程」だけが活きてくる。後のことを考えなくても良いドーピングみたいなものだ。


「三人とも、俺のことを心配してくれるのは素直にありがたいが、閣下だって大層なものを賭けてるんだぜ? 俺が勝ったときは閣下を破産させるほど飲むつもりだからな。勝ち分としては釣り合いが取れてるさ」


 窮地に追い込まれるまで閣下との賭けを打ち明けるつもりはなかったが、結果を考える余裕がある今知ってしまった以上、全てを話さなければ逆効果になる。

 この辺の事情を察したのはさすが閣下だな。〈遙かな旅〉に単純なプレッシャーを掛けつつ、奥の手になり得る要素を潰してきた。


 しかし何を説明するにしてもまずは過熱した思考を冷ましてやるのが先だ。そんなに感情が昂ぶった状態では理解できる話も理解できまい。

 そう考えてお得意の反社ジョークを捻り出したが――結果的に言えば、火に油を注ぐことになった。


「誤魔化さないでっ!」


 ナルナは声を張り上げ、ボロボロと大粒の涙を流しながら俺の胸に飛び込んだ。

 怒声と涙、感情のメーターが振り切れて壊れたと言うほかない状態だ。逃がさないという意思を伝えるように、強く強く俺を抱きしめる。


 そして俺の胸元を涙で濡らすナルナは、嗚咽に混じって想いを吐き出していく。


「ココロは賭博好きで酒好きでどうしようもない社会不適合者だけど……みんな、そんなココロのことが好きなんだよ。だから、そんなに簡単に人生なんて賭けないで。心配する人のことも、考えてよ……」


 閣下との賭けは〈遙かな旅〉が前を向くための理由になり得るかもしれない。

 そして俺は、その「かもしれない」という可能性に人生を賭けても良いと思えた。だから賭けた。それだけ。言ってしまえば、いつも通りに振る舞っただけだ。


 しかし、どうやら俺は見誤ったみたいだ。

 俺の世界の常識が、ナルナや他の人たちの世界でも常識であると考えてしまうのは悪い癖かも知れない。やっぱり俺も超元者だってことだな。


「……悪かった」

「……ううん。こっちも、いきなり捲し立ててゴメン」


 俺が反省していることを理解したのか、ナルナは一歩下がって俺から離れ――強い意志という概念が形になったような目で、じっと俺を見つめた。

 そして確かな意思が込められた声で、自分に言い聞かせるように呟いた。


「ココロ・ポララ」


 名前を呼ばれたから返事をする。

 たったそれだけのことに、覚悟を問われているような気がした。


「……なんだ?」

「私に黙って勝手な賭けをした罰。一つだけ聞かせて。仮に空の色を聞いて、ココロが赤だと答えるなら、私はこれからの一生、空の色を赤だと思い続ける。だから、真剣に答えてね」

「わかった。少なくともこの一答に関しては嘘や冗談は言わない」


 俺の覚悟を受け入れたナルナは一つ頷く。

 そして――運命に導かれて出逢ったその日、軽い気持ちで聞いたであろうその質問を、今再び世界に響かせた。


「ココロは、何階層まで踏破してるの?」

「……100階層。俺は、超元者だ。次元神にも会ったし、超元魔法も授かってる」

「……そう。わかった」


 前にこの答えを聞いたナルナは、疑う価値もないとばかりの表情で応えた。

 しかし、今は。俺が見惚れた強い意志を滲ませた笑顔で応えた。


「答えてくれてありがとう。それじゃあまたね!」

「は?」


 またねと言い終えるや否や、ナルナは全力で走り去っていく。


 閣下との運命賭博の件を説明した所為で出遅れたが、今日は俺とナルナを巡る運命にはっきりと決着を付けるつもりだった。


 だから当然、ここでナルナを見送るわけにはいかない。

 声を掛けつつ一歩踏み出そうとするが、それを察したサラとアルゥがそれぞれ俺の左右から飛びかかってくる。


「お待ちくださいまし!」

「待ってください!」


 突発的な行動じゃない、明確に「ナルナの後を追わせない」という意思がある。


 ゴスロリさんに呼び出され賭けの話を聞き、待ち伏せて俺を問い詰めるまで。俺の釈明を聞いた後の行動について打ち合わせる時間はあったと思う。


 しかし逃げるナルナを追わせないという状況を想定していた理由がわからない。ショックを受けるだろうから一人にさせてほしい、ということだろうか。


「悪いがナルナに話がある。こっちの用は後で良いか?」

「駄目です!」


 ぎゅっと俺を拘束する手に力が込められる。これはもう確定だな。俺にナルナを追わせたくない理由があるらしい。


「本当に重要な話なんだ。20階層の踏破にも大いに関わってくる」

「ココロさんは先ほど、学長との賭けは気にしなくても良いとおっしゃりました。でしたらお望み通りとことん気にしない、好き勝手させて頂きますわ。今日、そして明日も自由行動にしてくださいまし」

「……」


 運命魔法で定められた運命は、【私がコイントスの裏表を当てた場合、ココロは私たち〈遙かな旅〉を次元塔20階層へ連れて行くため全力を尽くす】だ。


 俺はこの負け分を「特任教官として〈遙かな旅〉を指導する」という形で支払ってきたが……サラが暗に主張しているように、訓練なんて受ける本人にやる気がなければ何の意味もない。


 だから、無理に訓練させるという行為は最善を尽くしているとは言えない。

 ナルナたち三人が強い意志をもって訓練を、そして俺との接触を拒むのであれば、それは教官として受け入れるべきだ。


「……わかった。今日と明日は自由行動にする」


 俺の返事を聞いたサラは然りと頷き、アルゥ共々拘束を解いてくれた。

 そしてサラは普段のおかしな口調からは想像もできない真面目な表情で言った。


「20階層の踏破は期限日に行います。当日の流れについては詳細を書いた手紙をポララベーカリーの方に届けさせますので、期限日の前日までに必ず一度は確認に戻ってください」

「……今日明日はポララベーカリーにいるから、手紙だけじゃない。訓練をしたくなったら改めて声を掛けてくれ。他に何か聞いておくことはあるか?」


 俺が尋ねると、サラはいつもの調子に戻って「ん~」と可愛らしく悩む様子を見せる。そして何かに気付いたようで人差し指を立てながら言った。


「ああ、そうでした。アルゥさんも口走っていましたが、学長に賭けを持ちかけた論理的な理由はありましたの? いつもの賭博師魂ですか?」

「賭博師魂を発揮したのは間違いないが……一応、窮地に追い込まれた状況でそのことを打ち明ければ、死力の燃料になるかもしれないと考えてた。ギリギリの瀬戸際だと踏破できなかった時の結果を考える余裕はないからな」


 俺の答えを聞いたサラは「は~」とこれ見よがしに溜息をつく。

 アルゥも苦笑いを浮かべて「こいつ何言ってんだ」と主張している状況だ。見事なまでの袋叩きだな。


「あのですね。確かにそれは死力を尽くす理由になるかもしれませんが、それだけのために人生を賭けてしまうのはアホですわ、アホ」

「そもそもサーサリア様に暴露されちゃったしね。もう、踏破できなかった時のことを考えちゃって訓練も手に付かないよ」

「あら、それなら大丈夫ですわ。今日と明日は訓練しませんから」


 そう言って、二人は笑った。

 もう、正門で待ち伏せていた時の必死さはない。余裕、というより覚悟がある。


「まあ安心してくださいまし。私たちはココロさんの生徒です。ココロさんが私たちを見限らないように、私たちもココロさんを見限ることはあり得ません。今はこれしか言えませんが、私たちを信じて待っていてください」

「ああ、信じてるよ。それじゃあ、期限日に」

「はい。期限日に」


 そうして、サラとアルゥもまた俺の元を去って行った。向かう方向はナルナが駆け出していった方と同じだ。おそらく合流するのだろう。


 無論、俺がその気になれば気付かれずに二人を尾行することは可能だが……やめておこう。今まさに「信じて待って」と言われて「信じる」と返したばかりだ。


 教官としての最後の仕事は延期。一晩掛けて向き合った覚悟があっさりと空振りになったが……不思議と気分は悪くない。

 俺は三人が去っていた方向を一瞥だけして、グッと身体を伸ばして凝りを解す。


 あとは信じて待つだけ。

 本当に、俺が教え導いた生徒とは思えないほど、立派に成長したな。

〈用語解説〉

・「名前を呼ばれたから返事をする」

 目の前にいる人物がココロ・ポララであることを確認しただけ。

 そのやり取りがどういう意味を持つのかは、運命が決めることになる。

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